幕間 気になる関係
八代バンドの後半練。
練習開始から二時間ほどが過ぎ、時刻は21時過ぎ。
休憩を取ることになり、ロビーの自販機へと向かう。
地下スタジオ階にも自販機はあるが、自分のソウルドリンクであるドクターペッパーはロビーにしかないのだ。
「あらすごいわね~。……ふふ、楽しみだね~」
階段を上がる途中、聞き覚えのある声がした。
伸ばし棒のおっとり口調は間違いなく秋風先輩のもの。
しかし、いつも以上に優しい声色に聞こえる。
ロビー階に出ると、ソファに佇む影が二人。
秋風先輩と、春原先輩が、スマホに向かって話している。
ビデオ通話をしているようだ。
「あ、しろちゃんおつかれ~」
「お疲れ様です」
「ふふ、ほら薫、白井お兄さん来たよ」
なるほど、春原先輩の弟、薫君と話しているようだ。
手招きされたので寄ってみると、画面の向こうには春原先輩と同じ顔をした子がもう一人。改めて見ると本当に瓜二つだ。
「こんばんは白井お兄さん」
「はは、こんばんは薫君。久しぶりだね」
少し嬉しそうな笑顔を向けてくれた。
以前に会ったときは、結構懐いてくれた覚えがある。
「うふふ、かおちゃん夏休み明けのテストで二つも100点取ったんだって~」
「え、すごい。勉強できるんだね薫君」
そう返すと、薫君ははにかむ。……いやマジ可愛いな。
「うちの付属校受けるんだって」
「なるほど、頑張ってね薫君」
「うん、頑張る」
……やべぇ癒されるなこれ。
しかし、薫君はそろそろ眠たいのか、目をこすった。
「薫もう寝ないとだね」
「うん」
「ふふ、またお話しましょうね~かおちゃん。おやすみなさい」
「はい……また明日。おやすみなさい吹お姉さん」
秋風先輩にだいぶなついているとは知っている。
名残惜しそうな様子で、薫君はおやすみの挨拶をした。
通話を切ると、秋風先輩は満足そうな笑みを浮かべていた。
「しかし可愛いですね薫君」
そう声をかけてみると
「そうなの~。本当に可愛いの~」
頬に手を当てながら、うっとりとした口調でそう言った。
「ふふ、また話してあげてください。喜びますから」
「うん。絶対ね~」
月無先輩は秋風先輩のことをショ〇コン認定(無礼)しているようだが、この様子を見る限り……本当にそう……ゲフンゲフン。
薫君は確か小学五年生、年の差10歳だが……まさかの展開もあるかもしれない。
「じゃぁお風呂行きましょうか~。しろちゃんも練習中なのに引き止めちゃってごめんね~」
「あ、いえ全然。俺も話せて嬉しかったですし」
そんなこんなで、風呂に向かった二人と別れて、自分はスタジオに戻った。
――
「お、戻ってきた」
「あ、すいません。ロビーでちょっと話してました」
自分が戻ると、メンバーはすでに再集結していた。
「この時間でロビーで密会たぁ……」
部長が謎の圧を放ってそう言う。
まぁ夜のロビーは人も少ないし、男女のロビー密会なんてのも例年あったりするらしいが。
「いや秋風先輩たちですよ」
「秋風? 何でだってばよ」
「春原先輩の弟とビデオ通話してましたよ」
「あぁジュニアか」
特に驚きはないようで、部長と八代先輩はすぐに納得した。
「何かメッチャ似てるって聞いたわ」
「椎名は見たことないもんね。似てるよ。っていうか同じ顔してる」
椎名をはじめ、他の一年男子は薫君を見たことがないハズ。
気になるとは思うが、本当に同じ顔をしているので想像での補完は楽勝である。
「吹にめっちゃ懐いてるよねあの子」
「まぁ秋風相手ならそうなるだろ」
おそらくみんな気になるのは、そのおねショタ関係であろうが……
「正直お兄さんあの関係ちょっと気になる」
「……あんま触れない方がいいんじゃない?」
「……だよな」
三年生二人が口をつぐんだことで、癒される関係だよねという落としどころを見つけて話を切り上げた。
――
練習が終わり、部屋に戻ろうと八代先輩と一緒にロビーへの階段を上っていると、
「すごい! フフ、楽しみだね~」
何このデジャヴ。
聞きなれた明るく元気な声は間違いなく月無先輩のもの。
明るくもありつつ、慈しむような声だ。
まさかとは思うがビデオ通話中。
考えられる相手は……純か。
「白井、めぐるいるじゃん」
「いやまさかですね……」
ロビーに出ると、スマホに向かって笑顔を向ける月無先輩、そして秋風先輩と春原先輩。
なんと秋風先輩と春原先輩はメガネである。……良い。まことに。
