幕間 初めての共同作業


「何食べようか! なっちゃんは何食べたい? ……あ、それともどっかゆっくりできるところにしようか!」

「ん~、じゃぁファミレス行きましょう!」

「おっけー、こっち!」


 月無先輩と夏井が楽しそうに、はしゃぐようにして行き先を決めた。

 バイトを上がった月無先輩から夕飯の誘いを受け、自分と居合わせた夏井が同行した形。

 月無先輩の満面の笑みは、夏井のための『めぐる・ゲーム音楽十選』を作ることになったから。

 月無先輩にとっては人のためにそれを選ぶことが至上の喜びの一つなのだ。


 ゆっくりできるところという提案も、がっつりそれに浸りたいから……そんな内面がくっきりと見えてしまうのだから、その純粋さには微笑ましさすら感じてしまう。

 先を歩く二人の表情を見るに……すでに夏井の目も先輩に向けるものというよりも、はしゃぐ子供に向ける慈愛の目だ。


 ファミレスに着くまでは別の話題だったけど、多分本当の楽しみは後で落ち着いてから、ということだろう。


 自分の正面に月無先輩、その隣に夏井、と着席すると……


「それでは……んなっちゃん!!」

「え? は、はい」

「上がり方急過ぎでしょう」

 

 いきなりブチ上がる。

 月無先輩は待ては出来るが解かれるとものすごい。


「いやぁごめんごめん、つい嬉しくって」

「ハハ、十選選べる機会がまた来ましたね」


 そんな風に笑みを零しながら月無先輩が言うと、面を食らって一瞬停止した夏井も即座に喜びを返す。


「すっごく楽しみです! 本当にありがとうございます」

「フフ、いいっていいって。あたしが好きでやることだしさ」

 

 そしてあれやこれやと要望を聞いていく。

 真剣に選びたいのだろうか、月無先輩は事情聴取のごとく夏井の好みを聞き出していった。

 実例などもあげつつだったが、大雑把に言えば否応なしにテンションが上がるようなのが好きらしい。

 

「フフ、そりゃパワプロ好きになるわけだね~。上がらざるを得ないからね!」

「ゲーム音楽バンドでやるメタナイトとかも大好きです!」

「そっかそっかー。いい子だねなっちゃんは。もっと褒めていいんだよ?」


 悦ってる……。

 ゲーム音楽を褒められるのは自身が褒められるより嬉しいのは知ってたが。


「でもアレですよね、バトル系とかぴったりですけどそれで十選は重い気も」

「……だよね。多くて五曲だよね」


 バトル曲通の人ならそれが日常だろうけど、一般人の夏井には他のもあった方がいいだろう、そう提案した。


「じゃぁ共通するようなテーマあるかなぁ」

「……あ、こんなのはどうです? グッと来る選曲的な。アツいのもそうじゃないのもあるじゃないですか。感情移入するような曲というか」


 ただアツい以上に、没入感があった方がいいだろうし、夏井の好みをさっき聞いた限りではこっちが正解のように思えた。

 夏井にどうかなと目線を送ってみると、伝わったのかうんうんと頷いていた。


「白井君、成長したね……師匠驚いちゃったよ」

「……毒されたの方が近い気が」

「ひど!」


 良い意味でも悪い意味でも影響を受けた結果だ。

 と言っても自分にとっては悪いことなど一つもないけど。


「フフ、じゃぁこんなテーマはどうかな? 『感情を揺さぶる曲』!」

「それでお願いします!」

 

