幕間 最強の個性


「めぐる先輩」

「ん~?」


 月無先輩と一緒に大学のスタジオ廊下で楽器練習、その休憩中。

 コンビニで買ってきた昼ご飯を食べながら、何でもない話題を思いついた。


「ふと思ったんですけど」

「白井君ってよくふと思うよね」

「それは放っておいて下さい」


 ……自分がふと思わないと色々進まない気がするのだ。


「フフッ! なぁに?」

「うちの部活ってめっちゃ色んな人いるじゃないですか」


 普通が少ないというかなんというか。

 良い意味で個性的というかなんというか。

 

「そだね。確かに……変な人多いよね」

「……変な人、ねぇ」


 失礼ですがどの口で申すのでしょう。


「……あたしのことその代表とか思ってるでしょ」

「思ってないです」

「思ってるでしょ!」

「思ってますん!」

「思ってんじゃん! むー、普通代表のクセに」


 結構失礼なことを言われた気もするが……まぁいい、話が進まない。

 むーといつも通り可愛く膨れる月無先輩には悪いが、次だ次。


「変というか、個性的ってことですよ個性的。ほら、めぐる先輩はとにかく明るくて笑顔が多いじゃないですか」

「ほんと!? よ、よせやい」


 ……あと子供っぽい。そしてゲーム音楽狂い。


「何か言った?」

「声には出してない」


 あとたまにエスパーね。心読んでくる。


「でも確かに皆特徴あるっていうか、個性的だよねー」


 そう言って、つらつらと色んな人の名前を挙げていく。


 八代先輩は理想のお姉さん、褐色肌という絶対的アイデンティティ。

 冬川先輩はクールビューティーなのに実は世話焼きギャップの塊。

 巴先輩はメガネの脱力系眠り姫で掴みどころ無し、あと色々けしからん。

 春原先輩は奇跡の合法ロリ、小動物、あとちゃっかりしてる。


「そんで~、吹先輩は女神!」

「女神は個性なのか」


 でも秋風先輩は女神でしかないから仕方ない。

 超常起こすし女神パワー(物理)発揮するし、人のことわりでは説明がつかない。


「清水寺もなー。藍ちゃんはアホだし、はじめちゃんは腐女子、舞ちゃんは不思議系~。トリオってだけでも特徴なのに、考えてみればみんな濃いね~」


 清水寺トリオもアホの清田、腐女子水木、不思議小寺と三者三様。

 水木先輩は真人間だと思ってたけど実はヤバいそうだ。

 まぁ一番濃いあなたが言うかとも思うが、軽音部員は皆それぞれを象徴するような個性がある。


「部長もあんなですしね。氷上先輩も土橋先輩も濃い」

「ね。でも一年も結構大概だよね」


 椎名は思春期、川添は性欲、林田はバカ、小沢はグラップラーとクソみてぇなラインナップ。

 後はこうして忘れ去られて名前が上がらないのが個性の正景先輩と。


「もうアレだね、見本市」

「はは、確かに。あとは双子キャラとかいたら完璧でしたね」

「なんかもう処理しきれなそうなくらいだよ」

「はは、何かそれギリギリ発言っぽいからやめてください」

 

