大切な当たり前
八月上旬 大学構内 軽音楽部部室
「パズドラをやったことがない!?」
「え。……うん、ないよ」
……なんということでしょう。
部室で月無先輩と清水寺トリオ、そして自分の五人で遊ぶ中。
清田先輩がお花摘みに行かれたのでゲームを中断してのんびりタイム。
小寺先輩がパズドラをやっていたのでちょいと話題にしてみると、トリオは清田先輩の発信でみんなやっているそう。
その流れで水木先輩も交えてパズドラの話でちょっと盛り上がっているところに、月無先輩からまさかの発言が飛び出したのだった。
そう……
「パズドラをやったことがない!?」
「う、うん。何で二回言ったの」
「あ、いや大袈裟でした。……でも意外すぎて」
まぁやったことなくてもおかしくはないか。
確かにソシャゲやってるのは見たことないし……。
「……でもめぐる先輩がパズドラやったことないって違和感すごい」
「ウチも」
「私も」
「むー、なんだよう皆して。いいじゃんかよう」
水木先輩も小寺先輩も同じく驚き、と。
まぁ女性ユーザーも多いとはいえゲーマー全員がやっているわけじゃない。
いくらドが付くほどのゲーマーの月無先輩と言えど、やったことなくても……
「……でもやっぱりやったことすらないのは違和感すごい」
「ウチも」
「私も」
「何このループ怖い。やめて」
無限ループに陥りそうな状況。
タイミングよく打破するかのように、お花摘みから清田先輩が帰還した。
「た・だ・い・ま~。ココア切れちゃったからついでに入手してきたぜ~」
ヤク中みたいな発言の後、室内に流れる微妙な空気にすぐさま気付いた。
「……どしたの皆。……そんなに私が戻ってきたのがアレか!」
「それもあるけどそうじゃなくってね」
「き、貴様! じゃぁ何だというんだね!」
水木先輩による軽いディスりが入り、事情を説明。
すると清田先輩は意外という反応でもなく、あっさりと納得したように言った。
「めぐるちゃん、前に誘った時ソシャゲやらないって言ってたもんな」
「うん。ぷよクエちょっとやったことあるくらい」
なるほど、事情を知っていたというわけか。
しかし断ったのなら、ソシャゲ自体をやらない理由がありそうだ。
「だってさ、考えてもみてよ。あたしがソシャゲ始めたらどうなるかって」
一同想像してみる。
……あ、ダメだ。絶対アカンわ。
確実にソシャゲ廃人まっしぐらだわ。無限にやりつづける。
月無先輩のゲーマーっぷりは全員が把握している。
皆想像に難くないようで自然と「あ~」と声が出た。それも残念そうなヤツ。
「……伝わったのはよかったけど皆ちょっと酷くない?」
「自分から言い始めましたでしょ」
「……正直誰もフォローしてくれないとは思わなかった」
自爆して軽く凹むっていう。
でも自身のことをよくわかって自重できるあたりは偉いですぞ。
「ドンマイだなめぐるちゃん!」
「藍ちゃんに言われるともっと凹む」
同情されたくない人トップにドンマイ言われるっていう。
「むー……いいもん、どうせあたしはゲーオタですよ~だ。ゲーム女ですよ~だ」
体育座りで不貞腐れてしまった。
ネタにしても流石に可哀相になってきた……何かいいフォローはないものか。
「……ゲーオタはともかく折角だからちょっとやってみます?」
「……白井君もやってるんだよね。ちょっとやってみようかな」
