開幕不安な立ち上がり
九月上旬 とある県
都内を離れ、バスに揺られること三時間……
尽きない話題に花を咲かせつつ、時には尋問されつつ過ごす時間。
風景も片田舎に変わって久しく、辺りにコンビニも見当たらなくなったころ……
「あ、白井、あれじゃね!?」
「どれどれ……お~」
椎名が指さす先、窓の外に見えるのは山の傾斜に立つ建物。
なんというか……山の斜面に横から埋まっているような見た目だ。
遮蔽物がないのでかなりよく見える。
「右手をご覧ください。あちらに見えるのが軽音楽部合宿場となる、ホテル・ルイーダでございます」
……ダメだろその名前。酒場じゃねぇし。
バスガイドを買って出るヒビキ部長に、一年生一同の視線が誘導された。
これから一週間過ごす場所だ、皆興奮をあらわにしている。
豪華なホテルではなくこぢんまりとしていて、周りには自然も多い。
テラスから階段を下りれば中庭で、原っぱとプール(人を投げ込む用)もある。
居心地のよさそうな素朴さが、身構えていた気持ちに安心感を与えてくれた。
「ロビーの下の階な、あの縦長の窓見えんべ? あれがスタジオな」
スタジオは地下一階とはいえ外界に通じる窓があるようだ。
地下とのことで勝手に閉鎖的なイメージをしていたが、傾斜を利用した建物構造で、中庭に直接つながっている。
ちなみに他大学の音楽サークルも合宿場として使うそうだが、今年はかち合うこともなく貸し切り状態らしい。
そして興奮もつかの間、ホテル前の停車位置にバスが止まり、てきぱきとヒビキ部長が段取りを説明してくた。
荷物を持ってホテルに入るとテンションが一層上がるが、まずは搬入だ。
――
一年男子部屋は本館横に付属している建物の一階で、大人数用の部屋。
全員分の布団を敷いても結構スペースがあり、
搬入が終われば一時からの昼食タイムまでは自由時間。
何をしようかと皆でワイワイしていると……。
「探検しようぜ!」
中学生みたいなことを椎名が言い始める。
とはいえ名案。スタジオの位置とかも知っておきたいし、ホテル内だけでなく、外を見て回るのも楽しそうだ。
他の奴らはのんびりしたいということで、林田、椎名と三人で一緒にいろいろと見て回ることに。
本館の方へと足を運ぶと、まずは扉の並ぶ廊下。
一番手前の二年女子部屋の扉が勢いよくバァンと開いた。
「あ!」
……見つかってしまった。
「おう一年生たち! 丁度良かった! ……探検しようぜ!」
稀代のアホ、清田先輩に。
嫌というわけではないが、一年は全員が全員「やっちまった」感に包まれた。
わかりづらい位置にいるポケモントレーナーに見つかった時の気持ちである。
「いやぁ誰も相手してくれなくってな!」
そりゃそうだろとは全員思っても口には出せない。
すると、部屋から水木先輩が顔を出した。
「あ、白井か。運が悪かったと思って相手してあげて。あんたら気に入られてるし」
「……拒否ってもダメなヤツですよね」
「うん。追っかけてくると思う。じゃ、頑張って」
クロックタワーかな。
そして水木先輩はドアをバタンと閉めてしまった。
「
着いて早々はしゃぎ回るアホくらいに思ってるかと。
「小一時間問いただしてやる! なっ! ……ヤロウ」
……鍵閉められてるし。
笑いを堪えつつも居たたまれない気がしたので、結局清田先輩と探検することに。
「どこ行こうか皆! 私森行きたい!」
「何でいきなりそんなハードなんですか……スタジオとか見て回りたかったんですけど」
「つまんねー……。やっぱ白井君は白井君だわ」
……何で普通の反応するといつも辛辣なダメ出しが飛んでくるのだろうか。
「まぁ白井はつまんねぇヤツっすけど、清田さんよかったら場所色々教えてくれませんか?」
「椎名っちはいい子だな! じゃぁホテル裏の井戸からだな!」
「スタジオからで」
椎名が説得を試みるもサイコすぎて話が全く通じない。
