歌姫の本気


 合宿一日目 午後 


 さて……記念すべき合宿初練習は巴バンドでAスタジオ。

 地下への階段を下ると、各スタジオの防音扉越しの音漏れに少し高揚感が増した。

 

 お隣のBスタジオは……自分とは関わりのないホーンバンドだ。

 同じく一年の川添かわぞえ以外はほとんど喋ったことのない方々だけど、ガラス越しにちらっと見るだけでも気迫が伝わってくる。負けていられない。


 Aスタジオの扉を開けると、女子勢はすでに集まっていた。

 スタジオは大学のスタジオよりもかなり広く、ステージもあるので本番を意識した練習も出来そうだ。


 お疲れ様ですとあいさつをして、早速準備にとりかかる。


こうのとこめっちゃ気合入ってたね~」

「うふふ、燃えてるみたいだね~」


 ……誰だろう名前がわからない。

 そんな気持ちが顔に出ていたか、巴先輩が教えてくれた。


草野くさのだよ草野~。Bスタで今やってる~」

「あ、草野先輩。今通りがかりに見ました。皆めっちゃ真剣な感じでした」


 なんかカッコいい名前だな……。

 草野くさのこう先輩は三年生のボーカル。

 金髪セミロングで眼の下のほくろが特徴的な、やさぐれねえさん(部員談)だ。


「ギターも細野君だし、選曲的にも投票上位目指してるんじゃないかしら」


 冬川先輩が言うには、三年ギターの細野先輩は氷上先輩と同等レベルの技術を持っていて、代表バンドの候補でもあったそう。

 桜井さくらい先輩率いるホーン隊もいるし、実力者が集まるバンドの一つなのは間違いなく、合宿ライブでの投票上位は有力視されている。


 同パートの絶対的実力者がいれば、燃える気持ちもわかる。

 ちなみに草野先輩のバンドは、鍵盤が必須の曲は弾き語りの要領で草野先輩が兼任している。自分も月無先輩も掛け持ちで、鍵盤の絶対数が足りないから弾ける人が弾かざるを得ない部内事情だ。

 何度か大学のスタジオ練習を見た限り、あれはかなりカッコいい。


「よ~し……じゃぁ巴さんも本気出しちゃおっかな~」

「……本気とは」

「ふふ~とっておき~」


 練習のたびに脱帽するレベルの歌唱力を見せていたというのにまだ先が……。


「とっておき……あ……え、アレ本当にやるの?」

「え、やるよ? あ、奏がやる?」

「絶対やらない」


 めっっっちゃ気になる……が、種明かしはまだしてくれない模様。

 鍵盤上で指をほぐし、練習準備を整えると、間もなく土橋先輩達もやってきた。


 ――


「じゃぁ『ほれっ・ぽい」からやろっか~。ライブもこの曲最初でいいよね?」


 一曲目は『ほれっ・ぽい』。

 まさかのアニソンだがホーンバンドの良さを十全に見せられる曲だ。

 各々が楽器を構え、いざ……の前に巴先輩がドラムに寄って土橋先輩にコソコソと何かを伝えた。


「あ~……ハハ、わかったわかった。アレな」


 だからアレって何なんだ……!

 めっちゃ気になるが練習に集中、と気を取り直して鍵盤に向かう。

 準備確認、目で合図……何だ? 巴先輩がメッチャこっち見てる。


「……熱っぽいの……あなたに~」


 え?

