思い出の塗りつぶし

 九月中旬 合宿四日目 午後


 暇を持て余した昼下がり。

 一年部屋で林田と椎名、小沢の四人でダラダラと過ごす。

 

「あ、そうだ。皆アイスあるよ」

「お~マジか。え、買ってきてくれたん?」

「うん。買い出し行ったついでにお前らの分も」


 気が利くなぁと一年ズの感謝を身に受けるが、


「ちなみに一年男子の分は巴さんからだぞ」


 こっちの方が嬉しいだろう。事実だし。

 ただアイスの差し入れだというのに、三人とも目が変わって喜ぶ姿に自分も嬉しくなる。


「じゃぁ今ロビーに預けて冷やしてるから取ってくるね」

「「「あざっス!!」」」


 そんなわけで、ロビーに向かった。

 二年部屋の並ぶ廊下を突き当り、左に曲がりロビーに向かうと、なんだか楽しそうな声が聞こえた。


 ロビーに並んだソファ、そこには草野先輩バンドの面々がいた。

 何をして……あ、ニンテンドーSwitchだ。


「お~白井」

「川添お疲れ……っと、何のゲームしてるの?」

「スプラ」

「おぉスプラトゥーン」


 川添に細野先輩に田淵の三人でそれぞれSwitchの画面を見て白熱している。

 ゲーマーの細野先輩はわかるが、田淵までやるとは意外だ。


 楽しそうだなぁと少し眺めていると、桜井先輩が話しかけてきた。


「白井君もスプラトゥーンやる人?」

「あ、いえ俺はスイッチ持ってなくて」

「え、意外」

「ハハ、よく言われます」


 月無先輩の弟子ということと、ゲーム仲間ということも浸透しているので、自分がスイッチを持っていないのは色んな人に意外と言われる。


「軽音何かとお金がかかるので買う余裕がなくて」

「ふふ、そうだよね。合宿費だけでいっぱいいっぱい」


 ほとんど話したことなく、間もあまり続かなかったが、桜井先輩は物腰柔らかで穏やかな印象だった。

 

 フロントで預けたアイスを出してもらうのを待っていると、草野先輩が階段から降りてきた。


「お待たせ~」

「おー来たか草野。よし、四人でやんぞ」


 なんと、草野先輩もやるようだ。

 バンドの仲間でこうやって四人でゲームというのも少し羨ましい。


 どうせなら川添バンドには今アイスを配ってしまおう。

 一律でたくさん入ってるソーダバーだし。


「あ、皆さんこれ、さっき買い出し行ってきたので」


 呼びかけると皆の注目がアイスの箱に集まる。


「マジか白井、神じゃんお前」

「喜べ川添、ちなみに男子勢の分は巴さんからだ」

「……神じゃん」


 一年勢からの巴先輩の神格化が留まることを知らない。

 こういうのは好きか嫌いかに関わらず嬉しいもの、川添バンドの面々の笑顔が何よりの褒章のように思えた。


「巴ってこういうことするキャラだったっけ?」

「意外だよね」


 細野先輩の疑問に、草野先輩も同調した。

 確かに以前の話を聞けば、そういうことをするタイプではないとわかるが、自分の知っている巴先輩は仲間想いの優しい人だ。

 

「スーちゃんが言ってたよ。最近のともちゃん、すっごい優しいって」

「あー、でも後輩可愛がるタイプかもね」


 桜井先輩たちが話す巴先輩像も少し気になったが、アイスが溶けるので一年部屋へと戻った。


 部屋に戻り、アイスを渡すと一年ズの三人は不可思議な程ありがたかった。


「メガネ神の施し……うめぇ」

「やっと椎名もメガネのありがたみがわかったか」

「あん時はすまんかった」


 ずいぶん昔にメガネをディスったことに対する謝罪も受ける。

 しかし幸せなひと時は一瞬にして過ぎ去り、再びダラダラムードに。


「そういえば川添バンドの人たちでロビーでスプラやってたよ」

「あーそういやバンドでブーム来てるって川添言ってたな」


 椎名の情報によると、細野先輩が広めて皆ハマったとのこと。

 夕飯の時間までやることもないので観戦でもするかと、椎名とロビーに向かった。

 林田と小沢は「アイス食ったらやる気メッチャ出た」とのことで練習するようだ。

 