 この部活の人はたまに高次の話をしているように聞こえるのは気のせいだろうか。


「あ、でも!」


 いんのかまさか。処理しきれんのか。


「スーちゃん、見た目全く同じ弟いるよ。小学生なんだけどね」

「なん……だと」


 合法ロリの春原先輩に弟が。

 小さい春原先輩をそのまま更にサイズダウンしただけの見た目だそうで、去年大学の学園祭に遊びに来た時は部内で軽く騒ぎになったそうだ。


「しかも素直な良い子でまた可愛いんだこれが。ちょっと人見知りで引っ込み思案なのも。吹先輩なんて母性爆発してずっと愛でてた」


 つまりは理想のショタということか……春原家恐るべし。


「ちょっといいな。俺も弟欲しかった」


 素直な弟だったら欲しいものだ。ゲーム相手になるし、ちょっとうらやましい。

 そう呟くと、月無先輩が意外そうな顔をして言った。


「え? いるもんだと思ってた。白井君面倒見よさそうだし、何か勝手に」


 ほう。高評価は嬉しい。めっちゃ。

 しかし惜しい、いるのは弟ではないのです。


「妹いますよ」

「え! 聞いてない!」

「だって言ってない」


 実は三つ下の高一の妹がいたりする。

 聞かれていないので今まで誰にも言っていなかったのだった。


「いいな~。……ねぇねぇ、どんな子!?」

「どんなって、普通ですよ。特に何もとがったところはないです」


 無個性というほどではないが、自分と同じく普通。

 ちょっと悲しくなるが白井家は皆そう。

 軽音楽部の人が余計に個性的に見えてしまうのも、そんな家庭で育った反動かもしれない。


「いいな~……あたし妹欲しいんだよね~」

「……めぐる先輩が姉とか想像できようもない」


 むしろ月無先輩自体が妹に欲しがられるタイプ。

 ぶっちゃけ月無兄のポジションを羨ましいと思ったことは結構ある。

 ……こんなこと口が裂けても言えないけど。


「ちょうだいよ」

「意味わかんない」

「会ってみたい」

「会って面白いような奴でもないですよ」


 会うと色々面倒だろう……。

 妹は妹でお姉ちゃん欲しかったとか冗談交じりに言ってくるから意気投合されても……あれ、困らないか。……まぁいい。


「ねぇねぇ、ゲーム音楽は聴くの!?」

「いや俺らほど好んでは多分聴きませんけど……。でもゲームはしますし、俺がFFの曲ピアノで弾いてたら、やたら気に入ってましたね」

「マジで!? 素質あんじゃん!」

「……人の妹洗脳しようとしないでくださいよ」


 はぁ……。まぁ可愛い妹とそういうので触れあうってのが夢なのか。

 あ、でもまてよ。軽音に適任がいるじゃないか。


「夏井がいるじゃないですか。スー先輩すでに妹みたいに可愛がってるし、謎の妹感があるって評判」

「それね。でもまだあんまりお話できてないんだよな~。飲み会の時は結構話したけど、この前のバンド練はバンド飯なかったし」


 好奇心がオーバーフローしている質問魔という大変危険な特徴はあれど、夏井は可愛らしく素直すぎるくらいなもので、部内では春原先輩に次いでマスコット的地位を確立しつつあったりする。

