メグル・メンタリティ

九月中旬 合宿四日目 午前 軽音学部合宿場


 合宿四日目ともなると、明後日に控えたライブ本番を意識し始める。

 調子よくいい雰囲気で続けられているバンドもあれば、焦燥感や不安から空気が悪くなったりするバンドもある。

 幸運なことに、自分の所属するバンドは二つとも前者といっていい。


 実力者が揃った巴バンドも、一年が三人のバカバンド(仮)も、上級生が上手く引っ張ってくれているおかげで、そこまで躓くようなことは特になかった。


 とはいえ問題がないわけでもない。

 休憩中、部長の一服に付き合う中、それについて先達の意見を乞う。


「ソロってどうやったらミスらなくなるんですかねぇ」


 フーと大きく煙を吐き、部長が答えてくれた。


「俺ベースだしそんなに機会ねぇからなぁ。ノリに身ィ任せる感じだなぁ」

「あ~、確かにベースならリズム隊ですし、それが一番大切な感じしますよね」


 真理ではあるが……それは部長の確固たる実力があってこそな気もする。

 微妙に癪だが、この場にもう一人、聞ける奴がいる。

 しかもこいつは何故か、ソロだけは絶対にミスらないという特殊能力を持っている。

 参考になる気はしないが……一応聞くか。


「林田はソロの時どうしてる?」

「オメーぜってー今オレに聞くのイヤだとか思ったろ」

「なんか負けた気がするじゃん」


 ここは包み隠さずいこう。


「でもオレ、アレだぞ、何も考えてねーな」

「そんな気がしたから聞くの躊躇ったんだが」


 しかしまぁ、邪念が入ればミスりやすくもなるし、頭からっぽの方が音も詰め込めそうだ。

 CHA-LA HEAD-CHA-LA理論だ。


「っつーか月無さんに聞きゃいいじゃん。あそこにいんじゃん」


 林田が指さした方向。プールに足を浸からせておしゃべりに興じる月無先輩。

 いるのには気づいていたのだが……


「水木とセットだとな。お兄さん事情は知ってる」

「……割って入りづらいんですよね」

 

 林田がぽかんと口を開いたままバカ面を晒しているので事情説明。

 恋愛偏差値ゼロの月無先輩は彼氏持ちの水木先輩に教わっている、との噂。

 まぁそうじゃなくても、色々と話は合うだろうし、元々仲が良いから一緒にいるんだろう。


「じゃーこっち気づくまで待つかんじかー?」

「ここはお兄さんに任せろ」

「……何する気ですか」


 行動に出づらい状況を部長が打破するとのこと。

 何も言わずに得意のゲスい笑みをニチャァと浮かべると……。


「……あ、なんか悪寒走ったみたいな反応」


 ターゲットは二人ともブルッっと体を震わせ、恐る恐るこっちを見る。


「ヒビキ流毒電波よぉ」

「もう凄いのかキモいのかわからんです」

「すごいキモいでいいんじゃね」

「お前ら……一応俺部長だからな?」


 冷静に考えれば信じられない特技だが、二人はこっちに気づいてくれた。

 

「おーいこっちおいでよー! ヒビキさん以外―! きもちーよー!」


 月無先輩が笑顔で手を振ってきたので、林田と自分はプールの方へ。


「呼ばれたので行ってきますね」

「じゃ、ヒビキさん乙ッス」

「……っかしぃな。俺のおかげのハズなのにな」


 ――


 扱いはさておき、部長のおかげで月無先輩達に合流する。


「……ちなみに何の話してたの? なんかすっごいイヤな視線感じたんだけど」

「あぁ……言わんであげてください。こっちに気づくようにやってくれたので」


 やっぱアレ嫌なんだ。


「あ、そういうこと。……ってか何で?」

「丁度めぐるさんにソロのコツ聞こうって話題だったので」

「なるほど!」

 

 すると、ちゃんとアドバイスをくれるようで、少し考える仕草をする。


「でも特には……とにかく練習って感じだよねぇ。ねぇはじめちゃん?」

「え、ウチ? ……あ~でもそうだよね。氷上さんに見てもらったりするけど」

「はい出たのろけ~。隙あらばヒカミン~」


 彼氏の名前出ただけで……小学生レベルだな。


「白井、めぐる最近ちょくちょくこんな感じなんだけど」

「……多分今までイジられてきたから、イジり返す機会無理に狙ってるんですよ」

「……めぐるそうなん?」

「そ、そんなことないですよ?」


 ……完全に図星で見事に羞恥の表情。

 水木先輩と林田が慈しむ目になっている。

 

