ゲーム音楽する②


 ホーン隊とのやりとりがひと段落つき、再びスタジオ内へ戻ることになった。

 防音扉を開けると、思い思いの練習に励む先輩方の姿があった。


「ヒビキさん! ベースどんな感じですか?」


 まずは入口に一番近い位置、ベースの部長のところへ。


「まだ全部は耳コピしてないがまぁ順調じゃねぇかな。あとは月無のお気に召すかどうか、だな。ハッハ」


 そしてふと気付く。見知らぬ機材が部長の足元にある。

 ベースって大体本体とアンプだけってイメージがあった。


「シンセの音色なんだけどよ。こんなもんでいいか?」


 そういって部長がベースを弾くと、現実では聴いたことのない音色が鳴った。

 『にょん』という電子音といったような音だ。ゲーム音楽以外にもEDMやテクノ系なんかでよく聴く音に近い。


「う~ん、ちょっと水っぽい気がします!」

「それな。俺もそう思ってた。もう少し硬めの音にしてみっか」


 そして機材をいじり……なるほど、これはベース用のエフェクターだったのか。

 普通のベースの音でなく、いわゆる電子音っぽい音にするためのものだろうか。

 今回やる曲、特に『くものうえで』のベースの音はこういう機材を使うようだ。

 ……奥が深い。


「中々ゲーム音楽みたいにくっきりした音にはならんなぁ。お兄さん音作り苦手だから困ってる」

「ゲームだとシンセだからシンセベースとはちょっと違いますもんね」

「そうそう。下手に噛ませても音がベチョってなるだけでよ」


 音自体は聴いたことあるものだけど、仕組みが全然わからないので聞いてみた。

 ゲーム音楽の場合は元々シンセサイザーの音、つまり元から電子音。

 シンセベースの場合はベースの音をエフェクターで電子音に変えることになるから、似てるようでも成り立ちがそもそも違うと。


「まぁ夏バンでも使うもんだし、使いこなすためのいい機会だと思えばむしろいいわな。音作り極めんとゲーム音楽とかできんしな」

「さっすがヒビキさん! わかってるぅ! フフ、ありがとうございます!」


 何で持ってるのかと思ったが、夏のバンドでも使う機材らしい。

 聞けばお値段もかなりするエフェクターのようだ。


「あたしも音作り負けてられない! 白井君も!」

「あ、はい。やっぱ重要すっよね」


 音作り、いわゆる音色を編集する作業はバンドをやる上では必要不可欠。

 既に月無先輩には並々ならぬ拘りを見せつけられているし、ただいい音を作るだけでは十全ではないとも言っていた。


「ゲーム音楽ってさ、音それぞれのレベルのバラつきが少ないってのもあるけど、しっかりまとまりのある聞こえになってるから、バンドでやる時は周りとのバランスもっと意識しなきゃだよ!」

「なるほど……。音数多いですし何やってるかわからなく聞こえちゃったらダメですもんね」

「そうだ! よくわかってるな!」


 大編成だし、同時に鳴るフレーズや楽器も多い。

 それぞれの音をフィーチャーするためには音色も音量も全てバランスよく仕上げなければならない。曲に依るとはいえ、ゲーム音楽は元々それが突出しているのだから、それを演奏するとなればなおさらだ。

