非情なる行い

 

 *今回の話題で登場するゲームは、現実のリリース時と本作の時系列が一致しませんがご了承ください。


 合宿三日目 夕方


 ロビーのソファーでぐでっとしている。

 夕飯までまだ少し時間があるので、久々に全力で力を抜いて体を休ませる。


「フフ、お疲れ様。白井君がそこまでダラっとしてるの久々に見たかも」

「お疲れ様です。疲れてるとかではないんですけどね」


 そこへ月無先輩がやってきた。

 春原先輩も一緒だ。


「というかお二人は疲れとかないんですか?」

「二年目だからね! ペース配分は完璧なのだよ!」


 ふんすと息巻く月無先輩を見て春原先輩が微笑むも、


「スーちゃんもたっぷり寝てるもんね。赤ちゃん並みに」


 次の言葉でジト目を向ける。

 よしよしと頭を撫でられるも無表情のままである。


「……ほんと容赦ないですね」

「白井君ちゃんと叱ってあげて」


 久々に幼児いじりを見た気もするが、まぁ、一連の流れというヤツだ。


 そして月無先輩は自分の隣に、春原先輩は一人掛け用のソファーに座った。


「スーちゃんそこ座ってると子供社長感ハンパないね」

「……めぐるちゃんリストラ候補にあげるね」

「ごめんごめん冗談だよう」

「ふふ、許す」


 なんだかんだいじりつつも微笑ましいやり取り。

 たまに度が過ぎてる気もするけど、結局は仲の良さの表れだ。

 そんなこんなで夕食の時間までのんびりと過ごすことに。


「そういえば白井君、最近ちゃんとゲームできてる?」


 月無先輩がそう切り出す。

 少しおかしな聞き方だが、借りてるゲームもある割に、進捗をあまり話せていないから、忙しいと気遣ってくれたのだろう。

 実際、部活に夢中でガッツリゲームをするという時間は減った。

 する時と言えば月無先輩と一緒のことが多い。


 でも合宿の少し前から始めたゲームがあったりする。

 ……というかそれにハマって借りたゲームをできていない感もある。


「あ~……原神ハマってて。借りたゲーム中々できてなくてすいません」

「原神! 全然いいよ貸したのは! ……ちなみにあれ面白い?」


 PS4やスマホ、PCでもプレイできる『原神』。

 基本プレイが無料なので気軽に始めたら結構ハマってしまった。


 しかし予想はついていたが、月無先輩はやっていない模様だ。


「俺はだいぶ気に入ってますね」

「そうなんだ……いやあれブレスオブザワイルドのパク」

「おぉっとそれ以上はいけない」


 寸でで止めたが、多分食指が動かなかった理由はそこだろう。

 そう、ニンテンドーswitchのキラータイトル、『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』にシステムやグラフィックがそっくりなのだ。


 勝てば官軍という言葉があるように、今となってはそのパ〇り批判も、人気の急上昇につれて静まったものだが……。


「……まぁ似てるどころじゃないですけどね。技術漏洩でもあったんじゃないかってくらい」

「うん、だから正直なんか抵抗がある」


 気持ちは分からなくもない。

 

「でもまぁ逆に……面白いもののコピーなら面白いに決まっているっていう。それにアクション重視な感じとか、実際結構違いますし」

「……それは確かにそうなんだけどね」


 月無先輩はほぼすべてのゼルダをやっているゼルダ信者。

 しかもスマブラでは使用率の九割はガノンドロフという徹底っぷり。

 抵抗を示すのは仕方ない。


 というか、それがわかっていたから原神の話題を今まで振らなかった。


「……スマホに入れちゃってる?」

「……入れちゃってますね」

「……ちょっと見せてもらってもいい?」


 おぉ、歩み寄ろうとしている。


「ハハ、いいですよ」


 そんなやりとりに、春原先輩が首を傾げる。


「どういう状況なの?」


 まぁはたから見たら意味不明だろう。

 

「俺が今はまってるゲームがめぐるさんの大好きなゲームの……、あれ、そう、インスパイアされてるんですよ」


 春原先輩はなるほど、と察してくれた。

 スマホを取り出し、起動すると、月無先輩は恐る恐る画面を覗く。

 ……何を警戒してるんだ一体。


「ちなみに曲かなりいいですよ。中華風のヤツとか特に」

「早く聞かせて」

「めぐるちゃんチョロすぎない?」


 ……一気に身を乗り出してきた。いやほんとチョロい。


「おぉ……グラフィックめっちゃ綺麗じゃん。スマホでこれってすご」

「スマホじゃ限界ギリギリですけどね」


 画面がタイトルから切り替わり、広大なフィールドが映ると、月無先輩は感嘆の声を上げた。

 春原先輩も気になったようで、ささっと月無先輩の横に座った。

 

