夏-③
計画の始動と懸念
八月上旬 大学構内 部室
「全員じゃなくても集まれる日見つかってよかった! 白井君達は練習前になっちゃってゴメンね?」
月無先輩が天真爛漫な笑顔でそう言った。
「いえ、全然。後半練ですし丁度よかったと思います」
今日は月無先輩はオフだが、自分は八代先輩とのバンドが後半練習の時間に入っている。
その前に一大イベントがある、というわけだ。
「楽しみですね、初めての集まり」
「うん! 夢が叶ったみたい!」
その嬉しさは声色が物語るようだった。
この
「ゲーム音楽のことで皆とお話できる日が来るなんてね」
合宿で演奏するゲーム音楽バンド、その初の集まりだから。
一緒に考えた色々な曲案を皆に聴かせて、意見を聞こうということだ。
バイトなどの都合、来れるのは半数だけど、ゲーム音楽を話題に囲む機会に興奮冷めやらぬ模様。
「アレンジ案とかもしっかり意見出し合わなきゃね」
「……俺の分はお任せしていいでしょうか」
「フフッ! いいよ!」
あれこれ話しながらメンバーを待った。
月無先輩ならこういう時はやたら早く来てるだろうと思って、自分も早く来た形なので集合時間までにはまだ一時間くらいある。
「フフッ! 皆が来るの楽しみだなぁ。嬉しすぎて狂っちまいそうだよ!」
「ダンテかな?」
するとまず一人目、と夏休みで閑散とした部室棟の廊下から足音が聞こえてきた。
「誰かな誰かな!」
「はは、テンション上がり過ぎでしょう」
部室のドアがガチャリと回り、開いて登場したのは……。
「私が部長です」
ネタがコアすぎる。
いつものテンションでなく何故か泰然と登場したのはヒビキ部長……それにしてもロマサガ3とは。
「ヒビキさん! お疲れ様です!」
二人で挨拶をすると、部長は荷物を下ろしながら言った。
「おう。一番早く来たつもりだったけどもうすでにイチャついてたようだな! 目に毒だぜ!」
結構ストレートにきやがるぜ。
「期待はずれだったね、白井君」
「……これならなんかもっと後に来てほしかったですね」
「え、ヒドくねお前ら。冗談じゃんよ……」
「「ブフッ」」
部長は冗談が通じるのでこんな扱いも可。
「曲候補ってどんなん決まってんだ?」
気を取り直して早速と部長はそう切り出した。
「何個かあるんですけど~、あたしと白井君的に一番しっくりきてるのはこれかなって。一応皆の好み聞いてからっては思ってるんですけど」
「ほう。とりあえず言うてみぃ」
「ヒビキさんもやったことあるハズですよ! カービィ!」
施行錯誤の上で決まった一つはカービィ。
他の候補と比べても頭一つ抜けていて、正直言えば自分も月無先輩もこれしかないと思っている。
「……ほう、カービィ。……して曲は具体的にどれかね」
何だこのテンション。
でも部長はカービィの曲がわかるようだ。
「メドレーなんですけど~……まずはコレ」
そう言って、月無先輩はウォークマンをスピーカーにつなげて曲を流し始めた。
流した曲は星のカービィ64の『くものうえで』。
ハネたノリとポップなメロディが最高にマッチした、自然と足取りが軽くなるような一曲。
「あれ、これアレンジ版? 知らないバージョンだわ」
「64版です! 一作目のバタービルディングのアレンジ版ですよ!」
「あ~64な。あのミックスする奴な」
一作目のバージョンから知っているのを見るに、やはり部長はゲーム音楽に結構詳しいのか。
「ほ~、いいなこれ。しかもシンセベース使えるじゃん」
「ですよね! しかも大編成でパーカスも自然と入れられますし!」
なんだか盛り上がっているし、部長もお気に召したようだ。
「メドレーってことは他もあるんだろ?」
「はい! めっちゃ迷ったんですけど~」
月無先輩はそう言ってウォークマンをいじって……。
「これしかないなって! あたしもーこれがやりたくてやりたくて」
カービィでも知名度も一位二位を争う、屈指の名曲。
「これははずせねぇな。クソムズいけど。これスマブラのバージョンだよな?」
『メタナイトの逆襲』の曲を流した。
ド派手でソロ回しもできて、バンドメンバー皆に見せ場も作れる。
ライブでこれをやれたら知らない人でも魅了できる、そんな確信がある。
「これならできるメンツ限られるしな」
「今回しか絶対できないって思いまして! こんないいバンドメンバー集まる機会って多分二度とないじゃないですか!」
鬼ムズではあるけど、ゲーム音楽バンドのメンバーならイケる。……少なくとも自分以外は。
気に入ってもらえた手ごたえからか、月無先輩はすでにテンション最高潮。
ずっとバンドでやってみたかった曲ができるとなれば致し方ないとも思うけど、部長一人来ただけでこれだから、メンバー集まって実際に練習の段階まで行ったら大変なことになりそうだ。