 音楽という趣味も合うわけだし、月無先輩の要求にはぴったりでは。


 すると廊下入り口の大きなガラス扉に小さな人影が。

 あらなんと、噂をすれば……。


「タイミングすごいですね」

「……何か大きな力が働いたね」


 現れたのは正に話題の渦中、夏井だった。


「なっちゃんお疲れ~。どうしたの? 今日練習ないよね?」


 夏井はバンド二つ掛け持ちだが、一つは月無先輩、もう一つは自分と一緒なので、今日はオフのはず。


「お疲れ様です! 今日スー先輩と外スタ入るので楽器取りに来ました!」

「へ~、練習熱心だ! 偉い!」


 夏バンドは始まったばかりだというのにストイック。

 ちびっ子二人組はよく一緒にいるし、こうして外部のスタジオで一緒に練習するあたり春原先輩にしても夏井が可愛くて面倒見てあげたくなっちゃうというわけか。


「廊下でやればいいのに。……あ、でも暑いか。ヘバっちゃうよね」

「俺らも昼過ぎには部室に避難しますしね」


 大抵廊下練は、暑さに耐えられなくなってきたら終わりみたいに最近はなっていて、その後は部室でゲームだったりして過ごす。

 日が入らないので廊下は幾分涼しいとはいえ、ずっといれる環境ではない。


「あ、それもあるんですけど、白井君と月無先輩いつもいるじゃないですか!」

「「え?」」

「スー先輩が、二人の邪魔しちゃいけないって!」


 変な気を回されても困る……というか申し訳ない。

 夏休みにまでわざわざスタジオ廊下に練習しに来る人は他にいないから、全然気にしたことすらなかった。


「そ、それは申し訳ないことしちゃってたね! 遠慮しないでなっちゃん達も廊下で練習しにくればいいのに!」


 照れをごまかしながら月無先輩がそう言うと、夏井もまた気にしないでくださいというように続けた。


「スタジオの方が音源流しながら練習できますし、大丈夫です!」

「そ、それもそうか、そうだよね」


 もっともらしい理由に何だか助けられたような気になった。

 外部のスタジオは二人までなら利用料金も安くなるし、ちゃんとしたスタジオの方が練習効率もいいか。


「そういえば白井君、曲もう決まってるならそういう練習もした?」

「あ、いやまだですね。音取って弾く練習はしましたけど、合わせるのは」


 あとはバンド練習の時に合わせて修正なんて思ってたけど、確かに音源をスピーカーから流して、それに合わせて弾くっていうのは効率的な練習方法。

 バンドでの鍵盤の難しさはリズムとテンポを周りの楽器に合わせることが大部分を占めてるし、月無先輩も以前に独りでそういう練習をしていた。

 ならば、なんて思ったところに月無先輩が閃いたように言った。


「じゃぁ今日あたしらも外スタ行こうよ! 飛び入りでもこの時間なら空いてるだろうしさ。なっちゃん達は何時から入るの?」

「私達は二時から二時間ですね。現地集合です! 同じ時間に入りますか?」

 

 そんな感じでとんとん拍子に進んでいき、二時に外部スタジオに向かうことに。

 

 夏井も廊下で練習してから向かう気だったようで、予約を取った時間まで月無先輩にアドバイスをもらいながら皆で練習。一息つこうとしてペットボトルがいつの間にか空になっていたのに気付く。

 ついでに二人にも要望を聞き、自らパシられ飲み物を買いに。

 月無先輩も夏井ともっと話したいと言っていたところ、丁度いいかと二人を残して自販機に向かった。


 §


 飲み物を買ってスタジオ廊下に帰還すると……。


「……あぁ、おかえり白井君。……遅かったね」


 ……何やら月無先輩がグロッキーに。

 うむ、予想はつく。というか迂闊だった。


「夏井よ……」

「すいません、気付いた時には……」


 含みを込めて視線を向けると、こんなつもりじゃなかったというような目。

 無邪気な犯人は神妙に白状した。

 悪気ゼロで質問攻めにしてくる夏井と一緒にすればこうなることは予測できたハズだった。

 

「月無先輩と二人きりでお話できるの初めてだったので嬉しくなっちゃって」

「ふふ……いいのよなっちゃん。なっちゃんが喜んでくれればそれでいいの」


 なんという自己犠牲。

 大方テンションが上がった夏井が見境なくデリケートな部分まで聞きまくったのだろう。その脅威はよくわかる。


 夏井はもはや好奇心の鬼としか言いようがなく、答えたくない質問に言い澱めば少し角度を変えて似たような質問をしてくる。感覚的には逃れようのないバインド攻撃+MPスリップダメージがひたすら続くのだ。

 自分の時だって第三者の介入でやっと襲撃が収まった。

 こうなるまで精神を搾りつくされた月無先輩のMPゲージはもう空だろう。


「はい、めぐる先輩。……エーテルです」

「……ありがとうね白井君。お茶だけど」


 飲み物を受け取ってちびちびと飲み始めた。

 その間にどうすれば良いか微妙に困っている夏井に言っておこう。

 

「……夏井、何聞いたの?」

「え? ……そ、それは。えへへ」


 ……笑ってごまかすなよ。

 

「い、色々です! バンドのこととか!」

「はぁ……。あんまり先輩に粗相するなよな。部会でもやらかしてんだから」


 偉そうに言うのもアレだが、同輩としての釘刺しは必要。

 部長のボケに素で質問を返す、むごすぎるボケ殺しをした前科もある。


「すいません……」

「あ、いやダメっていうわけじゃなくて……塩梅というか」


 ……困った。しゅんとしてしまった。

 全く悪気がないものだからこっちが悪いことした気になってしまう。

 

