幕間 想いと動機

 都内某所……ボウリング場。


 ――負けられない闘いがここにある。

 

 集まったのは巴バンドの面々と、八代先輩。

 八代先輩を呼んだ理由は、巴先輩曰く必要だからとのこと。

 バンド外でこうして遊ぶのはあまりない機会なので、予定が決まった段階から楽しみで仕方なかった。


「めぐる残念だったね~」

「……めっちゃ口惜しそうでしたよ。あたしの分まで投げ切ってくるのだ! ですって」

「あはは、今度二人で行ってあげな~?」


 どうしてもバイトで来れないそうで、今日は月無先輩不在。

 穴埋めはしっかりしてあげよう。wii-sportsだとボコられるから本物ので。


 冬川先輩と土橋先輩が受付を済ませてくれ、いざレーンへ。

 人数が多いので2レーンを使ったペアボウリングの形式だが、


「ねぇねぇともちゃん、罰ゲームどうする~?

「どうしよっか~。合宿で何かしてもらおっか~」

「じゃぁ考えとこうね~」


 妙にワクワクしている秋風先輩の言う通り、罰ゲーム付きの勝負。

 秋風先輩は意外にこういうことにノリ気だったりする。

 ちなみに2ゲームの結果で順位を決め、一位のペアは支払いがなくなるのでなんとしても勝ちたい。

 厳正かつテキトーなペア決めの結果、自分のペアは夏井。一年コンビ。


「罰ゲーム……頑張りましょう白井君!」

「うん。何させられるかわかんないからな。あとお金厳しいからマジで勝ちたい」


 いやマジで。本当に。


「土橋頼んだぜ~」

「任せろ」


 言い出しっぺの巴先輩は土橋先輩とペア。

 上手いに決まっている人と組むことで自身を安全圏に逃がしていく。

 

「八代、頼んだ」

「任せて」


 似たようなやりとりだが男女が逆。

 八代・氷上ペア――軽音最強の女には軽音最恐の男がハンデとなる。


「吹先輩ボール投げなくても倒せますよね?」

「さすがに無理じゃないかしら~?」


 春原先輩には神の加護が。

 女子同士のペアだが、秋風先輩の常識外の力があるからこれが妥当との判断。


「……ごめんね正景君。名前間違えて」

「あ、いや普段は間違えられる以前の問題なんで」


 冬川・正景ペアは始まる前から微妙なテンション。

 電光スコアボードにはしっかりと正影と表示されている。


「よ~し投げちゃお~」


 そして諸々の準備が整い、記念すべき第一投は主催者の巴先輩。

 ボールに指を入れ……


「……え、重」


 ……いきなり全く運動しない人の反応を見せつけた。


 そんな感じで、巴バンドらしい緩い空気でボウリング大会は開幕した。

 

 ――


「白井君、普通の人ってどれくらい出るの~?」

「大体120くらいじゃないでしょうか」

「お~……じゃぁこれ結構いいんだね。でかした土橋~次も任せた~」

「……任せろ」


 なんか今日の土橋先輩はマシーン感すごいな。


 1ゲーム目が終わり休憩タイム。

 自分と夏井のペアは圧倒的普通さだったが、氷上先輩の無様ガターをスペアで帳消しにする八代先輩、背中でストライクを感じる土橋先輩、ほぼボールを持って行って置くだけのお嬢様投げでもなぜか中央からピンが割れていく秋風先輩と、それなりに見どころのある勝負だった


