幕間 ゲーム音楽女
ファミレスについたゲーム音楽バンド一行。
男女で通路越しに席を分け、早速と思い思いの話が盛り上がる。
今日はめぐるにとって最高の日、そしてメンバーにとっても同じ……だというのに、当の本人であるめぐるは、斜め後ろの男子席を気にするようにチラチラと目線を泳がせた。
正面に座る八代がその様子に気付いた。
「どうしたの? めぐる」
「……あたしのいないところでゲーム音楽の話してる」
ゲーム音楽の話題となれば黙ってはいられない、ゲーム音楽女の
「アハハ。……ってかよく聞こえるね」
遠くもないが店の喧騒もあって詳しい内容までは聞こえない距離……なのだがそこはめぐるである。ゲーム音楽に関しては地獄耳なんてものではない。
スマホでぱぱっと何かをして、卓に置いて八代に向き直った。
「フフ、でも今日は女子トークです!」
「そっか」
輪を乱すようなことはしない、とめぐるは区切りをつけた。
「あ、そうだ。後でちゃんと決めようと思ってたんだけどさ」
「何でしょう?」
「ハイハットなんだけど、8ビートでいいかな? シャッフルで16ってすごい難しくて」
八代が振ったのはバンドでの話。バンド飯は反省会での場でもある。
ハイハットとはシンバルの一種で主に拍を刻む役割。スネアドラム、バスドラムと並んでドラムセットでは一番大事な楽器の一つ。
今回の練習で合わせた『くものうえで』はハーフシャッフルと呼ばれるリズムのもので、16分音符のリズムの刻み方が非常に難しい。
「あたしも言おうと思ってました! あれ8の方がいいですよね? 合わせてた時も後半に8で叩いてた方が綺麗に聞こえてましたし。土橋先輩が上手い感じに埋めてくれますし!」
「だよね。よかった、めぐるも同じで。次からそうするね」
「はい!」
八代の話題振りを皮切りに、一同はしばしバンド練習の反省会を続けた。
――
「やっぱりすごいです皆さん……こんな風に話せるなんて。私、原曲通りに吹くしかできないので……」
充実した議論の区切りに、夏井が憧れのため息とともにそう漏らした。
「吹部だと譜面ばっかりだもんね~。多少変更しても、アレンジそのものを考える機会ってそんなにないから、仕方ないんじゃないかしら~?」
同じく吹奏楽あがりの秋風が優しいフォローを入れた。
ちなみに秋風がアレンジ等を出来るのは単純にスペックがおかしいからである。
「へ~。でもなっちゃんのとこって吹奏楽めっちゃ強いとこだよね。甲子園も常連だし、そういうのもやってるのかと思ってた」
「あ、あれ譜面あるんですよ」
八代と夏井のやりとりに、実情をしらないめぐるが興味を示した。
「え、なっちゃんってどこ高なの? 都内だよね?」
「帝大三高です! 今年はもう負けちゃいましたけど、去年応援やりました!」
「え!?」
めぐるが素の驚きを見せると、何でそんなに、と皆の注目が集まった。
帝大三高とは都内の甲子園常連校で吹奏楽も名門。応援の派手さで特に有名なところである。
そして夏井も気付いたように……
「あ! 言い忘れてたんです! そういえば!」
「……やっぱり!」
謎のやりとりで通じあう夏井とめぐる、他は誰も理解できずポカーンであったが、
「去年パワプロの曲吹いてた! よね!? 新しく!」
「吹きました! 伝説……? ナントカ!」
とのこと。
一同もめぐるの反応が腑に落ちたようで、なるほどといった反応を示した。
「『いざ! 伝説最強戦』だね! あれすっごい嬉しかったな~」
「言おうと思ってたんです! 実は私ゲーム音楽やったことあったって!」
夏井のいた高校は応援歌でゲーム音楽を数曲演奏する。
ドラクエⅢの戦闘曲などは今や定番となっているが、去年はパワプロの曲のレパートリーが増えた模様。