「フフッ。まぁまぁ、そういうとこもなっちゃんの可愛いとこだから、大丈夫!」

「ほんとですか? ……でも気をつけます!」


 MPをお茶で回復した月無先輩がフォローを入れると、夏井も元気を取り戻した。


「スー先輩にも前言われたんでした! 聞く前に一旦考えてって」

「フフッ。確かにそうかもね。皆嫌がりはしないけど、結構なっちゃんアレなところぶっこむから注意だね」


 お、表現はアレだがお姉さんっぽいこと言ってる。

 しかしまぁ……。


「めぐる先輩も結構ぶっこみますけどね。氷上先輩とかヒビキさんとかに」

「……あれ、あたし人のこと言えない?」

「割と言えない」


 普段の様子は歳相応だし面倒見がすごくいいのは身を以て知っているが……親しい人に見せる姿が子供っぽ過ぎるし、仲のいい人にはかなりぶっこむ。 

 むしろそれが可愛いところなわけだし、夏井も似たようなものか。


「むー……でも白井君も最近あたしに結構ぶっこむよね」

「すいません。ツッコみどころ多すぎて」

「むー! ……でも自覚あるから言い返せない!」


 こういうとこ見るとお姉さんポジは無理としか言えん。残酷だが。

 でもこうしたやりとりをしている時の月無先輩は本当に楽しそうに、素敵な笑顔を見せてくれる。

 最近の一番の楽しみだったりするので多少のぶっこみは許してほしい。

 ってかぶっこむって何だ一体。


 そんな風な平和を謳歌していると、夏井がふと呟いた。


「やっぱり月無先輩って笑ってるのが似合いますぅ……」


 よくわかってるな夏井は。偉い。

 

「そ、そうかな。……何か照れちゃう」

「そうですよ! スー先輩と吹先輩も、八代先輩も言ってます! 月無先輩の笑顔が一番可愛いって!」

「よ、よせやい……」


 照れる姿もまた可愛いわけだが。

 ピュアすぎるのも考えもの、というか天然記念物レベルだが……ん?

 

「……何でしょう」

「い、いや何でもない何でもない!」


 この人、何でいつも誤魔化す時に言葉繰り返すんだろう。

 慌てて目を逸らして、肩をすくめるようにして……。


 ……一回くらいちゃんと言ってやれって八代先輩に言われたな。

 いや、自分も大概言い訳がましいか。


「……俺もそう思います」


 同調する形に逃げたけど……これが限界です!

 意気地は一向につかないわけだがそれは許してください。


「……フフッ! ありがと!」


 ……ご満足いただけたようで何よりです。直視できん。

 

「あの~……私ここにいていいんでしょうか?」

「い、いいから! 大丈夫だから!」

「むしろいてくれ頼む!」


 結局、演出されてしまった最高に恥ずかしい空間にいてもたってもいられなくなり、少し早いが外部の音楽スタジオへと出発した。


 笑顔が素敵、たったそれだけのことが誰も及ばない程に魅力的な個性になってしまうのは……。

 きっとどこを探しても月無先輩だけなんだろう、そんな風に思えた。





 隠しトラック

 ――質問魔改め観察魔 ~電車内にて~


「ってことがあってさ~。やっぱ藍ちゃんほんとすごいよね!」

「もう何かイカれてるとか越えてますね……」

「怖いもの知らずとかそんな次元じゃないよね」

「……いやめぐる先輩も大概ですけどねその辺は」

「む! やっぱあたしのこと馬鹿にしてる~」

「いや馬鹿にはしてないです決して」

「も~先輩を何だと。ね、酷いよね、なっちゃん?」

「……私のことはいいので! 続けてください!」

「え。う、うん、わかった」


「ってなことがあって。正直めっちゃ面白かったんですけど土橋先輩を笑うわけにはいかなくて」

「あたしも合宿でそれ見たことある……。カナ先輩お腹抑えて笑ってた」

「ハハ、でも冬川先輩も冬川先輩で異常にツボ浅いですよね」

「ね。笑い過ぎて動けなくなるからね。普段クールなのに」

「部会の時とかもでしたもんね」

「あ、どんぐりの時?」

「そうそう、どんぐりの時。夏井、あれ後でスー先輩に怒られずに済んだ?」

「……反省してますので! お気になさらず!」

「お、おぉ……そうか」


「で、でもなっちゃんも来年意外といい先輩になるかも!」

「確かに。後輩に人気出そうですし」

「……ありがとうございます!」

「夏井って高校の吹部で副部長だったんでしょ? まとめるのも得意だろうし」

「カナ先輩のポジションだ! ホーンパートまとめられる人貴重だよ!」

「……ありがとうございます! でも私のことはいいので!」

「「あ、はい」」


「……ねぇ白井君」

「……俺も同じくです」

「「もう勘弁してください」」

「……へ? 何をですか?」

「自覚なしっていう」

「お願い、会話に参加して」

「……私がですか?」

「あ、無限ループ始りましたねこれ」

「……誰も勝てないねこれ」

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