最後の二欠片 冬川編
めぐるの二つあるバンドの内の一つ、氷上主導のフュージョンバンドの練習が始まった。
部室に向かった白井と巴のことは気になるが、めぐるがそれで練習に支障をきたすことなどない。鍵盤に向かってバンドの中に混ざれば、たちまち一流の鍵盤奏者としての振る舞いで軽やかに音を紡ぐ。
白井に課した任務、ゲーム音楽バンドへの巴の勧誘。
めぐる自身も同じく冬川のことを誘う必要がある。
奇しくも、それとも最初からそうなることが決まっていたか、冬川以外のバンドメンバーである氷上、ヒビキ、土橋は全てゲーム音楽バンドの一員。
部外者がいる状況ではなく、あとはめぐるの勇気次第でことは運ぶ。
とはいえ夏のバンドが最優先。部活である以上、息抜きのような企画である合宿でのお楽しみバンドに気を取られることなど本来はもっての他。
めぐるはいつも以上に真剣に、いつも以上のクオリティで練習をこなしていった。
練習が始まって数十分。部内でも最もハイレベルなメンバーの濃密なそれは、集中という言葉の正に体現だった。
一通り煮詰まったところで、部長のヒビキが号令をかけた。
「ふぃ~。休憩すっか。20分くらい経ったら今んとこもう一回やんべ」
「あ、ヒビキ、タバコ吸いに行くならコーヒー買ってきてくれ」
「ハァ? リア
「……仕方ないな」
ヒビキが芝居がかった悪態をつくと、それを受けた氷上も渋々同行。
これもほぼ定番のやりとりで、バンドを仕切る者同士、課題や先行きの尽きない話題について議論を交わす時間でもある。
ヒビキ曰く「重要な話し合いは喫煙所で行われる」とのこと。
スタジオ内には冬川と土橋、そしてめぐるの三人が残った。
ドラムセットに座したままイヤホンを着け曲を確認する土橋と、床に座って談義を始める女子二人。楽器の鳴らぬスタジオは静かな時間に満たされた。
「あ、めぐる聞いたよ。白井君とデートしたんでしょ?」
「……え!? 違いますよぅ、そんなんじゃ……」
たまにはいじりたい冬川、珍しくめぐるの反応を窺った。可愛い後輩の可愛い反応が見たいのだ。
めぐるも少し狼狽して反射的に言葉を返してしまったが、冬川のいつもと少し違う穏やかな口調に、勘ぐるような邪なものでないと理解した。
それでも説明の難しさに言葉を紡げずにむーと唸った。
「……? デートじゃないの? 誤魔化すことないのに」
ゲーム音楽フィールドワークという名目であれ、それを知らない冬川からすればデート以外のなにものでもない。
若干言い澱むようなめぐるの反応に、冬川も少し困ってしまった。
ちなみにクールな冬川は、ときたまキツい物言いになってしまう自分の言動が誤解されまいか、相手の反応に人一倍敏感で気を遣う。
「あ、でも! フフッ、すごく楽しかったです!」
「あらそう……よかったね、めぐる」
言葉を探すうちに楽しい思い出が蘇り、ニヤけてしまうままに素直な感想を口にした。ただそれだけの言葉で十分に伝わり、冬川も祝福するように穏やかな笑顔を向けた。
和やかな空気が流れ、めぐるは自分のすべきことを思い出した。
少し覚悟を決めるように冬川の目を見つめて言った。
「あの! カナ先輩!」
「……どうしたの? 急に」
呼びかけて、正座して姿勢を正すめぐる。少しズレた誠意の表れだ。
いきなりの改まった態度に冬川は驚いたが、めぐるの真剣な眼差しに向き合うように……正座した。
何故か神妙に正座して向き合う二人。音楽を聴きながらドラムに座す土橋は、目に飛び込んだ妙な光景に「何してんだコイツら」と思った。
「カナ先輩って、あたしの好きな音楽知ってますか!?」
ちょっとばかり逃げ腰、それでも結局ゲーム音楽に行きつく問い掛け。回りくどいやり方でも、めぐるにとっての最善策であった。
冬川を疑うわけではないが、相手の口から言ってもらうことが肯定してくれることの証明のように思えた。
「めぐるの好きな音楽? ん~……フュージョン?」
「大好きです! でも一番ではないです!」
冬川はとりあえず今のバンドでやっているジャンルを挙げた。しかしハズレに終わってしまう。
冬川はめぐるのゲーム音楽好きについては全く知らない。部室にそれほど来るわけでもないし、詮索するような性格でもなければ勘がいいわけでもない。
