ゲーム音楽する①

 八月中旬 大学構内 スタジオ廊下


 中半練習の時間を部室で巴先輩と潰し、30分ほど余裕をみて後半練習へスタジオにやってきた。

 スタジオ廊下の大きなガラス扉を開け、眠り姫をご案内すると、


「あれ? ヤッシーだ~。お~い」


 そこには八代先輩の姿があった。


「二人とも一緒にいたの?」

「うん。中半練の時間ヒマだから白井君とゲームしてたんだ~」


 ゲームしてたといっても、ちょっとやっただけ。でも巴先輩は結構楽しんでいたし、思い出に残ってくれたのかもしれない。


「へ~。……白井は誰とでもゲームするのかー」

「……当然のはずなのにめっちゃよくないことのように聞こえますね」


 冗談はさておき八代先輩がいるということは……


「奏も誘えたのかな? ヤッシー、ゲーム音楽バンドの集まりで呼ばれたんでしょ~?」

「うん。あ、ともも一緒にやることになったんだね」

「白井君にしつこく迫られてつい許しちゃった~」

「……もう反応しませんよ」


 忘れていたが八代先輩と巴先輩相手は絶対にペースを握れないというか勝てないというか……久々だなこの感覚。


「アハハ、まぁよかったよ。めぐる超よろこぶよ。さっき電話来て、いきなりすっごいテンションで『今日これますか!?』って言うからさ。やっぱりそれ関連だったんだね」


 何が嬉しいかは最早バレバレなのだが、着いてのお楽しみともったいぶっていたそうだ。しかしモノマネめっちゃ似てるな……特技か。


 しばらく三人で談笑していると、秋風先輩達ホーン隊の方々もやってきた。秋風先輩の横に春原先輩と夏井が並んでいると保母さんとかにしか見えない。

 巴先輩加入など、今日のいきさつを説明すると、三者三様の反応を示した。


「で、今日は夏バンドも昨日とやること変わらないから~、全員集まれるチャンスってことでゲーム音楽バンドの時間にしちゃお~ってさ。ヒカミンが~」


 そんなこんなで後半練の時間にさしかかると、スタジオの扉がガチャリと開いた。


「お~めぐる~」


 満面の笑みを浮かべ出てきた月無先輩を、巴先輩が両腕を開いて待ち構えると、


「ってことは!?」

「ってこと~」


 察したようでその大きな胸にダイブ。見慣れた光景とはいえ眼福極まりない。


「白井君グッジョブ!」

「はは、何と言うか……何よりです。スタジオ入ってますね」

「うん。あたしはもうちょっと巴さん堪能していく」

「お~してけしてけ~」


 クッソ羨ましい……!


 ぞろぞろとスタジオに入り、いよいよ集結したゲーム音楽バンドのメンツ。

 ちょいと改めて整理しておくと……


 八代(Dr)、土橋(Perc)、ヒビキ(Ba)、氷上(Gt)

 めぐる(Key1)、白井(Key2)