「ほら純ちゃん。お兄ちゃん来たよ」
「……またこの流れです? 何故皆ロビーで」
「しょーがないじゃん。二年部屋の方wifi届いてないし!」
……そういうことか。
しかし妹とビデオ通話で話すことなどまるでない。
メガネ姿の二人は惜しいが……楽器を運んでいる最中だし、と去ろうとすると、
「いやどこ行くの白井君」
「何故引き止める」
「折角だしさ」
そんなこんなで巻き込まれる形で参加することに。
純と面識のある八代先輩もその場に残った。
「ってかすごいんだよ純ちゃん」
「ハハ、夏休み明けのテストで100点でもとりました?」
「「え!?」」
月無先輩と純が揃って驚く。当たったんかい。
「いや、え、当たりだけど……何でわかったの白井君」
「え……いや流れで」
「どこに流れがあったの!? お兄ちゃんエスパーじゃん。……怖」
流れが見えている秋風先輩と春原先輩がくすくすと笑っている。
八代先輩もうっすら見えているようで、画面に笑顔を向けている。
「ってかお兄ちゃん、吹お姉さまとスーさんメガネだよ!」
「え、ってかなんでお前それを……反応に困るんだが」
自分がメガネ狂なのを何故コイツが知っているんだ。
わざわざそう言ったことは実家にいたころでもないが……まさか。
「あなた余計なこと言いましたな」
「……てへっ」
くそぅ許してしまう。
「アハハ、白井、妹にもイジられてるじゃん」
「あ、八代さん!」
「やっほー純ちゃん。おひさ~」
「お久しぶりです! この前はありがとうございました!」
「アハハ、久しぶり。またこっちに遊びにおいで」
会話に八代先輩も合流し、ワイワイと楽しそうに話が広がった。
尽きぬ話題に華を咲かせ……自分は微妙に離れてそれを傍観していた。
「ふふ、めぐるちゃん本当に大好きなんだね。純ちゃん」
「ハハ。俺としては喜ばしいことです」
画面を介して話すには窮屈なのもあるか、それとも気を遣ってくれたか、春原先輩が話かけてくれた。
「ちなみにめぐるちゃん、ほとんど毎日ラインしてるみたいだよ」
「え、マジですか。でもまぁ、だいぶ気に入ってくれてますからねぇ。兄としては嬉しいことなんですが……」
……なんだろうこの、外堀が埋められていくような感覚。
困るようなこともないが、情報筒抜けなのはどこまでとか色々気になる。
なんて気持ちを察してくれたか、春原先輩は微笑んで言葉をかけてくれた。
「ふふ、なんとなくわかるよ。うちもちょっとだけ似た状況だし」
「あ~、はは。実際ただ嬉しいことなんですけどね」
「うん。でも吹先輩はちょっと遠慮するけど。だからわざわざ私のスマホで通話するし」
……まぁするよなそりゃ。
友人の弟ってなると。
「だから来年、吹先輩に薫の家庭教師頼んだの」
「おぉ。ってかスー先輩が攻めるんですね」
「だって私にもいいことしかないし。ふふ、吹先輩も、いいの? って言って喜んでくれたよ」
こりゃアレだな、むしろ春原先輩があわよくばと思ってるな。
それだけ秋風先輩を慕っているのだろうし、部活の仲間という以上の関係であることの証左だろう。
ってか正直自分もあんな姉が欲しい。
「でも思うんですけど……実際吹先輩はどう考えてるんでしょうね」
「……そこだよね。薫は吹先輩が初恋だけど」
「え、マジ!?」
「マジ。声大きいよ」
注意を引いてしまったこともあり、直接的なワードも出たことで、この話は一端区切りということになった。
先が結構気になる話ではあるが……果たしてどう転ぶのやら。
しかし大方、言い方は悪いが、薫君はあんな見た目だから、同級生の女の子からも可愛い可愛い言われて男の子扱いされていないんだろう。
扱いは同じようなものだが、秋風先輩が初恋というのも仕方がないことだ。
そんなこんなで通話も終わったようだ。
八代先輩は部屋に戻り、春原先輩と秋風先輩はホーン隊練習ということで、深夜連の時間帯となったAスタジオに向かった。
部屋の方向は途中まで一緒なので、月無先輩と一緒に廊下を歩く。
「なんかありがとうございます。純のこと」
「フフ、お礼言われるようなことじゃないって。あたしが純ちゃんとお話したかったんだし」
まぁそうなのだろうが、純もそれが嬉しいようだし、家族としては礼を言うべきことには違いない。
「かおちゃんともお話したかったけど、あたしが部屋で練習してたから声かけちゃ悪いと思ったんだって!」