お、ちょっと機嫌が直った。
そう言ってすっと立ち上がって……ソファーに座る自分の隣に。
「あたしにパズドラを教えてください! 師匠!」
「師匠て……いいですよ」
断る理由は皆無。
部内、いや学内屈指の美少女に至近距離でゲームレクチャー……男子勢に見られたら間違いなく命狙われる自信がある。
「ほ~? 私が誘った時はやらないって言ったのになー!」
「そ、そういうわけじゃないよ! 試しにやってみるだけだから! 試しに!」
この人いつもだけど誤魔化すの下手すぎる……。
最近は互いにほとんど開き直っちゃってるが。
「あぁもう可愛いなぁめぐるちゃんはよぉコンチクショウ!! 美少女降臨だな!」
「もう藍は黙ってなよ、うるさい」
「……ほんとイカれてるね。はじめ、マリオゴルフやろ」
「き・さ・ま・ら!! ……私もやる~」
小寺先輩がゲームを点けて壊滅級のアホの気を引いてくれた。
月無先輩は清田先輩の突発的なアレには慣れているのかガン無視。
「ダウンロードしてる間白井君の見せて!」
そして自分の所持キャラクターを見せることに。
「あれ、これセシルじゃん! しかもドットだ! もう手に入らない?」
「コラボですからねー。FFは次はいつ来るか」
「……あ、桜だ! いいなー可愛い。欲しい。ストファイもいるのかぁ」
「結構何でもありますよ。ほら、先輩の好きなザンギエフも」
「わ! いいな! エドモンド本田は!?」
「……残念ながら本田は」
色んなキャラに一喜一憂。
コラボの知っているキャラだけでなく、パズドラオリジナルのキャラも予想以上だったらしく、期待が膨らんでいるのが目に見えてわかる。
「あ、ダウンロード終わった! ……お、始まった。出た~スライムのパクり」
「パクり言うなし」
躊躇してた割には始まった途端楽しそうにしている。
初めて体験するパズドラの連鎖にチュートリアルだというのに「おぉー」と喜んだりと、無邪気な子供みたいな楽しみ方はこれ以上ない和みを振りまいた。
「こういう時どうやってつなげるのかな?」
「あ、なんかこう通過する感じで」
「通過する感じ……おぉすごい! フフッ!」
ゲームをしていてここまで幸せな状況がかつてあっただろうか。
何という役得、何という僥倖……ん?
……こいつら。
先輩とはいえ……こいつら。
「……小寺先輩わざとマリオゴルフ選びましたね」
「……気のせいだよ」
このトリオ、手が休みがちなゲームをいいことに明らかに観察してくる。
清田先輩なんてニヒルなスマイルで親指立ててるし。
水木先輩もいつもはむしろフォローしてくれるのにニヤニヤしてるし。
月無先輩は気にしてないのか、それとも画面に夢中で気付いていないのか……自分が気にし過ぎなのか。……もういいか。
「ふーんふーふーふふーんふふー」
鼻歌交じりで楽しそうにチュートリアルを進めていく……何度も言うが至近距離でこれをやられると困る。
「やっぱパズドラの曲いいなぁ。わかりやすくてさ~」
「伊藤賢治でしたっけ」
「うん。様つけなさいよ」
「あ、すいません」
なんで怒られるん。
しかしあまり意識したことがなかった。
正直言えば特徴がないというかなんというか。
「でも有名な方の割にはなんかこう、普通って感じですよね」
すると月無先輩は手を止めて怪訝な目を向けてきた。
……何事?
