幕間 原因の在処

 ――今日あったことは誰にも話すまい……いや話したくても話せない。


 軽音楽部三年生、女神こと秋風吹がそう心にしまった一幕。

 それはゲーム音楽バンドの曲決めのあと、めぐると二人で訪れた喫茶店で起こった。


 大学の最寄り駅、その近郊にある喫茶店。

 喧騒から離れた静かな憩いの場に、喜びに溢れた話声が咲いていた。


「じゃぁやっぱりカービィですね! やっぱりばっちり魅力を見せつけて~、皆にいいって思ってもらえるように!」

「うふふ、そうね~。皆の見せ場もそれぞれ作れそうだね~」


 こうして過ごすことは秋風にとって、大学生活の中で最も楽しいことの一つ。

 そしてそれはめぐるも同じだ。

 特別な理由はなくとも、何でもないこの時間の大切さを二人は知っている。


「マリオカートもやりたいし他にもやりたいのたくさんありますけど~、欲張っちゃダメですよね。機会があるかもしれないって思うだけで!」


 あれも欲しいこれも欲しいは出来ない、めぐるは物分かりの良さを言葉にした。


「やれるといいね~。ふふ、絶対やれるわよ~」

「フフッ! 吹先輩が言ってくれると心強いです! 女神の啓示!」


 めぐるは素直に喜んだ。

 秋風にそう言ってもらえると不思議と上手く行く気がするし、何よりそう思ってくれることが一番嬉しい。


「……めぐちゃん、もっとワガママ言って良いのよ?」


 ずっと言いたかったことかのように、秋風はそう言った。

 秋風としてはめぐるにはもっとワガママを言ってほしい。

 物分かりの良さと忍耐強さから、自身のことで我を通すことはほとんどしてこなかったからこそそう思う。


「そ、そんなことできません! あたし二年生ですし……」

「学年なんて関係ないよ~。一番頑張ってるんだから~」


 そのまま受け取るのも後輩としてはしづらいと、めぐるは口を紡いだ。

 秋風は慈愛の目を向けながら、それをひも解くようにして言葉を続けた。


「今までずっと我慢してきたんでしょ? 大学に入る前からも」


 直接的にエピソードを語られたことはほとんどなくとも、秋風は察していた。


「私はずっと待ってたんだよ。めぐちゃんが本当に好きなこと出来るの~」

「え……そうなんですか?」

「うふふ、そうなんですよ~」

 

 部活に真面目に打ち込む割に、バンド内ではほとんどしない自己主張。

 特に選曲には口を出すことが少なく、音楽好きの割にやりたい音楽が周りには見えづらかった。

 音楽団体にしては珍しいめぐるのそんなスタンスから、秘めたものがあることも秋風は察していた。


「好きな音楽の話してる時、めぐちゃん自分から言ったことないんだよ」


 そんな秋風がめぐるのことを溺愛するのもただ可愛いからだけではなく、放っておけなさから自分が少しでも拠り所になれればという想いがあったからだった。


「す、吹先輩にはかなわねぇや」

「ふふ、どうしたのかしら~」


 恥ずかしまぎれか語彙がバグるも、めぐるは素直な気持ちを続けた。


「フフッ! でも大丈夫です! もう十分やりたいことやれてますので! 本当に満足してるんです!」


 これ以上は高望み、そんな風にめぐるは言った。

 まだまだやりたいけど不満はない、それがめぐるの本心だった。


「うふふ、しろちゃんがいるもんね~」


 秋風、ここで珍しく攻勢に出る。


「む、吹先輩まで」

「たまにはね~」

 

 とはいえそれはめぐるを安心させるため。

 こうすることで白井を裁くつもりはないと示しているのだ。

 めぐるに対して超がつくほどの過保護でも、邪魔をする気も本当はない。

 複雑ではあれ、白井のことは秋風も認めている。


 イジりはこれくらいで十分と、話題転換をするために秋風はあることに触れた。


「ところでなんだけど~、ゲーム音楽バンドにカナちゃん誘わないの~? トランペットいると全然違うと思うし~、メタナイト? だっけ。あれ金管いるじゃない~」


 冬川を誘わないことについて。

 今問わなくとも、企画を進めれば必ず名前は上がる人物であることは間違いない。

 秋風もヒビキ達と同じくそれを不思議に思っていた。


「誘いたいんですけど……巴さんボーカルですし、インストやるから巴さん誘えないってなると悪いかなぁって……」


 めぐるは答えを返した。

 それがあまり意味のないことだとは自覚しながら。


「……そっか~」


 秋風はめぐるの回答がともすれば言い訳のようなものだと察し、これ以上追求するものでもないかと、言葉を続けなかった。

 