めぐるのゲーム好きは知っていても、その音楽が全ての音楽で一番好きとは知る由もないのだ。
「ん~……あ、わかった。プログレ! めぐるプログレ大好きだったでしょ」
冬川も大抵の音楽ジャンルは一応知っているので、すぐに投げるようなことはない。それに、クイズ問答のようなめぐるとのコミュニケーションが少し嬉しい。
「めっっっちゃ好きです! でも~一番ではないです!」
「え、違うの? ん~……なんだろ。普通にブラック……あ、ハードロック?」
「大好きですけどそれも違います! フフッ!」
「ん~……アニソンとかも好きだよね?」
「音楽としては大好きですけど~、それはヒカミンに譲ります!」
めぐるは多岐にわたって詳しいし、好きなジャンルもとにかく多い。中々行きつかない問答ではあったが、二人はやりとりを楽しんだ。
主要なジャンルがほぼ出そろった辺りで、冬川は本気で当てに行くために色々と思い出すことに専念した。
中々自分の好きなジャンルの話を自分からはしてこなかっためぐるの、一番好きな音楽。
そしてふと、グラフェスでの最後の練習のことを思い出した。
「……打ち込み系?」
「あ! そうです!」
ほとんど答えに近付いてきたことに、めぐるの口角も上がった。
そして冬川は、知っている限りでのめぐるの好きなものと、それの繋がりを見出し、確信して答えを出した。
「わかった! ゲームの音楽でしょ?」
「フフッ、大正解です!」
至上の喜びに頬が緩むめぐるに、冬川も心の底から嬉しい気持ちが込み上げた。
「めぐる、ゲーム好きだもんね」
「はい! 実はあたし、音楽始めたのもゲーム音楽弾きたいからだったんです」
「へ~、そんなになんだ。私ゲームたまにしかやらないからあんまりわからないけど~……何かあったかなぁ」
折角の話題、と途切れないように冬川は曲を覚えてるゲームを探した。
意外なほどにそれに苦労することはなく、思い浮かべれば色々と覚えてるもので、すぐに言葉を続けた。
「ポケモンやったことある! いい曲多かった気がする。あとは~……どうぶつの森とか好きだったわね」
「任天堂のゲームってハズれないですよね! 全部曲いいんです!」
めぐるは冬川の自分への思いやりを感じとって、感謝の気持ちが込み上げた。
ゲーム音楽好きを隠してきたこと、それを後悔するくらいに、冬川はすんなりと受け入れてくれた。
振り返ればこれまでの全員、あっけないほどに皆そうだった。
高校生の間ずっと抱え続けたトラウマを笑い飛ばすかのように、誰もがめぐるを受け入れた。
「あ、後ね、ともと一緒にたまにやってたよ、カービィ。あれ曲いいよね」
「え……カービィ!?」
偶然か、それともめぐり合わせか、冬川が口にしたゲームタイトルはまさにこれから誘うゲーム音楽バンドで演奏する曲のもの。
「そ、そんなに驚く? 高校の時にともがカービィだけ持ってて。DSのやつ。私も買って一緒にやってたのよ。……フフ、二人ともそんなにゲームしないから一緒にやったのはそれくらいだけどね」
冬川も巴もあまりゲームはしないが、万人受けするタイトルでもあったおかげか、そんな思い出があると冬川は語った。
「カービィ……」
「めぐるも好きだったよね。前に白井君と部室でやってたし」
「はい、大好きです……本当に大好きで」
「……どうしたの?」
運命に直面した気さえする、そんな偶然だった。
驚くばかりで言葉が出なかったが、めぐるは意を決するように、崩した足を正座し直した。
「あ、あの! カナ先輩!」
「え、また?」
困惑しつつも冬川も正座し直した。根っからのいい人っぷりが微妙に発揮された。
再びの謎の光景、土橋は変な遊びでもしているんだろうとスルーした。
「あの……お楽しみで……あたしと一緒にゲーム音楽やってくれませんか!?」
最後の一人、少し感慨深いような気持ちで、懸命に口にした。
冬川はそれを大袈裟だとも、おかしなことだとも思わなかった。
「うん、一緒にやろっか。めぐるの一番好きな音楽だもんね」
クールな普段とは全く違う、暖かみに溢れた言葉と表情で、冬川は快く受け入れた。
「ほんとですか!? ……あ、す、すいません」
嬉しさのあまり冬川に抱きつこうとしたが、我慢……変な格好で静止。