 騒ぐような人がいないので穏やかな雰囲気だったけど、スコア的には意外と一進一退でみんな熱中して楽しんでいる。

 部活ももちろん最高に楽しいけど、仲間とこうしてただ遊ぶ時間っていうのは本当にいいものだ。


 2ゲーム目に入る前に、自分は飲み物のオーダーを聞いていつも通り自らパシられることにした。

 すると、


「ふふ~アイス買っちゃお~。さっきから気になってた~」

「あ、それおいしいですよね」


 並んだ自販機に巴先輩もアイスを買いに来た。


「そ~なの~? 初めて買うこれ。どれがおいしい?」

「俺はチョコミント一択ですね。あ、そっか。ボウリング初めてなんでしたっけ。なんかそのアイスどこのボウリング場にもあるんですよ」

「そ~なんだ~。じゃぁチョコミントにしよ」


 今日のこれを言い出したのは巴先輩だったが、巴先輩は初めてボウリングをするらしい。やってみたかった、とのことだ。


「ふふ、こういうの楽しいね~」

「ハハ、ですね。スペアも取れましたしね」

「あれ気持ちよかった~」


 満足そうで何よりだ。

 言い出した巴先輩本人が一番楽しめてるのは自分も気分がいい。


 誰が何の飲み物だったか、なんて思い出しつつ自販機に硬貨を入れていると、巴先輩はアイスの包装をめくりながら話をつづけた。


「今までこういうこと全然しなかったからさ~」

「え、そうなんです?」

「うん。正直メンドいって思ってた~」


 マイペースな巴先輩らしい考えだ。

 それが悪いとは特に思わないし、巴先輩には巴先輩の時間の過ごし方がある。


「奏とね~。海行った後なんだけどね、今年は学生らしいことしようぜ! って決めたんだ~」

「あ、なるほど」

「奏には『じゃぁまず単位とろうね』って言われちゃったけど~」


 二人らしいエピソードだ。自然と笑いがこぼれた。

 海の時は冬川先輩が思い出をもっと作りたいと発案したらしい。今回のこれを巴先輩が企画したのは、冬川先輩を思ってのことでもあるんだろう。

 かじったアイスが美味しかったからか、そんな理由からか、屈託のない笑顔を見せてくれた。


 すると、夏井と春原先輩のちびっ子コンビがやってきた。


「私たちもアイス買いに来ました!」

「なっちゃんが興味持っちゃったから」


 ……自分も食べたかったんだろう。


「ふふ、じゃぁ巴お姉さんがごちそうしてやろう~」

「いいんですか! やったぁ」

「ありがとうございます」


 中学生と保護者くらいにしか見えんがなんとも微笑ましい……。

 そんな光景に和みつつ飲み物を買い終わり、それらを抱えて気づく。

 

「あ、ごめん。食べ始めちゃったから食べ終わるまで待って~」

「ハハ、歩きながらはよくないですもんね」

「じゃぁ私たちもここで食べちゃお」

「ですね!」


 飲み物はいったん置いて、自販機の近くのベンチでダベりながら過ごすことに。


「巴先輩、今日はありがとうございます!」

「お~? なんだかしこまって~。なっちゃんは可愛いなぁ」


 自分も同じ気持ちだ。先輩に遊びに誘ってもらえるというのは、後輩からしたら部活で一番うれしいことの一つ。


「また今度別のこともしようね~。どっか行こうか~」

「ぜひ!」


 そんな夏井と巴先輩のやりとりを見て、春原先輩が少し意外そうな顔をしていた。

 去年までの巴先輩を知っているからこその反応だろうけど、さっき巴先輩自身が言ってた通り、大勢で遊ぶということは本当にしなかったんだろう。


 でも少なくとも、幸せそうにアイスを食べるちびっ子二人に向ける目は、面倒見の良い先輩たちが見せる満たされたそれだった。

 食べ終わると、巴先輩はスッと立ち上がって……


「お手洗い行ってくる~。先戻っててみんな~」


 とトイレに行ってしまった。


「ふふ、巴さんらしいね」

「俺も思いました」


 マイペースな部分は崩さない、そんならしさに自然と笑いがこぼれた。


「あ、白井君、半分持ちますよ」

「ありがとう」


 春原先輩たちも食べ終わり、飲み物を分担して戻る途中、ふと春原先輩が口を開いた。


「巴さん、去年はこんな感じじゃなかった」


 そうなんですかと返す夏井はさておき、自分はなんとなく想像がついた。


「前から優しいんだけど、なんか……仕事人? って感じだった」

「し……仕事人……!」

「……あ、超上手いけど部活には最低限みたいな感じです?」

「うん、そんな感じ。部会も来ないこと多かったし」


 練習やライブの時以外は来ないみたいな感じだったのか。

 そういえば月無先輩が、初めて巴先輩に会ったときに「あんまり見かけない人」とか言ってた気がする。


「カナ先輩もだけどね。私もめぐるちゃんも、バンドで一緒になるまであんまり話したことなかった」


 まぁセットでいるし、それはそうか。

 壁とまではいかないけど、八代先輩や秋風先輩ほど仲がよかったわけではないのだろう。その分今が嬉しい、春原先輩が浮かべたのはそんな表情だ。

 二年生の立場からすると、自分や夏井とはまた違う見え方なのかもしれない。


 自分達のレーンに戻ると……褐色コンビと氷上先輩、そして正景先輩がいなくなっていた。

 

