ずっと言いたかったこと

 超久しぶりの前回のあらすじ

 月無先輩、春原先輩、そして夏井と学外の音楽スタジオへ。

 練習もひと段落ということで開かれた月無先輩のピアノ演奏観賞会。

 白井以外に初めて思い切りゲーム音楽を演奏した月無先輩、そして夏井達もその姿に魅了されるのであった。


 


 終わりの時間も近付き、春原先輩と夏井は片付けのために隣のスタジオに戻った。

 図らずも大きな意味を持った演奏会、ゲーム音楽の魅力を自身の演奏で最大限に伝えられたことに、月無先輩はいつになくゴキゲンだ。


「よかったですね、夏井がゲーム音楽気に入ってくれて」

「ほんと! でもピアコレ版はいいに決まってるからね! ちょっと反則」


 そうしてまた、曲のおかげのように言った。

 元から曲のいいFFのピアノアレンジなのだから確かにそうだが、それだけのハズはない。

 弾きこなす技量もそうだし、何より曲自体の良さを十全に引き出したのは月無先輩のゲーム音楽愛の賜物だし、それが伝わったからこそだ。


「めぐる先輩の演奏じゃなかったから、あそこまで気に入ってくれませんよ」


 そう伝えると、月無先輩はいつものように照れて……いない。

 立ちつくしてこちらの目を見た。


「……あ、ごめん。何でだろ……本当に嬉しくて」


 ……どういう反応なのかわからないけど、喜んで受け取ってくれたようだ。

 話題の切り替えに、あと15分程度の残り時間で何をしようかと尋ねた。


「う~ん……何しようかね」

「練習っていう練習も何か今日はいいやって感じしますし……よければもう一曲何か弾いてもらえたら……とかダメですかね?」

「もちろんいいけど……それだったら一つだけ」


 お、何か閃いたようだ。しかし何だろうか。


「白井君、一曲弾いてよ!」

「え?」


 なん……ですと。

 憧れのピアニストを前にしてガッツリピアノソロを弾けと。


「え、じゃないよう。白井君が弾くの! ……ダメかな?」

「ダメじゃないですけど……」

「フフッ! じゃぁ弾いてよ! 白井君の好きな曲! ゲーム音楽じゃなくってもいいからさ!」

「……わかりました。ちょっと何弾くか考えていいです?」

「うん!」

 

 鍵盤の前に座って、少しだけ考えた。

 曲はすぐに思い浮かんだ。

 媚びてるように思われるかもしれないけど、ゲーム音楽の中で一番好きでよく弾いた、譜面もしっかり頭に残っているある曲。


 これなら問題ないだろうなんて打算的な考えでも、カッコつけでもなく、この曲が弾きたい。月無先輩のために弾くならこれしかないだろうと思えた。


「……じゃぁいきます」

「フフッ! どうぞ!」


 満面の笑みに見送られ、鍵盤に目を落とし、最初の和音に指を合わせて……ちょっともう一回深呼吸しとこう。


 そして少しまとまらない思考の中、曲を弾いた。

 全然無心にはなれなかったけど、不思議と演奏の邪魔にはならなかった。


 思えば初めて出会った時もこの曲からだった。

 誰にも打ち明けられずにずっと独りだった月無先輩に向かって、一番好きなこの曲を迂闊にも口にした。

 今となってはこの曲それ自体が、ずっと伝えたかったメッセージにさえ思えた。

 ラブソングじゃなくてよかったとか、そんな雑念もある意味で、自分と月無先輩の関係の象徴のようだった。


 全力で弾ききった。

 趣味程度で無感情に弾いていた時とは違う、今の自分が胸を張って一番好きと言えるように。

 月無先輩からしたらどうだっただろうか。……ちょいちょいミスったし、先輩も大好きな曲だから表現が甘いとかダメ出しも来るかも。


「ど、どうでした……か? あ、あれ?」


 先輩は立ちつくすばかりで何も言わなかった。

 そして目が合うと……一筋だけ煌めくものがあった。


「……あ。なんでもない! なんでもないなんでもない……」


 それがどういう意味を持ったものか、それはわからなかった。

 驚いたとかぎょっとする以上に、ただひたすらに美しく映った一瞬前の記憶に言葉も出なかった。


 隠すようにそれをぬぐって、月無先輩はこちらに振り向いた。


「……フフッ!」


 そしていつものように笑って、すっと呼吸を整えるようにして……。


「左手の和音間違えてるし!」


 え?


