幕間 立場と見え方
合宿一日目 夕方
「お~来たな~ここで夕飯までのんびりしてようぜ~」
バンド練習のない巴先輩の相手をすることになったので、いったん部屋に戻った後ホテルのロビーに来た。
ソファーがたくさん置かれているし、のんびりするのはうってつけの場所だ。
ぐで~っと背中をソファーに預け……なんということだ。
……なんということだ……!
手を使わずに胸に紙パックの飲み物を置いて飲んでおる……あれか、タピオカチャレンジ的な。恐ろしいものを見た。
「ファンサービス~」
そう言って大きな窓の外、テラスを指さす……一年女子がめっちゃ写真撮ってる。
三女はアイドル的存在だと改めて思い知る。
男としては非常に反応に困るが、平静を装いつつ自分もソファーに座った。
「正景先輩は来てないんです?」
「多分逃げた~。あいつは平穏が好きだからね~」
あらま。しかしこれを見逃すなんて……なんてもったいない。
「ふふ、ま~いいや。そうだ、ゲーム音楽バンドなんだけどさ~」
「あ、はいなんでしょう」
「あと一曲まだ全然やれてないじゃん。グリーングリーンだっけ?」
「それはある日パパと二人で語り合うヤツですね。グリーングリーンズです」
ゲーム音楽バンドでやる予定の星のカービィメドレー、その〆となる予定の曲。
『くものうえで』と『メタナイトの逆襲』は結構詰めたのだが、『グリーングリーンズ』は合宿で初合わせの予定だ。
「お楽しみの練習って深夜連枠でやるんだけど~、あれってバンドで枠とっていいのって四日目以降なのね」
「あ、そうなんですか?」
「うん、夏バンドの練習ほっぽってお楽しみの練習やるわけにはいかないし~」
まぁそれもそうか。
お楽しみライブは飽くまで余興で、夏バンドをしっかりやってから、と。
しかしメタナイトの練習では『普段通りに弾いてはいけない』という予期せぬ問題が発生した。早めに何度か合わせておきたい気持ちもある。
「だから大々的にはできないんだけど~、個人連でこっそりやる分にはいいからさ~、白井君今夜付き合ってよ」
微妙にドキッとする言い方だなぁ……非常に助かるけども返しに困る。
「本当はめぐるも誘いたいんだけど~、夏バン一緒じゃないからお楽しみの練習してるのバレちゃうかもなんだよね。白井君と深夜連するのはめぐるには許可取ってあるし~、空いてればヒカミン達も呼ぶからさ~」
「あ~、確かに心証悪くすると面倒ですもんね。わかりました。俺も練習したかったので丁度よかったです」
「ふふ、まぁGスタあたり取れればこっそりめぐるも呼べるけどね」
Gスタ……あ、階段下りてすぐの窓のないスタジオか。
月無先輩は一日一回はゲーム音楽にがっつり浸らないといけない子なので、ぜひそこを取りたいものだ。
しかし、寝てばかりでゆるゆるな巴先輩が深夜連を提案するとは。
これ以上ない気合の表れなんだと思えば、付き合わないわけにはいかない。
そんな算段をたて、しばらく他愛のない会話に興じていると、
「あ、
ロビーにある自販機に草野先輩が飲み物を買いに来た。
「あ? ……あ、巴か」
反応怖い。
そしてこちらにやってきた。
「何してんの? あ、部屋誰もいないのか」
「そうそう~白井君に寂しさを埋めてもらってるとこ~」
また誤解を招きそうな言い方をしよる……。
「は~……めぐるってそういうの大丈夫なん? 彼氏でしょ白井」
「……え!? ……いや付き合ってないですけど」
「……え!? 違うの!?」
微妙に説明しづらい。というかやはりそう認識されてるのか。
「あはは、やっぱそう思われてんだね~」
「いつも廊下で一緒にいるしアタシは完全にそうだと」
まぁ一緒にいるところは皆に見られているわけだから、事情を知ってる人以外にはそう思われても仕方ない。直接そう言われたことはほとんどなかったので少し動揺してしまった。
「そういう認識でいい気がする~。な、白井君」
「……説明するの大変なんでそれでいいです」
立ち話もなんだし、と巴先輩が座るように促し、その横に座った。
足組みに腕組みと、そりゃ
様になっているのでむしろカッコよさが先に来るけども。
「あ、ちなみにめぐる公認だからこの状況~」
「……浮気オッケーなん? あの子」
あらぬ方向に行きかねないから弁明したいけど仕方がわからぬ……!