 再びロビーに到着すると、白熱する川添バンドの姿が。

 ちょうど終盤に差し掛かっていた模様で、ぐぬぬと唸る田淵に余裕を見せる細野先輩、いつになく真剣な表情の川添にと三者三様の姿。

 草野先輩は勝ちを諦めたのか画面を眺めてコーヒーを飲んでいる。


「あ~。また川添のせいだー。協力しようって言ったのにー」

「お前漁夫ってくんだろ!」


 こういうゲームは割と性格が出る。

 協力すると見せかけて漁夫の利を狙う田淵のような戦法もあるだろう。

 一年同士の楽しそうなやりとりに少し羨ましく思う。


「あ、白井さっきアイスありがとうな」

「いえいえ。お礼は巴さんとめぐるさんに」


 細野先輩が改めての礼を言ってくれた。

 一試合終わり休憩をはさむようだ。


「細野さん手加減してくださいよー」

「ハハ、田淵よ、ゲーマーに手加減なんて言葉はねぇ」


 ……自分と月無先輩みたいなやりとりしてる。


「あ、でもアンタそういえば白井に負けたんでしょ」

「何故それを今言う」


 昨日のスマブラ大会の話題を草野先輩が蒸し返す。

 細野再びの敗北としてすでに知れ渡っている模様。


「スプラくらいは花持たせてあげなきゃって思うよね、川添」

「な、田淵。うちの大黒柱だし」

「お前ら……」


 ……惨めキャラが悪意によって定着されようとしている。

 でもこんなやりとりは仲の良さの表れだし、川添バンドも一つの家族のようなものなんだろう。


 水を差すつもりもないので、自分と椎名は別のソファに位置取り、再び始まった対戦に白熱する声をBGMに過ごした。


 少したって、様子を眺めていた椎名が桜井先輩に声をかける。


「桜井さんはやらないんすか?」

「私は見てるだけだなー。ゲーム全然やらないから」


 でも、見ているだけでも楽しそうだ。


「ヨミはドジっ子だからゲーム無理」

「もー広めるのやめて」


 ……ドジっ子なのか。

 草野先輩によって明らかになる三女の生態系。

 ちなみにヨミというのは桜井先輩のあだ名だろう。確か下の名はこよみだ。


「ヨミさんしばらく味方にインク撃ってましたもんね」

「目に入ったもんとりあえず撃ってたよね。アタシ後ろからめっちゃ撃たれたし」


 トリガーハッピーかな。

 しかし夏バンドは家族、なんて秋風先輩が言っていたが、このバンドも皆そう思えるような仲の良さだ。

 白熱する四人に、それを楽しそうに見守る桜井先輩、ただ部活でバンドをやるメンバーという以上の間柄に見えた。


「そういや月無さんってスプラやんないの?」


 椎名がそう尋ねてきた。


「細野さん月無さんの名前出るだけでピクってなるんすね」

「アハハ川添、ツッコんでやるなよそれ」


 ……トラウマ以外の何物でもないじゃん。


「どうなんだろ。俺switch持ってないから話題に出たことないんだよね」

「あ、そっか。言ってたなそう」


 月無先輩のことだから多分やっているんだろうけど、と付け足すと、またも戦闘を投げ出したご様子の草野先輩が話しかけてきた。


「あの子ってなんでもやるの? ゲーマーゲーマー言われてるけど」

「そうですね……むしろやらないゲームって何なんだろうって思うくらいには」


 多方面にやたら詳しいので本気でそう思う。

 とはいえ、好きなゲームの基準はわかりきっている。


「曲がいいゲームなら何でもやるって感じだと思いますよ」


 草野先輩はへ~と納得して続けた。


「じゃぁスプラもやってるかもね。曲いいし」

「あ、それ言ってあげるとすごい喜びますよ」


 とても有用なことを聞けた気がする。

 草野先輩がスプラの曲を気に入っている、それはきっと足がかりになる情報だ。


「ふふ、チャンスじゃない? 紅」

「え、いやチャンスとか……あ~」


 桜井先輩が草野先輩にそう耳打ちしたのも、多分自分と同じことを考えている。

 というか多分、誰も疑問を抱いてなさそうなあたり、皆事情を知っているのだろう。


 夕飯時が近づいたころ、中半練の終わりの時間。

 地下スタジオ階に続く階段から声が聞こえてくる。


「よっこい……しょういち! ……ふ~」


 ……ほんとたまにオッサンくさいよな……月無先輩。

 鍵盤が入ったケースを運び、階段を上がってきた。

 しかしちょうどいいところに通りかかった。

