幕間 理由の在処

 八代バンドの初練習もつつがなく終わり、駅前の和食屋でバンド飯。

 初練習と言ってもほとんど曲決めで気楽なものだったし、バンドで合わせた一曲は上手くいった手ごたえが確かに残った。


 八代先輩、部長、椎名とバカ、一つ椅子を借りて五人で四人席に座り雑談中。

 自分の隣には八代先輩、正面に一年二人、部長はいわゆるお誕生日席。

 三年生二人を優先すべきと思ったけど、八代先輩は部長の隣は窮屈でイヤだそうで自分が隣に。

 ネタにしても結構可哀相だけど、部長も欧米風のやれやれをしていたあたり恒例なのだろう。


「今年の一年は割と皆うめぇな」

「あ、ありがとうございます! ボロクソ言われるかと思ってたので嬉しいっす」

「あ、あ……シャス!!」


 出来を褒めてくれる、そんな当たり前が何より嬉しい。

 一年一同で感謝を述べると、部長と八代先輩も笑顔になった。


「初回でこれならもう良いバンドになる予感しかしねぇな。ハッハッハ」


 部長はそう言って豪快に笑った。

 ……しかしなんでこの人オーダーしてすらいないのにもう箸持ってんだろう。


「ヒビキあんた箸置きなさいよ」

「あ、無意識だったわ。体は正直でな」


 食欲が理性を大幅に上回っているご様子。


「じゃぁ頼もうか。ヒビキの奢りだから何でも好きなの頼め~」

「……え?」

 

 ……鬼かな?

 流石にジョークということで気を取り直してメニュー選び開始。

 

「私決まってるから、はい白井」

「あ、俺も決まってるので大丈夫ですよ」


 大抵ここに来る時のメニューは決まっている。

 値段の割に満足感があって無難以上の定番メニュー。


「どれ?」

「えっと……これですこれ」

「……あ~」


 ……何ですかそのあ~は。


「ん? ……あ~」


 様子に気付いた部長も八代先輩がそのメニューを指し示すと同じ反応。

 ……確かにこれ月無先輩もよく食べるヤツだけど。

 家庭の味を謳った『鶏肉の母さん煮』。

 「あたしお母さん似だし!」とか意味不明なこと言ってた。

 

「別にそういうわけじゃないです」

「……いや何のこと言ってんの白井。意味わかんないんだけど」

「プークスクス」


 ……はめられた。


 §


 食事が終わり、再び雑談に戻ると、色々な軽音事情についての話題になった。


「え、氷上さんと水木さんって付き合ってんすか!?」

「最近付き合い始めたって。二、三年の間じゃ前から有名だけどね」


 椎名が驚きの声を上げたのは氷水の話題。

 秒読みだったのは知ってるし特に驚きもないけど、嫌みのないお似合いカップルの誕生はめでたいことだ。

 

「わかっちゃいたけどお兄さん的にはヒカミンの裏切りは遺憾としか言いようがない」


 そしてすかさず妬む部長。

 半分くらいマジっぽいから面白い。


「アハハ、氷上黙ってればカッコいいからね。はじめみたいに趣味合う子がいてよかったんじゃない?」

「それな、羨ましい。俺にも趣味合う子降ってこねぇかな」

「あんたの趣味って何よ」

「食だな」


 ……潔い。

 でも食べるのも作るのも好き、そして寿司屋で経験を積んでもいるし、趣味が食というのも部長らしくていいかもしれない。

 クッキ○グパパ的なアレだ。


「去年とかは何もなかったんですか?」


 椎名がふとそんな質問をした。

 聞きたいような聞きたくないような、でも大学生なら何かしらあるハズだったりするし……。


「あったっちゃあったってくらいだな」

「私らの上の代は逆にそんな話ばっかだったんだけどね」


 話を聞くに多少はあったと。

 でも名前を聞く限り普段そんなに絡まない先輩ばっかりだ。


「まぁ今の軽音は……超ぶっちゃけると、下手な奴ら程くっつきやすい」

「あ~、それあるよねー」


 ストイックな人ほどそういう話は少なく、逆にそこそこ程度に終わる人ほど音楽よりもそっちの方に寄って行きがちだと。

 実力主義の軽音楽部なら、ある意味自然な成り行きかもしれない。

 よく話す人達は音楽に真面目でそっちの方面に興味がなさそうな人ばかりだ。

 人のを見るのはいいけど当事者になるつもりはない、そんな印象。


「まぁ元々実力で二分割されてるような部活だしな。ヘタクソ同士のカップルとか誰も興味わかんから話題にもあんまりならねぇな」


 バンドにしても上手い人は上手い人同士で組みがちだし、言い方は悪いが下手は下手同士で組みがち……それも自然な流れだし、それはよく知っている。

 部長のようにここまでストレートに言う人は他にいないけど、それがむしろわかりやすい。

 八代先輩も止めないあたり皆思ってることなんだろう。


「イチャついてる暇あったら練習しろよヘタクソども、と。オフレコな、これ」


 ガチな奴。


「でも実際そうっすよね。それだったら他のバンド団体行けって話聞きますし」

「まぁそうだなぁ。音楽も好き勝手やりたければ他の方が気が楽だし、硬派気取ってるうちみたいな部活の方が普通からしたら珍しいかもな。グラフェス出てる他大のサークルはうちみたいなとこも多いが」