 秋風(Trb)、冬川(Tr)、巴(Fl)、春原(A.Sax)、夏井(S.Sax)。


 11人の大所帯。一同が集まれる日は中々ないだろうし、これほど豪華なバンドが組める機会も中々ない。

 自分もいつになくわくわくしているのが本音だ。


 スタジオの中心を開けるようにして輪を作ると、月無先輩はそわそわしつつ自分に目線をやってきた。どうぞと合図してみると、


「皆さんお集まりいただきありがとうございます!」


 はは、嬉しすぎて変なテンションになってるよ。


「ハッハ、テンション上がり過ぎだろ月無」

「ヒビキ君は黙ってて~」

「……ウス」

「ヒビキは喋る時挙手してからな」


 秋風先輩と八代先輩の手厳しい反応で笑いが起きると、リラックスムードで再び月無先輩が口を開いた。


「ふふ~皆ありがとうございますほんとに……」

「フフ、めぐる、嬉しいのはわかるけど、時間過ぎちゃうわよ?」

「そ、そうですよね! ではめぐる感謝祭はまた後ほど!」


 冬川先輩がそう促して、本題へと移ることに。

 感謝してもしきれないからそれを伝えたくてしょうがないんだろうけど、練習の時間は有限だ。

 それにしてもヒビキ部長との扱いの差よ。


「曲はあと一曲決まってないんだったか」

「あ、はい! 『くものうえで』と『メタナイトの逆襲』はこの前集まった時に決めたんですけど~。どれにしようかなって」


 冬川先輩と巴先輩はまだ音源を持っていないので、スピーカーからそれを流して一旦聴くことに。


「あ、かわい~カービィっぽい~」

「フフ、ね。これはリードは誰が吹くの?」


 二人とも置きに召したようだ。……しかし今日は幸せムードのせいかいつもよりゆり度が高い。


「スーちゃんにリコーダーでやってもらおうかと思ってたんですけど、巴さんもフルートで一緒にやってもらえたらって!」

「ふふ、いいよ~。楽しそ~」


 春原先輩も巴先輩と一緒にリードを吹けるまたとないチャンスが嬉しいようで、控え目な笑顔で最大限の喜びを見せた。

 小さなアコースティック楽器なのでマイク等の関係が難しそうだけど、なんとかなるとのこと。


「でもこれ音高いね~。Gくらい? ……出るかな」

「一番高いところがGね~」

「お~……。あ、ピッコロでいいか。大丈夫だった」


 なんとピッコロもできるのか……と思ったけど似たようなものだから不自由は全くないそうだ。

 現状決まっている二曲に関しては特に問題ないようで、あと一曲をどうするか、という課題が残った。


「あれはどうだ、あの一番有名なの。送ってくれた中にもあったろう」


 氷上先輩がそう言うと、すぐさま察した月無先輩がそれを流した。

 一番有名といえばメタナイトかもしくは『グリーングリーンズ』。

 カービィを代表する、誰もが一度は聴いたことのある名曲だし、今ここにいるメンバーも元から知っていた曲。


「私これやりたい! これ好き!」


 ……ん?


「……あ。元から知ってる曲だから」


 まるで少女のように喜んだ後、スッと素に戻る。

 いや……むしろさっきのが素なのか?