「え、これどうやって操作するの」

「あ、こんな感じで。画面に表示されるこれを指で」

「おぉ。やりづらそう」

「慣れですねそこは」


 結局のところゲーム大好きっ子、美麗なグラフィックとキャラクターの動きに早くも心奪われている。


「やってみます?」

「いいの!? フフ、やった」


 月無先輩らしい純粋な笑顔でそう喜ぶ。

 

「お~。ちゃんとオープンワールドしてる。あ、このキャラ弓なんだ」

「長押しで狙い撃ちできますよ」


 早速とぐりぐり動かし、操作を確かめ堪能する。


「ほんとだ。おぉ、構えたままでも動けるんだね。まとないかな~」


 それはまるで夢中になる子供のように無邪気だ。


「あ、スーちゃん、リスがいるよリス! 可愛い~」

「どれ?」


 リスに反応したか春原先輩が覗き込む。

 ……癒される光景だ。


「ほらほら。逃げないよ」

「ふふ、ほんとだ」

「バキューン」

「え?」


 鬼畜すぎる。


「いやだってほら、獣肉ゲット。こういうもんだよスーちゃん」

「……」


 あまりにも非情な行いに春原先輩が言葉を失う。

 ってか笑い堪えるの無理で吹き出してしまった。


「……なんで白井君笑ってられるの?」

「いやすいません……でもスー先輩……獣肉は必要なんです」

「……ゲーマーとはわかりあえない」


 可愛らしい小動物を笑って射殺すヤツらと認識されたようだ。

 ゲームのシステム上、料理を作るのに狩りは必須だが、小動物と愛される春原先輩にとっては残酷な仕打ち。

 しかし可愛いもの好き以前にゲーマーである月無先輩にとっては、無垢な小動物も食料に過ぎないのである。


「キャラ変えてみてもいい?」

「いいですよ。パーティ編成変えましょうか」


 自分は課金していないのでそれほど所持キャラは多くないが、それでも色々なキャラが目に入ると月無先輩は益々興味を持った。


「むー。ヤサ男ばっか。こう、筋肉キャラいないの?」

「ガチャからムキムキ出て喜ぶ人そんなにいないかと」


 不服ポイントが相変わらずおかしい。

 ソシャゲの面もある都合上、美女と美男子しかいないのは仕方ないのだ。


「……え! あはは、見てスーちゃん。スーちゃんそっくりなキャラがいるよ」

「あ、いますね。キョンシーですけど」


 無表情ロリという特徴が合致しすぎているキャラ。

 本人は複雑かもしれないが、なんて春原先輩の表情を見ると……無表情。


「……強い?」

「え? あ、あぁ強いですよ。最高レアのキャラですし」

「ふふ、ならいいや」


 ちょっと機嫌がよくなったようだ。


 オススメの曲はどこで流れるかと聞かれたので、まずは自分が一番気に入った曲が流れる場所へワープ。

 「軽策けいさく」という地域で流れるテーマを聴きに行った。


「おぉ綺麗……」


 壮大な景色に目を奪われ、オーケストレーションとピアノの美しいメロディがそれを引き立てる。

 映像負けしない確かな厚みを持った音楽に、月無先輩は早速満足そうな笑みを浮かべる。


「サントラ買お」

「はや」


 ゲームもまだそんなにやっていないのに即断である。

 とはいえ、気に入ってもらえたのは何よりだ。


「あれ? 敵に近づくと曲変わる感じ?」

「そうですね。あ、あそこにいますね」

「お、じゃぁ遠距離から」


 戦闘に入って曲が切り替わると、さらに嬉しそうにした。

 異常な速さで操作になれ、正確無比な射撃で遠方の敵を排除。

 近づいてくる敵も落ち着き払ってヘッドショット……何なんだこの人。


「いいね曲! がっつりゲーム音楽っぽさがある!」

「……よく戦闘しながら集中して聴けますね」


 そんなこんなでゲーム続行。


 色んなステージを巡り、色んな曲を堪能し、


「ほらスーちゃん、猪もいるよ」

「また殺すんでしょ」

「うん。ズバーン」


 無慈悲な所業を見せつけられ、


「あ、鷹だ。……この辺かな。お、アチーブメントゲット」

「マジ!? ……俺何発撃っても当たらなくて諦めたのに」


 圧倒的ゲームセンスの違いも見せつけられながら、月無先輩のプレイする姿を眺めた。

 