ちなみに……割と多くの人に察せられているが、めぐるは抱きつき癖がある。
そしていつもめぐるに抱きつかれている秋風や八代、巴の面々を見て、冬川は正直羨ましいと思っている。仲はとても良いのだが、クールなキャラが微妙に障害となっているのだ。
「フフ、いいのに、遠慮しなくて」
「で、では……!」
お許しが出たところでめぐるがゴー。ハの字に広げた冬川の足の間に少しだけ遠慮がちに座り、背中を預けた。
「ゲームの曲ってどんな曲やるの? フフ、色々聴かせてね?」
頭を撫でながら冬川が優しくそう問いかけると、
「大事なこと忘れてました! あたし嬉しくってついつい……カナ先輩! 驚かないで下さいね!」
「フフ、詳しくないから驚きようがないわよ」
「ところがどっこいです! 曲はもう決まってて……カービィの曲やるんです!」
めぐるが嬉々とした声でそう言うと、冬川も驚きをあらわにした。
「え、カービィなの? それならもっと嬉しい!」
可愛い後輩との共通点を見つけ、冬川も珍しく喜びを体現するよな声を上げた。
「じゃぁさ、ともも誘っていいかしら? まぁそれ以外知らないだけなんだけど、あの子カービィ好きなのよ。フルート、バンドじゃ難しいかもだけど……」
それなら是非相棒も、と冬川は期待を込めてそう言った。
巴のいない思い出など冬川には考えられない、それほど大事な人なのだ。
「ふっふー……聞いて驚くなかれ! 巴さんを誘う任務はさっき白井君に与えたのです!」
「ほんと!? ふふ、じゃあ皆でできるね!」
「しかも~……メンバーは春の代表バンド全員とヤッシー先輩となっちゃんです!」
「え! 吹達もいるの!? ……またあのメンバーで出来るんだ」
クールな振舞いは忘れ、冬川は少女のように喜んだ。
それほどに皆との思い出を大切にする性格なのだ。
写真をよく撮るのもそれの表れだし、部活動生活最後の夏に、最高の思い出になるであろう企画が待っていたことに喜びを隠せなかった。
「フフッ、カナ先輩、すっごい喜んでる! 嬉しいなぁ……でもあたしの方が喜んでますから!」
「それは嬉しいわよ~。めぐるの一番好きな音楽をこんなメンバーで出来るなんて、一生の思い出に決まってるじゃない」
互いの喜びが伝わると相乗効果でまた嬉しくなる、最高の笑顔でわくわくを口にするめぐるに、可愛さあまりに冬川の抱きしめる腕も少しきつくなった。
以前よりずっと仲良くなれた気さえした、冬川にしてもそう。
最後の最後で最高の展望を予感させる、そんな一幕となった。
――
いつの間にか異様な程の喜び様を見せてくる二人に土橋が気付く。
普段以上に仲良さそうに、むしろ冬川らしくないくらいの姿に異変を感じたか、土橋がイヤホンを取ると、
「土橋先輩! カナ先輩がゲーム音楽バンド加入です!!」
「フフ、土橋君よろしくね」
やりとりと二人の表情にに合点がいき、土橋も
「ハハ、よかったな二人とも」
口数少ないないながらも心からの言葉だった。
再び和やかなムードに包まれ、あれこれとゲーム音楽バンドについて談義していると、ヒビキと氷上も喫煙所から戻ってきた。
「お疲れ~。お……何だお前らゆりゆりだな珍しい」
普段冬川にゴロついているめぐるを見る機会は少ないし、冬川も緩み切った表情。
このバンド内では女子がめぐると冬川だけで普段から仲良しとはいえ、ヒビキ達からすれば珍しい光景だ。
「ふっふー……」
「ハッハ、何だそのドヤ顔」
「ふふー! なんと! カナ先輩がゲーム音楽バンド加入です! 巴さんも今白井君が誘っているハズです! ラストピース!」
最大限の喜びを全身を遣うようにしてめぐるが表現すると、ヒビキと氷上も笑顔を向けて祝福した。
ようやく本当に全員が集まった……冬川の加入を改めて口にすると、めぐるの胸には感慨深さが込み上げた。
「そういえばだが冬川……今日の練習、正景これなかったよな」
「そうだったわね確か」
氷上がふと、そんなことを口にする。
現在は中半練習の時間、後半練習でスタジオを使う巴バンドのメンバーは正景以外はゲーム音楽バンドのメンバーでもある。
「昨日の練習からやることも増えてないし、本当はあまりよくないが……お楽しみの打ち合わせに使ってもいいんじゃないか?」