「Aメロ2週目の両手の連動が甘くてリズムズレてるし、ルート外してるし、16のキメも転んでるし、サビ前のペンタトニックスケールもミスったし!」


 えぇ……?

 さっきのアレはなんだったんだというくらいに怒涛のダメ出し。

 展開についていけずに面を食らうばかり……。


「でも……いい演奏だったよ! 本当に! ……本当にさ」


 嘘は言わない人だ、だからそうなんだろう。

 

「でも思ったよりミスってました」


 返せたのは反射的な言葉だけだった。

 そして月無先輩は、振り絞るようにして言葉を続けた。


「……本当はそんなことどうでもいいの。ダメ出しなんていいの」

「んん……?」

「ミスも含めて嬉しかった。……だってさ白井君、多分だけどさ、前までだったらミスるの怖がって弾かなかったでしょ?」


 ……そうかもしれない。

 恥をさらすくらいなら土俵に立たない、何より月無先輩の前でゲーム音楽をミスるなんてご法度くらいに怖気づいて、弾こうなんて思わなかった。


「弟子の成長をしっかり見れたんだから、こんなに嬉しいことってないよ!」

「……合格?」

「うん! ばっちり!」


 最高の笑顔でもらった太鼓判、今日あったこと全てに感謝しなければと思えるほど嬉しかった。


「あ、あと……この曲選んでくれてありがとう」

「い、一番好きな曲だったので! 覚えてましたし!」


 しおらしい言い方に戸惑ってしまった。

 それでも先輩は、紅くなりながら言葉を続けた。


「な、なんかさ! な~んか! ちょっと恥ずかしいけどさ! ……言ってもらえた気がしたんだ! 独りじゃ……うわハッズ……」


 恥ずかしさマックスだろうに、口ごもりながらも伝わったと教えてくれた。

 それならこっちも返さなければ。


「ハハ……。今は皆がいますから、めぐる先輩はもう独り……あ、ダメだ恥ずかしくて言えんわこれ」

「ね! なんだろうねこれ! 曲名なのにね! ただのね!」


 本当は言葉で言えればよかったけど、曲がそれを伝えてくれた。


 ゲーム音楽の言葉を越えた魅力、月無先輩もよくそう言っていた。

 今ならそれもよくわかる。

 ……あなたはもうとっくに『独りじゃない』んです。


 気恥ずかしさを誤魔化すように、堪えらずに二人で笑い合って……こうしているのが一番幸せで楽しい時間だと、そう思えた。


「あ、ライト光ってる。早く片付けなきゃ」


 空気を読んで待っていてくれたように、スタジオ内にある時間の終わりを告げるライトが点滅した。


「早くしないと壁のつぶつぶからガス出てくる」

「出ねぇよ」

「あー何だ先輩にその言い方はー!」

 

 こんな馬鹿馬鹿しいやりとりもまた幸せ。

 多少ぶっこんでも最近はむしろこうやって喜んでぇぇ……くそぅいつからだ!


「あ、スーちゃん達……」


 防音扉の縦長の覗きガラスからこちらを覗いてニヤニヤ……。

 もう慣れたとはいえ見世物になりたくはない、急いで片付け廊下に出た。


 ロビーに降り、会計を済ませてスタジオを後にする中、春原先輩は何か握ったぞという不敵な笑みを向けてきた。


「……どこから見てました?」

「……ふふ、内緒」


 ぐぬぬ……まぁ悪いようにはならないだろう。



 §



 スタジオがある駅で四人で少し遊んで周り、解散して大学の駅へ戻ってきた頃には夕暮れ時に差し掛かっていた。

 月無先輩は途中まで同じ帰り道。

 大学へ一旦自転車を取りに戻って、裏口から出て川沿いを歩く。


「楽しかったね~。今日はいい日だ!」

「ハハ、そうですね、本当に」

「ゲーム音楽聴いてもらえたし~、しかも気に入ってもらえたし~、なっちゃんまでゲーム音楽バンド加入! 一年生二人目だね~」


 月無先輩のガチピアノソロを聴けたのだから自分もいい日だ。

 スタジオ代も二時間で一人頭500円ぽっち、格安。

 もうバチがあたるんじゃないかってくらい最高の一日……。


「白井君の演奏も聴けたし! 最高の一日だったね!」


 自分の拙い演奏をそれに並べられても……。

 そう返したら、いぶかしげな目を向けられた。


「……白井君って鈍感だよね」

「え? いやそんなつもりは……」

 

 自意識過剰になりたくないから考えないようにしてたけども。

 最近は何かとは言わんがとにかくアレだし……。

 それとも……別件?