月無先輩が遠慮なく自身の一番好きなものを謳歌する姿、部長としても喜ばしいものに違いないのは表情と雰囲気でわかった。
「あ! 来た!」
楽しみ過ぎて廊下の足音にすら一喜一憂。
月無先輩が嬉々として声をあげると呼応するように部室のドアが開いた。
「こんにちは~めぐちゃん、しろちゃん~。……ヒビキ君も~」
「何で俺の前で間が生じたのかな」
秋風先輩降臨。
しかしこの反応は多分アレだ、愛する月無先輩のために結構早く来たのに、部長の方が早く来ていたのが微妙に不服とかそういう。
秋風先輩は扉付近のソファーの向かって左側、定位置に座った。
ちなみに月無先輩がいつも使っている安物のリクライニングチェアは
「めぐちゃん曲決まった~?」
「ちょうど今聴かせてもらってたところでな」
「めぐちゃん曲決まった~?」
「……それリアルに凹むヤツなんだけ」
「静かにしてて~」
「はい」
飲み会の時もだったけど部長に一番当たりキツいの秋風先輩じゃね。
「吹先輩には前にも送った曲なんですけど、カービィの曲がいいかなって!」
「二曲くらい来てたわね~」
「正にその二曲です! メドレーにしたいなって!」
「うふふ、いいわね~。私両方とも好きよ~あれ~。あのお散歩みたいな曲、スーちゃんにリード吹いてもらいたいわね~」
「ですよね! 絶対メッチャ可愛いですよ!」
早速と盛り上がる女神と美少女。
冗談とはいえガン無視されたヒビキ部長の心境やいかに。
「揃うまでに一服してくるかな」
割って入れない空気を悟って離脱を表明。
まぁ秋風先輩と月無先輩は絶対空間みたいなのがあるし……
「あ、お供しますよ。飲み物買いたいですし」
「……白井はイイヤツだな」
ここは自分も付き合おう。
「めぐる先輩はお茶でいいですか?」
「あ、うん! ありがと!」
ついでにパシられておこう。
§
「ふ~」
部長がタバコに火を付け一息。
自分は吸わないし憧れはないけど、サマになる人はちょっとカッコいい。
「あ、今日はおごんねぇぞ。リア充に払う金はない」
「徹底してますねなんか」
らしさ溢れるジョークに安堵しつつ、飲み物を買ってこちらも一息。
部長が話題を振ってくれた。
「カービィな、いいなアレ。ゲーム音楽ならカービィはぴったりだな」
「ですよね。めぐる先輩も思い入れ強いようですし、ゲーム音楽らしくて知名度高くてわかりやすく良い曲ってなったらカービィかなって」
月無先輩と二人で考えてるうちに、曲案が出て色々と考えれば考えるほどこれしかないと思えたのがカービィだった。
「なんかすげぇテンションだったな。どんだけ好きって話よ」
「初めて部室でスマブラやった時あの曲流れて大変なことになりましたよ」
思い出すなぁあのトラウマ。
ゲーマーとしてのプライドが入学早々に粉々になったのもあの時だった。
「ほ~、思い出の曲かね」
「……どっちかっていうとトラウマの曲です」
ニヤけ面で言われても実際そんな綺麗なもんでもない。
ゲーム音楽関連の思い出は多いけど、トラウマサイドのものもそこそこにある。
「ハッハ、そうか。でもお前らが好きな曲って方がいいわ。お兄さん的にはRPG系の曲も結構やりたかったけど、編成的に無駄が多くなるしな」
『くものうえで』にしても『メタナイトの逆襲』にしても、カービィの曲は豪華メンバーに存分に活躍してもらうという点でもぴったり。
部長は選曲に当たって自分と月無先輩の考えたことも、ちゃんと察してくれているようだ。
「でも思ったんだけどよ」
ふとそう言うので、何でしょうと返した。
「冬川は誘わんの? オールスターなのに。アイツこそ、みたいなとこあるだろ」
当然の疑問、部長が口にしたのはただのそれ。
そのはずなのに少しギクリとするような感覚に襲われた。
「それは俺にもわからなくて……話には出たんですけど」
月無先輩の今までの問題については解決したも同然。
それでも誘わない理由は自分にもわからなかった。
「ふーんそうなんか。仲良いのになアイツら」
春の代表バンドはみんな仲良し、特に女子勢はそう見えるし、部長が言うならそうなんだろう。
巴先輩がひっかかっていたようだが、巴先輩とも月無先輩は仲良しだから本当に誘わない理由がわからない。
「おーす白井とヒビキ~」
そんな話題に触れた折、八代先輩がやってきた。
今日のゲーム音楽バンド会議はこれでフルメンバー。
「先行ってるね」
そう言って八代先輩は部室に向かおうとした。
「あ、ちょっといいですか八代先輩!」
「ん? どした?」
……しまった。言うことを考えずに呼びとめてしまった。
聞きたいことが聞いていいことかも考えずに。
でも聞いておくべきではあるし、女子勢ならわかるかもしれない。
「ゲーム音楽バンドなんですけど、めぐる先輩が冬川先輩を誘わない理由とかって何かあるんですかね?」