「あれ、土橋先輩たちはどこへ……」

「あっちでダーツやってるわよ」


 と冬川先輩が指さす方向には、ダーツに興じる土橋先輩と八代先輩。 


「……様になりすぎて笑えるレベルですね」

「氷上君なんて見てるだけなのにね」


 それっぽさなら氷上先輩がトップかもしれん。


「白井君ってともと仲良いよね」

「え? ……そうなんでしょうか?」


 不意に冬川先輩に変なことを言われ、変な返しをしてしまった。


「あ、変な意味じゃなくてね。どんなこと話すんだろうって思って」


 そういうことか。

 確かに巴先輩とタイマンで話す機会は多いし、いつも一緒の冬川先輩からしたら、それは気になる部分か。

 しかし実際話す内容といえば、巴先輩の場合大体一つに収束する。


「大抵いつも冬川先輩のこと話してる気がします」

「え? あ、そう……なんだ」


 ……人づてに自分への好意を聞いたみたいな反応されても。

 というか全くの無自覚でしょうけど、あなたも巴先輩の話しかしませんからね。


「こういうのも楽しいねって言ってましたよ」

「あらそう? ……ふーん、そうなんだ」


 言葉の上ではクールな反応でも、冬川先輩の表情は喜びが滲み出たものだった。

 親友以上の関係に見える冬川先輩からすれば、巴先輩の変化は一番うれしいものなんだろう。


「ふふ、夏バンは家族って言うもんね~」


 それを聞いていたか、秋風先輩がそう言った。

 膝の上に夏井を乗せて頭を撫でる姿は聖母のそれだ。


「フフ、昔なら絶対めんどうって言ってたわね。ほとんど私としか話さなかったし」

「え、そうなんです?」

「そうね……高校の時なんて特にそうだったかな」


 話せば社交性のある人なので、そこまでとは意外だ。

 冬川先輩曰く、高校から東京に来たそうで、それも理由だそう。


「珍しい苗字だと思ってましたけど、そういうことだったんですね」

「うん。関西の方の苗字なんだって。今は全く出ないけど、昔はちょっとだけ関西の喋り方出てたわよ」

「なるほど……関西弁って目立ちますもんね」


 御門みかどという苗字はそうだったのか。

 目立たないために矯正したんだろう。もしかしたら間延びした喋り方もそれが理由なのかもしれない。

 高校の時の巴先輩は自分からは誰とも話さなかったらしく、心配して話かけたら、やたら懐かれて今の関係になったそう。

 心温まるエピソードだ。


「巴先輩の関西弁ちょっと気になります……!」

「フフ、喋ってもらってみたら?」


 自分も結構気になる。

 ゆるゆる系お姉さんの関西弁とか絶対いいものに決まっている……!


 そんな話をしていると、ダーツ組が戻ってきて、同じようなタイミングで巴先輩も戻ってきた。


「お待たせ~。2ゲーム目やろっか~」

「巴先輩!」

「お~? どうしたなっちゃん」


 ……本当に頼むのね。


「関西弁聞いてみたいです!」

「え~いやや~」


 ……なんかいいなこれ。

 速攻で拒否りつつもちょこっとサービスしてくれた。


 冬川先輩の驚きの表情を見るに、きっとこれはよっぽどのこと。

 今いる人たちに心を許している証左なのかもしれない。


 ……しっかし冬川先輩が驚きを見せたのは一瞬で、何か悶えている。

 大体察するが見なかったことにしておこう。


 ――


 ボウリングを遊びつくした後は、適当に街中を巡ることに。


「あ、巴、楽器屋行っていいか?」

「え~ヒカミンはこんな時まで軽音のことしか頭にね~のかよ~。却下」

「あ、ごめんともちゃん~。私もチューナー買いたかったんだった~」

「お~じゃぁ軽音らしく楽器屋行こ~。でっかいとこあったよね?」

「うん。あっち~」


 ……氷上先輩ドンマイ。

 

「……ツッコむべきなのか?」

「……すまん氷上、正直面白かった」

「……ならいい」


 ……いいんだ。仲良い人ほど辛辣なのは軽音の文化。

 でも気の合う人たちと過ごす時間は、こうしてただ歩くだけでも楽しい。


「ところで白井君、私たち何させられるんでしょう……罰ゲーム」

「あ、いやほんとすまねぇ……多分ひどい目に会うのは俺だけだが」

「でもいい勝負でした! 次は勝ちましょう!」


 ちなみにボウリング最下位の罰ゲームは安定の自分。

 夏井には申し訳ないが一年が食らうのが一番丸く収まると思ってくれ。

 ブービーの正景先輩も「白井が食らった方が面白さ的にもいい」って言っていた。

 ……今思えばすごい自虐的な発言だが。


「そういえば聞いたよ白井君~」

「……なんでしょう巴さん」


 この感じ……!