 月無先輩曰く、特にプレイステーションくらいまでのゲーム音楽は、音一つ一つがはっきり聞こえ、それが耳馴染みしやすい魅力に繋がっているという。

 生音よりも音圧の少ない電子音だからこそだそうだ。


「それが今も生きてるからか、生音メインになっても鳴ってる音一つ一つがしっかり聞こえるように調整されてるのが多いんですよ!」


 むしろ生音メインになって以降はなおさら、他の音楽よりもその辺りは注力されているのかもしれない。ゲーム音楽すごい。

 納得するような口ぶりでヒビキ部長が続けて口を開いた。


「その辺は普通のバンドの曲やるより全然ムズいだろうな。音埋めりゃいいってもんじゃないからやること多くてごまかしきかねぇし。白井もいい勉強になるんじゃねぇか?」

「確かに。この先めっちゃ活きそうです」


 安易にコピーしても技術不足を露呈するだけ、か。


 ゲーム音楽バンドの経験は、自分がこの先三年間部活を続ける上でもとても価値のあるものになりそうだ。

 月無先輩はすでに音色に関しては神がかっているけど、その真髄に少しでも近づけたらもっと自信もつけられるかもしれない。

 そんな風に思っていると、それが伝わったか月無先輩は満足気に笑顔を向けてくれた。


「お、大分よくなってきた。こんなもんでどうだ月無」

「さすがヒビキさん! こんなに近付くもんなんですね」

「ハッハ、後は合わせてみてだな」


 月無先輩は実際に合わせるのが楽しみで仕方がない、そんな笑顔で元気よく「はい!」と応えた。

 今日はバンド全体で合わせるのは無理そうだけど、その時が来たら個々人の技術に感動しっぱなしになりそうだ。超楽しみ。


「めぐる~、ひと段落ついた?」

「あ、はい! 今行きます!」

「アハハ、急かしてないよ、大丈夫」


 こちらの様子を見てタイミングを探っていたのか、八代先輩が呼びかけてきた。

 ドラムセットに腰かけ、横にはいくつかパーカッションを並べて土橋先輩もいる。

 打楽器褐色コンビだ。


「シンセベースの音もいい感じになってきたから大丈夫だぜ」

「ありがとうございます! では!」


 そして次は打楽器パートのところへ。


「お、めぐる、ごめんね呼びつけて」

「いえいえ! どんどん呼びつけて下さい!」

「アハハ。でさ、私はコピるだけが大抵なんだけどさ、ね?」

「俺はどこにリズム合わせようかと思ってな。色々案がある」


 ドラムの八代先輩は基本的には曲に忠実でいいが、パーカッションの土橋先輩はどうしようかという内容。

 『メタナイトの逆襲』は参考にするスマブラX版ではパーカッションがいたりするが、他の二曲はそうではない。完全な追加要素になる。


「とりあえずめぐるに聴いてもらった方が早いか」

「そうだな」


 そしてカウントをとって、二人は『くものうえで』のリズムパートを演奏してくれた。

 上手い人がドラムを叩くとそれだけで体が動いてしまうが……そこにさらに上手い人が味付けをすれば待っているのは未体験のリズムの渦だった。


「ふぅ、こんな感じかなって。まだフィルとか詰めてないけどさ」

「アクセントは他の楽器も入ってから調整してもいいけどな」


 もう十分に聞こえたけど、これ以上によくなるのか。

 さすが……ん?


「めぐる先輩?」

「え? あ、あぁ、嬉しくってつい!」


 尊敬する先輩達が自分の大好きな音楽を演奏してくれた、それだけで感動モノなのか、少し立ちつくしてしまったようだ。……気持ちわかります。


「アハハ、折角のめぐるからの企画なんだからさ、何かこうして欲しいとかあれば遠慮なく言ってよ」

「いいんですか!? ん~……でも今聴いて思ったのが、あたしごときが言えることないんじゃないかって。リズム楽器のことはお二人の方がずっとよくわかってるし~……現時点でほぼ完璧だったので」


 自分としても非の打ちどころはなかった気がする。


「それならそれで~……でも原曲のまま叩いてもいいんだけど、めぐる的にはどうなのかなって。やっぱり完コピの方がいい?」


 完コピというのは完全に原曲通りにコピーすること。

 八代先輩の質問の意図は多分、こうしたらもっとよくなる、という点は変えてもいいのかということだ。人によっては原曲通りじゃないと嫌がる場合もあるし、大事に想っている音楽ならなおさらその可能性もあると考えてのことだろう。

 月無先輩は口元に指を当て少しだけ考えて、答えを出した。


「それなんですけど~……あたしは好きにアレンジしてほしいというか、やりやすいようにやってほしいというか……その方がメンバーの個性が良く出るかなって思うんです! 原曲通りにきっちりやるのもいいんですけど、そっちの方が楽しいと思って」


 完コピというのはもちろん技術がなければできないけど、ある種答え合わせのような感覚もある。魅力的なメンバーそれぞれが活きるには、その人の個性をいい塩梅で出していく必要がある。


「そうか。それなら合わせながら色々アレンジ加えていく方がいいかもな」

「そだね。まぁどの道一旦ちゃんと全部叩けるようにしてからにしよっかな」


 三年生の方はすぐにそれを理解してくれた。

 それをしながら合奏を成立させる確かな実力があるからだろう。

 偉そうに分析しちゃいるが……自分にはそんなことを言える余裕は全くない。


 ちなみに数カ月バンドをやっていて薄々気づいてきたが、たまにアレンジという言葉をちゃんと曲をコピーできない時の言い訳に使う人がいる。

 本当の実力者が使うそれは完コピを前提としたもので、説得力が全く違う。

 原曲をコピるのが精一杯の大半の部員とは違い、春の代表バンドの方々や八代先輩からしたら曲はコピーできて当然で、そこから上を見ている。


 八代先輩は大学からバンドを始めて土橋先輩には少し劣るにしても、出来ていない様子は見たことない。土橋先輩に至っては初回の練習からいつも完璧で、単純な楽器の実力なら多分部内一位。……本当に学生レベルなのか?