 自分が意見を述べる前に夏井が反応した。

 直情タイプの夏井にはピッタリのテーマかもしれない。


「ゲーム音楽の本懐みたいなテーマですね。俺とか八代先輩の時とはまた違った感じになりそう」

「フフ、ね! 特にRPGの曲とかは適任にも程があるよ!」


 いいテーマに定まったことを喜んでると、夏井が首をかしげていた。

 なんだろうか、いい予感がしない。


「白井君の時はどんなテーマだったんですか?」


 あ、そういうことか。質問魔とはいえ疑ってすまなかったぜ。

 同じ予感を感じとっていた月無先輩も安心したのか、すぐにそれに応えた。


「白井君の時は~……特に定めてなかったけど、あたしが特に好きな曲メインかな。有名な曲も、知ってほしい曲も」


 すると夏井が是非聴きたいと返したので、とりあえず忘れていた食事のオーダーを取ってから聴くことに。

 一曲聴くごとにいいリアクションを返す夏井と、それがまた嬉しくて笑顔が絶えない月無先輩。この平和で幸せとしか言いようのない光景も中々の眼福だ。

 若干周囲から嫉妬の目を感じるような気がしたがそれは気のせいだろう。


 一通り聞き終わったあたりでそれぞれのメニューが揃った。

 区切りもついて話題の間が出来ると、夏井がまたまた切り出した。


「この企画ってどういう感じで始まったんですか?」


 ……よくない予感がするぜ。

 夏井の最大の特徴はもちろん「質問量」であるが、薄々気づいていたものとしてもう一つ。「普通なら聞かないこと」まで聞くというもの。

 ……むしろこれが根幹にあるからこその質問量と考えれば相当に根が深い。


 推測等を挟んで見切りをつけたり、単にどうでもいいと見做したり、或いは聞くべきでないと判断したり、普通の人ならこうして質問量は減る。

 要するに「聞くか聞かないか」の判断であるが……夏井にはそれがない。

 好奇心は猫をも殺すなんてことはなく、好奇心で殺しにかかってくる。


 今回の質問にしても、大半の人は興味すら持たない内容……

 どちらが答えようかと月無先輩と目を合わせると、月無先輩は口にご飯を放りこんだばかりで咀嚼中。ここは自分が行こう。


「俺がめぐるさんに好きな曲ランキング聞いたんだよ。ゲーム音楽の。そんで中々決められなくって」

「フフ、ほんとアレ困ったよ~」


 飲みこむとすぐに会話に合流してくれた。


「そしたら色々意地悪すんの! 同じタイトルからはダメ~とか、曲のジャンル絞っちゃダメ~とかさ」


 すぐにペラペラと話し始める。

 特別悪印象はないようだが、やはりあれは結構困ったんだろう。

 困ってるのが可愛かったのでちょっといじめた記憶もある。


「……根に持ってます?」

「ううん? いい思い出だよ! フフッ!」


 ……そして久々の不意打ち。そういえばこういう人だった。

 最近こういうのが少なかったせいか一気に恥ずかしさが込み上げる。


「あれがきっかけでもあるからね、むしろ感謝してるんだ。めっちゃ!」

「……めぐるさん、追い打ちやめません?」

「……へ? ……あ」


 夏井の視線も感じとり、月無先輩も羞恥心が込み上げてきたご様子。

 ぶっちゃけ夏井の立場からしたら「何いきなりノロけてやがるコイツら」くらいに思っても仕方ないぞこれは。春原先輩とかいたらむしろ直接言いそうだ。


「ま、まぁそんな感じで、ランキングは決められないから十選にしようって! ね!? 白井君!」

「そうそう。で、八代先輩にそれを聴かせる機会があって、作ってって頼まれて」

「折角だから皆の作りたいって思ってたところだったの!」


 なんとか取り繕って説明終了。

 羞恥と更なる質問の恐怖に晒されつつ夏井の反応を二人で待つと……


「ふふ、そうだったんですね!」


 なんだろう、いつもの好奇心旺盛な目じゃない。

 なんというか、理解致しましたというような目。


「でもさ~、仲の良い人皆に作るって、あたしにとって最優先事項のハズなのに、最近毎日が楽しすぎてつい機会逃しちゃっててねー。めっちゃ気合い入っちゃうよ!」


 ……思うんだが月無先輩も夏井と同種族じゃなかろうか。

 周囲にどうとられるかあんまり吟味しないあたり。