 巴が楽器を扱えることは親しい人なら知っている。

 屈指の実力者であり相棒の冬川がかなり上手いと褒める以上、一定以上の水準は確約されているようなもの。

 ……そしてそれをめぐるが知らないわけもない。


 少しの沈黙が流れた。

 考えるようにして目をくうに向けるめぐるに、秋風が声をかけた。


「めぐちゃん?」

「え、あ、ハイ! すいませんなんか」


 そして少し間を置いて、めぐるは再び口を開いた。

 

「……巴さんは何も悪くないです」


 話し相手が秋風だからか、告解するかのように言葉を続けた。


「……あたし嘘つきました。本当はカナ先輩も巴さんも一緒に出来ればいいなって思ってるんです」


 めぐるがそんなことを言うのは初めてだった。

 それなりの理由があるのだろうと、秋風は黙って聞いた。


「巴さんってすっごく可愛いじゃないですか」


 急に全く関係のないようなことを言い始め、秋風は面を食らった。


「それに癒し系だしスタイルいいし、ふわふわだし歌うまいし……すっごくいい人だし」

「……そうね~」

 

 とりあえず同意を示すしかない状況に秋風は困惑した。

 端々に見える巴に対する好意に少し安堵するも、今これを話し始める理由がわからなかった。


「……胸おっきいし……あ、でも吹先輩の方がおっきい」

「……え?」


 女神ですら全然ワケがわからない。

 マジなトーンかと思いきや脱線し続けるめぐる、秋風はとりあえず黙って聞いた。


「だから思うんですよ~……あんな人と一緒にいたら好きになっちゃうに決まってるって」

「……そうかもね~」


 言葉が続くに連れて、秋風もなんとなく察してきた。


「それにメガネ似合うし……メガネ好き同士だし……バンドも一緒」


 そして秋風は全てを察した。

 しかし心配はすでになく、本人にとっては大問題な些細な悩みを打ち明ける姿が可愛すぎて悶死しそうなだけ。


「ふふ、本当に好きなのね~」


 そうとだけ、秋風は返した。

 

