幕間 ロリショタの教え
「スーちゃん家行くの久しぶりだな! フフッ! 楽しみ!」
今日はいいことづくし、月無先輩の笑顔はそう物語った。
事の経緯はというと、月無先輩とのデート(デートではない)中に、合法ロリの小動物こと春原先輩と遭遇。
川沿いに犬の散歩に来ていたとのことでしばし三人で過ごしていると、春原先輩邸で夕飯との運びになったのだ。
月無先輩がノリ気で早速テンションが上がっているし、何より自分も、春原先輩を更に小さくしただけと言われる弟君を見てみたい。
「ふふ、でも邪魔じゃなかった?」
「そ、そんなことないよ! ね! 白井君!」
「俺も邪魔とは……むしろ楽しみ」
春原先輩は気遣いを見せてくれた。
こちらこそ突然になってしまったが、弟と二人だけだったのでむしろ賑やかになって助かるとのこと。
「あ、でもカレーなんだけど、だいじょ……何でもない」
「うん? カレーおいしいじゃん」
「……何でもなかった。だよね」
……実際確かに何でもないし気にすることはないのだが……流石月無先輩、全然意味を察していない。
§
買い物を済ませて春原邸へ到着。
やはり育ちはいいのだろう、それなりに裕福そうな一軒家。
クプカを犬小屋に帰す音を察知したのか、家の中から階段を駆け降りるような音がして玄関のドアが開いた。
「おかえりおねぇちゃん。……?」
「かおちゃん! 久しぶり! めぐるお姉さんが来たぞ~」
「……! ……こんにちは」
……閉めた。
「……もしかしてあたし避けられてる?」
「あれは照れてるだけ。めぐるちゃん前に会った時可愛がりすぎたから」
「……自重する」
めっちゃ羨ましいぞ薫君よ……というか、
「本当にスー先輩と同じ見た目してるんですね……」
「……うん、うち皆似てるから」
なるほど……しかし可愛いらしい子だったな。
ショタ覚醒するようなことはないけど、去年大学の学園祭に遊びに来た時に騒ぎになったっていうのも納得。
玄関先で立ちつくしても仕方ないと春原先輩が招き入れようとすると、またドアが開いた。
「……どうぞ」
「ふふ、今日は程々にしてくれるってよ、薫」
「……吹お姉さんは?」
「今日はいないよ。会いたかった?」
「……」
控え目に無言で頷く薫君……なんだこのやりとり和みすぎる。
これはこれは、なんて思っていると月無先輩が耳打ちしてきた。
「かおちゃん、吹先輩大好きなんだよ」
「……吹先輩に愛でられたら誰でも堕ちますって」
そういや学園祭でも秋風先輩がずっと愛でてたとか。
かおちゃんっていう呼び名も秋風先輩命名だろう。
「む……白井君も堕ちる? もし愛でられたら」
迂闊な発言だったか、月無先輩はわざとらしくではあるけどほんの一瞬不満そうな顔をしてそう言った。
「……堕ち……耐えます」
……イェスと言いたいところだけどそうは言えない。
最近の状況を鑑みるに、他の女性への好意を見せるようなことは慎んだ方がいい気がする。
「……耐えられるの? 凄まじいよ、なんかもう」
「いやそう言われましても」
……もうどっちやねん。
「ふふ、イチャついてないで入ったら?」
「む、イチャついてない! ……よね?」
「……どう返せばいいんですか」
そんなこんなで出鼻をくじかれるような感覚に陥りながらも、春原邸へ。
玄関をまたぐと、リビングの扉の影から薫君がチラチラと顔を出してこちらを見てくる。警戒する小動物にしか見えない。
「ほら薫挨拶して。この人はお姉ちゃんの後輩だよ」
「……こんにちは」
「はは、こんにちは」
ヤバいなこれは。可愛すぎてどうにかなりそうだ。
春原先輩と二人並ぶと本当にそっくりで少しサイズが違うだけ、癒し系小動物が二人になって相乗効果もハンパじゃない。
「白井君だよ! いいヤツだから、怖いお兄さんじゃないよ!」
「……めぐるお姉さんの彼氏?」
「へ!? ……いやいやそうじゃない! 違うよ?」
「……違うの?」
……全員して何故こっちを見る。
「弟子の白井です」
「……?」
「ふふ、薫にはまだ早いよ」
春原先輩のフォローによりとりあえずは収束したが……揃っている時に直接的なワードを言われたのが初めてだからか、月無先輩はえらく狼狽している。
「……そう見えるのかな?」
無自覚な仕草なんだろうが、上目遣いでそう聞かれるとかなり困る。
そう見えるのは嬉しいけど……まぁ子供だし、特に考えず直接的な表現を使っただけだろう。
「小学生ですし、仲の良い男女が全部そう見えるとかではないでしょうか」
そう返すと月無先輩はちょっとだけ不満げな表情をした。
……自分がどれだけつまらない返答をしたのかだけはよくわかった。
冗談だよ、そう言うように笑ってくれたが、申し訳ない気持ちに囚われるようだった。
「むー、また悪い癖出てるよ白井君。あたしも悪い癖出たけど」
「あ、いえ。……ん? めぐる先輩の悪い癖?」