「あ、閃きました!」

「……何を?」


 月無先輩の言葉をまじまじと見つめながら聞いていた夏井が、急に声のトーンをあげた。


「あ、でも……やっぱり迷惑かもです」

「……?」


 するとすぐに思いついたように逡巡し始め、月無先輩がその姿を不思議そうにした。


「フフ、なぁに? 迷惑だなんてことないと思うよ?」


 月無先輩の優しい声がかかる。

 先輩後輩の立場に再び戻ったかのようだ。

 まぁ月無先輩の言うとおり迷惑とは……むしろ今更感もある。


「あの……めぐる先輩と白井君で5曲ずつ選んでくれないかなって」

「……え……俺!? 何で?」


 ……全くの予想外の提案に意図が分からず困惑する。


「さっき言ってたので! 曲の好みは逆だって!」

「……あぁ言ったかも」

「それなら、お二人に選んでもらう方が色んな曲が聴けて楽しいかなって思ったんです」


 なるほど……確かに偏りは減るかもしれない。

 月無先輩がいかに多方面に詳しいと言えど、好みに寄る可能性もあると。


「それ面白いかも……っていうか超楽しいよ! ね?」


 月無先輩的にはアリな提案だったらしく、色々な期待に胸を膨らませている。

 恐れ多いような差し出がましいような、妙なプレッシャーはかかるが、想像してみると楽しそうなのは事実だ。


「わかりました。楽しそうですし、俺も頑張って選びますね」

「あ、ありがとうございます白井君!」


 そんなこんなで企画が決まり、バトルのようなアツいのは月無先輩、それ以外からは自分と、好みの方向性から提案すると、


「え、何言ってんの。今回は白井君がアツいの、あたしがエモいので行くよ」

「……え?」

「ふふー、バトルマスターのあたしを満足させるような5曲を選ぶのだ!」

「……めぐるさん上級職だったんですね」

「あはは! でもさ、最近バラード嗜好になってきたから、がっつりそっちに浸って選んでみたくて!」

 

 月無先輩は最高の笑顔でそう言った。

 実際には師匠からの試練みたいなものだけど、バラード嗜好になったという理由を想えばそれを尊重しないわけにもいかない。

 

「二人で最高のセットリスト作るからね! あと、なっちゃんに聴かせるまでネタバレ禁止!」

「ハハ、わかりました」

「フフ、こういうの初めてだから超楽しみ!」


 そして少々盛り上がった後、完全に話がまとまった。

 若干放置気味だった夏井に目を向けると、誰に向けるわけでもなく呟くようにして……


「初めての共同作業……」


 ……無意識に出た言葉だろうか、尋常じゃないレベルの恥ずかしさが込み上げるが、ツッコんで発言を拾うのも後が怖い。

 同じく月無先輩も……


「あ、ご飯冷めちゃう。早く食べよ」


 平静を装い食事に戻……れてない。ニヤけてる。


 発言に自覚なくパスタを巻き始める夏井、箸を構えてはいるが口が緩んで食事にうまく戻れない月無先輩。

 どこをどう拾えばいいかわからない謎な状況になってしまったので、とりあえず自分も食事に徹することにした。


――


 楽しい夕食会も終わり、駅で夏井を見送って月無先輩と帰路についた。

 十選の発表は明後日に部会があるので、その後部室で行うことに。


 月無先輩は大学駅よりも今いる駅の方が家が近いので、家まで送って行く。

 自転車は大学に置いて来てしまったけど、歩ける距離なので気にはならない。


 駅境えきざかいの道は狭い上に街灯も少なかったけど、月無先輩の明るい声が暗いとは思わせなかった。


「フフ、白井君がどんな曲選ぶのか楽しみだぜ~」

「……それ、俺にとってはプレッシャーですからね?」

「いーじゃん! ただ好きなの選べばいいと思うよ? 考え過ぎ!」


 それもそうか。

 考え過ぎた選曲なんて逆に言い訳がましいし、無難に走りそうだ。

 ある意味これは月無先輩のために選ぶ5曲でもあるんだから、なおさらそうした方がいい。


「めぐるさんが選ぶ方も楽しみにしてますね」

「任せなさい!」


 そういって最高の笑顔を見せた。

 街灯に照らされずとも底抜けに明るい、月無先輩らしい笑顔だった。


「ハハ。あ、車来てますよ」

「あ、うん、ごめん」

 