「ま、まぁそれはそうと! やっぱとにかく練習かなぁ。アドリブ入れるにしても、そこは手癖で勝手に動くようになるくらい」


 月無先輩はごまかしついでに早口でそう続けた。


「あ、でも氷上さんもめぐると同じようなこと言ってた。人にもよるけど、本番じゃ練習の80%くらいしかでないから120%で練習しておけって。そしたら嫌でも動くって。まぁソロだけじゃなくて全部のことだけどね」

「なるほど、無意識に動くように120%でやるって感じですか」

「120の80パーだったら96じゃねぇッスか?」

「……お前計算は出来るんだな。でも着眼点がバカ」


 林田の茶々が入ったが、


「林田君計算早!」

「めぐるもたまにバカだよね」


 クッソ、話が進まん。なんで清田先輩然り変なとこで共鳴するんだ。


「で、でもアレだよ、弾けるようになったら練習おしまい! じゃなくて、そこから本当に完璧に仕上げるまでやるって感じ! 」

「なるほど……確かにちゃんと練習してるつもりでしたけど、そういう考えで言えば途中で切り上げてたってことかもしれないですね」


 細かいミスは経験の浅さと思っていたが、単純に練習に対する意識の問題でもあった、というわけか。

 ただの弾ける、はまだスタートラインと。


「ちなみにあたしはもう無意識に刻まれるくらい同じフレーズずっと繰り返して弾く。こう、頭からっぽにして身を任せてもできるくらい」

「そういえばたまにやってますね……でもそれくらいやらないとって感じか」

「うん。そうしないとゲーム音楽なんて弾けない」


 それもそうか。

 特に本来的に機械制御のゲーム音楽は、演奏面で見れば一切乱れのない完璧な音楽。

 月無先輩の正確無比さはテンポやリズムにも表れているし、目標設定の次元が普通の人と違う。

 ゲーム音楽絶対弾くウーマンである。


 何も考えないというのは林田と同じだが、それも真理の一つなんだろう。

 大好きな音楽のために、無意識でも揺らぐことのない完璧を目指す。

 これぞ月無先輩のメンタリティか。


「月無さんって弾けない曲とかあるんスか?」

「あるよ~。ミスなしで弾けない曲なら結構。絶賛練習中だね!」


 ふと林田が話を拾う。

 確かに、弾きたい曲の中で弾けない曲があるイメージはあまりない。

 練習中の曲は人に聴かせないというだけだとは思うが。


「あとで弾いてみてよめぐる。めぐるがミスってるとこ見てみたい」

「えー何それ!」

「フフ、でもそんくらい難しい曲、実際に弾くの見る機会少ないし」


 少しからかいつつ、水木先輩が聴きたさを露わにすると、どうしようかなと月無先輩が悩む。


「練習中の曲を人に聴かせるのはなぁ~……」


 やはりそういう理由のようだ。

 しかし……


「でも前に聴かせてくれたことありませんでしたっけ、Y’sの。練習中とか言ってた気が」


 別に前例がないわけではないし、と思ってそう言うと、


「いやそれは白井君だからに決まってるじゃん」


 なるほ……あ、しまったわ。


「めっちゃノロけるッスね~」

「白井になら全部見せられちゃうんだな~」

 

 別に誘導する気はなかったのだが、月無先輩の特技が自爆なのを失念していた。


「今のは白井君が悪いよね?」

「すいません、なんか」


 微笑ましい笑みを向けられなんともいたたまれない気になるが、とりあえす話を戻そうと思ったところに、


「でもオレも聴いてみたいッスねー、月無さんのピアノ」

「バカいいこと言った」


 バカの一声。即座にグッジョブと追撃を入れる。

 話も切り替わるし、上手いこと演奏させる空気を演出だ。


「ちょうど休憩中ですし今なら」

「え、そういう空気?」


 そんなところに、建物から八代先輩の声が聞こえた。

 スタジオの縦長の窓を開け、こっちに身を乗り出している。


「おーいそろそろ戻ってきな~」


 今戻りますと返事をし、立ち上がる。


「休憩終わりなら仕方ないね! また今度!」

「ハハ、危機回避できましたね。聴きたかったですけど、また今度」


 すると、水木先輩も立ち上がり、


「ヤッシーさ~ん! めぐるがピアノ聴かせてくれるって~!」

「え!? ちょ、はじめちゃ」

「お~いいねー、じゃぁ折角だし弾いていきな~」

「あぁぁん……」

 

 八代先輩は全く悪気ないのでなんとも言えない。


「あ、あ! でも足濡れてますしー! プール!」

「タオルないのー?」

「あ、な~……」

「あるよね? めぐる」

「……ありましたー!」

 