「あはは、じょーくじょーく。私とかは同じバンドだし、気にされる方が嫌だからむしろ気にしないでくれってさ~」
「あ、そーゆーこと。白井はとんでもないヤツなのかと思った」
ペースは巴先輩に完全に持っていかれているので……静かにいじられるほかない。
「白井っていい思いばっかしてるタイプかと思ったけど苦労してんね。巴の相手疲れるっしょ?」
「いや~夏バン恵まれすぎてるくらいなのでそこはまぁ」
いや実際バンド的な意味でも他の意味でも……
「白井君なぜかいっつも可愛い子といるもんね~。めぐるだけじゃなくて吹とかヤッシーとかスーとかなっちゃんとか。あと藍ちゃんもか」
何故心を読んでくるのか。
でも清田先輩は頭がバグりすぎててそういう認識はない。
というか自らは名をあげづらいんだろうけど、最近巴先輩が一番多い気がする。
「アハハ、そりゃぁ川添が羨ましがるわけだ」
「……あいつなんか言ってます?」
草野先輩のバンドのバンド飯とかで色々言ってそうだ。
「いやなんか言ってるとかってわけじゃないけど、めぐるとアンタが廊下で練習してるの見ながら~『……いいなぁ』って呟いたりしてんね」
「リアルに羨ましがってるヤツだ~」
……リアルすぎてイヤだ。
しかし逆の立場だったら間違いなく同じことを思ってたか。
まぁ川添も草野先輩と桜井先輩、三女の美人二人と一緒のバンドだから一年の間では結構羨ましがられていたりするが。
三女は揃って美人、バンドを組めただけで羨ましがられるというのが実情なのだ。
あとはせめて、調子に乗ってると思われないよう振る舞うだけだ。
「白井君は無害っぽい感じするからってのもあると思うよ~」
「あ~、あとめぐるにしか興味ないって思われてるからそれもあんね」
……やっぱりそうなのか。というかこれ本人の前でする話?
「あと性欲ないって言われてんね」
「……女性二人の前で『ありまぁす!』って言っても問題な気が」
ってかそんなこと言われてんのか……。
とはいえ、草野先輩が自分をバカにしていないのはわかるし、単純に、話題ついでに情報を確かめるような感じだろう。
身近な人とは違う目線の話なので少し困ったが、悪い感じは全くしなかった。
「そういやさっきのアレなんだけど、川添から聞いてたんだよね。めぐるの話になると急にマジになるって」
「あー……そういうことだったんですね」
そのあたりは実際に何度かあったし自覚もあるから否定できない。
「アレって何~?」
「ん? あ、さっきな。うちのとこに来た時、アタシがめぐるってゲームばっかしてるよね~って言っちゃって。『……その分鍵盤も練習してますけどね』って」
「いやほんとすいませんでしたあんな言い方」
「アハハ気にしてないから」
理解ある方々でよかったとは思うが、微妙に罪悪感が残る。
巴先輩がそれを聞いて、少し考えるようにしてふと言った。
「でも多分、皆が思ってる以上だよねめぐるのゲーム好きって。あ、ゲーム音楽?」
毎日のようにゲーム音楽への愛を叩きつけられてる自分は全部知っているが、皆が思ってる以上なのは事実だろう。ですね、と返すと草野先輩も納得したようだった。
「さっきのアレすごかったもんね。全部自分で弾いてるんでしょ?」
「あ~、そうですね。ドラムとかも全部。好きな曲は全パート音取りしてるみたいなんで、多分いくつもありますよ」
草野先輩も巴先輩も感心を露わにした。
月無先輩が認められるのは、やはり自分のことのように嬉しい。
「は~……しっかし耳に残るんだよねさっきの。あのてっててっててーっての」
「あぁ、ガイルですね……あれはイントロに全てが集約されてますから」
「がいる~?」
「あ、さっきBスタ行ったときに流れてた録音です」
首傾げな巴先輩に、y〇utubeからそれを流して聴かせると、なるほどと示していた。
「あはは、一発で覚えられるヤツだ~。てっててってて~」
耳に残りやすい曲ランキング作ったら間違いなく上位。
ストⅡの原曲だけでなく古代祐三氏が編曲したスマブラアレンジ版も最高なのだが……そちらは月無先輩が以前語っていたので割愛。
ガイルを一回し聴いた辺りで、草野先輩が思い出すようにして言った。
「ほら、グラフェスの時もジャミロのソロで何かやってなかった? アレってやっぱゲーム音楽なの? すっごい目立ったしアレで一位取ったみたいなとこあるけど」
「あ、そうですよ。あのソロで使ってたシンセってゲーム音楽でも使われてる音源のヤツですし」