「フフッ、いーのいーの」
考え込みそうになるところに救いのように、そう笑顔で流してくれた。
折角の機会に水を差すようではいけない、切り替えよう。
リビングに招き入れられると、春原先輩は夕飯の準備を始めるからと台所に。
「じゃぁ二人でソファーで待ってて」
そう言われたので三人掛けのソファの向かって左に座り、月無先輩は真ん中に座った。
「かおちゃんおいで~! めぐるお姉さんの膝空いてるよ!」
っと膝をぱんぱんしながら、買い物袋の整理を手伝っている薫君を誘った。
めっちゃ羨ましいんだが。
「……お料理の手伝いがあるので」
……まぁ照れるよな。
薫君はそそくさとこちらに背を向けて、料理の手伝いを始めた。
台所に並ぶ春原姉弟……小さな二つの後ろ姿に否応なしに和んでしまう。
「拒否された」
「そりゃ恥ずかしいですって」
「むー! 吹先輩の膝には来るのになぁ。何が違うんだろ」
月無先輩の場合……愛で方が強すぎるせいだろう。
それに女神こと秋風先輩の母性は最早ワケわからんレベル。
「……胸が足りないのかな」
「……いやそんなこと聞かれても。そうじゃない気が」
「いやだってあれスゴいよもう」
スゴいんだろうけども。
大体月無先輩も大分ある……っていうか身長全然違うとはいえ月無先輩もスタイル相当いいのに。
そんなことを思いながら部屋を見まわしていると、片隅にサックスケースが並んでいた。
「薫君もサックスやるんですかね? 何かたくさんある」
春原先輩が持ち運んでいるもの以外にも数点あった。
「だってスーちゃん音楽一家だもん」
「え、マジ? 初耳」
サラブレッドだったということか……。
何でこんなに上手いのかとか、何でやたらブラックミュージック詳しいのかとか思っていたけど、謎が解けた。
「ふふ、音楽好きなだけだよ。プロとかそういうのじゃなくって」
春原先輩がこちらに反応してそう言った。
「かおちゃんももうサックス練習始めてるもんね~」
月無先輩はソファーの背もたれに身を乗り出して、台所で作業を手伝う薫君に慈しむような声をかけた。
「うん。おっきくなったらバリトン吹く」
なんとも健気な夢……神様、どうかこの少年に身長を与えてあげてください。
犬の名前もブラックミュージックでもトップのバリトンサックス(一番デカいサックス)奏者の名前なあたり、春原家の悲願なのかもしれない。
「ちょっと……あたし泣きそう。かおちゃん、お姉ちゃんの遺志は君が受け継」
「めぐる先輩。やめなさい」
「あはは、ごめんごめん」
春原先輩も得意のジト目を月無先輩に向けるが、これも恒例だ。
「フフッ、ごめんね? かおちゃん」
「……慣れてるので」
さすが春原先輩の弟、めぐるスマイルに照れつつも見た目にそぐわぬ大人の対応。
しかし思ったのだが……。
「やっぱり上手い人って皆子供の頃からしっかり続けてるんですね」
自分の場合は習っていたのは小学生の間だけだったし、努力の総時間は先輩方に遠く及ばない。今になって後悔しているくらいだ。
「そうかもね~。楽器初心者で上手い人ってヤッシー先輩くらいだし」
「めぐるちゃんみたいに独学でそこまで弾ける人も珍しいよ」
春原先輩に完全に同意だ。
月無先輩の実力はハッキリ言って異常なレベルで、クラシックのような技巧的な部分はそれ専門でやってきた人には劣るにしても、バンドの鍵盤奏者としては完璧に思える。
「よ、よせやい。……でもそうだな~。あたしは理由が理由だからね」
「熱意の次元が違いますもんね……ゲーム音楽全部弾きたいとか思ってそう」
「まさにそうなんだけどね」
練習を練習と思わないくらいに楽しんでるからこそ。
自分も随分それがわかるようになったし、それは全部月無先輩のおかげだ。
「でも白井君も同じに見えるよ」
同じ……春原先輩が口にしたその言葉は、自分にとって最上の褒め言葉だった。
「月無先輩程では……」
「フフッ、謙遜しなくていいのに。あたしだって負けてられないっていつも思ってるんだから」
遮るように、月無先輩は顔をこちらに向けていった。
「白井君にも頑張る理由があるんだね。ふふ」
こ、この小動物めぇ。
まぁ月無先輩が理由だなんて不純なようで口に出せはしないけど、親しい人にはバレバレか……。
「え、何何? 気になる」
……本人以外には。
この人察しているようでこういうとこ鈍感なんだよな。
この前近いことを言った気がするんだが何故繋がらないんだ……春原先輩呆れてるし。
「とにかく楽しいので」
流石に人前で告白同然のことは言えるわけないので、少しぼかした。
「フフッ、じゃぁあたしと同じだね!」
「……ヘタレ」
天真爛漫に笑う月無先輩に被せるように春原先輩がボソッと言った。
……いつかヘタレと言われない日が来るのだろうか。
