感情直結型音楽
八月下旬 大学構内 大講堂地下 スタジオ廊下
……久方ぶりの感覚である。
「ということは~……最初からってことだったんですね!」
スタジオ廊下で一人で練習をしていたところ、襲撃を受け……
「……俺もゲーム音楽は昔から好きだからね」
だましだまし……というほどでもないが、微妙に逸らしつつ……
「本当に素敵な関係ですよね! 白井君とめぐる先輩って!」
「はは、
無邪気な質問魔、同じく一年の夏井の質問に応対する状況。
鍵盤の前に座る自分の横で、ずっと目を輝かせている。
自分と月無先輩の約束については、海に皆で行った時に巴先輩に白状させられたので夏井も知っているのだが……夏井は夏井で色々と知りたいご様子。
夏井と二人の場面は久しぶりだし、いい機会と思われたのかもしれない。
しかし別段マズいことがあるわけでもないが、微妙な答えづらさはあるもの。
本人のビジュアルだけでなく、子犬のような可愛さで和むっちゃ和むんだが、ずっと質問責めはやはり神経を削られる感がある。
一区切りついたし収まってくれれば……
「そういえばなんですけど!」
ですよね。なめてたわ夏井のポテンシャル。
「白井君の妹さんがすっごく可愛いって言ってました!」
「え? あ~……この前会ったからね。かなり仲良くなってたよ」
……そういやこの前うちに遊びに来たことは、清田先輩に上手いこと乗せられて喋っちゃったって電話で謝ってきたな。
やたら落ち込んだ口ぶりだったからフォローしたら、ぽろってしまったことよりも清田先輩にハメられたのがガチでショックで凹んでただけだったそうな。
「どんな子なんですか? 私も会ってみたいです!」
「……いや普通の子だけど……あ、でも久々に会ったらやたらリアクションがオーバーになってたな。夏井と気が合う気がする」
お互いに質問し合ってすぐ意気投合しそうだ。
……少しだけ似てるところがあるせいか夏井と純って被るんだよな。
というか30分近く喋ってて今更気付いた。
「そういえば夏井は今日どうしたの? 練習日じゃないのに。またスー先輩と外スタで練習?」
会った時には聞く間もなく質問が飛んで来たので思いつきもしなかった。
「TSUT○YA行ってました! CDの返却日忘れてたので! スー先輩とよく一緒に行くんですよー」
大学駅の近くにあるレンタル屋、と。
大学に来たついでに借りて返してが出来るので、うちの部活の人は皆そこに行くし、自分もちょこちょこお世話になってる。
ちなみに月無先輩はゲーム音楽の品揃えが微妙なのが不服だそう。
「夏井って普段何聞くの?」
CDということで思いついたけど、夏井の音楽の趣味を全然知らない。
吹奏楽部あがりでバンドっていうものにあまり詳しくないとは言っていたけど、ないということはないだろう。
自分も自分で、色んな人の好きな音楽が結構気になったりする。
「ん~実はこれと言ってなくって……アーティストっていうより曲単体で好きなるって感じですかね? アルバムとかもあんまり聞いてこなかったので、最近色々と勉強中なんです!」
「あ、なんとなくわかるかも。俺も部活入ってからそんな感じ」
一曲しか知らないなんてのも結構あるものだし、聴き方の一種だろう。
好奇心旺盛な印象からはちょっと意外だけど。
「でもやっぱり
「パワプロいいよね。めぐるさんもすごい好きで、たまに部室でやったりするよ」
管楽器好きなら確かにハマるかもしれない。
試合の曲にしても他にしても入ってる曲は多いし、ブラスロックって感じのからフュージョンっぽいのまで、曲のジャンルも幅広い。
「白井君もパワプロ好きなんですか?」
「2011年の奴は昔結構やってて、最近だと2016年のもやったかな。やっぱり曲良かったよ。管楽器主体のはあんまりなかった気がするけど」
ゲームの話題に移行すると、夏井はすぐさま聴いてみたいと言ってきた。
サントラは持っていないのでこういう時はy○utubeだ。
何がいいかな、なんて一瞬思ったけど、2011と言えばこれしかないだろう。
「これ、最後の試合の曲なんだけどメッチャテンション上がってさ」
「甲子園ですね!」
「そうそう」
2011年度版の『甲子園決勝』の曲を流すと、イントロからすぐにアツさを感じとったようで、身構えるようにして夏井は音を傾聴した。
「アツい……ですね」
「もう野球どっか行ってるよね」
アツい戦いを予感させる荘厳なストリングスセクションの八小節が過ぎ、更にアツいイントロフレーズが流れると、曲に呼応するように夏井が「おぉ」と声を上げる。
部室で自分がゲームをやっているのを見てた時からそうだけど、夏井は何かと反応が大袈裟で見ていて面白い。
ほとんど好印象で捉えて嬉しい反応を返してくれるので、先輩達から妹のように可愛がられるのも納得かもしれない。
「おぉ……ギター……ですね」
「……え? あ、うん」
……聴いたまんまのこと言われても困るが。