「ハハ、練習中のめぐるさんってすごい集中してますからね」
あの真剣な眼差しを前にしては、邪魔をしてはいけないと誰もが思うだろう。
そして曲がり角を曲がると、月無先輩の部屋の前に、
「あ、
やさぐれお姐さんの草野先輩の姿が見えた。
そして何かを思い出したかのように、月無先輩がハッっとなり、駆け寄った。
「すいません! 忘れてました! 今すぐ出しますね!」
「あ~、いいよいいよ。気にしないで」
そういうことか。
深夜連の時間に、草野先輩に鍵盤を貸し出すのを忘れていたようだ。
しかし、練習の時間はもう始まっているだろうし……
「俺の持っていきます? めぐるさんの運ぶの大変ですし」
「あ、じゃぁそうしようか。ごめんめぐる、ありがとね。白井もありがとう」
すぐに貸し出せる状態にある自分の鍵盤を貸すことに。
「ほんとごめんなさい紅先輩~……」
「はは、いいのにそんな気にしないで。アタシが借りる身なんだし。それに、なんか楽しそうだったから水差すのも悪い気がしたしさ」
二人のやりとりが少し気になった。
「……よっ。じゃ、借りてくね。お疲れ、二人とも」
そう言って、草野先輩は自分の鍵盤を背負ってスタジオに向かった。
月無先輩は不甲斐ないと少し落ち込み気味だ。
「ごめんね白井君……」
「いえいえ。というか謝ることでもないと思いますが。草野先輩も気にしてないようですし」
むーと
純と通話している時にロビーを通りかかったなら、ひと声かければよかったのに。
水を差すという言葉も気にかかったし……気を遣うような間柄なんだろうか。
話してるところはあまり見たことないけど、仲が悪いようではない。
仲が悪かったらまず鍵盤を貸さないだろうし、何より、自分の知る限りでは草野先輩がすごくいい人なのも事実だ。
バンドを組んでいないから関りが少ない、単純にそんな理由だったりするのだろうか。
「あたし一生の不覚……!」
「ハハ、いつもが完璧すぎるんですよ。たまにはありますって」
「そ、そうかな? フフ、少し元気出た」
自分の言葉で持ち直してくれたならこれ以上嬉しいことはない。
「ん」
……いや何?
「ん」
頭を差し出してきた……まさかとは思うが。
事態を微妙に飲み込めずにいると、上目遣いでこちらをチラっと。
……撫でろと。
「あ~なんか動く気しないな~」
……えぇいままよ!
「ん、あんたら何してんの」
「「なんでもないですよ?」」
意を決して手を伸ばした瞬間、月無先輩の部屋のドアが開き、水木先輩が顔を出した。
「邪魔しちゃった?」
「「いいえ全く?」」
……完全に見られた気がしたが、気にしないでくれたようだ。
「ってかめぐる。紅さん会わなかった?」
「こ、紅先輩ね! 今ちょうど会って、すぐ持っていけるから白井君の持って行った!」
「そうなんだ。ならよかった」
思いっきり看破されてはいるが。
平静を装うこちらの姿に、水木先輩はふふっと微笑んだ。
理解ある人で助かった……これがもし、
「藍が開けてたら最悪だったね」
「「ほんとそれ」」
合宿中ずっとイジられそうだ。
すると、部屋の中からその清田先輩の声が聞こえる。
「めぐるちゃん戻ってきたな! なんか細野さんがwii貸して欲しいって!」
「え、wii? 別にいいけど。じゃぁ外しておこっか。Bスタ持ってけばいいんだよね」
そうやりとりして、月無先輩は部屋の中へ入っていった。
そして月無先輩が離れるなり、
「……白井、人目につく場所は避けな~?」
「ぐ……めぐるさんに言ってください」
ニヤりと笑って水木先輩がイジってくる。
「あはは、でもちょっとは進んだんだ?」
「ん~……どうでしょう。恥ずかしい限りですがなんとも」
未だに中学生レベル、下手すりゃそれ以下の自分と月無先輩だ。
水木先輩は月無先輩から相談されているフシもあるし、色々知っているのだろう。
その内容も気になるが……それよりも気になることがある。
「あの、水木先輩。聞いていいか微妙なんですけど……」
「え、何? ウチに?」
個人的な質問をする間柄ではなかったので、水木先輩は疑問符を浮かべる。
「……めぐるさんと草野先輩って、どういう関係なんです?」
声のトーンを落とし、微妙にぼかしつつ聞いてみた。
すると、水木先輩は少し考えた。
察してくれたようだし、何か思い当たることがあるようではあった。
「仲悪いとかじゃないよ?」