 ……あ……不意打ちすぎて完全に曲の入りを見失った。

 ……ってかなんだ今の破壊力ヤバすぎるだろ! イントロに確かにそんなのあったけども! セリフだとわかっていてもこれはアカンて……。


 なんとか立て直そうにも妙に耳に焼き付いて、割とガチめに動揺した結果……合宿初合わせは自分だけ悲惨な結果に終わった。


「あはは、白井君全然ダメじゃん~」

「……あんな不意打ちされたら誰でも動揺しますって」


 いや本当に。軽くを作って、耳を溶かされそうなくらいの甘ったるい声で目を見つめられてあんなセリフ……マジでヤバかった。

 本気とはこのことだったのか……というかあんな声まで出せるのか……。

 まさに一撃必殺、パフォーマーとしての巴先輩の真骨頂を見せつけられた。


「フッ、これなら出順関係なしに一発で持っていけるな」


 なんとヒカミンお墨付き。

 ……いやこの人の場合は大好きなアニソンを完璧な形でやれるのが嬉しいだけか。


「すいませんもう一回合わせてもらっていいですか。アレなしで」

「あはは、いいよ~。今マジひどかったもんね~」

「ぐ……」

「じゃぁ今度は正景にやろ~」

「え……」


 犠牲者増えた……。

 もう一度合わせたが、今度は正景先輩がガタガタだった。

 軽音の歌姫の本気は歌唱力以外も尋常ではなく、ただ一つセリフが増えただけだというのにその実力を改めて思い知らされた。


 巴先輩曰く「これやった方が歌に熱が入る」とのこと。確かに今までよりも色っぽさが増していたというか、曲に入り込んでる感は一同納得していた。

 いつもなら「ハァ、悪ふざけはやめなさい」とか言う冬川先輩も、その効果を前にしては止めるに止められない様子だった。


 ちなみに夏井にも試したところ、やはり出だしをミスっていた。

 同性すらも魅了してしまうとは本当に恐ろしい。


 一時間くらいが過ぎたころ、防音ガラス越しに人影が見えた。


「あら? こーちゃんだね~。どうしたのかしら~」


 草野先輩がこちらに向かって入っていいかとジェスチャー。巴先輩がおいでおいでと手を招くとスタジオの扉がガチャリと開いた。


「ゴメン巴、ちょっと白井に用事なんだけど」

「どしたの~? シバく~?」


 悪いことしてないけどなんか怖いからヤメテ。


「白井ってめぐるのキーボードの使い方わかる? 今借りてるんだけど、パネル? なんか変なとこ押しちゃって。今めぐるどこにいるかわからんし白井がわかればそっちの方が早いかって」

「あ、多分わかりますよ」

「お、マジ? 急いでたからほんと助かる」


 少し外しますとAスタジオを出てBスタジオへ。

 草野先輩はほとんど話したことないけど、ちょっと怖い印象があったりする。

 冗談だろうけど元ヤンとか言われてるし……同じバンドの一年、川添には姐さんと呼ばれているらしい。


「どうしよう……壊しちゃったりしてないよね?」


 あ、全然怖くない人だ。


 Bスタジオの扉を開けると、「おぉ」と期待のような目を向けられる。


「救世主連れてきた~」


 お辞儀をしながら入り……いや何で川添はガイル(ストリートファイター2)の真似してんの。

 ってか何でガイルの曲流れてんの。


「お、白井来てくれたか。ソニックブーム」

「……どういう状況? ……なんですか?」


 普通に意味不明なので川添ガイルは無視して草野先輩に聞いてみた。


「何か押しちゃってからずっとこの曲流れてんだよね」

「……あ、月無先輩が自分で録音したヤツだと思います」

「へー……え、これ全部!?」

「はい、多分」


 草野先輩が驚くのも無理はないか……。


「すげー……なんかCDから吸い出したりする機能あんのかと思ったわ」

「まぁこれ聴くと普通そう思うよな」


 川添の言う通り、まさかドラムやベースまで弾いてるとは誰も思わない。

 画面を見ると『Guile』と表示されている。

 多分他にもめっちゃあるんだろうなぁと思いつつ、とりあえず元のモードに戻しておく。曲が止まるだけで一同から「おぉ」と漏れた。

 

「ありがと白井。エレピにしてくれると助かる」

「あ、エレピですね、ちょっと待ってくださいね」


 完全に操作を把握しているわけではないのでちょっと手こずっているが、急かさず待ってくれるようだ。


「そういや川添さっき戻ってきた時なんかしてたけど何アレ」

「あ、さっきの曲のキャラの真似っすね」

「……は?」

「ストリートファイターってゲームっすね」

「あ~ゲーム。めぐるずっとゲームしてるもんね」


 まぁそういう印象も人によってはあるんだろうなぁ……。


「その分鍵盤も練習してますけどね」


 ……あ……つい反射的に言ってしまった。

 こんなこと言わなくてもいいハズなのに。


「す、すいませんなんか変なこと言って!」


 相当にマズった。あまり話したことのない先輩たちの前で、ぶっきらぼうに訂正するような言い方になってしまった。


「あ~、わかってるよ、そこは。毎日スタジオ廊下で練習してるの見てるしさ。一番練習してるのは皆知ってるって。アタシも言い方悪かったか」

「いや此方こそ本当に失礼しました」


 周りの反応を窺うことすら怖い……なんて思っていたら草野先輩が笑いはじめた。

 ……笑いどころあったか?