 ……観念した模様である。

 この程度でも嘘がつけないのは可愛いところだ。


「むー……はじめちゃんの鬼」

「はっはっは、やったらやり返されるのだよ」

「水木先輩ちょくちょく容赦なく追い込みますよね」


 ――


 スタジオ内に月無先輩と水木先輩を招き入れる。

 さぁどうぞ弾いてくださいという空気は結構いたたまれないものがあるが、


「俺ピアノソロって生で聴いたことないんすよね~。楽しみだなぁ」


 椎名の掛け値ない言葉に、月無先輩も気を取り直して自分の鍵盤の前に坐した。


「じゃぁ~……今一番練習してる曲!」


 さぁ何を弾いてくれるのだろうか。

一同の期待の視線を集め、スーッと深呼吸をして、ピアニストの目になる。

 そして……


 イントロのフレーズを聴いた瞬間、キタ! と心の中で叫んだ。

 その喜びを、隣で見ている水木先輩が察したか、


「知ってる曲?」


 小声でそう尋ねてきたので、興奮のままに首を縦に振る。

 初代めぐるゲーム音楽十選にも入っていたKingdom Hearts Ⅱの『working together』、そのアレンジ版だ!


 軽快なイントロから入り、同じモチーフを繰り返しつつ曲の勢いが増していく。

 それにつれて聴く人の表情も驚きに変わっていく。

 まさに超絶技巧という曲で、ピアノコレクションバージョンは是非一度生で聴いてみたかった。


 しかし、聴いていると先程月無先輩がくれたアドバイスの真の意味が理解できた。

 機械の音楽としてのゲーム音楽へ対する正確無比さ、それはとは打って変わって情感豊かに、緩急も抑揚も納得せざるを得ないレベルで弾きこなす。

 弾ける弾けないのレベルを優に超えたそれは、確かに無意識で曲に身を任せることで初めてできる。

 そういった弾きこなしこそが、月無先輩の真骨頂だと、改めて思い知った。


 しかし、何よりも印象的だったのは……月無先輩の弾く姿だった。

 楽しい曲調に釣られてか、はたまた別の理由か。超然としたピアニストとしての表情ではなく、至福のひとときを謳歌する少女の笑顔は、見る人も自然と笑顔にさせた。

 

 大団円を迎えるように華やかに曲の終わりがやってくると、魅了されたように一同の拍手が起きる。


「いやしかしすげぇな……でもこれ何の曲だっけ。お兄さん聴いたことある気がしてならん」


 本心からの感想を述べつつ部長がそう尋ねる。


「キングダムハーツですよ! トワイライトタウンの戦闘曲!」

「あぁキングダムハーツだ。思い出したわ」


 話が弾みそうになるが、練習の休憩中だったことを思い出したか、


「あ、そうだそうだ、練習中ですよね! ありがとうございました弾かせてもらって!」


 そうそそくさと退場した。

 皆からの集まったお礼の言葉に照れ臭そうにしていた。


 各々の感想も、手放しに誉めると同時に、改めて月無先輩の努力の量を認めるような言葉もあった。

 天才というだけでなく、本気で取り組んでいるからこその実力だとは、ここにいる人は皆わかっている。


「ってか白井、キングダムハーツって、今のってゲーム音楽なん?」

「あ、そうだよ。ピアノアレンジ版だけど」

「へぇ~すげぇ。クラシックと変わらんじゃん」


 初見で聴けば皆椎名と同じ反応をするだろう。

 

「他も聴いてみたかったわ」

「白井に弾いてもらえばいんじゃね?」

「弾けんの? 白井」

「弾けると思うか?」

「「思わねーな」」


 コイツら……。

 しかしまぁ、それだけ貴重な体験をできたと思ってくれれば、自分としては満足だ。


「アハハ、でもピアノソロ結構上手いって、めぐる言ってたよ?」

「あ~……一回聴いてもらったことあります。そん時は不思議と上手く行ったかも」


 その時の感覚は……全然無心じゃなかったな。

 色んな想いがあったし、正直言って月無先輩のことばかり考えながら弾いた。


「ならその感覚とか思い出せばいんじゃねぇか? 上手くいったときの感覚って重要だぞ」

「ですよね……練習再開しましょう!」


 その感覚が人には言えないものだからか、少し紛らわすようにそう返した。

 とはいえ、自分にとっては結局その方がいいのだろうか、そんな風にも思った。

 ……自分にとっての無意識すら、もはや月無先輩に支配されている気がしないでもなかった。


 ――


 練習が終わり、昼食のためにロビーへ向かうと、ソファに月無先輩達がいた。

 合流して先程の演奏に改めて感謝を述べる。


「そういえば結局ミスってなかったですよね? 抑揚やら何まで全部完璧だった気が」


 そう加えると、月無先輩は少し照れつつ頬をぽりぽり。


「ちょ、ちょっとこっち来て」


 皆から多少離れたところに自分を誘導し、小声で続けた。


「……あたしさっき無心で弾けるようにとか言ったじゃん」

「あ、言いましたね」

「……あれ嘘かも」


 ……どういうことだ?