 一同驚きを隠せないというかなんというか……。

 そしてスッと部長が手を上げた。律儀に挙手制を守っている。

 八代先輩の許可は下りるのか……。


「はい、ヒビキ」

「ふゆか……カナちゃんがこんなこと言うの珍しいのでヒビキお兄さん的にもこの曲がいいと思います」

「ブフッ」


 うわぁ冬川先輩めっちゃ恥ずかしそう……さっきから緩みっぱなしだったけど。

 でも正直いいもの見た気がする。


「カ、カナ先輩がそう言ってくれるなら! あたしもこれが一番いいかなって思ってましたし!」

「フフ、いいのよめぐる……」


 これはあれだ、何を言っても同情に聞こえる状況。

 クールビューティーここに散る。秋風先輩ですらめちゃくちゃ笑い堪えてる。


「あはは、でも私もこの曲がいいな~。昔から知ってるし~、一番思い出深いかも~」


 巴先輩ナイスフォロー。さっき部室で聴いたばかりだし、記憶にも新しいはず。

 それならば、と『グリーングリーンズ』を最後の一曲にしてアレンジ案等の話題に切り替わった。

 全体で決めることは曲の繋ぎなどのメインで、後はパート毎のアレンジや割り振りなど。スムーズに話し合いは進み、個人練習の時間をとることになった。

 基本的にどのメンバーもアレンジは自力で考えられる人ばかりなので、その点の苦労は少ない。というか多分、自分だけがその辺は置いてけぼりという。


「『そらのうえで』から始まって~『メタナイト』で盛り上げて~『グリーングリーンズ』で最後締める! この一番有名なモチーフを最後に持ってくってのがニクいね!」

「はは、いいセトリになりそうですね」


 メドレーだから多分7~8分くらいに収まるだろうか。

 グリーングリーンズの有名なメロディはエンディングを飾るにしてもふさわしいし、通して聴いてくれたらゲーム一本やりきったような達成感があるかもしれない。


「ちょっとどんな感じか聞いて回ろう!」


 個人個人の作業の塩梅はいかほどか、聴いて回ることになった。


 §


 スタジオの外、廊下で作業を行うホーン隊のところにやってきた。


「吹先輩! ホーンアレンジ上手くいきそうですか?」


 隊と言ってもリード(主旋律)も伴奏パートも、個人でやることは違うので打ち合わせはかなり苦労しそうだ。


「うふふ、順調よ~」

「吹先輩が譜面起こしてくれてたので割り振りもすぐ決まりました!」


 おぉ、さすが女神。嬉しそうな声を上げながら夏井が見せてきた楽譜には、手書きの譜面が記されていた。


「すごい……さすが吹先輩……あたしのより見やすい」


 なんか凹んでるし。


「めぐる先輩の書いた譜面も見やすかったですよ? めぐるノー……」

「なっちゃん。それ以上はいけない」


 ふう、夏井はすっかり追い打ち担当だな。

 ちなみに夏井はめぐるノートのネーミングセンスやら色々の触れづらい部分に、無邪気にブッコみまくった前科持ちである。

 

「あ……」


 秋風先輩の書いた譜面を眺めていた月無先輩が、何かに気付いたように止まった。


「どうしました?」

「んーんなんでもない。吹先輩! ありがとうございます!」


 そう言って月無先輩は秋風先輩に楽譜を手渡した。

 自分には確認できなかったが……何か驚くような内容でもあったのだろうか。


「あ、そうだめぐちゃん。一応これしかないかな~っていうのはもう割り振り書いちゃったけど~、いくつかは誰がリードやるのか決めなきゃな~って思ってるところがあったんだ~」

「それ超重要でした! 決めちゃいましょう!」


 全体指揮をすることになる月無先輩と、ホーンをまとめる秋風先輩の二人は実務的な話になり、割り振りだけでなくアレンジ案の吟味など具体的な内容で時間は過ぎていった。


 『グリーングリーンズ』にしてもアレンジ版は多々あるし、『くものうえで』も初作からある曲のアレンジ。元が電子音ということもあって、生音にする時の選択肢は無限大だし、アレンジ次第でいくらでも良くもなれば、逆に言えば悪くもなる。

 終始笑顔の絶えない様子ではあれ、それに対する真剣さはいつも以上だし、そしてそれ以上に、どこまで昇華できるかが楽しみで仕方がないようだ。


 その間に、夏井と春原先輩にホーンの色々を楽譜を見ながら聞いている時に気付いたが、秋風先輩が書いた『くものうえで』の譜面には冬川先輩トランペット巴先輩フルートのパートも書きこまれていた。

 こうなることがわかっていたのか、最初から決まっていたかのように。


 月無先輩のさっきの反応も、これを見たからなんだろう、自分もなんだか嬉しくなって巴先輩達の方にチラッと目を向けると、二人は片耳イヤホンで仲良く曲の確認をしていた。

 ちょいちょいと巴先輩が手招きしてきたのでそちらに向かうと、


「めぐるめっちゃ嬉しそうだね~。あそこまで楽しそうなの初めて見たかも~」

「あ~……はは、長年の夢だったようですので。ゲーム音楽の話してる時はいっつも笑顔なんですけど、今日はもっとかもです」


 叶った夢に早速全力で取り組む姿、そしてここにいる誰もがそれに応えてくれて本当によかった。


「さっき吹に聴かせてもらったんだけど、同じ曲なのにアレンジいっぱいあるのね。いいとこどりは難しいけど、詰めれば詰める程良くなるかもね」


 秋風先輩は月無先輩からアレンジ含めほとんどのバージョンをもらっているのだろう。


「ピアノの奴可愛かった。好きなメロディを色んなので聴けるのって楽しいね」


 そして聴いた中では、冬川先輩は毛糸のカービィのバージョンが特に気に入ったようだ。今回やる三曲については全てこちらのバージョンもある。

 生楽器主体のアレンジはいかにもゲーム音楽といった音色とはかけ離れてはいるが、カービィの曲自体の可愛さを最大限に引き出しているし、BGMというより鑑賞用の音楽としての性質が強くもなっている。