「もう家族ぐるみなんだって~?」

「……なんのことでしょう」

「いや今日の日程合わせられくてごめんねって電話したらさ~。それよりも! って言ってめっちゃ嬉しそうに話してたよ~」

「……まぁそうなりますよね」

 

 ……妹の純のこと。

 一昨日遊びに来て、月無先輩の家に泊まり、そして昨日は大学を見学にも来た。

 純は遠慮したそうだが、月無先輩に手を引かれる形で自分と八代先輩のバンド練習も見に来たのだ。

 開口一番「……来ちゃった」とメンヘラムーブをかましてくれた。


「白井君の妹がめっちゃ可愛い~って。私も見たかったな~」

「うふふ、すっごくいい子よ~」

「めぐるとおそろいの髪型になってたよ」

「あ、吹とヤッシーは会ったんだもんね~」


 そして女子勢がその話で盛り上がり始める。

 リアル兄としては妹がこういう扱いを受けるのはなんともむず痒いが……気に入ってもらえたり会話のタネになっているのは喜ばしいことか。


 秋風先輩の「家族」という言葉だったり、今日知った巴先輩と冬川先輩の一面だったり、人となり以上に三年生としての想いも感じるものだった。

 先輩方の言葉の端々に見えるそれぞれの想い……「三年になったらわかるよ」、なんてことも八代先輩が以前言ってたっけ。

 それを知るたびに、自分ももっと部活が好きになっていく感覚があるし、もっと頑張ろうって掛け値なく思える。


 応える応えないとかそんなものではないかもしれないし、気負わなくてもいいのかもしれないけど、後輩として何ができるか……それが無性に気になった。

 間近に迫った合宿を前にして、頑張る原動力がまた一つ増えた気がした。


 それぞれが一番楽しそうに過ごす、そんな巴バンドの一幕だった。




 隠しトラック

 ――奇跡 ~ファミレスにて~

 

 女子勢の席


「ヤッシーってボウリングも上手いんだね~」

「え、そう? まっすぐ投げてるだけだよ。土橋の方が上手いし」

「あ~土橋上手かったね~。なんかちょっと曲がってた~」

「曲げたほうがいいらしいよ。やり方わかんないけど」

「お~じゃぁ次は私も頑張って曲げる~」

「アハハ、ともはまずちゃんとしたフォームで投げないと」

「やっちゃんフォーム綺麗だったね~」

「カッコよかったです!」

「アハハ、褒めてもなんも出ないよ」


「というか私のことよりさ」

一同「?」

「もう吹のああいうのには慣れちゃってるけど、絶対おかしいからね」

「あ~モーセ投げ~?」

「そうそれ。笑ってたけどアレどう考えてもおかしい。まず普通に投げてすらいないし」

「毎回ゆっくり左右に割れてきますもんね」

「私も今更気になってきました……! アレどうやってるんですか?」

「どうって~……ただボールを置いてくるだけよ~? なんかそういうのなかったっけ~?」

「……それバスケでしょ。……奏何してるの?」

「動画に取ったヤツ見直してツボってる~」

「アハハ、後で私にも送ってそれ」


「気になったんだけど……あっち静かすぎて恐いんだけど」

「ん~? あ、ヤッシーあの感じ見るの初めてだもんね~。意外と楽しいらしいよ~? あの土橋が結構喋るらしい」

「何それ奇跡じゃん……あ、ほんとだ結構喋ってる」


 男子勢の席


「流石にもう慣れましたけど……うちのバンドの女子勢ってほんと目立ちますよね。すれ違う人みんな二度見してましたし」

「奇跡の世代って言われてるくらいだからな」

「それバスケですね……やっぱ土橋先輩でもそう思うくらいです?」

「同級生だから後輩からほどそうは見えないけどな。正景に聞いた方がいいと思うぞ」

「俺の代からすると三女の園は眺めることしかできないですけどねー。……ちなみにその分白井は妬まれてる」

「……え」

「今の二年は去年から全く相手にされてないからな」

「実際そうですねぇ……みんなその辺はあきらめてるんで」

「俺は二年も可愛い子多いと思うがな」

「水木二年だしな」

「……そういうことではなくてだな」

「まぁあと、二年女子は二年女子で中心に危険人物いるんで恐いっすね」

「ハハ、清田か。悪い奴じゃないんだが会話不成立がデフォだからな」

「土橋さん引き取ってくださいよ」

「それはさすがに俺も怖い」


 意外と俗っぽい話題で盛り上がっていたりする。

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