「それはわかるんですけど……なんか互いに遠慮があるというか」
「ん~……めぐるからは何も聞いてないんだ?」
「そう……ですね。何かあるのかなって、なんとなく思っただけで直接聞いてはいないですね」
水木先輩はまた少し考えた。
聞こえていないにしても、あまりここで話していると、そういう話をしているのがわかるかもしれない。
一旦切り上げた方がいいか。
「ん~……正直言えば何かあった、で当たりなんだけど~……気になるならウチよりヤッシーさんとかに聞いた方がいいかも。ウチは第三者だし」
水木先輩もここで話すべきではないと思ったようだ。
それに、八代先輩の方が上手く話してくれるということだろう。
「まぁ、気にしすぎない方がいいよ。あんた心配症っぽいから。なんというか~、不安にならなくてもって感じかな」
それじゃ、と水木先輩はドアを閉めた。
触れていいのか悪いのかは微妙に判断しかねる反応だったが、不安に思わなくていいと聞けて少し安心した。
それにしても、わざわざ八代先輩に聞くのも詮索するようで気が引けるし……かといって気にせず開き直るのも難しい。
月無先輩のことでなかったら、特に気になりはしなかったかもしれない。
結構前に八代先輩が話してくれたけど、何かあったような……。
不躾に踏み込むような罪悪感もある。
何を知りたいのかも、知ったうえで何をしたいのかもよくわからない。
怖いもの見たさや好奇心、そんなものでも決してない、例えようもない。
……それでも、どうしても草野先輩と月無先輩の関係性が気になってしまった。
隠しトラック
――増える被害者 ~小沢・白井、一年男子部屋にて~
「おぅ白井。さっき細野さんが来て、今日スマブラ12時からやるって」
「あ、そうなんだ。ってかやっぱ強制参加な感じなのね」
「なんか今日は大会的なアレだって」
「そういうの苦手なんだよなぁ……なんか、ゲームって何も考えずにやる方が楽しくない?」
「ハハ、まぁそうかもな。でもアレだろ、なんかお前試される的な」
「めぐるさんの弟子としての実力どうこうって朝言われた」
「変なプレッシャーかけられてんな」
「うん。なんかもう避けられない感じ」
「でもアレだって、64じゃなくてwiiのヤツでやるって。64コントローラー限界迎えたらしい」
「あ、だからさっきBスタにwii持ってくって言ってたのか」
「結構皆集まるっぽいぞ」
「マジか。……勝てるかなぁ」
「細野さん強いらしいな。月無さんにボコられたとは聞いたけど」
「あの人は次元違うから」
「白井君いる~? あ、いた」
「あれ、めぐるさんどうしたんです?」
「Bスタでwii使うって。持って行ってもらっていい?」
「了解です。あ、大会っぽいらしいですけどめぐるさん出るんです?」
「いや~あたしは……」
「ハハ、まぁそうですよね」
「あ、小沢君お疲れ~」
「お疲れっす。ってか俺見たことないんですけど、そんな強いんですか?」
「ん~……あ、折角だし今ちょっとやる? Xでいい?」
「あ、是非! X結構やったのでXで」
「小沢後悔するなよ」
「白井君あたしのことなんだと」
「修羅ですね」
数分後
「全然勝てる気しねぇ……ガノンってこんな強キャラだったっけ」
「こんなもんだよ。ちなみにガノンは
「フフ、一年坊主には負けないぞってね!」
「あ、いいこと思いつきました」
「ん?」
「俺と小沢チームでやりましょう」
「え~二対一~? まぁいっか」
「さすがに二対一なら……」
「あ、じゃぁファルコ使っていい?」
「……あなた絶対に勝たせる気ないですね?」
「え、どういうことなん白井」
「……何でもない」
数分後
「フフ、甘かったね二人とも! じゃ、あたしそろそろ戻るね!」
「……あれチートとかじゃないよな」
「うん。人間の限界に近い動きしてるだけ。強いキャラ使われると基本的にわからん殺し状態」
「ってか最初手加減してたんだな」
「うん。手加減してアレ。絶対勝たせてくれない」
「そりゃ自信失うわ……月無無双」
「ちなみに部室でいつもやってるDXだと実力差出やすい分もっと酷い」
「お前のメンタルの強さの理由が少しわかったわ」
「いやもはや抗う気もないだけだわ」
「すげぇ境地にいんな」
のちの無抵抗主義である。
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