自分にしかできないこと

 部室に戻ると月無先輩達女子勢は楽しそうに談笑していた。

 今日集まるメンバーがそろうと、


「ついに! いよいよ! この時が!」


 月無先輩が嬉々として声をあげた。

 秋風先輩も八代先輩も、ここまでの道のりをよく知ってくれているからか、存分に謳歌する月無先輩に慈しむように笑顔を作った。


「カービィで決でいいんじゃねぇの?」


 っと部長が言った。

 確かにさっきまでの流れならそうだし、何より自分も月無先輩も考えるほどにカービィが最適解のように感じていた。


「……ヒビキさん空気読んでくださいよ~」

「ほんとだよ。だからだよアンタは」


 まさかの水を差したかのような扱い。

 こんだけ楽しそうにしてるんだからすぐに終わらせるようなこと言うなよ、と。

 それにしても八代先輩厳しいな。


「あ、すいません。黙ってます。……立場ねぇ~」


 可哀相に。


「めぐちゃんめぐちゃん、一応他の候補も聴いておきたいな~」

「はい! 吹先輩とヤッシー先輩には前に送ったんですけど~、これとか!」


 そう言って流したのは……。


「あ、マリカーだ。これいいよね」


 ゲームキューブ版マリオカートの『レインボーロード』の曲。

 八代先輩もお気に入りのご様子。


「なんなんだろうな。このエモさ」

「そう! そうなんですよヒビキさん! マリカーのレインボーロードの曲ほどエモいって言葉が合う曲なかなかないですよ!」


 サビの泣きメロが最高だと、曲選びをしている時にも二人で言っていた。64版からあるメロディで、3DS版も同じ、マリオカートを代表するメロディの一つだという。

 

