幕間 ラブコメ目線?

「さぁ白井君、ヤッシー先輩のドライビングテクをご堪能あれ!」

「……安全運転でお願いします」

「いや当たり前でしょ……山道でスピード出すわけないじゃない。めぐるベルト締めた?」

「締めました! 出発しんこー!」


 中半練習の時間、ホテルのある山中のふもとにあるコンビニへ買い出しに向かう。

 ホテルにはお菓子やカップラーメンの自販機もあるが、前者の品ぞろえは微妙だし後者は売り切れる。

 今回は女子勢の買い物で、そこに荷物運びで自分も同行するという形だ。


 運転手の八代先輩に、BGM係として助手席に座る月無先輩。

 そして意外にも、


「ともが付いて来るなんて珍しいね」

「アイス食べたかった~」

「あ~そうね、アイスは買って帰れないもんね。溶けるし」

「アイスは買いだし係の特権ですもんね!」


 との理由で巴先輩も一緒。

 自分の隣でドアにくてんと身を任せ、日差しを眩しそうに少し眼を細めている。

 そのせいで眠ろうにも眠れないのか、話題を振ってきた。


「ね~白井君。そろそろ一年の間でなんかないの~?」

「……何もないですね。男衆にモテるようなのもいないですし」

 

 まぁ恋愛そっちの話だろうと、ありのままを返す。


「大体合宿中に噂の一つくらいたつもんだけどね」


 八代先輩が話を拾い、その話題が続いた。


「川添君が紅さん一筋って聞きました!」

「あ~、らしいね~。逆パターンって珍しいよね~」


 ……逆? っと思ったので聞いてみると、


「大体男が先輩のパターンだからね」

「あ~、なるほど」

「あんたらも珍しいパターン」


 ルームミラー越しにニヤりと八代先輩に笑みを向けられる。

 ……ここで黙る自分もアレだが月無先輩も同じくである。


「あはは、照れてんなよラブコメ野郎~」

「ぐ……そのあだ名本当に嫌だ」


 ちょくちょく言われるこのあだ名である。

 悪気はないので不快だとかはないけど、あだ名自体は結構嫌だったりする。


「え~嫌なの~?」

「……俺、正直言うとラブコメそこまで好きじゃないんですよ」


 実際はそんな理由。

 とはいえ嫌いというほどではないし、月無先輩との境遇をそう思うところはある。

 役得にあやかる男子をラブコメと称するなら、言われてもしょうがないのは理解できる。


「そうなんだ~。男子は皆憧れるもんだと思ってた~」

「憧れるのは確かかもしれませんけど」


 そこは皆同じだろう。

 読む理由は大体憧れから始まるし。


「まぁ嫌いな人もいるよね。私も全然好きじゃないし」

「あはは、ヤッシー冷めた目で見そう~。めぐるは~?」

「ん~私は嫌いじゃないですけど~、漫画とかアニメとかそこまで見ないですね」


 この二人は大体言葉の通りだろう。

 八代先輩は現実的な見方をするタイプだし、月無先輩はゲーム音楽に時間を全て費やしている。


「うぇ~、じゃぁ私だけか~」

「……っていうか巴さんラブコメ好きなんですね」

「うん、結構好き~」


 でも確かに、巴先輩はそういう話題が好きな感じするし、意外でもないか。

 自分と月無先輩の関係を緩めに見守ってくれるのも、そういうのを見る感覚なのかもしれない。


「何で嫌いなんだよぅ~」


 同意を得られなかったからか、そっちに話をシフトしてきた。

 せっかく振ってくれた話題を無碍にするのも悪いか。

 嫌いとは言ってないが……好きじゃない理由といえば……


「なんでしょう……何かフラれるヒロインとか出てくるの苦手なんですよね」


 ここだったりする。

 感情移入とは少し違うが、やたらと気になって何か見ていて辛くなる。

 特に今では、月無先輩にフラれたらとか思うと気楽に考える気にはなれず、その気持ちの辛さの方にばかり頭がいってしまうと思う。

 自分が典型的な小心者なせいかもしれない。


「あ~負けヒロイン~」

「……正にその言葉がイヤなんですよね。かわいそすぎて。何かいい奴アピールみたいになっちゃいますけど」


 すると八代先輩も納得の声をあげる。


「私もそのあたりかも。主人公にイライラする」

「あはは、ガチじゃん~」


 ……しそう。

 よく期待させる方が悪いみたいな批判あるけど、八代先輩はラブコメの典型的な優柔不断主人公とか絶対嫌いなタイプだ。

 下手なことを言うとブーメランが飛んできそうなので口を紡いでおこう。


