幕間 事情聴取
今日は巴バンドの練習、そして今しがたそれも終わって皆で仲良くバンド飯。
練習はつつがなくいったし、本日はなんとベースの正景先輩もいる。
最近は月無先輩との時間が多かったからか、部活という感覚を思い出すようでもある。
こちらもまた最高に楽しい時間だと再確認だ。
バンドメンバーは九人、人数が多いので隣駅のファミレスまで足を運び、六人席と四人席で別れることになった。
折角久々に正景先輩と話せるチャンス。
土橋先輩と氷上先輩とも結構話せるようになったし、男子勢は四人で固まろうとすると……
「うふふ、しろちゃんはこっちよ~」
「え?」
女神秋風に肩を掴まれる……何事?
ってか力メッチャつよ。女神パワー発動してね?
「人数のバランス的にアレですし、俺はあっちに……」
「あっちにはなっちゃん送り込んだから大丈夫よ~」
「夏井はいつから刺客に……」
……本当だ。夏井達はもう席に着いてる。
というか秋風先輩の口ぶりを見るに、これから何かされる感じじゃないかこれ。
「ふふ~観念しなよ~白井君」
「いや何が起きるんですか……」
「大丈夫、正直にしてればいいから」
巴先輩も春原先輩も明確な含みが……悪いことしたっけ?
冬川先輩がやれやれといった感じでため息をついているあたり、月無先輩がらみなのはわかるけど。
そんなこんなで観念して六人席の方に。
逃げ場のない角に座らされ、正面に秋風先輩、隣に巴先輩が座った。
「……俺、何か悪いことしましたっけ?」
「あはは、さっきのは半分冗談だよ~。別にそういうのじゃないって~」
半分がガチってことですね。わかります。
しかし美女四人と一緒のテーブルなんて、普通ならご褒美でしかない配置なのに……怖い。
戦々恐々とするこちらに、安堵させるような笑顔で巴先輩が声をかけてきた。
「まぁまぁ、ちょっとお姉さん達気になるだけだから~。最近どうなの? ってさ~」
「あぁやっぱり……どうもしないですよ」
なるほど、事情聴取か……。
しかし縮まっては来ているとはいえ、踏み込む気は毛頭ないからいつも通り何もないとしか言えない。
「どうもしないの~? がっかりだな白井君には~」
「そう言われても……変な気起こす気ないですし」
お互いそう……だと思う。
というか自分も月無先輩も部活だったりやりたいことだったりで精一杯だ。
少なくとも自分はその邪魔は出来ない。
「うふふ、それはわかってるわよ~。しろちゃんがそういう子じゃないのは~」
「あ、ありがとうございます? ……っていうのも変な気もしますが」
「ただ一昨日はどうだったのかな~って」
……何故知られている!
一昨日のフィールドワークのことを!
「あ、ちなみにこれ私達が聞き出したんじゃなくて~、めぐるが自分から口滑らしただけだから~」
「……やりそう」
「やりそうってかやったんだけどね~」
口が軽いとは違う。
口を滑らして自爆、があの人のやり口。
大方海に行くことが決まったからその報告やらでポロりしたのだろう。
ポロりは海でしなさい海で。
「あんまり詮索する気はないけど、
「ふふ、カナ先輩もですよね」
「わ、私は……先輩としてね」
冬川先輩の言うとおりで終わればいいが……そこは信じよう。
可愛い月無先輩の、知らない様子が気になるのも無理はないか。
普通だったら他人の恋愛事情なんて首突っ込もうとも思わなそうだけど……月無先輩は純粋過ぎるし子供っぽいから、皆過保護になっているのか。
「で、どうだったの~? めぐるとのデートは」
「結構直球で来ますね……あれはデートと言っていいものか」
「違うの~?」
デートと思いたいがデートではない、自分と月無先輩ならではの特殊なもの。
「ふふ、デートかは微妙だよね。めぐるちゃんだし」
「スーは何か知ってるの~?」
おぉ、今日は春原先輩はフォローに回ってくれるのか。
その日のことは知ってるわけだし、助かる。
「うちにご飯食べに来ましたよ。たまたま会って、デートのつもりだったら断るだろうと思って、反応見たくて言ってみたんですけど……」
「むしろめっちゃノリ気でしたよね」
「うん。正直マジかって思った。ゴメンね白井君」