「どしたの? 何か考え込んで」

「え? あ、いや、やっぱり先輩みんなすごいなって。なんか実力に納得しちゃって」


 感心するばかりというか、上手い人以外しちゃいけない発言を皆平気で言うもんだから、思い知らされるような気もしたり。


「アハハ、そんなもんじゃないよ。私は偉そうなことよく言っちゃうだけ」


 八代先輩はいつものようにあっけらかんと笑ってそう言うが……


「……同じ初心者の俺からすると八代先輩が一番すごいんですが」

「え?」

「たった二年ちょっとでここまで叩ける奴普通いないぞ」

「そ、そう?」

「練習量だって人一倍ですし! あたしヤッシー先輩見ていっつも追いつかなきゃって思ってるんですから!」

「ちょっとめぐるまでやめてよ」


 ……土橋先輩と月無先輩も同調して褒め殺しが何故か始まる。

 照れる八代先輩は中々レアというか……いい。すごく。


「いや実際すげぇぞマジで。実力だけじゃなくて。俺未だに八代が部長でもよかったって思うし。俺より人望あるし」

「いやそりゃヒビキよか人望あるよ」

「俺が乗ったら素に戻るの辛いわ」


 部長のおかげで平静を取り戻した模様。


「冷めるわ」


 追い打ちがヒドい。

 信頼あってこその言葉の暴力である。


「アハハ、そうだめぐる。全パートの様子見てくれてるんでしょ? そろそろ氷上が淋しがるよ」


 氷上先輩はこちらの邪魔をしないようにか、小さな音で黙々と音作りとフレーズ考案をしていた。


「そうでした! そろそろかまってあげなきゃでした!」


 失礼じゃね。

 氷上先輩の反応は……


「別に淋しくもないからかまわなくてもいいぞ」


 強がりかな。


「……いや少し聞きたいことがあった」


 ツンデレじゃね。


 ということで次は口を開けばツンデレの氷上先輩のところへ。

 やる曲はいずれもギターがいない分、全て考える必要がある。

 放置はある意味氷上先輩の実力への信頼の表れだけど、実際一番大変かもしれない。

 練習が始まる段階でも月無先輩と二人で何やら話していたが、進捗はどうなのだろうか。


「お待たせしてすいません! 何でしょうか?」

「あぁ。一曲目なんだけどな。こんな感じに……。ワウ踏んで合わせるのがいいか、それとも……。こうオブリっぽくフレーズ弾いた方がいいか。どちらにせよガッツリ音圧だすつもりはないが」


 おぉすごい。氷上先輩は色々と案を話しながら『くものうえで』に合うそれらしいフレーズを実演してくれた。

 

「すごい! さすが氷上さん……。むーどっちもいいなぁ」


 そこは月無先輩も認めるところで、簡単にやっているようでも他の人ではこうはできない。


「白井はどっちがいい?」

「……え、俺ですか?」


 氷上先輩は自分にも意見を求めてきた。……荷が重いぞ。


「フフ、じゃぁ白井君に決めてもらおう!」

「マジか……ちょっと待って下さい」


 そうして色々と考えてみて、自分なりの案を出してみた。


「個人的にはワウの方が……」

「ほう」

「他の楽器も色々鳴ってるから、音階が気にならない方がごちゃごちゃしないで済むかなって思いまして」


 すごく反応が怖いというか、一年の立場で意見するのは本当に気が引けるが……


「確かにそれもそうだな。ここにいるメンツで一回合わせてみるか」

「え! じゃぁあたしメロ弾きますね! 白井君聴いててね!」

 