サビのギターのメロディはとにかくカッコよく、ギターだからこそカッコいいフレーズと言えるかもしれない。
パワプロの曲はサビはギターで最高潮に持っていくっていう曲も結構多く、洗練されたテンプレートにも思えたりする。
要するに、カッコいいに決まってるってヤツだ。
「燃えますね……! 思い出が蘇るようです……!」
「思い出?」
自分の場合この曲を聴くと……山口のフォークボールを狙い撃ちしてミートカーソルを一番下で待ちかまえてたことばっか思い出す……。
熱血キャラだったっけ、なんて思いつつ話題として拾ってみた。
「はい! 私、甲子園決勝の応援行ったことあるので! その年は負けちゃったんですけど、すっごく楽しくって」
「あ、そうか、帝大三高なんだっけ」
夏井の出身校は野球も吹奏楽も名門。
パワプロの曲に興味があるってのも意外と順当な流れなのかもしれん。
「うちは吹部が毎回連行されるんですけど、すっごく楽しかったです!」
「へ~。暑いから大変なだけだろうとか思ってた」
「それも込みで楽しかったですよ! ふふ、木管の人は楽器ダメになる~って文句言ってましたけどね!」
そして夏井は思い出とリンクしたか、色んな話を嬉々としてしてくれた。
正に青春、といったエピソードに少し羨ましさが生まれるようだった。
パワプロの曲を気に入ったのも、当時の負けられない気持ちを思い出すようだからだとのこと。
月無先輩も主人公の気持ちが伝わってくるようだとか言ってたし、パワプロの試合の曲は、野球とかよりもそういった感情が主題にあるのかもしれない。
むしろ曲で野球を表現っていうのもよくわからないし、曲の主題を想像した時に感情誘発に焦点が当たるのも当然の帰結……一緒にゲーム音楽しすぎたか、月無先輩の影響が随分と出てること。
「そういえば夏井って、応援団でパワプロの曲やったことあるんでしょ? 月無先輩が羨ましがってたよ」
「そうなんですよ! だから一曲しか知らなかったのに、なんだか思い出深いような気がして。」
詳しいわけでもないのに、ゲームをやったわけでもないのに、そんな風にリンクするのも不思議な話だなんて思うけど……元々感情先行型の夏井には、感情を揺さぶるようなゲーム音楽の直情的な響きは相性がいいのかもしれない。
「だから軽音でやるのが実は二回目でした! 三年ぶり二回目!」
「甲子園出場校みたいな言い方よ……」
それに、ゲーム音楽を楽しむことにゲームプレイヤーであることは必須ではない。一つの音楽として捉えるための大切な考えを改めて思い知るようだ。
「他の曲もすっごく気に入っちゃって! あ、スピーカーつないでもいいですか?」
「あ、いいよもちろん。……あ、これいいよね確か8と9の試合の曲」
「これとかも! すっごい燃えますよね!」
あざといくらいにアツいメロディが特徴的なパワプロ8と9の通常試合。
プレイヤーでなくても十全にゲーム音楽を楽しむ夏井の姿……月無先輩が見たらどれだけ喜ぶだろうか、なんて思う。
「夏井、めぐるさんと曲の趣味も合うかもね。めぐるさんもアツい曲大好きだよ」
「そうなんですか? 何でも好きなのかと思ってました!」
「そりゃなんでも好きだろうけど……なんというか血の気が多い曲の方が好きなんじゃないかな。バラードとかはむしろ俺の方が好きだったりするし」
むろん、月無先輩はバラードも好きだし、それぞれの良さを十全に知りつくしているのは前提としてだ。
でも起きぬけにバトル曲を弾いて目を覚ますとか、戦闘民族みたいなライフワークしてるし、本来の趣味はそっちに傾倒している気がする。
でも否応なしに感情を揺さぶってくるという点ではバラードも共通するし、自分も月無先輩もそれこそがゲーム音楽の大きな魅力だと感じとっている。
歌詞とかに頼らず音楽そのもので直球勝負してくるゲーム音楽は、正に感情に直結してるんじゃないかなんて思う。
すると夏井は納得したような表情で、思い出すように視線を斜め下にやって呟いた。
「白井君の方が……なるほど、だからか……」
「……? だからって何?」
何かが繋がったのだろうか、少し気になったので聞いてみた。
「あ、めぐるさんがこの前、最近バラードばっか弾いてるって言ってたんですよ」
「……え?」
「白井君に聴いてもらいたいんですね!」
……可愛すぎる。年上にこういう言い方もアレだが、いい子すぎるだろうあの人。
反応を夏井に返すにも悶絶してしまって何を言えばいいかわからないぞ。
切り替えろ俺。月無先輩が今ここにいないっていうのが唯一の救いだ。
「そういえばどうして今日はめぐる先輩はいないんですか?」
「……心読んだの?」
そして何でここに来てその質問……まぁ夏井は思いついた質問をバンバン言うので、割と順番が目茶苦茶だったりする。
「今日はバイトでいないよ。いたらパワプロの曲とかも詳しく教えてくれたかもね。……あ、でも」
「……?」