「え!?」
お堅い氷上からの提案にめぐるは心底驚いた。
氷上が後輩に甘いのは知っていても、意外すぎる言葉だった。
「氷上君が言うならいいんじゃないかしら? 大体今やってる曲はもう出来てるし、他のメンバーもいいって言えば問題ないわよ」
「……え!?」
こんなに嬉しいことがあっていいのだろうか、めぐるは信じられなさと喜びが混在した気持ちで、ただ驚くばかりだった。
「じゃぁ八代も呼ぶか。これっかなアイツ」
「あ、あたし連絡してきます!」
面を食らいすぎたせいで一呼吸落ち着けたい、それに大好きな八代に今の想いを伝えたい、めぐるはそう言ってスタジオから一旦出ていった。
本来は礼儀正しいめぐるが、お礼を言うことすら忘れて急いで駆けだす……その姿に、冬川達一同もどれだけの想いかを悟った。
「しかしアレだな、氷上にしちゃ珍しい提案だったな」
「……まぁそうだな。巴バンドが上手く行ってるのも……ある意味月無のおかげだしな。全員集まれる日も少なそうだしな」
ある種褒美のようなもの、めぐるの努力や白井への手助けは最高の形で報われた。
「ヤッシー先輩来れます!」
勢いよくスタジオのドアが開き、戻ってくるなり満面の笑みを浮かべてめぐるはそう言った。
「ハッハ、よかったな。じゃぁ練習再開すっぺ。残り時間集中して詰めるぞ」
「はい!」
遂に揃ったゲーム音楽バンドの最後のピース……これから先はどれだけ希望に満ち溢れているのだろうか。
想像してもしきれない、予想はきっと軽く上回る。
ただ一つわかるのは、めぐるを待つ未来の全てが一生の宝物になること、それだけだった。
隠しトラック
――会合 ~部室棟・喫煙所にて~
ヒビキ、氷上談笑中
「そういやヒカミン、あと一曲どうするよ」
「そうだな……ブラック寄せでとっつきやすいのを一ついれたいかもな」
「確かに。今んとこガチガチのフュージョン感あるしな」
「最近のからやってもいいかもな……ん?」
「あん? あ。そういやあいつら部室にいたんだっけか」
巴、白井合流
「お疲れ様です!」
「お~ヒビキとヒカミンじゃん~。休憩~?」
「大分煮詰まったからな。……挨拶ついでに緩く腹パンすんな」
「でゅくしでゅくし」
「ハッハ。まぁ女子に腹パンされるのは悪くない」
「キッモ。やめよ」
「……ガチじゃん」
「今のはお前がキモい」
「お前らマジ酷くね。白井どう思うよこれ。率直に」
「え……まぁ酷い扱いですけど……キモかったのも事実ですね」
「あはは、白井君結構言うね~」
「よかったなヒビキ、酷くキモいそうだ」
「そうじゃなかったよな!?」
「二人とも部室で何してるん?」
「あ、さっきまでゲームしてましたよ」
「巴ゲームとかすんのか」
「うん。カービィ~」
「え、マジか」
「マジマジ~」
「あ、大丈夫ですよ、もう」
「ふふ~、今日から私はフルートの巴さん~よろしく!」
「おぉマジか! よかったよかった」
「フッ、月無も喜ぶだろうな」
「先にネタバレしちゃだめだよ~? 私らがスタジオ戻るまで~。サプライズ!」
「ハッハ、わかったわかった」
「冬川先輩のことも今頃誘ってるんですかね? 今日やっと全員揃うことに……」
「ふふ、記念になるね~今日は」
「巴」
「ん~? 何だヒカミン~」
「今日正景来れない日だったよな」
「そうだね確か。……あ、もしかして~後半練の時間ゲーム音楽バンドにあててあげようとか思ったな~」
「……たまたま都合がいいというだけだ」
「え、それアリなんですか?」
「ま~ヒカミンが言うなら~。夏バン自体は今日どうせ新しくやることないしね~」
「なんか俺が言うのも変ですけど……ありがとうございます」
「フッ、まぁお前が夏バン足引っ張ってたらこんなこと絶対言わんがな」
「う……引き続き頑張ります」
「ま~でもアレだよね。ヒカミン達は中半後半連続だし~めぐるとヒビキだけ帰ることになるのも可哀相だし~丁度よかったかもね」
「バンド飯行くにしてもうちの練習終わるの待つにしても……コイツとタイマンは月無が可哀相すぎるしな」
「……俺をオチに使わんでくれないかね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます