最後の二欠片 巴編
最後の
後半練習の時間まで部室で巴先輩と過ごすことに。
色々と複雑だがメガネの美人お姉さんと二人と喜んでいる場合でもない。
自分に課せられた任務……ゲーム音楽バンドへの巴先輩勧誘を成功させなければならない、というわけだ。
部室に到着しドアを開けると、こもった熱気が廊下に流れた。
「うわぁ~……冷えてない~」
「あ、今冷房着けますね」
ダラダラお姉さんの巴先輩はソファーにダイブ……ではなく月無先輩がいつも使う安物リクライニングチェア(通称:
「あれ、寝るのかとてっきり思ってました」
「練習前だし寝ないよ~。今日は目スッキリ~。それとも寝てる私に~……?」
「……何もしませんよ」
……巴先輩はいつも割とギリギリを攻めてくる。
気まずいとか嫌だとかはないけど、反応には割と困るのだ。
「ふふ~、ゲームしよ~」
「え、珍しいですね。ゲームするんですか?」
「いや~? めぐるがやってんの可愛いから見てるくらいかな~」
その辺は秋風先輩と同じか。確かに鼻歌を歌いながらゴキゲンにゲームをしている月無先輩はこの上ない癒しだ。
「じゃぁ……巴さんって何知ってます? 大体部室何でもありますけど」
「カービィやろカービィ! 前にめぐるとやってたじゃん~」
……そういえば初対面の時は星のカービィ64をやってたんだった。
その時も巴さんはカービィを知っているようだったし、好きなのかもしれない。
話さなければならないことがあるのだが……後輩の立場上、先輩の要求を先に飲む方がいいだろう。
「交代交代でやります? あれ一人用ですよ?」
「二人でできるのってある? 私昔のしかやったことないんだ~」
昔ので二人用……3かSDX(スーパーデラックス)か……。
自分らの世代となると……
「あるかな~。あのいっぱい選べる奴~」
「いっぱい選べる奴……あ、SDXですね。ありますよ。……あった」
「それやろ~! 私DSのそれ持ってたんだ~」
奇しくもだが……ゲーム音楽バンドでやる曲は協議の結果カービィに決まった。
巴先輩を誘うに当たってむしろ好都合だったかもしれない。
「スーファミだっけこれ」
「そうですよ。恐ろしいことにまだ動くんですよね」
「すご~。私達より年上だ」
バーチャルコンソールで最新機器でも遊べるが、スーパーファミコンの方が手間がかからなかったりする。今のとは違うカセット差し込みも、風情があって結構好きだ。
ちなみに月無先輩曰く「ゲームしてる! って感じが好き!」らしい。
スーファミをセットして電源を付け、いざゲーム開始。
「お~ぜろぜろぜろ~」
「……SDX名物ですこれ」
みんなのトラウマ『0%0%0%』。
月無先輩はこれが起きるたびに100%にしてたらしく、そのせいで何から何まで暗記していると。
「やっぱ色々ヤバいねあの子~」
「前におたから探すのやった時、何がどこにあるか全部憶えてましたよ」
「あはは、さすがゲーム女~」
『洞窟大作戦』は自由度が楽しいはずなのに……月無先輩とのそれは最短ルートで一本道という作業ゲーに似た何かだった。
§
はるかぜとともにをクリアしたところで、巴先輩は満足したのかコントローラーを置いた。
「楽しかった~。ありがとうね白井君~」
「いえ全然。こちらこそ? です」
意外な一面だったが、ゲーム中の巴先輩はいつもの飄々とした印象とは違い、無邪気な笑顔で笑う人だった。こっちが素なのだろうか。
「これ昔奏と一緒にやってたんだ~」
「あ、そうだったんですね。じゃぁ思い出の的な」
「うん。他のゲームはあんまり知らないけどね~」
冬川先輩と一緒にちょこっとやる程度だそうだ。さっき一緒にプレイした感じ、ゲーム慣れしているわけでもなかったし、カービィ以外はほとんどやったことないのかもしれない。
「ふふ、可愛いんだよ奏~。私がカービィなら持ってるって言ったら二人でやるために中古で買って来てさ~」
……なんだその心暖まりすぎるエピソード。
「はは、やっぱギャップすごいですよね冬川先輩って」
「他の子にはない魅力だよね~」
冬川先輩のことを語る巴先輩の目は慈愛に溢れたそれだった。
何だかんだ言って互いに互いが一番大切なんだろう。
「あの、実はなんですけど……」
「うん~?」
和んでるだけじゃダメ。丁度いいタイミングだ。
正直言えば、二人のエピソードを聴くたびに誘えていないことへの罪悪感もあって、早く楽になりたかった。
「合宿のお楽しみライブで、ゲーム音楽バンドやるんですけど……」
「お~楽しそうじゃん~」
「それで、巴さんも一緒にやりませんか?」
「え、私が~? ボーカルなのに」
一応は言えた。……あとはしっかり説明だ。
説明の順序がいまいち上手くいかず、情報をたたみかけるようになってしまったが、巴先輩はしっかり聞いてくれた。
自分なりに魅力的な企画に見えるように、そして月無先輩がどれだけの思いで企画したかもわかるように努めた。