 未だスプラトゥーンに白熱する草野先輩たちの後ろを横切り……うわめっちゃ見てる。超気になってる。


「ふふ、わかりやすいね、めぐるちゃん」


 そう言って桜井先輩がおいでおいでと手招きする。

 嬉しそうな顔をして、鍵盤を柱に立てかけてすぐさまこちらに向かってきた。


「何やってるんですか!?」

「お~、月無、スプラだよスプラ」

「スプラ!」


 細野先輩の返答に目を輝かせて黄色い声を上げる。

 興味津々な子供のような瞳がなんとも愛くるしい。


「アハハ、案の定だね。めぐるもスプラやるの?」

「もちろんです! 大好きです! 紅さんもやるんですね!」

「コイツらとやる時だけだねー」


 草野先輩とそうやりとりすると、さらに嬉しそうにした。

 しかしまぁ、「混ぜてください」とすぐには言わないのは……草野先輩への遠慮があるのか、それともトラウマを負っている細野先輩に気を遣っているのか。


「……そうだ、めぐる、次やる? これ終わったら。アタシの代わり」


 月無先輩からすればこれとない嬉しい申し出だろう。

 細野先輩がビクッってなったのが目に入った。


「え、いいんですか!?」

「いいよやりな。細野ブッ倒してよ」

「……いいんですか?」


 細野先輩が悟ったような、爽やかな諦めスマイルを見せた。

 

「……いいんですか? 細野さん」

「……いいよ!」


 軽く自棄してる感じの承諾に一同が笑いをこらえた。

 多分月無先輩は、このスプラ会の主導であるからという意味で了承を求めたのだろうが、周りには「(殺っちゃって)いいんですか?」にしか聞こえなかった。


「細野さん、これ多分最後なんで勝たせてあげますね」

「私と川添から勝利のプレゼントです。……最後の」

「はぁ!? 勝つし!? こっからも!」


 後輩二人のエゲつない気遣いを受け、恐らく細野先輩にとって最後の勝ち試合が……


「あ、勝った。細野さん、月無さん来てから動揺しすぎっしょ」

「……ちょっと川添空気よみなよ」


 もうメンタルズタボロじゃねぇか。

 謎に同情を誘うシーンに月無先輩がちょっと申し訳なさそうにするも……


「じゃ、はいめぐる、トドメ刺してあげて」

「……え、本当にいいんです?」

「……来いや!!」


 もう細野先輩は完全にヤケである。

 っていうか月無先輩、自身が負けるとは微塵も思ってないのすごい。


 でも結局、始まったら始まったで強敵に挑む三人対月無先輩の様相は笑顔に溢れたもので、さらに白熱しながら皆楽しそうにプレイしていた。

 月無先輩は流れるBGMを鼻歌でなぞりながら、きっと皆でやりたかったであろうスプラトゥーンを謳歌していた。


「アハハ、めぐる、本当にゲームの曲好きなんだね。聴きながらやるとかアタシできないや」

「フフ、もうそういう耳になっちゃってますから! サントラも持ってますよ!」

「そっか、サウンドトラックとかあるのか。今度貸してよ」

「もっちろんです!」


 手が空いた草野先輩も、少なからずあったであろう溝を埋めるように、月無先輩とコミュニケーションを深めていった。


「あ、私も聴きたいです! 貸してください!」

「いいよいいよ~! じゃぁ紅先輩バンドの皆で是非聴いてよ! 合宿終わったら持ってくるね!」


 田淵の援護射撃に喜びも有頂天のようである。

 ……川添と細野先輩は相当にガチな表情でゲームに集中している。


「……あ、やられたぁ。月無さん、私スプラの曲メッチャ好きなんですよ! サントラ欲しいなって思ってて」

「サントラ最高だよ~。ライブ音源まで入ってるし!」

「そうなんですよ! それ聴きたくて!」


 田淵がそう乗ってきたのは思わぬ収穫だろう。


「たぶっちゃん、集中しないと勝てんぜ」

「あ、細野さんすいません!」

「喋りながらなのに俺がボッコボコにされるレベルの相手だぜ」


 ……画面見えないから戦況把握してなかったけどやっぱそんな感じなんか。


 そんなこんなで数戦続き、


「ッかー……マジ勝てねぇ」


 細野先輩が屈服したかのようなセリフを吐く。

 しかし、どことなく清々しさがあり、この時間が楽しいものであったことは明白だった。


「アハハ、よくやっためぐる。コイツちょいちょいドヤってきてウザかったから」

「懲らしめられたっすね細野さん」

「いやわかってたんだぞ!? 上には上がいるのは」

 