「いえ……俺も薫君見てみたかったですし」
夕食のお誘いはカマかけのつもりでもあったのか。
まぁ月無先輩にそういうのは……
「あはは、めぐるにそういうのはわかんないんじゃないかな~? 素直に喜んじゃうでしょ~」
その通り。
別に嫌では全くないし、そういう純粋さも好きだからいいとは思うけど。
「あの子鈍感だしね。白井君も苦労するわね」
「いえ苦労とかは。今のままがむしろ丁度いいというか……俺も俺なところありますし。それに俺がそういうの嫌がらないっていうのは、わかってくれてると思います」
今の関係の心地よさが変わってしまうのも少し怖い。
台無しになるとは思わないけど……正直言って好き過ぎてどうにかなってしまう気がしている。
こんなことは口が裂けても言えないけど。
しかし冬川先輩の言った鈍感という言葉も気になる。
「そっか~、それならいいんだけど、めぐる基本気付かないからね~。男子とあんまり接しないってのもあるけど~」
「……そうなんですか?」
「うん、白井君と仲良くなるまでめぐるって
……ここにいる全員が男に興味ないように見えるのだが。
冬川先輩も「あなたがそれ言うの?」みたいな目してるし。
しかし月無先輩はそれほどまでだったとは。
二年男子との絡みは見たことないが、一年男子とは普通に話していたからあまり気にならなかった。
「めぐるちゃん、興味ない相手には態度隠しませんからね」
「部活人間だしね、めぐるって。そんな暇ないってことだし、よっぽどじゃないと恋愛とか興味ないんじゃないかしら」
「よっぽど……ねぇ~?」
……止めて下さいこっち見るの。
でもゲーム音楽という繋がりを知っている秋風先輩達と違って、冬川先輩と巴先輩はそれをまだ知らないから、男女関係として捉えているのか。
「ふふ、趣味が合うからじゃないですか? 二人ともゲーム好きですし」
「同じパートっていうのもあるからね~。可愛い後輩なのよ~」
春原先輩と秋風先輩もフォローを入れてくれた。
「私とだって趣味合うじゃん~。メガネ好き同士~」
「それはまた違う気が……話が合うのは嬉しいですけど」
趣味というか好みの話が合うということで……それが理由で巴先輩とは仲良くなった感も確かにあるが。
「ちぇ~なんだよ~。ま~そういうことにしておくか~」
「フフ、残念だったね、とも」
不完全燃焼な巴先輩を冬川先輩が宥めて一件落着。
しかしやっぱり女子勢は月無先輩の動向はいちいち気になるようだ。
愛されてるなぁなんて思いつつメニューを開いて眺めていると、
「でも最近めぐるの様子がおかしいのよね」
冬川先輩が気になる発言。
「どんなの~?」
「もう一個のフュージョンバンドの方なんだけどね、練習中にたまにじーっと見てくるのよ。それで、すぐ逸らすの。……私何かしたかしら?」
「……叱り過ぎた~?」
「そんなことないと思う。めぐる、いい子にしてるし」
冬川先輩は素で母親目線……しかし大体予想がつくんだが。
フュージョンバンドのメンバーは他に、部長に土橋先輩に氷上先輩。
冬川先輩以外はゲーム音楽バンドにも参加しているし、大方ゲーム音楽バンドに誘うか誘うまいか悩んでいたりするんだろう。
秋風先輩は多分察していそうな雰囲気だ。
「こういう時は一番身近な人に聞くのが早い~。で、だ、白井君」
「ごめんね、何か詮索するようで悪いし、気にするほどでもないのかもしれないけど、吹もいるし何か知らないかなって」
「え……何ででしょうね……」
「何でだろうね~」
うぅむ……目下の課題でもあるしなんとかしたいけど、こればっかりは自分から言えることでもない気がする。
あ、でもこんな理由も考えられる。
「冬川先輩に憧れてるから観察してるんじゃないでしょうか。前にカッコよくなりたいって聞かなかったことがあって~……めぐる先輩的には結構大問題らしいです」
冬川先輩、そして八代先輩のカッコいい系女子二大巨頭に憧れがあるっていうのは事実。
「あはは、なんだその可愛い理由~。全然タイプ違うのに~」
「フフ、それなら別にいいんだけどね」
何か騙しているようで申し訳ない……。