「ウィンドシンセの音が最高に決まるメロディで大好きなんですよ~。マリカーは全部曲いいですけど、これが一番耳に残って!」


 ウィンドシンセとは簡単に言えば管楽器の電子楽器版。

 フュージョンなんかでは良く使われる楽器で、ゲーム音楽との相性もバッチリ。

 曲選び中に教えてもらったから今日は話についていけるぞ。


「最後のちょっと転調するとこもエモいわよね~」

「ですよね! モーダルインターチェンジの真骨頂ここにありっていう使い方! 定番とはいえここまで上手くやられるとこれしかないな、ってなっちゃいますよね!」


 ……女神にさえエモいと言わせるとは。ってかエモいって言葉よくわからん。

 モーダルインターチェンジっていうのは一時的に長調から短調になること……らしい。カービィなんかだと転調してるのはほとんどこれだそうだ。

 今度いろいろ曲を例に聴いてみよう。


「マリカーはこれ一曲? 他にもいいのいっぱいあったじゃん。一曲短いしメドレーにするんでしょ?」


 お、八代先輩はマリカーにノリ気。

 やっぱり陸上やってるから走り屋の血が騒ぐのだろうか。


「私あれ好きだったよ、ルイージの奴。ガチフュージョンで」

「『ルイージサーキット』ですね! あれほんと最高! アレンジ版だとソロもあるし!」


 そして嬉々としてそれを流し始めた。

 今度は64版の『ルイージサーキット』。


「これもいいよな~。スティーヴィーリスペクトなベースラインが」

「ヒビキさんならそこ注目してくれると思ってました! 緑のヒゲなんかにはもったいないですよほんと!」


 言われてみれば……スティーヴィー・ワンダーの曲に似ているベースラインがあった。ってか月無先輩はルイージに恨みでもあんのか。


「あの地下の曲とかもグラハムだしマリオ系ってブラックから影響受けてるの多いよな」

「やっぱそうですよね! ジャジーな曲も多いですし!」


 話に入れないのがちょっと悔しいがさすが部長、月無先輩もこうして一緒に分析できるのが嬉しいようだ。


「だから軽音的にもピッタリなんですよね~マリオ系って。ヒゲのくせに」


 軽音楽部は元々ブラックミュージックが根幹にある部活。

 慣れ親しんだジャンルに近いほどライブでの反響もあるだろうし、マリオカートの曲にしても他にしても、ブラック寄りの候補はそれなりに上がっていた。


「曲の長さ的には三曲くらいかな? メドレーにするとして」


 曲を一通り聴いて八代先輩がそう言うと、月無先輩がちょっと悩む様な表情と口ぶりで言葉を返した。


「そうなんですよー。一曲目は『ルイージサーキット』、最後は『レインボーロード』でシメ、ってまでは考えたんですけどー……二曲目に何を挟むかでずっと迷ってて!」


 二人で曲選びをしている時も直面した問題。

 二曲目は雰囲気も替えたいが、変わり過ぎても統一感が無くなるし、それよりもなによりも……。


「候補がありすぎでしたよね。歴代まで含めると」


 こっちが問題。

 バンド編成が豪華だから逆に候補が狭まるかと思ってはいたけど、アレンジ次第で何とかなってしまうし、むしろ良くなりそうな曲が多かった。


「確かにそうだなー。めぐるに借りて聴いたのだけでもやれそうな良い曲いっぱいあったもんなー」

 

 八代先輩も同意を示した悩ましい問題。

 とはいえ月無先輩は悩むことすら楽しいのか悩みつつも楽しそう。


「でもめぐるさ、決められるの? 曲」

「む、むぅ」

 

 八代先輩が核心をつくようにそう言うと、月無先輩が唸った。

 そして多分自分が薄々していた心配と同じ。


「正直絞り切れてないです……」


 月無先輩は好きな曲が多すぎて決め切れないし、やっとの想いで始動できた企画だからこそより悩む、断腸の思いで決める必要がある。

 誰にも計り知れないそれに水を差すことが少し怖かったし、二人であれこれ考える時間の楽しさに見て見ぬフリをしていたところも正直あった。


「マリカーで決めても今度はカービィやるかマリカーやるかの選択もあるしな」

「そうなんですよね……。むー……悩む」


 これも必要なこと、といった口ぶりで部長がそう言うと月無先輩の表情が少しだけ曇った。

 何かフォローできないものか……月無先輩の望みを十全に叶えてあげたいのは皆同じ想いだろうけど、居たたまれない事実でもあるだけに難しい。


「他にもやれる機会があればいいんですけどね」


 そうだけ言って周りの反応を待ってみた。

 自分はまだ年間通しての軽音のライブイベントは全部体験していないから、そういうものがないかと願うような気もあった。

 部長もいるし、あるかないかはハッキリするハズだ。


「あるぞ、一応何個か」

「え?」

 

 あまりにも軽く、部長からそう返ってきたので拍子抜けしてしまった。

 しかし何故か月無先輩達も疑問符を浮かべるような表情。


「まず学園祭ライブあるだろ。軽音からは2バンドだけど、あれ部活と関係ない枠あるからオーディション勝てばそれで出れる」

「なるほど、学園祭ね。無所属枠いっつも前座だから忘れてた」


 おぉなんと。

 十一月にある学園祭、二日目に行われるバンド団体が参加する野外ステージのライブに出られる機会があると。

 確実ではなくともこれで光明は見えた。


「まぁ可愛い子いればオーディション勝ちやすいしいけんだろ」

「それなら余裕でぶっちぎりで……」


 しまった……条件反射で同意してしまった。

 何とも言えない女子勢の視線が痛い。


「最悪フリステもあるしな」

「フリステ? ってなんですか?」

「野外ステージとは別のとこでも一応できるぞ。正門前。まぁちっせぇし持ち時間も少ないけど」


 なるほど。規模に拘らなければそれなりにやれる機会は多いようだ。


「あとこれ極秘情報なんだが……」

「え、何かまだあるの?」


 もう一つは部長以外全く知らないご様子。


「次のグラフェスでうちからもう一つバンド出してくれてって頼まれてんだよね」

「「「え!?」」」

 