 細野先輩ディスの割合が何故か多いが、思い思いの感想を並べた。

 

「イヤマジ今度絶対リベンジするわ……」

「フフ、またやりましょう! 是非! ありがとうございました!」


 今日だけでなくまた今度、という細野先輩の言葉は、ある種一番言ってもらいたかったものかもしれない。

 これ以上ない歓迎の言葉だ。


「あ、紅先輩……後で花火やるんですけど、一緒にやりませんか?」


 Switchを返す時、月無先輩がそう誘う。


「うん、やろうやろう。深夜連入るけどそれまで空いてるし。折角だしね」


 自然な流れで誘えて、そして快諾。

 なんでもないように見えて、多分二人にとっては、それまでの穴を埋める大切な約束なんだろう。

 桜井先輩が「よかったね」と囁くと、草野先輩は少し反応しづらそうにもしていたが、その約束が心からのものであったことは間違いないように思えた。


「姐さんヤンキー座りで線香花火とかやってたらメッチャ似合いそうっすね」

「そういうヤンキーいるよな」


 ……めっちゃ想像つくけど川添も細野先輩もよくブッコめんな。


「アンタら的にするね」

「「すいません」」

 

 ……結構バイオレンスだった。


 色々と気になっていたことだったが、いい方向に進んでいるのが見れたのは自分にとっても本当に嬉しいことだった。

 鍵盤を抱えて部屋に戻っていく月無先輩の安堵の混じった笑顔は、部活動生活の一つの悩みを晴らせたようなものにも見えた。


 部活を続ければいい思い出ばかりではない。

 それでも、そんなものはそれ以上に楽しい思い出で塗りつぶしてしまえばいい。

 いつもとは少し違う月無先輩の笑顔は、そう感じさせてくれるものだった。


 



 隠しトラック

 ――前科者 ~食堂にて~


「お~し、まぁ今日からの深夜連の連絡はこんなもんで~、あとは事件簿登録すべき出来事が二つほどあったので紹介するんだぜ」


 ……嫌な予感がする。


「まずは事件登録名……『白井無双』!」


 ……ほらぁ! 


「被告人……起立」

「……え、そういう感じなんですか?」

「そういう感じだ」


 昨日までは事件簿登録あってもあっさりした感じだったのに……


「何があったのか、自分の口から説明してもらおう。……具体的に」


 ……面倒すぎる。


「できるだけ面白く」


 ……ありのままを伝えよう。


「え~……一回戦、二回戦で土橋先輩とヒビキさんをパーフェクトゲームでボコしたあと、決勝で細野先輩をだいぶ余裕を持って倒しました。何で緊張してたんだろうってくらい楽勝でした」


 わざとらしく不遜に……


「お~それでこそうちの鍵盤だ~」

「しろちゃん、ちゃんと勝てたのね~」


 意外と好評で助かる。


「次、では被害者の細野君」

「……もういいだろいただきますしようぜ」

「うるせぇ」


 暴君すぎる。


「あ~……去年に引き続きゲーマーとしてのプライドが見事に折られました。もう後輩が怖いです」


 トラウマになってんじゃん。


「っとまぁ、被害者の声を聴くに、被告が与えた精神的ダメージは看過していいレベルではなく、ヒビキズジャッジは……有罪! 白井、お前前科一犯な」

「ルールに従ってやってただけですよね!?」

「などと供述しており」


 ……まぁ笑いも起きてるし、おいしいからいいとしよう。


「では次! ……『魔王降臨』! また月無がやりました」


 あぁ……再犯。

 罪状と被害者の声が読み上げられ、改めてさすがと部内認識となった。


「ということで、これからは月無のことをガノンドロフと間違えても許すことにする」


 判決謎過ぎる。


「え、ちょっと嬉しいかもです」


 それでいいのかあんた。



 余談

 スプラの曲については勿論語るべき曲が多数あるので、また次に!

 花火回の時を予定しております。

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