「ふー、ありがとね白井君!」

「いえいえ」


 ひとしきり楽しんで、月無先輩はスマホを手渡してきた。

 感想は聞くまでもなく大満足の様子だった。


「あの馬頭琴の響きとかさいっこーだね!」

「ですよね! 今まで聴いた機会少なかったので新鮮でした」


 原神の曲は特に中国風エリアの曲の完成度が高く、他のゲームではなかなか味わえないテイストも堪能できる。

 多分、月無先輩的にはそれだけでもプレイするに値するレベルだろう。


「ちなみに作曲も中国の方らしいですよ」

「なるほど! ノーマークだったわ……! だからこその理解度ってわけね」

「そしてなんと曲は全部ネット公開してます」

「……至れり尽くせりね」


 しっかりと宣伝もぬかりなし。


「合宿終わったらあたしも始める! マルチやろマルチ!」

「ハハ、足手まといにならないように頑張ります」


 当初の懸念もどこへやら。

 結局のところ、面白いゲーム、そして曲のいいゲームには目がないのであった。

 ゆっくりがっつり、プレイしながら曲を聴くのが楽しみで仕方ない、そんな笑顔を見せてくれた。


「私もやる」


 まさか興味を示したのか、春原先輩が意外な発言で目を引いた。


「え、スーちゃんも? こういうゲームできるの? ってか動物撃てるの?」

「動物は撃たない。めぐるちゃん撃つ」


 堂々のフレンドリィファイア宣言である。

 月無先輩によって奪われた命の仇を晴らそうというのか。


「スー先輩……味方は撃てないです」

「……じゃぁやらない」


 わざとらしく不機嫌そうにぷいっとそっぽを向いた。

 ……可愛いいじりとか幼児いじりにやんわり抵抗するわりには、こういう仕草が可愛さを助長しているとは無自覚のようだ。


「ふふ、まぁまぁスーちゃん。曲でも聴いて和もうよ」


 そう言って、月無先輩はスマホで検索をかけ、『原神』の曲が公開してあるページに飛ぶ。


「うわ本当に全部ある。すっご。さっきのあの曲ってどれ? あの高いところの」

「曲名までは……あ、これじゃないです? 『雲海の上』」

「……お~これこれ」


 続々と曲を聴いていく。

 春原先輩も耳を傾け、美しい響きを三人で堪能した。


「時間帯によって曲が移り変わる演出って最高だよね~」

「ですよね~。一日中いられる」


 インタラクティブに変化する、今となっては定番となったこれも、オープンワールド系ゲームの醍醐味である。

 同じモチーフを、色んなテイストで味わえるのは自分や月無先輩にとってはもはやファンサービスに近い。

 そしてこういった音楽による一工夫が、ゲームへの没入感を演出してくれる。


「こういうのっていつからあるんです?」

「結構前からあるよ~。あたしが知ってるのだとポケモン金銀かなぁ」


 曰く、『ポケットモンスター金・銀」で一部の曲がそうなっており、『ポケットモンスターダイヤモンド・パール』あたりから定番になっていったとのこと。

 ゲームボーイの時代からあるなんて驚きだ。

 日々進化を続けるゲームに、ゲーム音楽もしっかり進化してついていってるのだと感じられる好例だ。


「わかったかいスーちゃん。こうやってゲーム音楽は最高の演出音楽として日々進化を遂げているのだよ」

「ふふ、すごいね」


 こういった憩いのひと時を演出するのに、最も身近な音楽がゲーム音楽なのも、確かなことだろう。

 月無先輩の誇らしげな笑顔は、ゲーム音楽へのリスペクトの表れだ。


 おしゃべりしながらそんな時間が過ぎると、食堂に人が集まり始めた。

 秋風先輩がこちらを見つけて、女神の微笑みを浮かべて手を振ってきた。


 春原先輩がててっと駆け寄る。


「お母さん見つけた幼児」

「ブフッ。怒られますよ」


 しかし癒されるなぁなんて月無先輩と眺めていると……


「……チクられた」

「……さっきのは月無先輩が悪いです」


 動物殺しの鬼畜の所業を報告されたようで、怪訝な目を向けられる。


「来ましたよ。懺悔の準備できました?」

「アハハ、そんなマジなわけ」

「めぐちゃん?」

「はい」


 ……マジだ。


「スーちゃんの前で何したの?」

「え? あ、その……リスを……」