ふと薫君と目が合うと、激励のように無言で親指をグッと立てられた。
これいっつも春原先輩もやってくるけど、春原家共通のサインか。っていうか小学生にすら察せられてるっていう。
§
四人で食卓を囲み、和気あいあいと夕食を済ませ、その後は皆で少しゲームをすることに。
何でも春原先輩が部室でゲームをやるのは、薫君の遊び相手になれるようにとの意味をあるらしい。薫君もお姉ちゃんっ子のようで本当に姉弟愛が深いようだ。
「よーし、じゃぁあたしとかおちゃんチームね! 頑張ろう!」
「うん、頑張る」
定番のスマブラでチーム戦の様相に。
去年のクリスマスに買ってもらったそうで、子供らしい可愛いエピソードに癒されたけど、
「白井君、勝つよ」
春原先輩は臨戦態勢、結構マジな目だし、相手は修羅だから和んでる場合でもない。
そして一喜一憂しながら楽しく数戦するも、やはり月無先輩は月無先輩。
接待モードなので暴力的でも圧倒的でもないが、勝たせてくれるようなことはまるでなかった。
「めぐるお姉さん強い」
「ふっふー、凄いでしょー」
薫君の目が輝いている……小学生からしたらゲーム強い人は憧れの対象か。
「白井君もっと頑張って」
「……え? ……はい」
……あなたプリンのダッシュ攻撃で突っ込むだけじゃないですか。
気を取り直してまた数戦。
薫君も控え目ながらも無邪気な笑顔で楽しそうにしていた。
いやしかしよ……
「はい、掴んだ! かおちゃん横スマ! ……すごい、よしよしよくやった!」
「ふふ、やった」
「白井君小学生にやられてやんのー、ダッセー」
10歳の小学生と同レベルで楽しむ19歳の大学生ってどうなのよ。一番楽しんでるんじゃないか。
ってか執拗に掴みでこちらの動き封じて薫君にトドメ差させるとか、教育に悪そうな戦法やめなさい。
その後「めぐるちゃんの本気はこんなもんじゃない」という姉の発言を受けて薫君が見てみたいとせがんだので、白井VSめぐるのいつもの戦闘訓練を見せたところ、
憧憬が畏怖に変わった瞬間だった。
§
楽しい時間も過ぎ、犬の散歩ついでに春原姉弟が駅まで見送りに来てくれた。
「薫、お礼言わなきゃ。たくさん相手してもらえてありがとうって」
「ありがとうございました……また来てね」
「「また来ます」」
あまりにも可愛すぎて自分と月無先輩両方とも真顔で声が揃うほど。
「ちょっと最後に……よしよしさせて」
月無先輩よ……まぁ会う機会もそんなに多くないだろうからよしよし納めか。
薫君も照れつつもイヤではないようでされるがまま。
そしてボソッとこちらに向けて……
「……頑張ってください」
……春原家は皆勘がやたらいい。小動物特有のアレか。
何故か犬もこちらに寄ってきて……ドンッと足に軽く体当たりしてきた。
……ヘタレっぷりを諌められるような、激励されるような、春原家一同からよくわからない何かを受け取った気がした。
自分から……ただそれだけなのに何も出来ずにいる気もする。
今日の出来事はそれを自覚するいい経験になった。
隠しトラック
――絵本の住人 ~春原邸にて~
「……ほら見てよ白井君、可愛すぎるでしょあの二人」
「……仲良し
「ほら……じゃがいも剥いちゃってるよ」
「……そりゃ剥くでしょ。カレーなんだから」
「次はにんじんもいっちゃうねこれは」
「意味わかんねぇです」
「可愛い子にピーラーって最早凶器じゃない?」
「……わからなくもない」
「お、かおちゃんが何か耳打ちしてる。気になる」
「……めぐるお姉さんってバカなの? とかじゃないですか」
「むー失礼な! かおちゃんそんなこと言わないし!」
「ふふ、大体あってるよ」
「あってるそうです」
「むー……でも許しちゃうね。可愛いから」
「まぁめぐる先輩もっと失礼なこと散々してますからね」
「それはアレだよ、不可抗力」
「不可抗力」
「お……あれはまさか」
「……何?」
「スーちゃんダメだよそんなもの持っちゃ!」
「……あ、包丁」
「危ないから! お母さんがいないところでそん」
「めぐるちゃん包丁使ってる時は話かけないで」
「はい」
「ガチで叱られてるし。薫君めっちゃ笑い堪えてますよ」
「……冗談なのに。……もしかしてあたし恥ずかしい子?」
「……清田先輩といい勝負じゃないですかね」
「それマジで凹む」
「あ~でも和むなぁ二人並んでると」
「わかる」
「そっくりだし、洋服も似てるし」
「……これお姉ちゃんのおさがりです」
「そうなんだ! フフッ、可愛い~」
「男の子に可愛い可愛い言うのも悪い気が」
「だって超可愛いじゃん二人ともオーバーオールで!」
「似合いますよね二人とも」
「ってかもう完全にアレだよね」
「アレとは」
「……ぐりとぐら」
「……ブフッ」
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