「一回しか言わないよ。すっごい恥ずかしいから」

「は、はい」


 いやまさかとは思うけど……。

 先輩は深呼吸して……いや息吸い過ぎじゃね。


「ガフッ……。ブフッ、ちょ、ごめ……えふん!」


 ……むせてるし。この感じならまさかではないな。何か安心したわ。


「ふー……。ごめんごめん。吸い込みすぎた」

「カービィみたいになってましたよ……で、何でしょう」


 改めて、咳払いをして、月無先輩は言った。


「……あたしね、白井君の演奏好きだから! 演奏が!」


 これはこれで予想外すぎて何も返せなかった。

 ……だって不自然だ。

 遥かに実力が下の人間の演奏、弟子とは言えど面白いハズがない。

 成長を見る楽しみみたいなのはあるだろうけど、演奏の魅力とは違う。


「上手い下手とかじゃなくて。真面目に頑張ってる人の音!」

「は、はぁ……」

「余裕がなくて付いてくのに必死でも、夢中になってる人の音!」


 まだ何か言いたそうに、言葉を探す月無先輩を待った。

 そして逸らした目をもう一度こちらに合わせて言った。

 

「元から完璧に上手い人じゃ絶対できない演奏だよ、白井君のは。まっさらなところから始まって、これから色々見つけていくんだなぁって思える音! 青春してるなって演奏なの」