 一同声を揃えて驚いた。

 先程からすでに癒しの像と化していた秋風先輩も驚きのご様子。


「この前のグラフェスが大ウケだったからな。それで。最初は冗談半分だったんだが……なんかそういう流れに。まぁ前座だろうが」


 なんでも先日各大学の部長だけの打ち上げ飲み会があり、そこで話題になり、冗談が現実の企画になってしまったそう。

 元々他大学から圧倒的支持を集めていたホーン三人娘と巴先輩、そこに月無先輩まで加わった布陣。誰だってもう一度見たいに違いない。


「ま、そういう話も一応あるってくらいに思っておいてくれ。あんまり期待し過ぎてもよくないし、そこでゲーム音楽やれるかっていうと結構難しいしな」


 他大学にはブラック音楽至上主義の大学もあるし、そこでやるとしたらやっぱりグラフェスらしい選曲が前提だろうし……難しい。

 それにホーン三人娘と巴先輩まで揃ったバンドで出ろってことにも聞こえる。


 そして考えるようにしていた月無先輩が口を開いた。


「そうですよね……あたしのワガママにあんまり付き合わせちゃいけませんし」


 そんなにネガティブに捉えなくてもと思うが、これは単純に回りへの気遣いや遠慮だろう。誰も付き合わされてるなんて思わないだろうに。


「めぐちゃん、どれだけ愛されてるか自覚ないわね~」


 秋風先輩がそう言うと、月無先輩にとっては不意打ちだったようで、少し照れるようにして首をかしげた。


「ヒビキ君の言うとおり、期待し過ぎてもよくないけど~……少なくとも私は好きなだけ一緒にやってあげるわよ~」


 秋風先輩の言葉が嬉しいのは月無先輩の表情が物語っていた。

 それでもなんと返せばいいのかわからないのか、返事は上手くできないようだ。


「ゲーム音楽バンドは皆そうだよ、めぐる。そこは気にしなくていいよ」


 八代先輩もそう続いた。

 男子勢は流れに付いて行くのが微妙に気恥ずかしいので頷くだけ。


「じゃ、じゃぁもし他の機会があってもまた一緒にやってくれますか?」

「もちろんよ~。何曲だってやるよ~」

「アハハ、私も出られるライブが増えるだけでも嬉しいし」


 先輩達の裏表のない言葉に、月無先輩は素直に喜んだ。

 今ここにいない人だって同じように受け入れてくれるに違いない。


「まずは合宿でガチのクオリティを見せつけてからだな」

「……はい!」

 

 部員からの支持を得れば、合宿以降も演奏できる機会が増えるかもしれない。

 となればやはりまずは一つ目を完璧に決めるということだ。

 月無先輩もいつもの明るい表情に戻って、むしろやる気に満ち溢れている、そんな様子だ。


「ちょっと休憩すっか。クールダウン」


 言うべきことを言ってフォローも入れてひと段落、部長がそう提案し、例の如く喫煙所にお供することになった。


 ――


「ちょっと可哀相なことしちゃったかもな」


 タバコに火を付けふっと一息吐くと、部長は先程のことをそう振り返った。


「でもなんというか……やりたい曲選びきれなそうなのは本当でしたし、薄々思ってはいたんですけど、俺からはああいうこと言いだしづらかったので八代先輩とヒビキさんが言ってくれてよかったと思います」


 自分としては好きなだけやりたい放題してほしい。

 でも部活である以上そうはいかない。

 ゲーム音楽でなくてもそれは同じで、それを改めて教える役を買って出てくれた。

 自分には出来なかったブレーキ役だ。


「好き放題やらせてあげたい気持ちはあるけどな。一番真面目に頑張ってる奴だしそんくらいの権利はあるよ、月無には」


 月無先輩を良く知る人は皆そう思っているハズだ。

 

「ま、大丈夫だろ。そのためにお前がいるんだし」


 ……他の人のイジりとは少し違うが部長も部長で。


「ハッハ、いいじゃねぇか。お前にしか出来ないんだし」

「……そうですかね?」

「……お前それイヤみになるっていい加減気付けよ」

「……はい」

 

 男目線ならごもっともか、少し麻痺していたか自分がどれだけ恵まれているのか思い出した気がした。

 ゲーム音楽バンドで満たし切れなかったゲーム音楽欲求を受けとめる役割、自分にしか出来ないそれは、本来これ以上ない役得だ。


 照れもあったし言葉も出なかったが、部長は何故か嬉しそうに笑っていた。

 そして聞こえる足音、女子の誰かだろうか。


「お、月無」

「お疲れ様です~。さっきはありがとうございました!」


 月無先輩だった。

 自販機にお金を入れて……あ。


「すいません、さっき買って行くの忘れてました」

「ん? いーよいーよ。弟子をパシってばっかじゃ悪い師匠だし!」


 いつも通りの爽やかな笑顔でそう言ってくれた。

 お茶を飲む月無先輩に向かって部長が言った。


「さっきは悪かったな月無」

「いえ全然! ああでも言ってくれなかったらって、正直自分でも思ってましたし!」

 