 一度合わせて感触を確かめようとのこと。

 部長も褐色コンビもさわりならいけるとのことで、ベース、ギター、ドラム、鍵盤の四点+パーカッションで合わせてみることに。


「うし。じゃぁいくよ~」


 ドラムのカウントが始まり、イントロのキメから。

 ……うわ。ベースのスライドメッチャカッコいい。これはアレンジ部分か。

 聴いている限りではもうこれで十分ライブ出れるってくらいに完成度が高く、既に見事なバンドアレンジに聞こえた。

 電子音が劣っているというわけじゃない。それでも生音の迫力が体にぶつかると、全く違った魅力と今までにない感動が生まれた。


 適当なところで切って、一旦演奏が終わると……


「ちょっとあたしお手洗い行ってきます!」


 突然月無先輩はスタジオから出て行ってしまった。

 ……何事? 演奏時は他の楽器に注目していたから何も気付かなかったけど。


「……白井、行ってあげな~」

「え、何があったんですかね」

「行ってあげな~」


 ……問答無用のようだ。

 まさかとは思うけど……促されるまま追うことにした。


 スタジオの扉を開けて廊下に出ると、ホーン隊の方々が驚いたような様子で訊ねてきた。


「めぐちゃん走っていっちゃったけどどうしたのかな~?」

「いや、今軽く合わせてみたんですけど、終わったら急に」


 すると秋風先輩は少し首を傾けて考え、納得したような笑顔で口を開いた。


「うふふ、行ってあげて。しばらくしたら私も行くから~」


 ……全部お見通しということか。

 でも多分自分の予想も同じだ。何より、想いの丈は及ばずとも、月無先輩の今の気持ちは自分にはよくわかる。


 心配とは違うけど、早く行ってあげよう。



 隠しトラック 

 ――三年生 ~スタジオにて~


 白井がめぐるを追って出て行った後のこと


「ほんと可愛いとこあるなめぐるは~」

「ゲーム音楽好き過ぎる気もするが」

「アハハ、まぁそう言ってあげないでよ氷上。夢だったんだからさ」

「まぁそうだな」

「……ずっと好きだったバンドの演奏を生で見た時……みたいな?」

「みたいなって……土橋そういうのあんの? 私よくライブ行ってたけどないかも」

「俺もないが……そういう話は聞く」

「確かにね~」

「俺ジャミロを生で見た時は涙出そうになったわ」

「脂の間違いだろう」

「だね」

「ハッハッハ。八代とヒカミンは最近輪をかけて扱いがヒドいな」


 巴登場


「ね~ヤッシー。めぐるどうしたの~?」

「あ~……あはは、感極まっちゃった、のかな?」

「なるほど~」

「まぁ白井行ったし、秋風もいっから大丈夫だろ」

「そっか~。……ってかそんなにゲーム音楽好きなんだね」

「音楽やる理由も全部そこからって言ってたよ」

「ほ~。それなら仕方ないよね~。ちょっとわかるかも~」

「アハハ、ともって意外と感動しちゃうタイプだもんね」

「納会飲みで泣いてたしな。なぁ? 土橋」

「正直驚いたなあれは」

「あれは奏に釣られて~……でもあれはこらえるの無理じゃない~?」

「もらい泣きしてる奴結構いたしなぁ。でも正直お兄さんは巴のこと『泣くとかwwウケる~ww』とか言ってメシウマするタイプだと思ってた」

「むむむ……否定できない~」


「アハハ、ああいう時に茶化したりはしないよね。でもあの時はともにもそういうとこあるんだって思った」

「そういうヤッシーもじゃん~。春バンの時~」

「あれな、ビビったわ。八代絶対泣かないタイプだと思ってたのに」

「あれは忘れて……」

「いやでもあれでまたファン増えただろ」

「ファンとかやめて」

「いいじゃん~。あれ私めっちゃ感動したよ~?」

「ん~……」

「うわ~照れてる~」

「いやそういうんじゃなくて」


「八代さっきも褒められて照れてたな」

「ちょっと氷上」

「へ~。意外と可愛い一面があるんだね~」

「やめて」

「見せてきゃいいのにな。もっとモテる」

「そういうのいらない」

「ね~。実際ヤッシーめっちゃ可愛いのに~」

「可愛くない」

「またまた~ほんとはちょっと嬉しい癖に~」

「調子に乗らない」

「素直になりゃいいのに頑なだなヤッシーちゃんよぉ」

「だからさー」

「いいじゃんいいじゃん~。な~ヒビキ~?」

「いい加減に」

「お兄さん的にはそういうとこもっと見たいです」

「キモいって」

「こうなったら~ヤッシーを愛でる会でもつく……」

「やめろ」

「「……はい」」

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