幕間 アホの極み。

『今日あたしバンド練だからそれ終わったらゲーム音楽バンドの曲考えよ!』


 そうメッセージをもらった昼下がり。

 部室で待っていようと部室棟の階段を上り、自販機のある踊り場に着くと……。


「……どうしたんですか」

「あぁ、白井君かい。奇遇だね……ハハ、見てよこのザマ」


 遠い目で自嘲する、清水寺トリオの清田先輩。

 ……そして綺麗に並べられた無数の缶とボトル。未開封。


「まさかこんなことになるとはね……さすがに驚いたよ」


 ……いくらアホとは言え想像しうる理由が非現実的すぎてツッコみたくない。


「……なんでだろうね。私がおかしいのかな」


 いやあなたはおかしいですよ、色々と。満場一致で。

 まぁ清田先輩は……人を巻き込むタイプのサイ○パスだ、放っておこう。


「じゃ、俺部室行くんで……」

「ハァ~~~~」


 クッソ……マジで言いたくないが言うしかないのか。


「どうしてかな? ……どこから……すれ違ってたのかな」

「何があったんです?」


 敗北感ハンパない。


「聞いてくれるかい?」

「そのキャラいつまで続くんです?」

「こうでもしてないと悲しすぎて辛かった」

「ヒビキさんレベルのクドさですよもう」


 そして至って普通に、割と聞きたくもない顛末を話し始めた。

 事の始まりは曲決めが終わってバンド練習でやることがなくなり、休憩がてら小寺先輩と飲み物を買いにきたところからだという。


 


 ――数分前


「舞は何飲む~?」

「……お茶買っといて。手洗ってくる」

「御意。……あ、小銭ないや。いけ~英世~。舞はお茶~っと。ポチッ」


 一本目。


「……え、まだいてる……え、当たり!? やった! 自販機初めて当たった! わ・た・し・は~……アイスココア! ポチッ」


 二本目。


「ふ~得しちゃったぜ~。……オイオイ嘘だろ、そんなことって……ポチ」


 三本目。


「……なんてこったい。入れ食いかよぉ……皆の分まで買えちゃうな!」


 四本目。


「ハハッ! 壮・観! 壮観だねもう! これがほとんどタダとか!」


 並べた。


「さ、あとは自腹でいいな! 半分は当たりとはいえ皆に飲み物を用意する私! くぅ~、きっと敬うぞ~……いちゃってるんだよなぁ~まだ。ポチー」


 五本目。


「……ハハ、この自販機、バカになってやがる。10円ガムでもここまで当たりゃしねぇぜ……。ポチッ」


 六本目。


「……いやいくら皆にアホって言われてる私でもわかりますよ? おかしいって。……おかしいって。そうだったんだね……ポチ……」


 七本目。


「……お前も引くに引けないんだな……私も同じさ。ポチッ……」


 八本目。


「……藍、何してるの?」

「あ、おかえり舞……」

「うん。で、これは?」

「ハハッ……予想外すぎてさ」

「……意味わからないよ」


 伝わらない。


「もうあれ、コペルニクス的旋回」

「……転回しよ?」

「お釣りレバー、ガチャンってしなきゃいけないヤツだった」

「……ほんとアホだね。部室から入れるもの持ってくるね」

「うん、ありがとう。悲しすぎてここを動けそうにない」



 ――――そして現在



「……失礼ですけど、アホ過ぎません?」


 色んな意味で可哀相過ぎる事実、というか起こり得ていい事実なのか、とにかく残念極まる。


「正直お金どうこうより途中までマジで気付かなかったのが悲しい」

 

 たそがれていたのは自身のアホさ加減に打ちひしがれていたから、と。

 同情が欲しかったのかもだが、自分なら絶対誰にも言えんわ……。


「笑ってくれていいよ、もう」

「いや笑えないですよ、色々」


 社交辞令的にアホとは言ったが、馬鹿にする気も起きないくらい可哀相。

 もう半分お金出してあげたいくらいだけど、後輩にそういう類の同情をされたらもっと悲しいだろうし……。


「ま、いいか! みんな喜んでくれれば! いい土産話にもなるしな!」


 あ、いいんだ。ってかメンタル強いな。


「……清田先輩っていい性格してますよね」

「え、可愛いってこと?」

「……どこが繋がったんですかそれ」


 アホだけど、友達思いっていうのはわかる。

 やかましかったり多少迷惑でもなんか許せてしまうというか。


「得する性格的な」

「……今経済的な損失を負ったばっかだけど」

「あ、あぁそれは……」


 ……蒸し返してしまった。


「ところで白井君は何故部室に?」

「あ、めぐる先輩に呼ばれ……」


 ……しまった。

 切り替えが早すぎて迂闊にも名前を出してしまった。

 どうというわけでもないけど、清田先輩が他人の恋愛事情に首を突っ込みたがる要注意人物だということを気にする間もなかった。


「へー、やっぱり仲良しだな!」


 え、それだけ?