あんまり詮索するのもよくないとはわかりつつ、できるだけ角が立たないように疑問をまとめた。
「そういえば奏いないよね。何でだろ。今更ゲーム音楽好きなこと隠してるわけじゃないし、誘うタイミングがないとか?」
八代先輩にも心当たりはない模様。
誘うタイミングはあったようでなかったような、そんな微妙なところ。
「白井は何か心当たりないのか? 八代もわからんなら多分誰もわからんが」
心当たりはある、けど些細なことだし関係があるとも思えない。
でも一応言ってみるか。
「前には巴先輩ボーカルで誘えないからって言ってました。インストやるわけですし」
実際にこれ以上でも以下でもない理由かもしれない。
冬川先輩達は二人一組なわけだし、巴先輩だけ誘わないっていうのが疎外感を感じさせるようだというのも言っていた。
「あれ、巴って楽器できたよな? 一緒に誘えば良いのに」
「うん、フルート吹けるって奏が言ってたね。相当上手いらしいし」
それは後から自分も知った。
なら解決できたのではとも思ったけど、月無先輩に伝えるのをすっかり忘れていた。
「ってか月無もそれ知ってるハズだろ」
え、なんと。……ますます理由がわからなくなってきた。
「迷宮入りですね……」
「まぁ大した理由じゃないだろ。仲良いのは本当だし、心配しなくてもいいんじゃねぇか?」
そんな感じに多少もやっとしつつお流れに……。
「あ、ひょっとして……というか私わかったかも」
「え、マジ? どういう理由?」
八代先輩には理由がわかったとのこと。
自分と部長は未だ疑問符を浮かべることしかできない。
「ま、私から言えることはないね~。心配とかはしなくていいとだけ。それに多分、そのうち誘うよ」
そうとだけ言って、八代先輩は部室に向かった。
残された男二人、思案にふけるも理由は全く思い浮かばず。
「ヒビキさん、わかりました?」
「女の考えてることはわかんね」
「……あ~」
「……いやお前そこで納得するのも失礼じゃね?」
「ごめんなさい冗談が過ぎました」
とはいえ自分もわからない。
八代先輩の勘の鋭さは異常なレベルだし、一番月無先輩に近い彼女が言うなら大丈夫なんだろう。
それに何より、自分が美化しすぎなことを差し置いても、月無先輩は裏表があるような性格ではない。
冬川先輩と巴先輩にも自分としては是非参加してほしかったりするし……八代先輩の言うとおりになればいいなぁ。
「まぁ放っておけばいいじゃねぇか? そのうち『カナ先輩と巴さん加入です!』とか嬉しそうに言ってくるぜ多分」
かけてくれた言葉はありがたかったがモノマネに不覚にもピキッと来てしまった。
「……今のは俺が悪かった」
「……いえ、大丈夫です。逆にすいませんなんか」
部長のスベりで一区切り、と部室に戻った。
さぁ月無先輩のテンションやいかに。
隠しトラック
――女神の裏側 ~部室棟廊下にて~
白井とヒビキ、部室に戻り中
「思ったんですけど、秋風先輩って八代先輩より当たりキツくないですか? ヒビキさんに」
「あ~アイツ意外と厳しい性格してっからな」
「まぁ確かに結構ずばっとものを言いますけど……」
「さっきのは月無絡みだからな。俺が悪い」
「……そうなんです?」
「アイツ月無と話してる時に割って入られるのイヤがるからな」
「あ~……溺愛してますもんね」
「皆で話してるような場なら全然大丈夫なんだけどな。一回二人で仲良くやってる時に茶々入れたら目開かれたぜ」
「……怖い」
「危うく痩せるかと思ったわ」
「意味わからないですね」
「あとマジで全能くさいのが怖い」
「あ、あります。本当に神なんじゃないかって思う時」
「基本的には優しくて超いい奴なんだけどな」
「ぶっちゃけ男の理想の体現みたいな人ですよね」
「それは完全に同意」
「なんかもう好きになるとかじゃなくて崇拝対象みたいになってますけど」
「下心浄化してっからな」
「それ冗談に聞こえないから困りますね」
「冗談じゃねぇからな」
「怒ったりするんですか?」
「露骨に怒ったとこは見たことないけど、裁きは何度か見たな」
「……あ、過呼吸とか」
「知ってんのか。他大の奴が裁かれた話」
「一応ですけど」
「お前も調子に乗ると裁かれるかもしれんからな。月無との付き合いも慎重にだな。ハッハッハ」
「……身を以て知ってます」
「え、何かあったの」
「一回だけ。……伸ばし棒なしに含みのある言い方されました」
「それ超怖いヤツじゃん」
白井とヒビキ、部室に帰還
「ふぃお疲れ~。今日これで全員だよな」
「あ、ヒビキ君~」
「ん? どうした秋風」
「余計なこと言わないでね」
「え、何、ってか何故わかっ」
「いいから」
「はい」
超怖いヤツ。
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