「いや何でもない」
ガッツリ解説もしてくれたり……はしないか。
月無先輩は意外と人に合わせるタイプなので、夏井みたいなのが相手だったら知識面とかは度外視に、素直に聴いて楽しむのを尊重しそうだ。
「気になります!」
「はは、だよね。いや、いっつも俺には解説したりしてくれるんだけどさ、夏井にはそうはしないだろうって思って」
「……? どういうことでしょう」
「聴き方はひとそれぞれってことだよ」
疑問符を浮かべたままの夏井に、そう返した。
これもゲーム音楽するってことの一つ、月無先輩ならそう言う気がした。
「白井君は特別ってことですか?」
「……いや特別っていうか……弟子だから。ゲーム音楽のいろはを叩きこむような感覚じゃないかな」
「……徹底してますね」
鍵盤だけでなくゲーム音楽の弟子でもある……というわけだ。
そんなこんなで話題は続き、お喋りな夏井との時間が過ぎていった。
§
午後四時を過ぎた頃、月無先輩がバイトが終わったらしく、一緒にご飯を食べようと連絡が来た。
折角だから夏井もどうかということで同行することになった。
始めは遠慮がちにした夏井だったけど、来たら月無先輩もきっと喜ぶとフォローを入れたし、夏井もいると連絡してみたら案の定『確保ー!』と返してきたので、結局は夏井も喜んで誘いに乗ってくれた。
「そういえばなんですけど!」
駅へ向かって歩く途中、夏井が何か閃いた。
「ヤッシー先輩に聴かせてもらったんですよ!」
「……何を?」
「めぐる先輩のゲーム音楽十選です!」
あぁ、『めぐる・ゲーム音楽十選』。仲のいい人それぞれに作りたいって言ってたし、夏井の分も言ったら作ってくれそうだ。
「はは、夏井も欲しいんだ? 自分の」
「はい! めぐる先輩忙しい方なので中々言いだせなくて……」
「いや絶対やってくれるよ。睡眠時間削って嬉々として」
「え、そこまでは悪いが……」
「大丈夫なんじゃないかな。いっつも超元気だし。疲れてる様子とかほとんど見たことないもん」
「……確かに」
そして月無先輩にそう送ってみると……
「はは、ほら」
「……『任せなさい! 要望だって聞いちゃうよ!』……ふふ、めぐる先輩らしいですね!」
ゲーム音楽バンドに参加してくれてる人はきっと皆そうだけど、月無先輩からしてみたらゲーム音楽を楽しんでもらえる機会は何よりも優先することだろう。
「多分俺ら待ってる間ずっと選曲してると思うよ」
笑みを堪えながら何がいいかな~なんて考えてる姿が目に浮かぶ。
夏井もそれが想像に難くないようで、何だかおかしいですね、なんて言って慈しむ様な笑顔を作った。
隠しトラック
――軽音最強の女 ~隣駅にて~
「めぐる先輩どこにいるんでしょうね」
「改札出たすぐのとこにいると思うよ……ほら」
「あ、いた! ……あ」
「……ね? 言った通りでしょ」
「はい」
「俺らは事情の予測がつくから大丈夫だけど……曲聴きながらニヤニヤを堪えてるって実際に見ると結構怪しいな」
「え、可愛くないですか?」
「可愛いけど……めぐるさんだから許されるってとこある」
「……最強ですよね……改札出ずにちょっと観察してみませんか?」
「……ナイスアイディア」
「……夏井って観察好きなの?」
「……そうなんですかね?」
「いや知らんけど。無意識か」
「月無先輩っていつも笑顔でついつい見ちゃうんですよね……」
「……わかる。なんか和むというか」
「演奏中とってもカッコいいですし!」
「それな、わかる。あの真剣な眼差しな」
「……気が合いますね」
「……まぁファンだから。一号」
「私もです。じゃぁ二号で」
「全然こっちに気付きませんね」
「ゲーム音楽に没頭してる時は周り見えないから」
「腕組みしてますね」
「選曲悩んでるんだろうね」
「……あ、ちょこっとガッツポーズ」
「ハハ、決まったんだろうね。そろそろ行こうか」
合流
「お待たせしました!」
「お、なっちゃん! フフ、白井君もお疲れ!」
「ハハ、嬉しそうですね。曲決まりました?」
「へ? あ、うん、決まったよ。よくわかったね」
「あそこから見てました!」
「曲選びながらニヤニヤしてたので話かけちゃいけないタイプかと」
「ひど! 話かけてよ~……そんなニヤニヤしてた?」
「めっちゃしてましたよ。……ねぇ?」
「はい」
「むー……もう笑わない」
「いやいや」
「その日めぐるから笑顔が消えたのだった」
「いやいや」
「ジャキン。鉄仮面」
「……なんですかそれもう。……どうしたの夏井」
「……鉄仮面ってジャキンって鳴るんですか?」
「……え?」
「…………ブフッ」
「あ、笑った。夏井マジ最強だね」
*作中で紹介した曲は曲名とゲームタイトルを記載します。
『甲子園決勝』― 実況パワフルプロ野球2011
『試合』 ― 実況パワフルプロ野球8
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