 他のバンド団体は全然様子を知らないけど、適度にバンドを楽しんで大学生らしくよろしくやっているとのこと。

 軽音に比べると演奏のレベルは大分下がるようだけど、それもそれであるべき楽しみ方だろう。

 椎名みたいに未だ思春期の残念な奴もいるけど、こいつはこいつで練習は割と真面目にやってるし、仲の良い奴らは皆そうだ。


「ちなみにそういう事直接言われてフラれた奴もいてだな……」

「ヒビキあんま言わない方がいいよそれ」

「ん、まぁそうか。悪い」


 あぁ、あの話か……。


飛井とぶい先輩ですよね?」


 何度か話は聞いた。

 掻い摘んで言えば「色恋に現を抜かしてる暇があれば練習しろ」とフラれたらしい……月無先輩に。

 月無先輩がそのおかげで高嶺の花のように扱われているのも知っている。


「なんだ知ってんのか白井。ならいいじゃん」


 詳しくは知らないけど、大体聞いた内容を話したところ、「月無さんパネェ」と椎名と林田が改めて怯えていた。

 まぁこれで自分と月無先輩の関係がそんな生易しいものではないと思ってくれればむしろ好都合だ。


「めぐる結構厳しいからね。でもそれ以上に自分にすっごい厳しいし、人の努力はちゃんと見てるし優しい子だよ」

「フライングVみたいなんはむしろ嫌いそうだけどな。練習適当だし」


 フライングVって……あだ名か。そんなギターあったな。

 誰かに言うことでもないが、自分も飛井先輩にはいい印象が全くない。

 嫌いとは言わないし、そこまで気にしてもいないが……以前陰口を叩かれていたこともある。

 そのやっかみの理由が月無先輩との関係にもあったと思えば、少なくともあまり仲良く出来る気はしない。


「実際八代も大概だけどなぁ」

「え、私? 私は元々部内恋愛とか嫌いだし」


 相当モテるだろうに八代先輩にそういう話がないのも、多分月無先輩に似た理由なのかもしれない。

 部活でバンドと音楽を楽しむ方が最優先でそれに集中したいように思える。


「三年生の女子の方って皆モテそうなのに、やっぱり月無さんと同じ感じですか?」


 椎名も結構ぐいぐい行くな。気になるのはわかるけども。


「どうだろうね。吹はあんなだし結構厳しいし~……」

「あれは恋愛対象じゃなくて信仰対象」


 部長の言うとおり。

 秋風先輩は女神の不可侵性によってそういう目で見られなそうだ。

 理想の体現みたいな人だけど、そういう意味では完璧すぎて近づきがたい。


「アハハ、そうだね、吹は。で、一番モテる奏とかは~、あ、冬川ね……まず男に興味なさそうだし。巴もその辺同じかな」


 ……あの二人は触れたらいけない領域にいる気がする。

 いつも二人セットだし、そこは椎名と林田も察したようだ。


「白井は巴さん推しなのに残念だな」

「……余計なことは言わなくていい。椎名だって冬川先輩推しだろ」


 そういえばこいつメガネディスったんだよな。報復するの忘れてた。

 というか三年女子勢の八代先輩がいる前でそういうことを言うな。


「あ、私のことはいいから続けて」


 ……心を読まれたのかな?


「いや続けることも特にないですよ?」

「え、だって一年男子がどんな話してるのか気になるし。あれでしょ、童貞会議」

「やめてくださいその呼称」


 ほんと性差気にしないなこの人。

 童貞会議の名付け親の部長も笑ってるし。


「ハッハッハ、こいつはそういうの気にしねぇから。言っても大丈夫だぞ」


 観念するように掻い摘んで品評会(春編③『幕間 品評会』参照)のことを話すと、特にキモがることもなく八代先輩は笑ってくれた。


「アハハ、いいんじゃない? 一年らしくて。代表バンド女子皆可愛いしね」

 

 ちなみに八代先輩の名前も上がっていたことは避けた。


「そういや春バンの時に巴もメガネ好き仲間ができるとか言って喜んでたな」


 ……それは正直嬉しい。

 