小心者の自分にはこれくらいでもひどく心が傷む。
疑いもしていない二人の笑顔に罪悪感が一層強まった。
……今度しっかり月無先輩と話そう。
「そろそろ注文取りましょうか~」
女神の啓示が降り、話題は一旦収束した。
§
バンド飯が終わり、ぞろぞろと駅へ向かう中、先導するように歩く冬川先輩と巴先輩に気付かれぬよう、秋風先輩が話かけてきた。
「しろちゃん、ちゃんとお話した方がいいわよ~」
「……はい。でもなんて言えば……」
冬川先輩と巴先輩を誘うことは微妙なラインで停滞している。
月無先輩自身のことでもあるし、自分が原因でもある。
しかし本当にどうすればいいのかわからない。
「めぐちゃんの問題でもあるからね~。しろちゃんが悪いってことはないんだけど~」
理解者として言ってくれているのは本当に助かる。
「だから好きって言っちゃえばいいのに」
ボソッと春原先輩が後ろから呟いた。
「うふふ、それができたら苦労しないわよね~」
「……わかっていただけると幸いです」
女神、母性ハンパない。
「でも、安心させてあげるため~って思えばいいんじゃないかな~」
「むぅ……」
すると、春原先輩が横に並んできて言った。
「付き合ってって言うわけじゃないよ。めぐるちゃんもその辺は別に考えてると思うよ」
「……なるほど」
春原先輩の言葉は一つの光明に思えた。
……しかしなるほど、本当にそうだ。
『好きです』を『付き合って下さい』の枕詞のように錯覚していた。
「うふふ、後はしろちゃん次第ね~」
「頑張れヘタレ」
「ぐぬぬ……」
こうして助言を頂けるのは女心のわからない自分にはとてもありがたい……とはいえ気になることが一つ。
「吹先輩、俺が言うのも変な話なんですけど……何と言うか、いいんですか?」
「何が~?」
「あ……月無先輩に男が寄るっていうの」
認めてくれている気はするが、月無先輩にメッチャ過保護で溺愛してて、よからぬ輩に裁きを下している実績もある秋風先輩。
ある種月無先輩の男避けにもなっている、そんな方がこうして後押しするような言葉をかけてくれるのも、少し不思議に思う。
「う~ん……めぐちゃんの為でもあるからね~」
「はぁ……そうなんですね」
「うふふ、そうなんですよ~」
そう言って、言うことは全部言ったと示すように、秋風先輩は前を向いた。
全ては月無先輩のため……よく考えたら、こう言ってくれるってことは、少なくとも自分が気持ちを伝えても月無先輩が嫌がることはない……。
……ハッ……こ、これが女神の導きか……。
「手のひらの上だね」
ちょくちょく心を読まないでください春原先輩。
なんともむず痒いような感覚に目線を前方に逸らせたら、巴先輩がこちらをチラッと見ているのが見えた。
目が合うとすぐに隣の冬川先輩に視線を戻していたが、こちらの様子を見ていたのだろうか。
聞かれて困るというわけでもないが、ちょっと気になる。
あ……巴先輩にバンドやる曲を一つ考えてくるよう言われていた。
その話に全く触れられなかったし、そのことかもしれない。
色々考えてはいるが、忘れていると思わせてしまったのかもしれない。
少しもやもやするように考えながら歩いていると、巴先輩が歩調を緩めて自分の横に並んだ。
「白井君、予定ってスタジオ時間割決めの時から変わってない~?」
「え? あ、はい。バイトはそうですね」
何だろうか。
まぁバイトは前日に言えばシフトは大抵変わってもらえるし、いつでも暇と言えば暇なのだが。
「めぐるのことだから日程言ってないと思ってさ~。海行くの18日なんだけど、白井君空いてる日だったよね~?」
バンドの日程管理があるし、巴先輩には八月の予定は渡してある。
わざわざ確認してくれたとはありがたい。
「全然大丈夫です。っていうかすいませんなんか。俺も行っていいんですか?」
「いいのいいの~。私と奏がめぐるに言ったんだし。誘えって~」
自分の知らぬところでも色々やりとりがある模様。
周りに色々とサポートしてもらってる感が否めない……。
「ふふ~、海行くのも奏が言い始めたんだよ~」
「海好きなんですか? 冬川先輩って」