「でも漫画じゃなくても~、ゲームだってそういうのあるでしょ~?」

「あ~……」


 と言われてふと考える。


「……あんま負けヒロイン的なのいない気が。あります? めぐるさん」

「ね。なんだろね。マルチエンディングのはそうは言わないしね。恋愛要素あっても基本タイマンだよね」

「タイマンって……たしかにあっちいったりこっちいったりはないですけど」


 二人ともパッとは思いつかなかった。

 

「あ、テイルズとかは? ゼスティリアのアリーシャ」

「真の仲間はみんな言動サイコだから逆に気になりませんでしたね」


 負けヒロインを超えた被害者ヒロインくらいしか思い浮かばなかった。

 ちなみにアリーシャというのは序盤でメインヒロインの座を奪われパーティーを外された上に、物語を通して元仲間に陰口をたたかれ続ける。

 他にもいろいろと難アリだが、テイルズオブゼスティリアは大炎上した問題作として有名である。


「……考えてみたら、皆戦いに向けて団結するところにグダグダラブコメしてるキャラいたら~……。ソイツ頭おかしくありません?」

「アハハ、絶対邪魔だよね」

「……パーティー外されますね」


 RPGの恋愛要素が割とわかりやすくキッパリしてるのは、それがメインではないからだろう。


「軽音もそういうとこあるよね~。両立してないと人権ないみたいな~」


 なるほど、軽音学部は戦いだったのか。

 でも、この部活の上手い人は確かにそういう考えの人が多いかもしれない。

 最優先はバンドと実力、前提がそれだけにラブコメしてる場合じゃないと。

 妙なところがつながったが、そう考えると得心いった。


 そんなこんなでラブコメ談義……というより謎の考察が始まり数分。

 山道を抜けて大通りに出て、目的のコンビニへと到着した。


 ――


「ふ~! 到着!」

「とうちゃく~」


 車を降りると、月無先輩と巴先輩が伸びをする。

 並んで入店し、カゴを持って目当てのものを物色……のハズが、


「アイスアイスー!」

「あいす~」

「お二人とも先に買うもの選んでからにしましょうよ……溶けますよ」

「「ですよね」」

 

 目的を速攻で忘れる二人に釘を刺す。

 妙なところで気が合う二人に癒されるも、まずは任務を果たそう。


「アハハ、後輩に注意されてるよ。私飲み物取ってくるね。めぐるたちは皆の注文お願い」

「は~い!」


 重いものなら自分がとは思ったが、八代先輩の方がパワーがあるので適材適所に任せることに。


「L〇NE確認しよ。……あ、そうそう、白井君見てこれ」


 各員の注文を見せてきた。


 春原楓『ぽてち』


 ……くっそ何か可愛い。


「可愛すぎでしょこれ。こう、いつものトーンで……ぽてち。だって!」

「脳内再生余裕すぎる」

「ふふ、スーって変換めんどくさがるよね~」


 楽しく賑やかに、品物を選んでいく。

 一通りの注文を選び終わり、カゴも二つがぱんぱんになった。

 八代先輩も飲み物を選び終わったようで、四人で買い残しはないか確認する。


「あとは~……花火だ!」

「お~。やろ~やろ~」


 合宿なら定番か。

 清田先輩の注文のようだが、グッジョブである。


「結構種類あるね。……どれにします巴さん」

「……全部買っちゃう?」

「天才」


 もはやノリだけで四種類もある花火セットを二人で二つずつ手に持つ。

 

「……あんたら子供か」


 八代先輩も呆れ顔である。

 とはいえ結構な大人数でやりそうなので、結局四つ全部買うことになった。


 注文も揃うと、月無先輩はいざと言わんばかりにアイス什器じゅうきに一直線。

 花火セットを両手に持って目を輝かせながらアイスを選ぶ姿は、とうてい今年二十歳の大学生とは思えないが、


「ああいうのはめぐるのいいとこだよね~」

「アハハ、そうかもね」


 そんな姿に癒されるのは自分も八代先輩達も同じなようだ。


「フフ、どれにしよっかな~。巴さんどれにします?」

「ん~。これ。チョコミント~」

「ミント! いいですねミント!」

「この前初めて食べたらおいしかった~」


 巴先輩はチョコミント……ボウリング場でオススメした記憶があるが、あれが初めてだったのか。

 気に入ってくれたのは嬉しいことだ。


「あたしこれにしよ。クッキーアンドクリーム。巴さん分けっこしましょ!」

「ふふ、いいよ~」


 やりとりのいちいちに癒される。

 