相手にしてられないことを皆察知したか、とりあえず清田先輩の意向は気にせず廊下を歩きだす。
「スタジオはなー。そこの階段下りてすぐ!」
あ、普通に案内してくれるんだ。
ついて来いと言わんばかりにととっと階段を下りて行った。
「ここが……えーっと何スタだっけ。……あ、Gスタだ。で、そこがFスタ」
階段を下りた通路を左に行くと、右手にスタジオの扉が二つ。
アルファベット順に着けられてるとすれば相当な数がありそうだ。
ちなみに階段を下りて右に行くと浴場とのこと。
進んで突き当りを右に行くと左手にD、Eとあり、通路の先は外界への扉。
テラスにあった階段、そこを下りた真横に出るようだ。
さっきバスから見えた縦長の窓はこのスタジオの窓だろう。
そして今度は180度方向転換、突き当りの左の方。
「で、こっちこっち。こっち行くとAからCスタがあるな! AとBはデカいからホーンバンド用! こっちの奥がAで~、手前がB。右にあるのはCな!」
防音ガラスごしに内部を見ると、通路左に並ぶAとBはかなりデカい。
「あ、こっちも外に出れるんですね。あの建物はなんです?」
「あ、あれ? あれがライブ用の建物だな!」
一年一同から「おぉ」と声が漏れた。
高まりつつあった興奮がついに音になった、そんな具合だ。
「よし! じゃぁ森行こうぜ」
「どんだけ外出たいんですか」
落ち着きなさすぎだろう。
とはいえ通路奥の扉を開けばすぐに外、ということで一旦出てみることに。
喫煙所があり、中庭の原っぱがあり、そして小さなプールがある。
搬入の時はせかせかしてたので気づかなかったが、山の中というだけあって空気も清々しい。
無意識に一同が深呼吸する中、清田先輩がプールを眺めながらポツり。
「……あそこに白井君が投げ込まれると思うとなんか感慨深いな」
感慨深くねぇよ。
「ッスね~」
ッスね~じゃねぇよ
「藍ちゃんせんぱーい!」
すると、建物の方から元気な声が聞こえた。
一年男子部屋の上の階、一年女子部屋の窓から夏井が顔を出していた。
「お、なっちゃんだ! おーい!」
「何してるんですかー!」
「これからこいつら連れて森を探検してくるー!」
「え……」
「なっちゃんも来なよー!」
「あ……私、先に食堂行ってますねー!」
……無慈悲。
「……ねぇ皆……何でわかってもらえないのかな」
「……むしろわかってるからこその反応かと」
マジで行動基準の説明がつかないのでとりあえず宥めつつ、自分たちも来た道を戻って食堂に行くことにした。
道中で清田先輩の話を聞くに、森に行きたいのは絶賛画策中の肝試しの下見とのこと。一応の理由はあったそうだ。
一年と二年の一部を誘ってやりたいらしいが、
とはいえ清田先輩の真骨頂を知らない林田と椎名は、意外とノリ気で話を聞いてあげていた。
――
食堂に着くとすでに席についている人もちらほら。
六人席と四人席があるが、特に席順などは決まってないようで、大体学年別に固まっている。
八代先輩達の姿も見え……あと二人、あんまり話したことのない三年の先輩も一緒の席に座っている。三女のフルメンバーが集結している。
「あ、いた! じゃね皆! ありがとうな!」
清田先輩も二年女子勢の集まる一角に向かった。
六人席は各学年女子勢が埋めているので、適当な四人席に座ることにした。
「三年女子フルメンバーが拝めるとは」
椎名がふと漏らす。確かに眼福である。
というか後輩女子勢から写真撮られまくっている。
そしてなぜか冬川先輩が撮り返している。
三年生女子はやはりアイドルのような存在みたいだ。
しかし……
「
「俺も俺も。一年の男で一緒のバンド組んでるの川添だけだし」
自分も椎名も、普段関わる先輩方以外はあまり話したことがない。
特に一年と三年では全く話すことなく終わる人もいるそうだが、合宿では色んな先輩と話す機会もあるだろう。情報は気になったりもするが、肝心の川添は今しがた来て他の席に座った。