 ついうっかり、暗く狭い道……引っ張ってしまった。

 嬉しさのあまり不注意になる月無先輩の手を。


「す、すいません、危なかったもので」


 手を握ったのは初めてだ。

 先月の飲み会の時に手を合わせて以来。……中学生かよ。


「フフ、ありがと。……ありがと!」


 大事なことなのか二回言われた……。

 しかしこんなことで緊張するなんて恥ずかしい。

 照れとかとは別の意味で恥ずかしい……。中学生かよ(二回目)。


「照れやさんだな白井君は!」


 ……ちょっと攻めてきた! いや自分でも悲しいくらいですけど。


「い、いつもコントローラー交代交代で使ってたりするし今更じゃないかな!? アレだよアレ、か……間接手つなぎ的な!?」


 ……あなたも動揺してるじゃないかこのピュアモンスターめ。


「白井君、いつもなら自転車で手塞がってるしね! 今更だよ! そう、今更今更……」

「……今更ですかね?」

「…………いや、まだ早かった。あたしには」


 俺もです、とは言わずもがなか。

 結局笑いを堪えられず、二人して笑い合って、帰路をまた歩きだす。

 この時間が惜しいかのように、そして自分と月無先輩の関係を象徴するかのように、肩を並べていつもよりゆっくりと歩いた。


 月無邸の玄関の前で、月無先輩はこちらにくるっと振り返って言った。


「じゃ、あたしを満足させるような5曲! 期待してるね!」

「ハハ、夏井忘れてません?」

「あ、そうだった。フフッ!」


 月無先輩の身内に見られたらどうしようなんて思いながら、その笑顔に釣られて笑っていると、


「じゃぁ……はい!」

「……え? 何でしょう」

「今回は協力して完成させるんだから、その意気込みをここでだね」


 そんな風に理由をつけて、手を差し出してきた。


「……じゃぁ……よろしくお願いします? なのかな」

「フフ、こちらこそ!」


 一体何のシーンだ、なんて頭のなかでツッコミを入れながら、その手を取って握手を交わした。

 そんなに長い時間じゃなかったと思うけど、ものすごく長い気がするようだった。


 月無先輩が嬉しさのあまりニヤけてしまうのが、よくわかった気がする。

 夏井にはある意味感謝……思い返せば夏井の提案も、二人で一緒に選ぶ方が月無先輩が喜ぶと思って気を遣ってくれたんだろう。思ったよりも策士だ。

 一人になった帰り道、緩みそうになる頬を緊張させながらそんな風に思った。





 隠しトラック

 ――立場逆転 ~夏井&春原、通話にて~


「わかりました! それでは明日一時半くらいにスー先輩の駅に寄りますね! 何か楽器以外必要なものってありますかね?」

「楽器だけで大丈夫だよ。音源は私が持っていくから。最悪私が忘れても吹先輩は絶対忘れないから」

「ふふ、わかりました! ……あ、そうだ!」

「どうしたの?」

「今日めぐる先輩と白井君と一緒にご飯食べたんですけど」

「うん。むしろよくそこ割り込んだね」

「はい……こう言うのもアレなんですけど……めっちゃラブラブですね」

「あの二人そういう自覚ないよね。ふふ、見てて面白いんだけどね」

「ふふ、なんだかめぐる先輩が可愛く見えちゃいました!」


「ヤッシー先輩みたく、私も作ってもらえることになったんです! 十選!」

「十選? あ、あれ。……私よりも先に……!」

「え、すいません……」

「いや冗談だから……でも喜んでたでしょ?」

「はい! 作ってもらうの私なのに、めぐる先輩の方が喜んでる気がしました!」

「ふふ、めぐるちゃんはそういう子だよ。ゲーム音楽のことでもあるし」

「ほんと純粋ですよねぇ……ほんといい子」

「裏表ないから。なっちゃんも無邪気だけど」

「いえいえ、それ言ったらスー先輩も」

「いや私はあるよ」

「え?」

「あるよ、邪気」

「あるんですね……邪気」


「あと、いつのまにか! さん付けになってました!」

「ふふ、知ってるよ。私に報告してきたもん」

「どんな風にですか?」

「ふふ、笑っちゃうよ。『この度白井君はあたしのことをめぐるさんって呼ぶことになりました!』だってさ」

「何ですかそれ可愛すぎませんか」

「めぐるちゃんのキャラだから許されてる感あるけどね」

「あ、それ白井君も言ってました」

「まぁ可愛いから、めぐるちゃん」

「ですねぇ……あんな子妹に欲しいです」

「……え?」


「やっぱり白井君と一緒にいる時が一番楽しいんですね」

「比べてるわけじゃないと思うけど、そうだろうね」

「そうですそう、だからその方が喜ぶかなーって思って、十選も二人で作ってみてくださいって頼んだら、やっぱりめぐる先輩すっごく喜んで!」

「ふふ、そうだろうね。ゲーム音楽は特にそうだもん」

「吹先輩達が色々めぐる先輩にしてあげたくなる理由がよくわかりました!」

「そっか」

「ついつい和んじゃいますもんねー見てると」

「うん、そうだね」

「この子の笑顔のためなら! ってきっと白井君も思ってるんでしょうね!」

「うん、そうだと思うけど……あのさ」

「何でしょう?」

「一応めぐるちゃん、年上だからね」

「……忘れてました。ピュアすぎて……」

「うん。でも年上として見ろって言う方が無理だと思う」

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