「オールスターってことは、奏も誘った? 初耳だからさ~」
「冬川先輩は今日月無先輩が誘うみたいです。タイミング逃しちゃってて、最後になっちゃって……」
やっぱりタダでイェスとは言ってくれないか……。でも何が引っ掛かっているのかは自分にはわからない。
少しの間のあと、再び巴先輩は口を開いた。
「ふふ、多分奏も同じことめぐるに聞いてるんじゃないかな。すごい楽しそうだし、やるって言うと思うけど」
巴先輩は自分自身の答えは中々言わなかった。
承諾に当たっての要素が足りないってことなんだろうか。
「フルート……フルートかぁ。……大学入ってから全然やってないなぁ~」
「ダメ……ですか?」
口ぶりを見るに迷っている様子、催促するようで少し申し訳ない。
差し出がましいことも後輩という立場上言えないけど、言えることは言おう。
「巴さんが入ってくれたら月無先輩もすごい喜ぶと思うんです。カービィの曲知ってるならそれだけでも嬉しいって言うと思いますし……」
きっともうひと押し……手ごたえは悪くないし、断るスタンスじゃない。
「ふふ、じゃぁ何で私が最後なの~?」
「え……」
あんまりに予想外の言葉に面を食らってしまった。
いや、図星を突かれた感覚か、それとも全てを見透かされている感覚か、とにかく返答のしようが見つからない問い掛けにも聞こえた。
「ごめんね、イジワルしちゃった~。だいじょうぶ、大体予想つくから」
どこまで察しているのだろうかはわからないけど、巴先輩自身は理由について納得いってるような物言いだ。
「それにめぐる主導じゃなくて~、めぐると白井君主導、でしょ~?」
「あ……そういうことになるかもです」
二人で始めた企画だということを思い出さされた。
最後の最後で初心に返るようで奇妙な気分だけど、自分のことをついで扱いしないでくれる巴先輩の言葉は嬉しかった。
「ふふ、いいよ、私も一緒にやる。楽器でバンドに参加するのもちょっとやってみたかったんだ~」
「え、ほんとですか!?」
「なんで白井君は私の言葉を疑うかな~」
「すいませんそんなつもりじゃ……」
和やかな笑みを浮かべて、巴先輩はそうダメ出しした。
「あ、でも一つ条件出していい~?」
「……なんでしょう」
交換条件だろうか、巴先輩は少しだけ口角を上げ、それを口にした。
「それはね~……はっきりさせてあげること」
ただそれだけ、でもそれがどれだけの意味を持っているかはすぐにわかった。
巴先輩にしても月無先輩のことが大好き、だからこその条件か。
「……はい」
「ふふ、棚上げでごめんね? でもその方が私も楽だからさ~。……じゃないとメガネ談義できないでしょ?」
冗談のような話だけど、月無先輩は自分がメガネ好きを公言したことを気にしている。少なくともそれが一因となった結果のこの状況だ。
それに、どちらにせよ遅かれ早かれ伝える必要はきっと出てくる。
……自分のヘタレっぷりが誰のためにもなっていないのも事実か。
「後、一応言っておくけど、夏バンもちゃんとやらなきゃダメだよ~? これは同じバンドの三年としての意見~」
「は、はい、それも必ず」
言われて当然、ごもっとも……一年の身でバンドかけもちした上でそれ以外にもとなれば、一つでも蔑ろになれば吊るしあげられて然るべしか。
やはり実力のある人は皆同じように思うこと、軽音楽部自体のことも改めて教えてもらうような気になった。
「ふふ、まぁよくやってるけどね、白井君。誘ってもらえて嬉しかった」
認めてもらうような言葉、そして裏表のない言葉……巴先輩が笑顔で口にしたそれは、免罪符のようにすら思えた。
ゲーム音楽バンド最後のピース……ボーカルとしてではなくとも、この人なしでオールスターは語れないないだろう。
――
一件落着ということで真面目なトーンも少し弛緩して、巴先輩もいつもの調子に戻ったように話を続けた。
「ってかさっき揃ってる時に言えばよかったのに~」
「その通りなんですけど……多分長年の夢だったから……何と言うんでしょう、あわただしい中で口約束みたいに決めるんじゃなくて、しっかり話して誘いたかったんだと思います」
お楽しみライブでやる曲はその場のノリで決めるのが大半らしいけど、月無先輩はそれじゃ気が済まない。誘い方が慎重なのもそのせいだった。
普通なら面倒だと思うかもしれないが、そう言われないのは月無先輩の人徳だ。
「真面目なめぐるらしいね~。ま~ずっと隠してたもんね~。あんまり人がたくさんいる所じゃ嫌なのかもね」
「……え、隠してたの知ってたんですか?」
色々迂闊な月無先輩ではあるが、それに関しては本人なりに細心の注意を払っていたはず。薄々感づいている人はいれど、はっきりと気付いていたのは部長だけだと思っていた。
「去年たまたまね~。部室にウォークマン置きっぱにしてたから誰のかな~って中身みたら何かゲームのサントラ? ばっか入ってたからさ~」
「あ……そりゃ一発ですね」