「白井選ばないの?」

「え、あぁ、どうしようかなって。……正直あんまりおなか減ってないんですよね」

「アハハ、私も。お昼食べたばっかだしね」


 ということで冷たいものはアリなのだが、食指はそこまで動かない。


「あ、じゃぁこれ分けよっか」

「あ~、papic〇。ナイスアイディアですね。めぐるさんともよく分けますよ」


 八代先輩が手に取ったのは二人で食べる定番のアイス。

 コスパ最強、と月無先輩とよく分ける。

 

「へー、初papi〇oはもう済ませてあるってことね」


 なんかやらしい


「あ、それにするんですね! あたしもしょっちゅう白井君とpa〇icoします!」


 だからなんかやらしいって。


「あはは、白井君、めぐるいるのにヤッシーともp〇picoするんだ~」


 もうやらしい隠語じゃん。


 そんなこんなで買い物を完了し、コンビニを後にした。


 ――


 自分と八代先輩が車に買ったものを搬入する中、月無先輩と巴先輩は隣の駐車スペースの縁石に仲良く並んで腰掛けていた。

 

「二人とも車の中で食べればいいのに」

「暑いからこそ外でですよ!」

「アハハ、それもそっか」


 結局皆で外で食べる流れになり、自分と八代先輩もアイスを分けた。

 食べなれている味でも、こういう特別感のある場面では一層おいしく感じるもの。

 幸せなひと時を満喫しながら、また巴先輩が話題を振った。


「あ、そうそうめぐる、これ。浮気現場」

「……あ~やっちゃってますね」


 ……朝のアレね。何か茶番が始まった。


「さ~判定は~?」


 緩いノリで裁かれても何も怖くはないが……


「吹先輩に報告で」


 ガチ裁きまったなし。


「死んだね白井」

「死んだね~」

「最近秋風先輩のポジションが分からなくなってきたんですが」


 緩い冗談の流れではあるが実際ちょっと怖い。

 

「ふふ、でもアレだよね、これ男子に見せた方がマズそう~」

「……それは間違いないですね」

「え、何で?」

「……いや八代先輩自覚ないって逆にすごいですけど」


 関心がなさすぎてモテる自覚がないパターンである。

 

「あたしはヤッシー先輩一番人気説を推してます!」

「いやないでしょ……奏とか巴の方が」

「っと供述しております~」


 お、珍しく八代先輩イジりのパターンだ。

 ……実はイジられ耐性があまりないのは知っていたりする。


「正直なとこ、多分そうですよ」

「ほら~男子からの意見~」

「って言われてもねぇ……」


 そう言って頬をぽりぽり。珍しくちょっと照れている。

 でも合宿マジックの話題だったりで真っ先に名前があがったりしてたし、憧れの目は実際にかなり集めている。


「ちなみにどんな理由があるの?」


 月無先輩の追い打ちが入るが……まぁこれは全く邪念のないただの疑問だろう。


「……こういうのって異性の口から言えるもんじゃなくないです?」

「……それもそうだよね」


 下手なことを言ってもよくないし、何より八代先輩が微妙に居心地が悪そうなので口を噤んだ。


「あたしが男子だったら絶対惚れちゃいますけどね」

「めぐるさん三女の方全員そうでしょ」

「そうだが」

「堂々としてんなぁ」


 この人同性じゃなかったら結構問題ある気がする。


「あはは、めぐるハーレム系主人公だ~。最近流行りの~」

「ハハ、巴さんそういうのも好きなんです?」

「いや? あれは女ナメすぎ」

「急にガチ」


 ラブコメ好きによるマジトーンのガチレスであった。


「よし、じゃぁそろそろ戻ろっか」


 アイスも食べ終わり、車に乗り込むも、何か少しだけ引っかかる。

 なんとなくだが……自分だけ得をしているような気がする。提案してみよう。


「八代先輩」

「ヤッシー先輩!」

「「え」」


 月無先輩と声が被る。

 どうぞと譲られたので、まずは自分から。


「あ~、やっぱアイス買っていっても溶けちゃいますかね?」

「あたしも! 同じこと思ってました!」

「フフ、二人とも気が利くね。去年は失敗しちゃったけど~、早く戻れば大丈夫かな?」


 帰ってすぐに冷凍庫に入れれば大丈夫だろうとのこと。

 

「お金渡すからどうせなら皆の分も買ってきな」

「いえいえ、一年男子のは俺が出すんでいいですよ」

「あたしも大丈夫ですよ! 思い付きですしいっつもヤッシー先輩に出してもらってますし!」


 自分の場合は保身が入っているが、月無先輩は純粋な気持ちだろう。

 

「白井君太っ腹~」

「まぁたまにはこんなお金の使い方もいいんじゃないかって」


 出費は小さくはないけど、悪いことじゃないだろう。そう巴さんに返答した。


「じゃぁ今回は私が出してやろ~」

「え、いや悪いですって」

「そうですよ!」

「ふふ、たまにはこんなお金の使い方もいいんじゃないかってさ~」


 ……上手いこと返されてしまった。

 先輩としての器量を見せつけられたような気もする。


「フフ、二人とも、こういうのは甘えておきな」

「じゃ、じゃぁお言葉に甘えて……巴さんありがとうございます」


 結局、言い出しっぺの二人とも肩代わりしてもらい、皆の分のアイスも買ってホテルへと戻った。

 一年ズも「巴さんから」という名目の方が喜ぶだろう。

 幸せのおすそ分け、そんな感じだ。


 荷物をホテルに持って戻る中、改めて巴先輩にお礼を言うと、


「いいっていいって~。いっつもいいもの見せてもらってるしさ~」


 そう返された。

 自分たちがそう見られていることは少し嬉しいことで、巴先輩も優しく見守ってくれている一人だとよくわかる言葉だった。

 巴先輩には結構突っつかれることが多いけど、嫌な気が全くしないのは、そういう心根がこちらに伝わってくるからだろう。


 ただ買い出しに行くだけ、という合宿の一幕。

 それでもやはり、仲間と過ごす時間は素敵なものに満ち溢れている、そんな風に思う出来事だった。




 隠しトラック

 ――責任  ~コンビニにて~


「あ、白井君見て見て、アレなんだっけ、パニッシャー?」

「汚れた床は俺が裁く……! ってんなワケないでしょ……ポリッシャーですよポリッシャー」

「あはは、ノリツッコミ~」

「フフッ、アハハ! 白井君そんな能力隠してたんだ」

「普通にツッコむだけじゃ飽きられる気がして」

「意識高いね~」

「……何か最近思ったことがあって」

「?」

「この部活の人、ボケ寄りの人多すぎません?」

「「あ~」」

「白井君にツッコミ全任せなとこあるよね」

「主にあなたですが」

「ですよね」

「ハハ、こっちも手段増やしていかないとって思って」

「「無駄に意識高い」」


「めぐるもまぁまぁボケるもんね~」

「……他に人がいない時はボケっぱなしですよ。半分は天然ですけど」

「む~、あんまり言わないでよ~。巴さんならいいけど」

「あはは、でも白井君なら絶対相手してくれるから安心しちゃうんだよね~?」

「フフ、正直それありますね」

「喜んでいいのやら……」

「ちなみに藍ちゃんも似たようなこと言ってたよ」

「あの人は荷が勝ちすぎる」

「あはは、ノンストップだもんね~」

「ちなみにはじめちゃんは正直白井君には悪いと思ってるだってさ」

「何か責任押し付けられてる」

「あはは、鍵盤だけじゃなくてツッコミも期待されてるんだよ~」

「もうパートみたいなもんになってるよね」

「役職なんか……」


「あとはヤッシーくらいしかツッコミいないもんね~」

「いや一回八代先輩にもボケられましたよ。陸上部ネタで」

「え、珍しい! 白井君それメッチャレアだよ」

「……なんかそれでツッコミに関して変な責任感芽生えましたね」

「あはは、いいじゃん、それだけ気に入られてるんだよ~。責任取ってあげな~」

「ちょいちょいギリギリ攻めますね……俺の言い方完全にダメでしたけど」

「ふふ、ごめんごめん、ちょっと下品だった」

「でもボケちゃった相手は仕方ないよ。そこは白井君責任取らないと」

「俺どんだけ責任取るんですかね」

「そりゃ全員だよ!」

「めぐる意味わかってる?」


 わかってない。



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