まぁそのうちわかるか。
全員が揃い、テーブルに料理が並べられ、部長が立ち上がって喚起した。
「よーしいないヤツいないなー。さて……じゃぁこれから一週間! 存分に楽しもうぜお前ら!」
いい感じに盛り上げ、合宿の始まりがここに宣言された。
「まぁいつもならここで茶番挟むが……お兄さんお腹空いてるからちゃちゃっと行こう。ちなみに……恒例だが、いただきますは毎回一年にやってもらう」
そしてぐるっと食堂を見渡す部長と、視線を下に向ける一年一同……。
誰が当てられ……あ。
「……目が合っちまったなぁ?」
くそぉ……なんてゲス顔だ。
「……立て」
「……はい」
まぁいただきます言うだけだし。
「ちなみに何か面白いこと言ってから」
ちくしょぉぉ……しかもヤジもなく静寂なのがまた……仕方ない。
「えー……皆さんお疲れ様です。……合宿場に着いて早々さっきまで清田先輩にサイコ絡みされてました。どうしても森に行きたいそうなので誰か付き合ってあげてください。……いただきます!!」
なんとか切り抜け、そこそこに笑いも取れて一斉にいただきますの声が聞こえた。
二年女子勢の方から「絶・対! 道連れにしてやるからな!!!」とか聞こえたけど幻聴だろう。
「ある意味清田さんに感謝だな」
「無茶ぶりキツすぎる」
そんなこんなで昼食。
豪華な食事ではなくとも、気の合う仲間との食事っていうのは楽しいものだ。
これから先の一週間、その始まりを感じた。
昼食中にスタジオ時間割のプリントが配布され、自分は今日は午後連と夜連。
昼食後に一旦集まって話し合った結果、巴バンドの午後連は一時~五時のところを、三時からにしてそれまで自由時間となった。
再び一年ズで集まり、ロビーで何をしようかと話していると、
「おい白井」
「指名手配かな」
再び清田先輩につかまる。
若干申し訳なさそうな表情を浮かべる水木先輩と、ぼーっと外を眺める小寺先輩も一緒だ。
「……フリスビーしようぜ!」
「ごめん皆、付き合ってあげて」
それならむしろ楽しそう、と皆で中庭でフリスビーに興じることになった。
――
遊び始めて数十分。
ヒマな人たちが何人か合流し、結構な人数でフリスビーを楽しんでいる。
「……あの人元気すぎませんかね」
「あー、だって藍ちゃんだもん」
ちょっと休憩、と日陰で眺めていた月無先輩達に話しかけた。
「あたし藍ちゃんが寝てるとこ見たことないんだよね」
「なんか隙を見せたくないって言ってたよ。ウチもほとんど見たことない」
武士かな。
水木先輩でもそうなら、誰も見たことがないのかもしれない。
まぁ今も休むことなく楽しそうに駆け回っている。
キャッチボール風なのが飽きたのか、誰かが投げてそれを追いかける形に遊びの仕方が変わっている。
見ているだけでも結構面白いので、自分も日陰に座って眺めることにした。
「フフ、まー藍ちゃん、あんなだけど、後輩と仲良くしたいんだよ」
「それはなんとなく。さっきもなんだかんだスタジオの場所とか教えてくれましたし」
月無先輩達曰く、去年は八代先輩がその役回りをしてくれて、清田先輩はそれに倣っているんだとか。
清田先輩なりにいい先輩であろうとしていると思えば、多少のサイコっぷりにも対応の余裕が生まれる。
「おーめっちゃ飛んだ……林田投げるの上手いね……あ、ヤバ」
水木先輩の目線の先には……フリスビーを猛追する清田先輩と……プール。
「……どぼーん」
「あのアホ」
「……今よっしゃーって言いましたよね。落ちる時」
全く心配していない小寺先輩と呆れる水木先輩、そしてゲラゲラ笑う月無先輩。
「これ大丈夫なんで……」
「白井くーん!! 白井ー!!! 助けろー!!」
……道連れってこのことかよ。絶対引きずり込む気じゃん。
「早くー!! アイドゥワナダーイ!!」
無駄に発音いいな。
「藍ちゃんドゥワナダーイ!!」
クッソ……。