ちなみに夏井は忘れていたというより、話す機会のたびに「その場で浮かぶ疑問」に思考を囚われてしまうので失念していたのだ。質問魔の
「めぐる、野球好きだったねそういえば。甲子園も見るんだ?」
「はい! 三高っていっつもゲーム音楽やるし東京代表だから応援してるんです! そっか~なっちゃんは三高だったんだね~」
ひょんなことが繋がって嬉しい様子で、めぐると夏井は満面の笑みで顔を合わせた。
「吹奏楽用のゲーム音楽の譜面もあるんだね。そういうのって売ってるの?」
「どうなんでしょう。普通の応援歌用のは売ってますけど、パワプロのは先生が持って来たので私知らないんですよね」
高校では吹奏楽経験のない春原が疑問を示すが、夏井は知らない模様。
ちびっ子二人が首をかしげると、
「その質問にはあたしがお答えしよう!」
ドヤっと威勢よく、めぐるが口を開いた。
「フフ、といっても譜面がネットで公開されてるだけなんだけどね」
「そうだったんですか! 初めて知りました……!」
「うん、パワプロは応援曲用にブラバンアレンジの譜面が公開されてるんだ。だからどこか演奏してくれないかな~ってすっごい期待してたの!」
一同「へ~」と声を揃えた。
何で吹部でもないのにそんなことまで知ってるんだとは誰もツッコまない。
「伝説最強戦なんかはちゃんと吹部でやりやすいようにキーも変えられてて!」
きちんとした吹奏楽アレンジであるのみでなく、一部の楽曲は楽器の音域等に合わせてキーを変えられたりと、めぐるにとっては好きな曲の生まれ変わった姿として要チェック対象なのだ。
「そうだったんですね……そういえば私、原曲聴いたことないです!」
夏井がそう言うと、めぐるは「かかった」、と言わんばかりに口角を上げた。
「フフ……聴きたい?」
「聴きたいです!」
好奇心の強い夏井とめぐるの相性はばっちりの模様。
夏井としても応援団での思い出の一曲であるし、互いに嬉しい巡り合わせだ。
「聴きたいんじゃ仕方ないなー」等と言いながら、めぐるはウォークマンを取りだした。
「あれ、スマホに入れてないの? 私も聴きたいんだけど」
「え、聴きます!? じゃぁスピーカーで流しましょう!」
八代のさらに嬉しい一言で、結局スマホで皆で聴くことに。
「あ、これですこれ! ……あ」
「フフ」
メロディを聴いて思い出した夏井がすぐさま喜びを表現するも、曲を聴く邪魔にならないよう静まった。微笑ましいその光景に先輩一同の慈愛の目が降り注いだ。
静かに曲を聴き終わると、各々が持った感想を口にした。
「これって何の曲なの~? あ、野球ってのはわかるけど~」
巴が疑問に思ったのは、「どんな場面の曲であるか」。
ゲームをあまりやらない巴は場面のイメージがつかないのだ。
「試合中の曲ですよ! パワプロの試合曲ってこんな感じのアツいのが多いんです!」
「へ~。ふふ、カッコいいねこれ。戦い! ってかんじ~」
巴が素直な感想を口にすると、めぐるの表情もより明るくなった。
ゲーム音楽を褒められることは、自分が褒められること以上に嬉しいのだ。
そしてそれだけでなく、
「めぐるちゃん今度これ貸して」
「あ、私もお願いします!」
「もっちろん! フフッ!」
興味を持ってもらえればもっと嬉しい。
無類のホーン楽器好きの春原や、思い出とリンクした夏井はパワプロでしか聴けないブラスロックの魅力に積極的な模様だった。
「試合の曲以外もいい曲だらけですよ~。これとか! 『あかつき大学付属高校』!」
「へ~……あはは、昔のジャニーズみたいこの曲~」
「光GENJIっぽいですよね!」
そんな風に、調子よくあれこれと曲を聴かせては、皆の反応に嬉しくなるめぐるだった。
――