「いや~? ナンパされるし日焼けするしで奏にとってはいいことあんまりないよ~」
……? でもまぁそうだよな。
ただでさえ超絶美人、そして完璧なモデル体型。
海なんかだとそれで不自由しかねない。
でも巴さんにしてもそれは同じように思える。
「最後の学年はいっぱい思い出残したいからだと思うよ~。皆で遊ぶのって、大学生の時にしかできないことだからね~」
そういえば写真もよく撮っているし、八代先輩の誕生日には写真立てを送っていたりと、冬川先輩はそういう関わりをすごく大切にする人なのかもしれない。
「クールぶってる癖に中身超可愛いんだから~」
巴先輩は慈しむような目で、前を歩く冬川先輩を見つめながらそう言った。
全力で青春を謳歌したい、そんな二人の心根が見えるようだった。
「ま、白井君荷物番とか買い出しとかだけどね~」
「それは全然。男の役目的な」
「……なんかさっきの様子聞いてるとさ~。めぐる、白井君そっちのけで全力で遊びかねないよね~」
……ありそう。ってかやるな多分。
二人でいる時と皆でいる時の割り切りが上手いっていう見方もできるけど。
「めぐる先輩が楽しければそれが一番です」
それを見てるだけで満足。
というか水着で戯れる女子勢とかものすごい眼福だからむしろ見てたい。
こればっかしは男の
「あはは、そっか~。ま、巴さんがちょくちょく相手してあげるよ~。パラソルの下でヒカミンとヒビキ三人とかマジキツいだろうし~」
「はは、ありがとうございます」
巴先輩と冬川先輩、やっぱりこの二人をゲーム音楽バンドに誘わないのはあり得ない。
今の話を聞いてなおさらそう思う。
やっぱりちゃんと言おう。
月無先輩とちゃんと話そう。
それが結果として気持ちを伝えることに繋がっても、きっと何一つ悪いことなどないハズ……そう自分なりの決心を固める出来事だった。
隠しトラック
――女神のいたずら ~駅前にて~
巴バンド、解散前にひといきダベり中
「あ、そういえばバンド名全然決めてなかったね~」
「そうね~メガネ関連にするの~?」
「それはやめて」
「うぇ~。奏は何でメガネ嫌がるかな~。吹んとこはアレでしょ、ヤッシー児童相談所~」
「うん、児相~」
「ブフッ」
「あ、奏がツボった~」
「吹が普通に児相とか言うから……クッ……フフ……」
「あはは、でも妙にしっくり来るよね~」
「うん、気に入っちゃった~児相~」
「二回も言わないで……」
「奏~、アウト~」
数分後
「ってかまだ笑い堪えてる~」
「大丈夫なんですかあれ……」
「だいじょぶだいじょぶ~。ちょっと面白いから遠巻きに見てよ~白井君も~」
「座りこんじゃってますし……」
「奏はガチでツボると波が収まってもすぐ思い出し笑いするから~」
「……難儀ですね」
「うん、お笑いとか一緒に見てると大変だよ~」
夏井、ここで冬川に歩み寄る
「お、なっちゃんが心配して行った~」
「もう逆効果の未来しか見えないんですが。ネーミングの由来の一人だし」
「……うわ更に我慢してる~」
「……追い打ち以外のなにものでもないですからね」
「さすが刺客~」
「ブフッ」
「白井君、アウト~」
数分後
「あ、奏復活~。もうクールさのかけらもないね~」
「めっちゃ疲弊してますね……吹先輩補助してますし」
「あはは、まぁ吹が癒すよ~」
「はは……あ、また座り込んだ。……ってか今」
「絶対耳元でまた言ったね~、児相」
「……そういえば夏井送り込んだの吹先輩でしたよね」
「吹、奏は笑いを堪えてるときが一番可愛いとか言ってたから~」
「軽めに歪んでますね」
「あはは、仲良い証拠だよ~」
「でも意外ですね、吹先輩のそういうとこ」
「うん~? 白井君も吹のこと神聖化してるにゃ~」
「……そうなんですかね?」
「あはは、ま~そういうところもあるよ。あ、刺客来た」
「夏井のこと刺客って言うのやめません?」
「あの~、吹先輩が」
「「……?」」
「『歪んでるとか先輩にいい度胸ね~』ですって!」
「何で俺にだけガチ」
「ブフッ」
巴、アウト。
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