「は~、よっぽど好きなんだね」
一か月半ほど前の話なのに、大分昔にも思える。
ジャミロクワイの曲で、ゲーム音楽を髣髴とさせるような音色でソロを弾き、絶大な支持を得た。
そういえばアレって元ネタあんのかな……
「やっぱり元ネタとかあんの?」
「いや、わからないですね……むしろ今俺も同じこと思ってました」
「白井が知らないなら誰もわからんか。まぁいっか」
参考にした曲があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
それは本人のみぞ知るところ……しかし気になる。
「あの音メッチャかっこよかったですし、気になるんで後で聞いてみますね。音作りの勉強にもなりますし」
いつかは自分でもああいうのやってみたい。
あと実際に参考にした曲があるならそれも聴いてみたい。
「は~、偉いねアンタ」
「え」
「いや熱心だなぁって。そういうとこかもな他のヤツと違うの。うちの一年も頑張ってるけどさー。やっぱ上目指す奴は見てるとこ違うっていうか」
……過剰な評価をいただいている気がする。
一緒にバンドを組んでいる人以外からの評価はあまりわからないので、こうして実際に言ってもらえるとすごく嬉しい。
上を目指しているというか、いつも一緒にいる人が遥か上にいるから見上げざるをえないという感じなのだが。
「うちの自慢の鍵盤だからね~」
……ヤバい超嬉しい。
「フフ、巴がそう言うならそうなんだろうな。でも、めぐる誘わないって聞いたとき驚いたけどね。ヤッシーと組むのは知ってたけど、巴ともどうせ組むと思ってたから、声かけとけばよかったってほんっと後悔した」
しかめ面を作ってソファーの背に肘をかけて……やさぐれ姐さんって言われるのこういう仕草なんだろうなぁ。
いかに月無先輩を取りたがっていたかはよくわかるが。
「あはは、皆に言われる~。何で組まなかったの~って」
「仲悪くでもなったのかと思った」
「それはないよ~。お楽しみだって一緒にやるし~」
……やっぱ誰から見ても不思議ですよねぇ。
しかも未だに理由わからんし。
バンドが決まって以来ずっと気になっていることの一つだ。
「ま、後進を育てるのも先輩の役目ってね~」
「絶対嘘じゃんそれ。アンタそういう考えゼロっしょ」
「失礼な~」
……まぁそういうことにしておこう。
どちらにせよ、このバンドでの経験がこれ以上なく価値があるものというは間違いない。むしろ、こんなにいいバンド、この先組めることはないと思った方がいい。
「あ、そうだ。アタシ白井に用事あったの忘れてた」
「お~ヤキ入れ~?」
だからちょくちょく怖いんですって……。
「なんでだよ……まぁ巴もいるし丁度よかった。鍵盤さー、めぐるとうちのバンドが練習被ってる時、白井の貸してくれたりしないかな。無理ならいいんだけど」
「あ、そういうことですね。都合いい時なら全然いいですよ」
部が所有しているものも合宿場に持ってきているが、シンセ鍵盤のタッチだと全然弾けないそうだ。その悩みはよくわかるし、自分も空き時間まで常に練習しているわけではないので、と了承した。
貸すのがツラではなく鍵盤でよかった。
「いやぁほんと助かる」
「ふふ、白井君救世主だね~」
色んな人と仲良くなる機会になるかもしれないし、安いものだ。
「お礼に巴のおっぱい揉んでいいよ」
「ブフッ」
なんてことを言うんだこの人は……。
「あはは、めぐるに怒られるよ~?」
「フフ、冗談だってば。反応面白ー」
……三女には全く勝てる気がしない。
余裕の在り方というか、そういうものが全然違う。
その後しばらく、ロビーでダベりながら過ごした。
三年女子ボーカル二人は意外なほどに仲が良く、圧倒的歌唱力の巴先輩と、個性派の草野先輩、二人は互いの良さを一番理解しあっているようだった。
ライバルのようでありつつも、いがみ合うことなく切磋琢磨する姿は、部活動をやる上で理想の関係にも思えた。
考えてみれば、草野先輩は立場的には自分に近いかもしれない。
巴バンドが一位を目指す以上、同パートである月無先輩が自分にとってはライバルとなるからだ。
今までそんな考えに至ることはなかったし、弟子であるという身の程から
個々の実力は遠く及ばないけど、バンドとしてなら……
「何か考え事してる」
「あ、こういう時はめぐるのこと考えてる時だよ~」
「本当に聞いた通りなんだね……」
大体合ってるから否定できない!