 多分芝居だけどマジトーンだ。

 月無先輩マジビビりである。


「リスをどうしたの?」

「リスを……リスを……弓で撃ち殺しました」


 ダメだ笑い堪えるの辛い。

 春原先輩も秋風先輩の後ろでめっちゃ笑い堪えてる。

 ってか何で秋風先輩は真顔保てるんだ。


「他には?」

「鶴とか鳩とか……あと猪とか」


 そして続々と、原神での野生動物殺しの所業を白状させられていった。

 ひとしきり懺悔し終わると、秋風先輩は真顔を崩して、いつもの優しい表情になった。


「ふふ、冗談よ~」

「え!? あ……は~よかったぁ……」


 月無先輩本人はマジだったと思っていたご様子。

 というかむしろ、ネタだと思いながらもマジの可能性も捨てきれず、告解しながら笑いも全力で堪えなければならないという地獄を味わっていた。


「ふふ、ごめんねめぐちゃん~。スーちゃんが試しにやってみてって言うから~」

「効果てきめんでしたね」


 女神の演技力によって見事騙された月無先輩、そして日々の可愛がりの復讐をそこそこ果たせた春原先輩。


「も~本当にビビったよ~。ダメだよスーちゃんこういうのは~」

「ふふ」


 それでも、結局のところ大親友の二人は、秋風先輩を囲んで和やかな笑顔を見せていた。


 この先もふと思い出して笑顔になれる、そんな風に思える出来事だった。

 ……きっかけが野生動物殺しという非常なる行いだったのは少々アレであるが。




 隠しトラック

 ――詰み ~白井、椎名、夕飯中、食堂にて~


「白井、さっき何してたのアレ」

「アレって?」

「いやなんか結局笑ってたけど、秋風さんマジで怒ってなかった?」

「あ、アレか。ハハ、見てたんだ。別に怒ってたわけじゃないよ」

「そうなんか。怒ることあんだな~って驚いたからさ。しかも相手月無さんだし」

「まぁ10-0で月無先輩が悪いけど」

「……何したんだよ」

「原神やってて春原先輩の目の前でリス撃ち殺した」

「……ゲームとはいえ残酷だな」


「まぁそれで、ネタだけど秋風先輩がガチ怒りしてみた感じ」

「そういうことか」

「実際俺も最初マジかと思った」

「そりゃ怖いわ」

「うん。でも笑い堪える方が圧倒的にキツかった」

「あ~」

「隣で「リスを……撃ち殺しました」って懺悔してんだぞ」

「アハハそりゃ笑うわ」


「ってかそういう感じなんだな」

「そういう感じって?」

「いや、スマブラとか強いの知ってたけど、他は平和なゲームやってるのかと」

「あ~。本当に何でもやるからあの人」

「はぇ~そうなんだな。意外というか」

「むしろアレだな、花より団子的な」

「可愛いものより戦い的な?」

「そう。ゲーマーらしいゲーマーって感じかな」

「は~」

「ってか戦闘民族みたいな思考してる」

「……サイヤ人かなんかか」

「ゲームやってる時ほんと容赦ないからな。超楽しそうにボコってくるか、ガチの指導のどっちかだからな」

「それだけ聞くとヤバい人だな」


「しかし白井がドM言われてる理由の裏付けが」

「そう、そんな感じ……って、は!? ちょっと待て」

「いや……なぁ、林田」

「言われてんな」

「いやマジ意味わからん」

「月無さんに毎日ゲームでボコられることに快を感じているとか言われてる」

「……いや嬉しくてボコられてるわけじゃねぇからな」

「でも毎日やってんじゃん」

「やってるが……なんでそんなことに……」

「まぁ後色々な要因が合わさって白井は我慢が趣味なドMみたいな感じに」

「悪意しかねぇなその誤解」


「実際白井ドM説は一年ズの間の冗談だがな」

「いやそうじゃないと困る」

「いやでもまぁ言いづらいんだがよ……」

「……何?」

「多分本当に信じてるヤツいる」

「……誰?」

「冗談のつもりだったんだが……夏井ちゃんは本当に信じた」

「……誤解解ける気がしねぇ」


 夏井は詰み。



 *作中で紹介した曲は曲名とゲームタイトルを記載します。


『遠足に行こう』 ――原神

『老い行く村』  ――原神

『雲海の上』   ――原神

『凛々しい遊侠』 ――原神

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