「そりゃ大好きに決まってますよ! すっごく真面目で頑張ってますしあたしのワガママ聞いてくれるし! 練習にだっていっつも付き合ってくれますし」

「え……そうなんだ~。へ~」


 秋風にしては珍しく含むような微笑みに、めぐるの時が止まる。

 いつの間にかすり替えてしまった目的語にハッとなり、言葉を失った。

 直接的に口にするのも初めてだったせいか、すぐさま顔を真っ赤にした。


「好きって言ってもアレですよ、弟子として! 師弟! 師弟ですから!」

「うふふ、もう誤魔化さなくてもいいのに~」


 互いに好きなのは誰から見ても一目瞭然。

 秋風にそう返され、めぐるは再び沈黙したが、しばらくすると少しつかえが取れたような表情をした。


「いいんじゃない? 何も悪いことないよ~」

「……そうですよね。フフッ!」


 めぐるもその人物も実際は似た者同士。

 ストイックさの表れか、それとも極端に奥手で純情なだけか。

 いずれにせよ認めてはいても口に出せないだけと、秋風は思っている。


「でも、実際よくわからないんです」

「何が~?」

「あたし、今まで本当に、自分でも引くくらいゲームとゲーム音楽しかしてこなかったんですよ」


 ゲーム女であることは去年から、今年からはゲーム音楽女であることも明らかになり、本当にそれ一辺倒でここまで来たことは秋風も知っている。


「だからかなぁ、大好きなのは間違いないんですけど、異性として? ってヤツかどうかはわからなくて」


 そしてめぐるが恋愛経験ゼロなのも知っているが、ここまで極端だとは秋風は思っていなかった。

 今まで異性というものを意識したことすらない、そんな様子が信じられず、確かめるように問いを投げた。


「……めぐちゃん、男の子好きになったことある?」

「……ないかもです」

「……あら~」


 秋風も異性にあまり興味がないタイプだが、さすがにめぐるのこれには驚いた。

 めぐるが女子高出身で、多少箱入り娘の感があることを差し置いても珍しい。

 ゲームとゲーム音楽に全てを捧げてしまったことで生まれたピュアモンスターを目の前に、何を言えばいいか全くわからなかった。


「ひょっとしてって思って最近色々やってみるんですけど~……あ、でも恥ずかしいって思うってことはやっぱりそう見てるのかな……。他の人だと嫌だしなぁ……」


 ぶつぶつと独り言のように続けるめぐる、秋風はとりあえず言うだけ言わせておこうと言葉をかけずに見守った。

 ふと止まった折に、導くように声をかけた。


「うふふ、一緒にいるとどうなの~?」

「……安心しますね。それに落ち着くし~……一緒にいるのが当然になっちゃってるのもあると思うんですけど。相棒? みたいなとこもあって」

「それで十分じゃないかな~?」


 二人の間柄にはただだけ。

 めぐるの様子を見れば師弟関係という仮称が今の限界のようにも思える。

 今のめぐるにかけてあげられる言葉はまだない、と秋風は判断した。

 予想を大幅に超えた完全なる無知。

 女神秋風にもどうしようもなかったのが実情である。


「うふふ、とられちゃうって思ったのね~」


 そして話を戻した。

 こっちの方こそめぐるにとっては大問題。

 巴をゲーム音楽バンドに誘うのをためらう理由になってしまっているのだから、解決した方がいいと秋風は思った。


「む……そ……そうなの……かな」


 再び紅くなりながらめぐるがそう答えると、秋風は慈愛を込めてその様子を見つめた。


「大丈夫だよ~。ともちゃんだってめぐちゃんのこと大好きなんだから、心配しなくても~」

 

 そんな心配はない、と秋風は言った。

 巴だって同じようにめぐるを可愛がっているのだから、それはない、と。

 

「そ、そうじゃないんです、そうじゃ! 巴さんは本当に何も悪くなくって!」

「……?」


 では何を心配しているのだろうか、と秋風は疑問符を浮かべた。

 今日のめぐるは女神にすらわからないことだらけだった。


 そして呟くようにして、一番引っ掛かっていることを口にした。


「……白井君ってあたしのことどう思ってるのかなって」


 多分、これを言葉にするのは少し辛い。秋風はそう感じた。

 めぐるにとってはある点において唯一と言っていい拠り所である。

 しかし、白井からしたらどうなのか。


「……好きに決まってるじゃないの~」


 見たままの感想を伝えた。 

 どこまでも自信のない目の前の少女に対して。


「そ、そうです?」

「そうよ~。何不安がってるの~」

「だ、だって、巴さんメガネだし白井君メガネ好きだし……」

 

 めぐるは言い訳がましくそう述べた。

 巴のことを白井が特別視する可能性、あるいは既にしているのではないかとも思っている。

 しょうもないことのようだが、恋愛経験値ゼロのめぐるは、白井が唯一口にした女性の好みを真に受けているのだ。


「それに、他にいい人いっぱいいるじゃないですか、軽音って。た……たまたま一番最初に会ったのがあたしってだけかもしれないですし」


 何故ここまで自分に自信を持てないのか、とも秋風は思ったが、人を好きになるということがわからないなら仕方のないことかと察した。


「めぐちゃんが一番可愛いに決まってるじゃない~。しろちゃんもそう思ってるわよ~」

「て、照れる……」

 

 自分自身の本音もこもってはいるが、秋風が口にしたのは第三者目線からの純然たる事実。

 