「ま、一途なヤツなんだよ~」
「アハハ、白井がどういうヤツなのかってのは大体わかった。正直もうちょっと調子に乗ってんのかと思ってた」
……そう思われても仕方ないくらい恵まれてるのは確かだ。
まぁ変な認識はされなくて済みそうなのはよかった。
会話にひと段落ついたころ、川添、椎名、林田の一年男子ズの姿が見えた。
そして見えるなり、川添がこちらにやってくる。
「……白井……テメェ姐さんにまで」
「何言ってやがる」
コイツだけはネタなのかガチなのかハッキリしない。
「やめな川添」
「は、はい!」
「空いてる時に鍵盤貸してくれるようアタシが頼みに来たんだよ。ちゃんとアンタからも礼言っときな」
……カッコいい。
「あ、そうなんすね。すまねぇ白井。思わず殺意の波動に目覚めるとこだった」
まだストリートファイター引きずってんな。
っていうかすっかり舎弟だなコイツ。
その後は夕食の時間まで他愛もない会話をして過ごした。
草野先輩のおかげで客観的な評価をある程度知れたのも僥倖だった。
月無先輩に音色の元ネタを聞きたかったが、食堂に来たのは夕食の時間ギリギリだったのでタイミングが合わなかった。
ゲーム音楽する時間はしっかり取りたいし、後でまた機会を窺おう。
隠しトラック
――共鳴 ~ホテル・ロビーにて~
「そういえば私、紅は最後ヤッシーとも組むかと思ってた~」
「あ~、吹と組む以外掛け持ちしないかもって聞いてたからねー。土橋に聞いたら川添がそこそこ上手いって言ってたからそっち先に声かけちゃったし」
「タイミングか~」
「タイミングだなー。まさか白井と組むとは思わなかった」
「え、なんかすいません……」
「アハハ、まーそんなもんだよ。理想のバンドなんて組めるヤツの方が少ねーし」
「私は見たかったな~姉御バンド」
「ネタだろそれ」
「カッコよさそう……」
「でもお楽しみは一緒にやるよ」
「お~。楽しみ!」
「姐御バンド……楽しみですね」
「その認識やめて……」
「すいません調子に乗りました」
「あはは、いいじゃん~。似たようなとこあるんだから~」
「アタシとヤッシーは全然違うっしょー」
「え、そうですか? 二人とも人望すごい気が」
「アタシはそんなことないって」
「ちなみにヤッシーと紅は良い姐さんと悪い姐さんって言われてる~」
「……ヒドい」
「ね、ヒドいよね!?」
「紅は素の反応が怖いんだよ~。あとたまに喋り方にやさぐれ感出てる」
「あー……気を付けてるんだけどねー。つい出ちゃう」
「元ヤンの素がね~」
「元ヤンじゃねーし」
「はい出た~」
「く……白井こいつどうにかしてくれ」
「俺は無力な人間です」
「あはは、白井君はされるがままだもんねー」
「三女の方には抵抗しても無駄だと悟っているんです」
「あー。こいつは特になー」
「でも紅もイジられキャラなとこあるし案外白井君と気が合うかもよ~」
「……ハァ」
「……イジられキャラなんです?」
「……巴だけ……だと思いたい」
「……お互い苦労しますね」
「ハハ、アンタ程じゃないよ」
「お~共感しあってる~仲良くなれてよかったじゃん~」
「「おかげさまで」」
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