 聴き比べたりする楽しみもあるし、ゲーム音楽の可能性が無限に広がっているような例にも思える。


「俺もめっちゃ好きなんですよあれ。あのピアノアレンジ弾いてもらいたい……!」


 自分も同じくだし、色んなアレンジはあれど毛糸のカービィの世界観とBGMアレンジの調和は結構お気に入りだったりする。

 ゲーム音楽バンドでは、原曲にできるだけ寄せつつ参加メンバー全員に見せどころを、というのが目標だけど、編成が違えばまた違うアレンジの仕方もありそうだ。

 これまた可能性を探るようで楽しいものがある。

 自分も以前よりも『ゲーム音楽する』ことがわかってきたかもしれない。



「あれは~? フリステ~」

「いい案ね。ちょうどよさそう」


 フリステ? どこかで聞いた気がする。


「あ、白井君知らないか~。学園祭のフリーステージ。バンドも大編成じゃなければ出れるからさ~。三曲くらいできたよね?」

「持ち時間15分じゃなかったかしら」


 そうだそうだ学園祭だ。前に部長が言っていた。


「それ提案してあげたらめっちゃ喜ぶと思います! あと正直見たいです」

「フフ、楽しそうだし、合いそうな曲もありそうだし、いいかもね」

「あはは、白井君ってとことんめぐるのファンだね~」


 一緒に演奏したいのもそうだけど、月無先輩が存分にゲーム音楽する姿は聴衆に回っても見たい。そういう機会が得られるのならなんとしても実現してほしい。


「ま、大分先の話だけどね~」

「……是非お願いします!」


 §


「ほとんど全部決まっちゃったね~。ホーンはもう大丈夫そうだから、他のパートも見てきたら~?」

「わかりました! ありがとうございました! フフッ!」


 ホーン隊とのやりとりはつつがなく行った模様だ。あとは実際に演奏を合わせてみて色々と見つかるといった感じか。


「白井君行くよ~」

「あ、はい」


 招集がかかり、月無先輩のところに戻ると、充実した内容であったことが窺えるメモがあった。


「ほらすごいでしょ~。リードの割り振りもほとんど決まった! 白井君にもちゃんとリード弾いてもらうからね~」

「はは、ありがとうございます。これも一生の宝物ですね」

「そうだね!」


 ゲーム音楽に接する時間、それも独りじゃなく大勢で。


「うふふ、ただのメモじゃない~」

「それでもです! フフッ!」


 『ゲーム音楽する』、その痕跡はどんなものであれ月無先輩にとっての宝物に違いない。わくわくに満ち溢れたその笑顔がそう物語っていた。





 隠しトラック

 ――四天王の中でも最弱 ~スタジオ廊下にて~


「スー先輩スー先輩」

「どうしたの? なっちゃん」

「私の出番ってどうなってるんでしょうか? あるんでしょうか?」

「え、何のこと言ってるの?」

「え? ソロのことです」

「あ、そういうことか。びっくりした」

「……?」

「多分ソロ回しとかはやらないから、リード吹く部分がソロみたいに思ってれば大丈夫だよ」

「あ、そうか。そうでした」

「うん。それに、他のパートとの話が終わったら後はホーンで決めちゃえばいいから」


「スー先輩」

「……どうしたの?」

「カナ先輩、今日機嫌いいんですかね?」

「あ~、ふふ、確かに今日ゆるゆるだね」

「巴さんも今日はなんかいつもより……」

「ふふ、皆と一緒にやること喜んでくれてるんだよ」

「そっか、確かに今日からですもんね」

「めぐるちゃんなんてもっと喜んでる」

「確かに! いつもよりもっと素敵です! ……じー」

「……めっちゃ見るね」

「はい。……じー」


「スー先輩?」

「どうしたの」

「私、良く考えたら場違いじゃありませんかね?」

「え、何で?」

「一年ですし、実力不足ですし……」

「全然そんなことないよ。めぐるちゃん、下手だったら誘わないし。それに一年なら白井君もいるし」

「確かにそうですけど……ホーン三人娘に余計なもの足されたとか言われませんかね?」

「ふふ、四人組みになるだけだよ」

「なるほど……四天王……!」

「違うと思う」


「スー先輩とカナ先輩と吹先輩三人だけでも無敵ですよね」

「……吹先輩だけで十分だと思う。戦闘面では」

「……確かに。じ~」

「めっちゃ見るね」

「はい。……やっぱり胸なんでしょうか。……じ~」

「……なるほど。……じ~」


「……今度は吹先輩のこと見てますよスーちゃん達」

「うふふ、二人は二人のよさがあるのにね~」


 全部悟られていた。

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