「プッ……ククッ……ほら死にたくないって。携帯預かっててあげるよ」
「そりゃどうも……」
なんかそういう空気なので月無先輩にスマホを預け、小走りでプールへ。
足がつくのにちゃんと溺れるフリを続ける意気込みは認める他なかった。
「さぁ助け……あ」
引きずり込もうと手を伸ばした清田先輩が固まる。
そして神妙に……自力でプールから上がった。
何事……あ。
こちらに歩いてきたのは八代先輩……全然目が笑っていない。
「藍……あんた風邪ひいたらどうすんの? ボーカルでしょ?」
「……ご、ごめんなさい」
……所長メッチャ怒ってる。
「ごめんね白井」
「あ、あぁいえ……」
そしてビショビショになった清田先輩の手を引いて、日陰へ。
清田先輩の髪をタオルで乾かして……着替えのためかそのまま連れて行った。
客観的に見ればただ面白い光景だったが、当事者たちはなんとも言えない空気。
部屋に戻ったりと各自解散の運びに。
自分はめっちゃ心配になったので月無先輩達の元へ。
「……怒ってました?」
「怒ってたっていうか、心配してただけだと思う。多分今頃叱られてると思うけど……大丈夫だよ」
「ごめんね白井、ウチらも悪かった」
「いやまさかあんな奇行予測できないでしょうし」
初日にして三年生に叱られるっていう……まぁ今日のハイライトにはなりそうだ。
……というか思ったのだが。
「めぐるさん、八代先輩ってどこにいたんですか?」
「え? 自分の部屋の窓からフリスビーやってるの見てたよ。巴さん達と」
「……タオル持ってくるの早すぎません?」
「……言われてみれば」
さすがのスプリンターっぷりに唖然とするのであった。
「フフ、実際心配して飛んできたんだろうけどね」
「……ヤッシーさんに憧れるのはわかるけど、藍が本当に見習うべきなのはこういうとこだと思う」
小寺先輩の言う通り過ぎて一同頷くしかなかった。
いきなり「清田プールダイブ」→「所長からのお叱り」としょうもないコンボを見たが、初日を彩る事件としては丁度よかったかもしれない。犠牲者出なかったし。
幸先が微妙に危ぶまれる一幕だったが、笑いで済んだしまぁいいか。
……練習行こう。
隠しトラック
――見守り隊 ~三年女子、八代・巴・冬川の部屋にて~
「あはは、ほら奏見て~、皆楽しそう~」
「フフ、藍ちゃん一年生と仲良くなって嬉しいんだね」
「なんかさっき白井君達にスタジオ案内してあげてたらしいよ~」
「へぇ、希のいいとこ真似しようとしてるんだ」
「なんか可愛いよねそういうの~。あ、ヤッシーおかえり~ほらほらこっち~」
「ん?」
「ほら、藍ちゃんがちゃんと後輩と交流深めてるよ~」
「……いや、あれは
「所長厳しいね~」
「……付き合い長いからね」
「白井君って大分藍ちゃんに気に入られてるよね~」
「ノーって言わないからね白井」
「あ~」
「白井君って苦労人よねそういうとこ」
「だねー。めぐるも結構ぐいぐい行くし。その上で藍に付き合ってたら体力持たないから言っておかないとだけど」
「あ~……あの子体力おかしいよね~。寝ないらしいし」
「去年とか最後の方、希より元気だったもんね」
「うん。正直すごいと思った」
「まさかのヤッシー越え~」
数分後
「ヤッシーまだ見てんの~?」
「フフ、何だかんだ藍ちゃんのこと可愛がってるよね」
「いや、見張っとかないと何するかわからないから」
「所長は大変だ~」
「中身小学生だからあの子……あ、ほらやった! あのアホ……ちょっと行ってくる」
「行ってら~……ってタオル持ってったけど。……何したん?」
「さぁ……よっしゃーって聞こえたけど……ブフッ」
「あはは、体張りすぎでしょ~。あ、ヤッシー……え?」
「え……今出てったばっかだよね?」
「所長すげ~……」
八代所長は神速対応。
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