 うん、本当にいい子。


「それに白井君と曲選んでるだけでもすっごく楽しいですし、あたしのワガママにいくらでも付き合ってくれるって言ってくれましたし!」

「……めぐる先輩?」


 あぁ……部長がニヤけ面。

 最近やっと理解したが、この人嬉しいことに関して口が滑り安過ぎる。


「……ちょっとお手洗い行ってくるからお茶持ってて」

「はい」


 平然を装ってすぐそこにあるトイレに直行。

 もう趣味なんじゃないかってくらい自爆多いな。ボム兵かよ。


「結構進んでんだな」

「……実際本当によくわからないですけどね」


 そう、本当に。

 ゲーム音楽ありきではないのかもしれないけど、自意識過剰な仮説の上でしか成り立たない。


「ハッハ、まぁいいや。いいもん見れた。……しかしなんだがよ」

「……何でしょう」

「……アイツ本当に大学生?」

「それは俺も思います」


 純情すぎるし純粋すぎるし子供っぽいし……天然記念物レベルだ。


「まぁお前も大概だけどな」

「やめましょうこの話」

「ハッハッハ」


 わかってますよ。口に出さないだけでクソ童貞みたいだって言いたいのは。


「ちとかわやへ」


 そう言って部長はトイレへ……入れ替わりのように月無先輩が戻ってきた。

 ……多分トイレには恥ずかしまぎれに避難しただけで出るタイミング探ってたな。


「白井君」

「……何でしょう」

「あたし考えてから話すことにする」

「……頑張ってください」


 それだけ言って足早に部室に戻って行った。何だこの可愛い生き物は


 しかし……自分にしか出来ない役割、言われてみれば確かにそうか。

 軽音楽部員であると同時に、月無先輩の……ある意味では語部かたりべのような役割であるのかもしれない。

 廊下に響く月無先輩のいつもより早足の靴音を聞きながら、そんな風に思った。


「あれ、月無戻ったん?」

「あ、はい」


 部長がトイレから帰還、そして自分達も部室へ戻る中、部長がふと言った。


「さっきのお前悪くないけどああいうの秋風に見られたら死ぬと思えよ」

「……いやそれマジの奴じゃないですかー」

 

 死と隣り合わせの役割であるとも思い知るのであった……。

 




 隠しトラック

 ――女神のツボ ~部室にて~


「あ、飲み物買ってきます!」

「いってらっしゃい~」

「いってら~」


 めぐる退室


「ちょっと悪いこと言っちゃったかな」

「そんなことないかな~? やっちゃんとヒビキ君くらいしか言えないし~」

「アハハ、吹はめぐるのやりたいようにさせてあげたいもんね」

「そうね~。皆同じだと思うけどね~」

「あんなに楽しそうにしてると水差したくないもんね」

「うふふ、ほんと可愛いわよね~」

「ね、何なんだろうねあの子。子供っぽすぎるけど」

「それがいいんじゃない~」


「この前ともに言われたんだけどさー」

「なぁに~?」

「私と吹のバンド、子供多いって」

「……確かにそうかも~」

「まぁ練習の時思った。確かにって。ホーン隊、吹となっちゃんとスー並んでる時」

「二人とも小さいもんね~」

「アハハ、保母さんみたいだったよもう。和むけど」

「保母さんね~。うふふ、それもいいかも~」


「バンド名どうしよっか」

「どうしようね~。ネタ系にする~?」

「そうだなー。事件待ちでもいいしなぁ」

「じゃぁネタ系ね~」

「吹って意外とネタ系のバンド名好きだよね」

「そうね~」


 めぐる帰還


「ただいまです!」

「おかえり~」

「おかえりめぐる。今バンド名のこと話してたよ」

「あ、それなら~」

「何か考えたの?」

「この前藍ちゃんが言ってましたよ。『ヤッシー児童相談所』って」

「あいつ何で私の名前バンド名に使いたがるの……」

「ふ……ふふ……」

「す、吹先輩?」

「そ……それ採用~」

「……ツボったのね」

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