 才能人特有の表現みたいで理解からは遠かったけど、受け止めきれないほど身に余る評価には違いなかった。

 誰よりもちゃんと見てくれていたことの証左だった。


「あたしが毎日一緒に練習する理由。弟子だからってだけなわけない。それに、ゲーム音楽の話ができるからってだけでもない」


 マズいぞ、演奏のこととは言えこれ以上は聞いていられない。

 月無先輩、こういう時ブレーキ利かないからかなりマズい。


「……フフッ、だからさ、わかってよ」


 ……思い過ごしだっただろうか。

 月無先輩は急にすっきりしたように、穏やかにそう言って、また言葉を続けた。


「それにさ、前まではあれだけ自信なさそうに……え、俺が弾くんですか? イヤですよぉ……っとか言ってたのにさ!」


 言った記憶ないけどメッチャ言いそう。


「でも白井君なりの本気見せてくれたじゃん。練習でいつも見てるけど、練習は練習。ピアノソロが一回聴いてみたかったんだ」


 絶対的実力者の月無先輩の後輩である以上、部活では劣化か余りモノくらいに覚悟してたのに、その本人がこう言ってくれた。

 巴先輩達も余りじゃないとは言ってくれたけど、月無先輩自身からのそれは、自分にとって意味が違った。

 初めて自分に焦点が当たったような気さえした。


 感慨深さから言葉を失っていると、月無先輩がふと呟いた。


「それで『独りじゃない』なんて弾かれちゃったらね~……そりゃ仕方ないよね~」


 ……この人自分の発言に自覚あるんだろうか。

 捉えようによっちゃアレなものを、今までも頑張ってスルーしてるんですが。


「あ……。で、でも! 他のどうでもいい人があの演奏だったらボロクソ言ってたね! 片腹! 片腹が痛いね! 完成度自体はまだまだ赤点ね!」


 全然誤魔化しきれてないし誤魔化しついでにディスられたし。


「もっと練習しときます」

「そ、そうだね! もっと頑張ろう!」


 真っ赤になってるけどこれは夕焼けのせいだろう。

 どちらも限界突破スキルを持っていないからここが限界だ。

 ……ふざけてんなと思われるかもだが、茶化さないと互いに身が持たないのだ。


「あと一つだけいいかな」

「……何でしょう」


 ニュートラルに戻ったところで、また先輩が切りだした。


「白井君ってさ、自分のこと全然何も言わないよね。意思表示っていうかさ」

「……してません?」

「あたし結構ワガママしてるのに嫌って全然言わないからさ……」


 確かに嫌とは言った記憶はないけど、意思表示しない以前にそう思ったことがないだけなのだが……もしかして気を遣わせてるとか思ってるのだろうか。


「たまに思うんだ……不安とかじゃないけどさ! あはは」


 気丈に振舞っているのはすぐに分かった。

 そうだったのかと知った時、かける言葉ももうあった。


「嫌だと思ったこと一度もないです。ワガママだと思ったこともないです」

「……ほんと?」


 ……えぇい、ついでだ。言ってしまおう。


「俺はめぐる先輩に憧れて軽音に入ったんですから、直接教えてもらえて嫌なわけないじゃないですか」

「……え!? そうなの!?」

「……そうです。だからいくらでも付き合わせてくれていいですし、まず付き合わされてるとか思ってないです」


 死ぬほど恥ずかしいけど、これは月無先輩の口から不安なんて言葉を出させた戒めでもある。

 伝えなかったことが悪かったなら、本気で伝わる言葉で言わないといけない。

 ずっと言いたかったけど言えなかった、そんなことを口にした。


「そうだったんだ……。……じゃぁこれからもワガママ言っていい?」

「……だからワガママではないですって」

「ゲ、ゲーム音楽も?」

「ダメだったらさっき弾いてないですよ。それに初めて会った時のアレも正直引いたとこあったけど、嫌とは思いませんでした。今だから言いますけど」


 月無先輩も意外と心配性。

 偉そうな口の利き方になってしまったけど、本音をそのまま言うのが一番いい。

 

「……ほんと!?」

「ほんと」

「よかった! 嬉しい!」


 ふぅ、いつもの笑顔で一件落着……え!?


「……あ、いえ。何でもないですよ? ~♪」

「口笛までゲーム音楽」


 ……FFのファンファーレ吹いて超誤魔化してるし。

 モーションの出始めでロマンティックキャンセルが入ったけど、見間違いじゃなければ今この人抱きつこ……いいや気のせいだ、そうしておこう。


「そうだ!」

「何でしょう」

「夏は長いんだからさ! 今日みたいに学校以外のとこも行こうよ!」


 ……マジ? もうアレじゃん、デー……


「フィールドワークに出たらまた違う観点でゲーム音楽できるし!」


 あ、そんなつもりないなこれ。

 ……この人の場合これも名目じゃなくてマジっていう。

 思い切り付き合わせていいとわかったからってのもあるんだろうな。


「この場所にはどの曲が合うか! とかさ!」

「……なら色んなところ行かないとですね」

「そ、そうだね!」


 こちらも願ったり叶ったりだ。


「ふふ。これからはもっと一緒にゲーム音楽しようね」


 久々に出た謎ワード、月無先輩はいつもと少し違った笑顔でそう口にした。


「なら俺ももっと詳しくならないとですね」

「そうだよ。今のままじゃまだ全然足りないよ」

「急にダメ出し」


 まぁそれは追々、教えてもらいながら知っていこう。

 最高の一日の締めくくりに、また訪れた役得。

 月無先輩といる限り、大学生活の最高の日はいつも更新され続けていく。




 *作中で曲名が出たものはゲームタイトルも合わせて記載します。


『独りじゃない』 ――Final FantasyⅨ

 

 補足

 作中で弾いたのはピアノコレクションバージョンです。

 名前の通りFFのピアノアレンジで、楽譜も売っています。

 白井が元々持っている楽譜は1~10-2の総集編のもの(こちらも実際に売ってます)で、大抵はその楽譜用に初めてアレンジされたものですが、ⅨとⅩはピアノコレクションバージョンのものがそのまま数曲収録されています。

 『独りじゃない』はその中の一つです。



 


 隠しトラック

 ――その晩のめぐる ~自宅にて~


「あ、そうだ。聴こう」


 ふと思いつき、めぐるはあるCDを流した。


「フフッ、やっぱりいいなぁこの曲」


 思い出をなぞるようにしてそれに聴き入った。


「あの時はただの曲名だったんだよね~。それをあたしが勝手に思い込んで喜んだだけ……多分今は違うよね」


 初対面の時、曲名を言われた時のこと。


「本心から言ってくれたんだよね~……独り……独り言多いなあたし」


 目を閉じて曲に聴き入った。

 終わるころにはまた……


「あ、ダメだこの曲好き過ぎる。……嬉しかったなぁ」


 現実に戻ったように、出来事を振り返った。


「あたしに憧れて入部……でも白井君嘘つかないしなぁ」


「……でもまだわかんないや」


 そう呟いて、めぐるはCDをケースにしまった。

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