「多分めっちゃ好きなんだろうな~って。でも私ゲームあんまりやらないから話題にしてもがっかりさせちゃいそうで言わなかったから~。皆も部活で演奏する曲くらいしか普段は話題にしないしさ~」
八代先輩も似たようなエピソード言ってたな。
音楽好き同士だからこそだろうか。裏表のない月無先輩だからこそ、隠すような態度もわかりやすくて踏み込みづらいだろうし、尊重してあげた結果だろう。
巴先輩自身詮索されることを嫌いそうな印象だし、なおさらだ。
「ま~仲良い私とかでもそうだったんだから~……全部ちゃんと聞いてくれる白井君のこと好きになっちゃうのもしょうがないね~」
「ぐ……」
……話し相手が巴先輩だと思いだした。
今日はここまで珍しくそういうイジリもしてこなかったので不意打ちだ。
しかし直接的な言い方をしてきたせいか、疑問に思っていたことが口から出た。
「あははは、照れなくていいのに。……でもめぐるばっかり見てないで~、私のことも覚えてて欲しいな~」
この人も結構男勘違いさせるような言動を……わざとする。
しかし忘れていませんとも。
「ちゃんと考えてますよ。……でも曲絞れてないんですよね」
「ほんと~? ならよかった~。白井君、全然言ってこないからさ~」
「すいません……」
……巴先輩に言われて気付いたが、普段から受動的というか、能動的にするべきところが足りてないのかもしれない。というか絶対そうだ。自分の欠点だ。
巴先輩の言葉っていうのは不思議と色々思い出さされる。
「じゃ、決まったら教えてね~」
「あ、今候補から選んでもいい気が」
「ふふ、白井君がちゃんと決めて~。私はその方がいい~」
「あ……わかりました」
色々計り知れない巴先輩の深層、でも巴先輩をボーカルとして一緒にできる一度きりの機会だし、考え抜いて最高の選曲をすることが自分のためでもある。
そして何より、三年生の最後の夏、夏のバンドもゲーム音楽バンドも、最高の思い出に残るよう自分なりに貢献しなければ。
後半練までの時間は普通に雑談をして過ごした。
軽音の思い出とかを聞かせてくれて、楽しい話題は尽きなかったし、巴先輩が意外なほどに部活好きなことも知れたのは大きな収穫だった。
自堕落な印象から部活にのめりこむタイプではないのかとも少し思っていたけど、部の仲間と過ごす日々を他の人同様に、むしろそれ以上に大切に想っているようだった。
……ゲーム音楽バンドにこの人を誘えてよかった、心からそう思えた。
隠しトラック
――さすがの正景 ~部室にて~
「そういえば正景先輩ってどんな人なんですか? 全然まだ話せてなくて」
「あ~、もしかして飲み会の時以来全然?」
「はい。昨日のバンド飯も違うテーブルになっちゃいましたし、途中で帰っちゃいましたし……」
「あはは、確かにそうか~。でもそんなに面白い奴でも~……いや結構面白いか」
「サラッとヒドいこと言いそうになってましたけど」
「ま~正景はそういうポジだよね~。上手いのに私が声掛けるまでどのバンドからも声かかってなかったし~」
「え、意外。あんなに上手いのに。……あ、でも意外でもないのか」
「君も結構ヒドいね~」
「あいつすごい特技があってさ~」
「特技?」
「うん~。ほら、この写真見て~」
「あ、これ見たことあります。見切れてるヤツですよね」
「そうそう~。ま~合宿場だから誰かしら見切れてるのはわかるけど~。よりによって正景~」
「よりによってって……でも何か納得」
「これは見た~?」
「あ、知らない写真」
「ここ~」
「ここにも……」
「こんなところに正景が!」
「こんな感じでよく見切れてるからさ~。狙ってやってる説もあって~」
「……そういう体の張り方するタイプじゃない気が」
「ま~そうなんだけどさ~。極めつけはこれ~」
「お、これ大講堂前だ。部員全員ですか?」
「うん~。合宿から戻ってきて荷物搬入終わって~、解散する前~」
「……あれ、どこ?」
「探してみ~」
「……全然見つからない。さすが……」
「あはは、見つからないよね~」
「擬態みたいですねもう……さすが」
「ま~最初からいないだけなんだけどね~」
「……さすが!」
「肝心な時にいないっていうね~」
「何でです?」
「スタジオに忘れものして取りに行ってたみたい~」
「はぁ……いないことに誰も気づかなかったんですね」
「あれは才能だよねもう~」
「巴さんも結構忘れますもんね」
「うん忘れちゃう~。……あ、でもさ~」
「何でしょう」
「何で白井君正影のこと気付けるの? 音楽のこと以外で正景の話題振る人初めて見た~」
「……え?」
「正影のこと気付ける人ってほとんどいないのに~、白井君いつも気付くからさ~」
「……霊能力者みたいに言うのやめません?」
「さすが!」
「……なんかイヤだ」
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