「あ、ごめん、聞いてたまんまでちょっと笑っちゃったよ」

「え……どんなまんまです?」

「はは、まぁいいっしょ気にすんな。巴達待たせちゃ悪いし、もう戻っていいよ。ありがとね、おかげですぐ練習再開できた」


 一同からお礼を言われ、Bスタジオを後にした。

 草野先輩以外の先輩達も気を悪くしてないかと気になったが、表情を見るにそんなことはないようだった。


「お帰り~どうだった~?」

「あ、なんか違うモードに切り替わってただけでした。めぐるさんの録音が垂れ流し状態になってました」

「あはは、ありそう~。ってか録音とかまでするんだあの子」


 皆月無先輩の熱意は知っているが、「ゲーム音楽する」ことの実態はまだ知らないことも多い。ゲーム音楽バンドで複雑さを体感している人からすれば、結構なものだと容易に想像がつくのだろう、皆感嘆するような反応だ。


「気に入った曲の音コピりまくってますからねぇ。録音もその一環でしょうね」

「ゲーム音楽バンドでやる曲も元々弾けるみたいだったしな」


 氷上さんのおっしゃる通り……って、あ。自分以外も気づいたな。

 平静を上手く保つ人もいれば、ピクっと反応してしまった人も……。

 そう、この場にいる中で正景先輩だけはゲーム音楽バンドに参加していないから、今まで巴バンドでその話は出さないようにしていたのだ。

 ヒカミンやっちまったな……。


「あ、知ってるんで気遣わなくて大丈夫ですよ」

「何だよかった~。ヒカミンやっちまったなって正直思った~」

「俺も氷上マジかって思った」

「さすがにないです氷上さん」


 追い打ちひどいな。特に春原先輩。


「さ、最低だなって思いました!」


 時間差でトドメさすね夏井は。

 あと今見えたぞ秋風先輩が合図出したの。「なっちゃん今よ~って」。

 そしていつも通り冬川先輩めっちゃ笑い堪えてる。


「ねぇ男子謝ってよ!」

「ブフッ」


 中学生の合唱祭練習のヤツだ……。

 巴先輩のボケ重ねで冬川先輩は見事轟沈した。


「すまん正景、無神経だった」

「……謝られる方がつらいんですけど」


 ヒカミンここで無自覚な追い打ち。

 ひとしきり笑ったところで一同気を取り直した。

 こういう合宿っぽいテンションっていいな。


「ってか知ってたんだね正景~。なんか言うに言えなかったから微妙に悪い気がしてた~」

「あ、月無が直接言ってきたんですよ。巴バンドの人全員お楽しみで一緒にやるけどベースはヒビキさんだからゴメンって」

「告白してもないのに振られたみたいな~」

「はは、まぁ俺どっちかっていうと聴きたいんで全然いいんですけど」


 言わなくてもいいハズのことだけど、月無先輩は律儀だし、後々知って変に疎外感を与えてしまうのを懸念してだろう。


「夏バンこれだけ恵まれてるんだから文句なんか言えませんって」


 ……いい人だなぁ正景先輩。

 いつも飄々としてる巴先輩も、この言葉は響いた、そんな表情だ。


「ふふ、じゃぁあと少しだけどガチで詰めようか~」


 巴先輩は嬉しそうに、メンバー全員に向けてそう言った。


 練習再開としっかりと詰め、巴バンドの合宿初練習は終わった。

 合宿前の時点で結構なクオリティに達していたと思ったら、巴先輩のギアが一つあがって更なる高クオリティへ。

 侮っていたつもりはないが、本当の実力者のすごさを思い知らされた。


「あ、そうだみんな~」


 片付け中、巴先輩から皆へ言うことがあるようだ。


「今更かもしれないけど~……合宿の投票、一位目指したい」


 本気が灯った言葉に少し驚いた。

 当初は「ただ楽しみたい」と、そう言っていた。

 投票一位という目標はうっすらとしていて、バンド全体が目指す明確な目標としては存在していなかった。


 ここにいる人は巴先輩の性格をわかっているし、巴先輩もらしくないことを言ったと思っているのか、それ以上は言葉を続けられないようだった。

 ただ、巴先輩の言葉が嬉しかったのは皆同じだった。


「俺も目指したいです。……あ、一番下手な俺が言うのもアレなんですけど」


 気づいたら出ていた言葉に、我ながら残念な付け足しをした。

 