「わかっちゃいない。わかっちゃいないよ白井君」
「……何が」
仕方ないなぁとでも言いたそうな顔をしてから大きく息を吐き……。
「パズドラみたいに誰もがやるゲームに求められる曲!」
「え、何?」
「だから! 誰もが聞いていられる当たり障りない曲ってこと!」
「んん?」
謎深まるばかりなんですけど。
清水寺トリオびっくりしてるし。
「あ、ごめん。ついいつものノリで」
「……へ~いっつもそんな感じなんだ」
「き、気にしないでいいから! ほらマリオゴルフ続けて!」
ニヤりと清田先輩が指摘すると照れるようにして誤魔化した。
「は、話戻すとね。パズドラみたいな万人受けする曲って、オーソドックスを極めた人にしか作れないのよ」
確かに普通とは思えど無味乾燥とか手抜きな感じではなく、スキがないというか、完成度が高いという表現がパズドラの曲には合いそうだ。
曲数は少ないけど、飽きずに聴ける曲って印象だ。
「ネームバリューっていうのも大きいと思うけど、やっぱりシンプルなものほど実力が出るってこと! シンプルを極めたイトケン様はこれ以上ない適任なのよ!」
「はぁなるほど」
意気揚々と語りだしたぞ。
愛着のあるゲームなら暴走まっしぐらだけど……パズドラなら大丈夫だろう。
「例えばほら、この通常ダンジョンの曲。何にも工夫ないわけじゃなくって、しっかり耳馴染みの良いEメジャーキーの響きをふんだんに使って、最後はちゃんとモーダルインターチェンジで綺麗に着地する計算しつくされた曲構造じゃない」
「全然何言ってるかわからない。っていうか何で聴いただけでキーわかるの」
要は聴きやすい
「むー。とにかく! こうすればこうなる、こうすればこう聴こえるっていうのを知りつくしてる人だから作れる普通さってこと!」
それほど基礎を極めていて、確かな経験に基づいてるってことか。
誰でも作れそうに聴こえて、実は全くそうではない感じか。
「更に、更によ?」
まだ何かあると。
そして急いでススっと画面を操作。……もうコンボ組み方できてるし。
ボス戦に着くと、再び手を止めてスマホをこちらに向けた。
「ほら、この曲! ボス戦の曲!」
何度も聴いた曲なので耳にこびりついているが、これも何かあるのだろうか。
「この曲Aマイナーキーなんだけど、これは90年代RPGの戦闘曲で最も多く使われたキー! Aマイナーと言えばボス戦ってくらい!」
「はぁ。譜面で言うと♭も#もない奴でしたっけ」
だから聴き馴染みがあるのか。
Aマイナーと言えばいわゆるロック用の
見た覚えの楽譜を辿れば、同じ調の戦闘曲はかなり多かったし、RPGファンなら誰しもが慣れた響きというわけか。
「別のキーの戦闘曲も増えてきた中、昔っからのゲーマーの人に『聴いたことある感』を感じさせる、つまりはゲーム音楽の王道に回帰してるのよ!」
「敢えて感的な?」
「敢えて感的な!」
いいメロディを作るとか、耳を奪う曲展開にするとかも重要だけど、敢えてそうすることて馴染むと。
「しかもおいしいのがガッツリ♭5の音をメロディに使ってるあたりね。もうあざといくらいに! これがあるだけで一発でダーク感が出るからね! これがまた昔ながらのゲーム音楽っぽさを思いっきり出してるのがニクいね!」
要はゲーム音楽っぽい露骨な特徴がある、と。
あざといくらいのそれが、古参の方には懐かしさに繋がるのかも。
「過度な装飾はなしに無駄を省いた味付け! それに、長いイントロなしにパッと明快なメロディに行くのも、これぞゲーム音楽って感じで素晴らしいね! 言ってしまえば故郷よ故郷! パズドラの曲はゲーム音楽の故郷なのよ!」
「はぁ……つまりは古き良きゲーム音楽って感じなんですかね」
「そういうこと! その上で聴きやすくポップに出来るっていうのは、相当実力ある方じゃないと出来ないってこと!」
当たり前に聴き流していたけどそれだけ良く出来ていた、むしろ良く出来ているから違和感なくずっと聴き流していられる、そんな感じか。
無意識に口ずさんでるし、よく聴いてみたらどれもいい曲だし……
「……イトケン様恐るべし」
「ほんとよ! もうどんだけすごいかって!」
ってかもうすごいテンションだな。
清水寺トリオがいるの完全に忘れてないか。
……あ、三人とも唖然としてる。
月無先輩もその様子に気付いたぞ。