 言いたいことがよくわからずぽかんとしてしまう。


「……もう察し悪いなぁ!」

「えぇ……?」


 そしてもじもじしながら次の言葉を唱えた。


「白井君に聴いてもらいたくて練習してたから! ……そう思って弾いたらすごい上手く行ったの」

「……え」


 心底嬉しい言葉ではあるが……不意打ち過ぎて非常に返しに困る。


「行ったの!」

「え、あ……はい。……ありがとうございます」

「……フフ、そういうこと! 全然からっぽじゃなかった!」


 満足したのか、笑みを浮かべて皆の輪に戻っていった。

 聞こえてはいなかっただろうが、八代先輩と水木先輩は何かを悟ったようで、ニヤニヤとこちらに目を向けていた。


 もしかしたら……自分と全く同じだったのかもしれない。

 大切な人を思い描いて、聴いてもらいたいという気持ちを込めて弾く。

 それが原動力となっていつも以上のパフォーマンスになった、と。

 弾いている時のあの笑顔が、その何よりの証明だったに違いない。


 当初の目的とは違うし、全く無心でもない。

 でもそれ以上に、体験への共感が勝り、そしてそれ以上に、想いのつながりが嬉しかった。

 自分の原動力はきっといつまでも月無先輩なんだろう、そう思える出来事だった。



 隠しトラック

 ――先輩ディスり ~バカバンド、食堂にて~


「ヒビキ、そういえばバンド名どうするの? そろそろ決めとかないと」

「あぁ決めてなかったな。どうすっぺか」

「一年ズはなんかいい案ないの?」

「……ないッスね。白井と林田は?」

「思い浮かばん……」

「オレもねーッスね」

「特に事件らしい事件も起きてないしねぇ。きっかけないと出てこないよね」

「八代式逆ハーレム」

「死ね」


「そういえばいっつも思ってたんスけどー」

「お、バカ何か案あるの?」

「いや、案っつーか、ヒビキさんのゲス顔ってアレに似てんなーって」

「アレって?」

「強欲な壺ッスねー」

「「ブフッ」」

「お前ら俺部長だからな」

「え、何それ。皆知ってるの?」

「ゆ、有名なヤツなんで……遊戯王カードの……ブフッ」

「めっちゃ気になるんだけど」

「……八代先輩、これです」

「どれどれ……うわ……ってか、え? 本当にそっくり。すご」

「普通に笑ってくれた方がまだ傷つかないんだが」

「いやこれは似てるのが悪いでしょ」

「鬼すぎだろお前」


 めぐる登場


「ヤッシーせんぱ~い。買い出しなんですけどー……どうしたの皆」

「あ、いや、ヒビキさんがこれに似てるって話で……」

「どれ? ……ブフッ。ご、強欲な壺……フフッ」

「めぐる知ってるんだ」

「はい……クフッ……ふー……。……アハハハ!」

「もう全然堪えられませんね」

「だって、だってぇ……フフッ、アハハハ。す、すいませんヒビキさん」

「まぁお前のそういうのは許してるから気にすんな」

「いや……ブフッ……すいません、私も前から思ってました!」

「「「ブフッ」」」

「アハハ、よかったねヒビキ愛されてるね」

「歪み過ぎじゃね」


 めぐる退席


「めぐるさんまだ笑ってますね」

「あれしばらく画像見せて回るね」

「仕方ねぇな……よし、白井、俺を撮れ」

「え、撮れってどういう……ブフッ」

「比較画像送れってことッスね。ブフッ」

「アハハ、すごい、本当にそのまんまだね」

「……送りました」

「どうなるか……」

「爆笑してますね。……あ、冬川先輩」

「一番見ちゃいけない人ッスね」

「……膝から崩れ落ちましたね」

「あれ奏しばらく帰ってこれないヤツだね」


「ってかバンド名どうするんスかー?」

「あ。まぁいいんじゃない? 兆し見えたでしょ」

「この方向はやめろよ八代お前」


 兆しは見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る