オーダーが揃いひとまずは食べようと、話を続けながら和気あいあいと時間は流れた。バンド飯の時間はいつも幸せであるが、今日のそれはいつも以上に笑顔に溢れ、食べ慣れたメニューも一層おいしく感じた。
食べ終わる頃に再びパワプロの話題に戻り、八代が言った。
「でもやっぱラッパ入ってると野球って感じするね」
「そうなんですよ! よくぞ!」
すると、めぐるのテンションも一段階あがり……
「アハハ、暴走禁止」
「む……はい」
そうになる前に八代'sストップ。間一髪。
めぐるの扱いを一番心得ている八代がいなかったら確定演出だった。
「ほとんどが管楽器主体なんですよ、パワプロって。フュージョン系かブラスロックばっかで。それでいてゲーム音楽っぽさ全開だからすっごい好きで」
「うふふ、めぐちゃん大好きだもんね~。よ~く知ってるよ~」
「そ、その説は……」
めぐるがいかにそれを好きか、秋風は身を以て知っている。
「いい曲いっぱいあるもんね~」
「あれ、吹は知ってるんだ?」
「そうね~。部室で白井君と初めて会った時、めぐちゃんパワプロやっててね~」
めぐるとしてはなんともむず痒い思い出。
……何しろ白井以外の人の前で初めて状態異常をお披露目した思い出でもあるからだ。
「めぐる先輩、なんでそわそわしてるんですか?」
「そ、そんなことないよ?」
隠し事の下手くそさに定評のあるめぐるである。
「アハハ。あ、めぐる手伝いに行ってあげたら。白井、多分あれ持って帰れないよ」
「え?」
「いいから。ドリンクバー遠いし手伝ってあげな」
白井が先輩三人分のグラスを持ってドリンクバーへ立ったのが目に入り、八代がフォローついでにそう促した。
「あ、じゃぁ行ってきます」
めぐるもそう言って席を立ち、ドリンクバーへ向かった。
「ふふ、ヤッシーいい先輩してるね~」
「何だかんだで一番応援してるわよね」
巴と冬川がそう言うと、八代は少し唸りながら言葉を返した。
「ん~。まぁ妹みたいなもんだしね。見てると可愛いしさ。それにさっきからちょくちょくスマホでやりとりしてるし」
めぐるがラ○ンで白井に色々送りつけてたのはバレバレである。
「うふふ、珍しいわよね。めぐちゃんがそういうことするの~」
女神にもバレバレである。ちなみに隣に座っている春原にもバレバレ。
「へぇ。めぐるってそういうとこすっごい礼儀正しいのにね」
「あの子人と喋ってる時携帯の画面見ないもんね~」
性格を知っている人からすれば、ある意味普通の女の子らしくなったというか、一番変わったところなのかもしれない。
「戻ってきたらつついてやろ~」
「……ほどほどにしなさいよ」
巴がそう言ってニヤりと不敵に笑みを浮かべて、冬川がやんわり釘刺し。
めぐるが戻ってくると、早速と巴が冷やかした。
「ふふ、めぐる~。……やっと二人の時間が取れたね」
「え!? そんなやっとって、そんなんじゃ……」
誤魔化そうとするめぐるに一同ニヤニヤ。
なんと女神ですらその輪に加わる。
「アハハ、ちょこちょこやりとりしてたでしょ。仲良いなって思ってさ」
八代がフォローついで軽くネタばらしのようにそう言うと、めぐるはたじろいでいた様子から一転、素に戻って普通に応えた。
「あ、それは白井君があたしのいないところでゲーム音楽の話で盛り上がってたからです」
あまりにも平然とケロっとそう言うので、一同は拍子抜けした。
「ラ○ン等で水面下でイチャつく」ようなものだと思っていた人にとっては、最早謎としか言えない思考回路。
そして驚きポイントはそこだけではない。
「え、めぐる、最初に言ってたのマジだったの」
「……? はい。後ろでゲーム音楽の話されちゃったらそりゃ気になるってものです」
「……私らともしてたよね?」