「こ、これはね、違うの。いや違わないんだけど、何というか」
「もう別に気にしなくてもいい気がしますけど」
さすがにゲーム音楽好きなのは知られているだろうし……むしろ引かれるとすれば「好き過ぎる」ことくらいなものだ。
それに関しては……まぁしゃぁない。
「はぇ~、めぐるちゃんめっちゃ詳しいんだな!」
「音楽何でも詳しいのは知ってたけど、ゲーム音楽もなんだね」
清田先輩と水木先輩は感心したようにそう言った。
「う、ゲーム音楽もっていうか……」
「むしろゲーム音楽が、ですよね」
「……うん」
そして色々と事情を説明。
清水寺トリオもゲーム音楽好きなのは察していたが、ゲーム音楽が月無先輩の全ての始まりだとまでは思っていなかった模様。
「いいじゃん! な!」
「うん。ウチもアニソンとか好きだし」
「……私ゲーム音楽好きだよ」
トリオはそうして、一切引くこともなく、むしろ肯定的に言ってくれた。
友達思いな三人だからというのもあるだろうけど、それ以上に月無先輩の熱意に感心したように見えた。
今日のはまだマシという事実には三人とも戦慄していたが、音楽好き同士、そして軽音楽部の仲間同士という間柄か、本当に好きな音楽ジャンルがあることが大事なことだとわかってくれたようだ。
「上手い人って皆一つはジャンル極めてるもんな~。私そういうのないからちょっとうらやましいな!」
「ウチももっと色々聴こう」
「……皆でがんばろ」
「フフッ! 音楽が本気で好きならそれでいいんだよ!」
むしろ、以前はただ部活を楽しみたい程度にバンドをやっていた清水寺トリオだからこそか。
音楽団体である以上音楽好きであることは当たり前、でもそれは意外に見落としがちだったりする。
何の気なしに始まったパズドラの話で、部活をやる上で大切な心構えに繋がったのは僥倖だったかもしれない。
「あたしもマリオゴルフやる! やっぱ皆いる時は皆でゲームしよ!」
っと結局皆でゲーム。
仲間意識を再確認して嬉しくなったのだろう、折角集まっているのだから皆でワイワイ楽しんだ方がいいか。
「パズドラは今度にしますか?」
「うん! 二人でいる時に教えて? 毎日会うし!」
毎日会うのは決定事項……当たり前になってはいるが。
というか誤魔化す割には気にしなすぎだろう。
……ほらまた好奇の目向けられてるし。
「あ……鍵盤教えるからだから! あたし師匠だから! 師弟師弟……」
「……何も言ってないよ?」
「舞、突っ込まないの。ウチはもう慣れた」
「自縄誤爆だな!」
「自縛ですね」
色々あったがその後は皆でマリオゴルフ。
一人余りにならぬよう、自分は月無先輩と一打交代。
幸せなひと時を期待したが……そこは流石の月無先輩。
一打毎に厳しいダメ出しを受けては、ゲームに関して異常にストイックなことを再認識させられるばかりだった。
隠しトラック
――鬼教官めぐるwithアホ ~部室にて
「あ、ラフ入っちゃった。すいません」
「白井君ちゃんと風向き見た? 今」
「見てなかったっす」
「ダメだよちゃんと見なきゃ」
「……すいません」
「打ち下ろしなんだから煽られること計算に入れなきゃ」
「はい。次は必ず」
「ん。よろしい」
「ハッ、ヘタクソが!」
「この煽ってくるアホはどうすれば」
「藍ちゃんのことは放っておいてあげて」
――数分後
「あ、綺麗に行った! ありがとうめぐる!」
「そう今の! いいよ~はじめちゃん上手いよ~」
「……この距離ってどれで打てばいいの?」
「8番でフルスイングかなぁ。そうそう……おっけ! 舞ちゃん上手!」
「……何か白井君の時と、はじめと舞の時とで違うな」
「大体いつも娯楽というより訓練みたいな感じですよ」
「白井君は弟子だから!」
「……らしいです」
「敷かれてるな!」
「そういうのじゃない! ……もー藍ちゃんは余計なこと言う」
――数分後
「あ~岩当たっちゃいましたわ……このコース、トリッキーすぎません?」
「トリッキーだけどさっき藍ちゃんが同じことしたの見たでしょ」
「あ、はい」
「そういうのもちゃんと見とかなきゃダメだよ」
「……すいません」
「藍ちゃんと一緒でいいの?」
「それはイヤです」
「「ブフッ」」 ←水木と小寺
「き・さ・ま・らァーーー!!!」
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