「ふふ、聞いてみたら? 直接。どう思ってくれてるの~って」

「む~……それは恥ずかしいです。直接的じゃないのは結構してみたりしてるんですけど……」


 最近の白井に対するめぐるの様子はそれが理由だったりする。

 自分の想いの正体を探る意味もあるが、めぐるなりの精一杯で、白井の気持ちを確かめようとしていたのだ。


「応えてくれるんですけど……」


 白井は白井なりに応じている。彼もある意味限界なのだ。

 それでも、白井が自制するつもりで取っている態度が、他からしたらそうは映らない可能性も大いにあるのが現実。

 何より、第三者とめぐるの認識、その乖離の理由は、白井がめぐる本人の前では極端にシャイで自分から何かするということが少ないせいだったりもする。


「しろちゃんからってのがないのね~」

「……そう、です。でも最近は少しずつ……。あたしに憧れて入部したって言ってくれたし、疑うような気があるわけじゃないんですけど」


 要は証明のようなものが欲しい。

 そしてそれはめぐるからだけでなく、白井からも。

 先日確かめ合うような出来事もあったが、100%の確信が持てないでいる。


「でもあたしだって直接言えるわけじゃないから求めるのも悪いしなー……。邪魔もできないし……」


 他から見ればもう十分だと映っているが、当事者同士にしかわからないことでもある。

 という表現が二人の関係性を物語った。


「むーわかんないなー……。どうすればいいと思いますか?」


 普通であれば恋仲という関係性がその証明の一つに当たるが、無知ピュアガールめぐると奥手シャイボーイ白井はそれについては想定してすらいない。


「うふふ、どこか一緒に行ってみたら~? 夏休みなんだし~」


 つまるところデートでもしてみろという提案。

 いつもの環境ではいつもの調子で何も変わらないだろうというのが、秋風の考えだった。


「あ……そうでした! 色んな場所でゲーム音楽しようって約束したんでした! よし、次空いてる日にフィールドワークに誘おうっと」

「……あら~?」

 

 ズレた解釈もまためぐるらしいか、と秋風は思った。

 晴れたような笑顔を見て安堵できれば十分だった。


 ゲームとゲーム音楽に捧げた人生、環境も相まって全く育ってこなかった部分。

 まだまだ先は長くとも、それをやっとわかろうとし始めた姿。

 そして秘めていたものを隠さず謳歌するようになった姿。

 めぐるが手から離れていくような淋しさもあるが、先輩としての本懐は成したと、秋風はいつもの女神スマイルをめぐるに向けた。






 隠しトラック

 ――隣のおっさん再び ~喫茶店にて~


 ふう、早上がりに一服と寄ってみたが、中々いい店だなここは。

 静かで客も多すぎず……お、隣の席には大学生かな?

 丁度いい、若さをBGMにこのひとときを楽しませてもらおうじゃないか。


 何やら元気そうに喋って……フッ、これが若さか。

 ん……しかしこの声……この少女たちは……。

 

 ま、まさかあの時の女神と美少女!?

 数ヶ月前に私に二郎の魅力を改めて知らしめてくれた二人じゃないか!?

 高鳴るッ! 胸が高鳴るッ! まるで初恋の人に話しかけられずにいた頃に戻ったようにッ! 青春への回帰ッ!!


 もう一度……もう一度会って礼が言いたかった!

 疲弊しきった私の心に癒しと希望をあたえてくれたことにッ!!

 しかしどう伝えればいい!? 下手に話しかければ事案……クッこの状況……如何ともしがたいッ……!

 まぁ会話聞くか……。フッ、癒してもらおうか。

  

 ――数分後


 ほう、元気な子が悩みを打ち明けていると……。

 しかし何だこの図は。まるで女神に祈りを捧げる聖少女の様相ではないか。

 最早神々しい……ただのやりとりがここまでの神聖さをもつことが現実に起こりうるだろうか。


 ――数分後


 しかしこの少女……純粋すぎないか。

 穢れを知らぬままにここまで育ってしまうとは全く以て……稀有ッ!

 こんな子いるわけないと総ツッコミが入りそうなレベル……恐ろしい子……!


 ――数分後


 解決したようだな……。

 フッ、少女よ。君にはやはり元気な声が似合う。

 そして女神よ……あなたはこうして迷える民を救い続けているのですね……。

 またいつか……そうだな、今度は少女の気持ちが成就した時にでも……。

 さらばだッ。


 ――おっさん退店


「吹先輩吹先輩」

「どうしたの~?」

「今出てったオジさん、前に大○屋でも隣にいましたよね」

「そうかしら~? よく憶えてるわね~」

「なんかすっごい幸せそうな顔してたので印象的で」

「あら~」

「きっと吹先輩の近くにいたから救済されたんですね!」

「あらあら~」


 大体合ってる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る