「私もです! 取れると思ってます! 一位!」


 夏井も続いてくれた。三年生の思いの丈には届かないかもしれないけど、自分と同じく一年生なりの本気、そう思う。

 巴先輩はちょっとだけ、それでも本気で嬉しそうにした。


「よ~しじゃぁ明日っからも頑張ろ~」


 そしていつものように少し猫背のまま、ゆるい口調でそう言った。


 初日にして大きな目標が出来た。

 軽音楽部合宿内投票一位、夏バンドで部内最高のバンドを目指すと。

 巴先輩は他のバンドの本気度に触発されたのもあっただろうけど、多分このバンドが本気で好きで、最高のバンドだと思っているからなんだと思う。


「白井は清田とかに構ってる場合じゃないな」

「……マジっすね。今日思い知りましたし」


 土橋先輩に割とシリアスな問題を突き付けられ、いい気分から引き戻される。

 ちなみに冬川先輩と巴先輩は、八代先輩と同室で「清田セルフダイブ」の一部始終を見ていたそう。

 八代先輩には白井に迷惑かけんなと叱られたらしい。それはそれで可哀想。


「ふふ、白井君とか特にキャパ超えそうだからちゃんと休みなよ~」

「あ、はいそこは気を付けます」

「フフ、ともは去年寝すぎだったけどね」

「寝る子は育つから~」


 見せつけるように冬川先輩に向かって強調……改めてデカい。

 変に反応を示さぬよう、片付けを終わらせた。


「あれ、この後奏たち他のバンド~?」

「うん。フュージョンバンドの方があるわよ。児相と被ってるからめぐるは半々で参加ね」

「あ~ヤッシーも練習か~。うぇ~うちの部屋私一人じゃん~」


 巴先輩と自分と正景先輩の三人だけ、この中で夜連がない。

 

「まぁいいや正景と白井君で遊んでよう」


 ……おもちゃ扱いである。


「寝てればいいじゃない。起こしに行ってあげるわよ」

「ふふ~……なんと! 眠くない~」


 そして結局、七時の夕飯まで巴先輩の面倒を見ることに。

 まぁ部屋に一人というのも可哀想だし、先輩を無碍にしたくもないし、清田先輩と違って疲れるようなこともないから丁度いいか。


 



 隠しトラック

 ――被害者の証言 ~合宿場Bスタジオにて~


 片付け中


「お疲れ様です~。あ、こう先輩、あたし次ここなんで鍵盤そのままで大丈夫です!」

「あ、めぐるありがとうね。あと、ゴメン、さっき白井に直してもらったんだけど、練習中になんか関係ないボタン押しちゃったみたいで」

「え、大丈夫でした?」

「なんか曲流れ始めて焦った」

「え!?」

「何だっけアレ、川添わかるんだっけ?」

「ガイルの曲っすね」

「え……なんかすいませんお聞き苦しいものを……」

「いやいやそんな! すげぇクオリティだったんで、姐さんが白井呼びに行ってる間みんなで聞いてましたよ」

「いやぁそんな皆して……照れる」


「フフ、めぐるってゲームの曲も好きなんだ?」

「は、はい!」

「川添さっきのアレやってあげなよ。喜ぶかもよ」

「え……」

「めぐるさっきの曲流してみてよ」

「あ、はい」

「てっててっててー……ソニックブーム」

「ブフッ。ハハ、アハハハ! 面白! もっとやって」

「めっちゃツボってる……お、細野」

「……一瞬千撃!」

「アハハハハ! ご、豪鬼! 細野さん豪鬼! アハハ! 瞬獄殺……フフ……エッフ! エフン!」

「ツボりすぎでしょ……」


「あ~ほんと面白かった……紅先輩に鍵盤貸してよかった~……じゃ、あたし廊下で待ってますね! 急がないで大丈夫です!」

「あ、うん。ありがとねめぐる」


「……信じられんくらいツボってたね。貸してよかったって……」

「そんなにゲーム好きなんすかね」

「ね……そういえば細野いたんでしょ、アレ、『月無無双』の時」

「いたも何も、俺もボコられたうちの一人だっつの」

「やっぱ強いんだあの子。細野も結構ゲーマーなのにね」

「強いなんてもんちゃうわ。一年の可愛い子が参加して喜んでたのは一瞬だった」

「そんななんだ」

「……あの時点で月無をそういう対象として見れなくなったヤツも多い」

「……残念美人的なかんじっすか?」

「まぁそんな感じ……いや、むしろ恐怖心から来るものだな」

「そんな扱いなのねあの子……」

「超楽しそうに全員をボコってたからな。あの笑顔で」

「「怖」」



 *作中で登場した曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

 『アメリカ』(ガイルステージ)- ストリートファイター2

 

 『ほれっ・ぽい』- アニメ、絶望先生より

 歌詞引用元:Lyric Findより

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