「あ、ごめんね白井。ともにそれバラしたの私」

「……それは知ってます。でも巴さんとはむしろそれで仲良くなれた感あるので」

「まぁ悪いと思ってはいないんだけどね」

「いや、一応思いましょうそこは」


 ……まぁ恨みごとなど言うつもりは勿論ないんですけども。

 八代先輩なら悪い方向に転ぶようなことはしないし。


「合宿楽しみだな白井。一週間もあっから色んな女子のメガネが見れんぞ」

「……例えば誰でしょう」

「清田」

「……ふむ」

「春原」

「……ほう」

「秋風」

「……はい、神」


 神イベント確定ですなこれは。

 普段はコンタクト派の人のメガネ姿が見られるとは神イベントですなこれは。

 八代先輩が汚いものを見るような目を向けてきてる気がするけども。


「よ~くわかったわ」


 何だかわかられてしまった……。

 ただメガネが好きなだけだというのに。


「前に授業中に月無さん見かけた時メガネかけてたぞ」

「あ、たまにかけてるよ。ゲームしてる時も」


 椎名は目撃したことがある模様。


「でもずっと下向いてたけど」

「あぁ……ゲームしてるんだよそれ」

「あ~……」

「しかもめぐる、授業中でもイヤホンしてるよね」

「してますね。ほんとブレない」


 ゲーム女言われてもしょうがないけど、どんな状況でも音楽ないと絶対ダメっていうのはゲーム音楽女の証か。


「アハハ、でもめぐるメガネ似合うよね」

「そうなんですよ。一番可愛い」


 巴先輩も似合いすぎるくらいだが一番可愛いのは月無先輩、これは揺るがない。


「それ本人に言ってあげればいいのに」

「……そんな勇気はないです」


 もう親しい奴らには察せられてるし開き直っちゃいるけど、それはハードルが高いというもの。

 椎名がなんとも言い難い表情をしているがまぁ問題ないだろう。

 バカはなんか紙ナプキンで折り紙してるしまぁ大丈夫だろう。


 §


 色々な軽音事情で盛り上がり、八代バンドの初バンド飯も終了。

 解散の運びになり八代先輩と川沿いを歩いて帰宅中。


「白井ってさ~」

「なんでしょう」


 こういう切り出し方ってなんだか身構えてしまう。


とものことだけ『さん』付けで呼ぶよね」

「……言われて初めて気付きましたね」


 割とどうでもいいことのような気もするけど、確かにそうだ。


「語感的なもんですかね? あの人自分のこと巴さんって言ってたこともあったので釣られてかな……」

「そう。ヒビキと同じ感じかな」

「そんな感じですね」


 八代先輩にしては生産性のない話題な気もするけど……。


「ま、いいか」

「はぁ……」


 本当に何でもなかったのだろうか……よくわからぬ。

 色々お見通しの八代先輩が言うのだから何か理由が……。


「あ、もしかしてですけど……」


 自意識過剰は嫌いだけど、あんまりそれに固執しても呆れられるか。


「めぐる先輩ってそういうの気にするんですかね……」


 すると八代先輩は、


「さぁ? どうだろうね」

 

 とだけ言って、後は自分で考えなというように視線を宙に逸らした。

 重大なヒントを頂いた気がした。


 会話が途切れ、少し悶々とするように歩いて別れる場所に至った。


「じゃね、白井。また」

「お疲れ様です。また」


 去り際に……


「あ、そうだ白井。私視力2.0以上あるから」

「マサイの戦士かな? ……でも残念、見たかった……!」


 急に何を言い始めるのかと思ったが、メガネ八代先輩が見れる機会がないのはちょっと残念。


「アハハ、そっか残念か。じゃね」


 そうして振り返ってスタスタと去ってしまった。


 何だったんだろう。

 ……あ、わかった気がする。

 多分、自分が全部悪い。






 隠しトラック

 ――部長とバカ ~帰りの電車内にて~


「最近一年男子で白井、性欲無い説が浮上してるッス」

「……それ信憑性高いな。あんな可愛い子とずっと一緒にいてアレはどう考えてもおかしい。自制心カンストしてるか性欲ゼロかのどっちかだな」

「ッス」

「童貞こじらせてるのともちょっと違う」

「ッス。不思議でならねぇッス」

「草食系とも違うしなぁ。奥手なんだろうけど」

「シャイボーイッスよね」

「……シャイボーイ。Mr.BIGじゃん。合宿で演奏るか」

「メッチャやりたいッス」


「まぁ月無の方も大概だしな」

「あんまよく知らないんスけど、どんな感じなんスか?」

「去年までの印象だが……恋愛経験ゼロ且つそっちの話題に興味ゼロ。下ネタすら全くダメなくらいピュア」

「音楽にしか興味ないみたいな?」

「そうだなぁ。むしろ男嫌いみたいに思われてるとこあるし……まぁでも最近は……お兄さんの口からはこれ以上は言えねぇ」

「ッスよねー。でも大体わかるッス」


「ヒビキさんは八代さんとどうなんスか?」

「どうもこうも、マジでないし見りゃわかんだろ」

「付き合ってないってだけだと思ったッス」

「まぁ仲はいいが絶対ねぇな。冗談のノリでは色々やるけど、本気でそんな気あったら絶対バンド組まんし」

「あーそうッスよね確かに」

「アイツの鉄壁っぷり、異常なレベルだぞ」

「ストイックッスもんね~。可愛いのにもったいねぇッス」

「だなぁ。……まぁいい女だよなー」


「まぁ俺にはお前らがいるしな! ハッハッハ」

「あ、オレ彼女いるッス」

「ハッハ……ハ……嘘だよな?」

「オレ、嘘とかつけねぇッス!」

「う……嘘だと言ってくれよ、林田……なぁ?」

「……ッス!」


 衝撃の新事実。

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