「両方真面目に聞いてましたよ!」
聞いていたどころかガッツリ会話の中心としてずっと喋っていたにも関わらず、違うテーブルの会話も把握していた。……というか参加していた。
八代は店に入ってすぐ言っていたことは冗談だと思って聞き流していたため、信じられなかった。
「あんた変な特技あるね……」
「いやぁ特技って、ゲーム音楽だけですよ~」
ゲーム音楽に関してのみ聖徳太子と化す、謎の特技が明らかになった。
「え……じゃぁめぐる、マジでゲーム音楽の話してただけ?」
「……喋り方素になってるわよ」
一般の感性からは理解できないそれには流石の巴からも伸ばし棒が消えた。
「そうですよ。……あ、見ます?」
「あ、大丈夫です」
「だから喋り方」
恋人ではないとはいえ、相手とのやりとりを見せることに抵抗もない姿に巴は戦慄のようなものさえ覚えた。
「めぐるちゃんのそういうところ本当に凄いと思う」
恐らく一同思うところは同じ。
しかし春原がそう漏らすも、めぐるは何のことかわからない様子で首をかしげた。
ゲーム音楽女ここに極まれり、迂闊につついたことを巴ですら後悔するほどにめぐるはめぐるであった。
内情に詳しい八代や、相談らしきものをされた秋風は、めぐるの考えの基準がわかる分まだ理解ができるが、大概の人にとっては異次元の思考回路というわけだ。
最早恋人以上の信頼が無自覚にあるからこその振舞い、そんなものかもしれない。
「アハハ、まぁ好き過ぎて一つ段階飛ばしちゃってるんだね」
「フフ、あたしのゲーム音楽愛は計り知れないということです!」
八代の含みなど全く気付かず、めぐるは笑顔でそう返した。
見方によっては白井に同情するような状況でも、実際は他が口出ししようのない境地に二人はいる、なんとなくそう感じた一同であった。
しかしさすがに、女神秋風ですら「これ、めぐちゃんにも大分問題あるわね~」と思ったのであった……。
隠しトラック
――巴リポーター ~帰り道にて~
「ね~奏~」
「何?」
「めぐるって意外と束縛強いタイプかな~?」
「……どうだろうね。嫌な感じはしないけど」
「そうだけどね~。子供っぽいっていうかそんな感じのだし~」
「白井君も嫌がることはないんじゃないかしら?」
「確かにね~されるがままにしてそうだし~……あとMっぽいし~」
「何でも許せちゃうって感じだもんね」
「ヤッシーはどう思う~?」
「……私に振らないでよ」
「いいじゃん~、一番近いんだし~」
「ん~。何にでもだけど、愛が強すぎるだけじゃない?」
「あ~愛情表現直球だしね~」
「そういうとこほんと子供なんだけどね。でもそれが可愛いんでしょ」
「男は一発で落ちちゃうか~」
「いい感じにバランス取れてるのかもね」
「ん~確かに~」
「吹はどう思う~?」
「何が~?」
「めぐるって束縛強いタイプかな~って」
「ん~……独り占めしたいっていうよりは~、安心出来ればいいんだと思うよ~」
「なるほど~……めぐる物分かりいいしね~」
「うん。わがまま系じゃないんじゃないかな~」
「ほんといい子だよね~」
「しろちゃんもわかってあげてるしね~」
「ふむふむ~、やっぱり相性いいんだね~」
「三女の意見で大分明らかになってきました~」
「……誰に話してるのよ」
「全国の巴ファン」
「あ、そう」
「ここで万を持して同級生、スーに聞いちゃおうと思います~」
「何を?」
「まぁまぁ」
「ではスーちゃん、正直どう思いますかそのあたり」
「早く付き合えって思ってます」
「……はい、直球でした~」
「……終わりなの?」
「終わり~」
巴リポーターはオチまで緩い。
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