 助かったんだけど拍子ぬけというか。


「いいなー白井君、羨ましい」

「……? 意味が」

「意味がって、だってめぐるちゃんだよ? あんな子と師弟関係なんてさ!」


 あ、そう解釈してくれてるのか。よかった。

 しかし清田先輩の口ぶりを見る限り……


「めぐる先輩って、なんというか……そんなに上に見られてるんです?」

「そりゃそうだよ~。スーちゃんもね。同学年でも憧れちゃうな!」


 ふむ……あまり直接的な意見を聞いたことはなかったけど、そうなのか。

 同学年なら実力差を素直に受け入れづらそうなものだけど……その次元でもないってことか。

 

「一番可愛い二人が一番上手いってすごいよねー。何かズルいな!」

「はは、確かに。三年生の方もですけど、何故か見事に実力と容姿が比例しちゃってますよね」

「しかもちゃんと真面目だからなー。正直尊敬しちゃうよ」

「……真面目ですよね、月無先輩。何事にも全力ですし」


 少なくとも、実力主義の軽音楽部では完璧すぎるほどの振舞い。

 ゲームしてても結局一番練習してるし、誰から見てもそうなんだろう。

 羨望を得るようなその姿が、ある種の近寄りがたさに繋がっていたり、高嶺の花のように見える要因にもなっているのか。

 初めて演奏を見た時の第一印象は確かにそんな人だったけど、その後の出会いが出会いだっただけに、そういう考えはあまりしてこなかった。


「白井君もついてってるじゃん、ちゃんと」

「へ?」


 少し考え事をしていたせいか、間抜けな返事を返してしまった。


「ちゃんとついてってるじゃん、めぐるちゃんに」


 そして言い直された。

 言葉の意味はわかったけど、どうにも実感はわかない。

 色んな人が認めてくれてるのはわかっているが、月無先輩を近くで見ているとその努力量には全然及ばないと度々思ったりもする。


「ついていけてる……んですかね?」

「は~?」

「え?」

 

 何故か訝るような目線を浴びせられた。


「めぐるちゃんが気に入ってるってだけでそうに決まってるじゃん!」


 怒気はないけど、驚くばかりで思考がまとまらなかった。

 そしてすぐに、清田先輩はいつもの調子に戻って続けた。


「今までからしたらあり得ないからな~。めぐるちゃんが代表バンド以外の、特に男子と仲良くしてるの」


 この前土橋先輩から同じようなことを聞いたが……。


「そんなにだったんですか?」

「そうだな~。特に飛井とぶいフってからはそうだな!」

「あぁ……そうらしいですね。練習しろって言ったとか」

「うん、マジむごいよね。めぐるちゃんらしいけど」


 もう普通に言っちゃってるあたり有名な事件なのか。

 全然話したことないけど、飛井先輩マジ残念だな。


「それでも皆に嫌われないのがめぐるちゃんのすごいところだけどな!」

「まぁあれだけ実力ある人に言われちゃったらですよね。納得するしかないというか。その上性格も本当に良い人ですし」


 真面目さと普段の子供っぽさはギャップあり過ぎな気もするけど、実際良すぎるくらいに良い人だ。

 嫌いたくても嫌えるような人じゃない。


「な! ……ほんとに良い子だもんなー」


 思い耽るかのように、清田先輩はそう言った。

 元から仲良さそうだけど、こうして清田先輩が心から月無先輩を好きでいるのが知れて何だか安心した。


「話戻すと、めぐるちゃんに気に入られてるってだけで、頑張ってる何よりの証拠ってことだな!」

「はぁ、なるほど……」


 清田先輩は放っておいてもどんどん喋るから思考が中々追いつかないけど、ついていけてるということが周りから見た事実だということはわかった。

 ……ちょっと自信ついた気がする。


 話の区切りでふと気付く。

 スタジオ時間割はまだ清田先輩達の使用時間。

 やること自体は終わってるらしいから、いなくても問題はないんだろうけど……


「……小寺先輩戻ってこなくないですか?」


 丁寧に並べられた悲しみの象徴八本。

 それを入れるものを部室に取りに行ったきり、戻ってこない。


「発動したなこれは」

「……何がですか?」

「舞ペース」

「あぁ……小寺先輩もマイペースですよね」

「うぅん違う違う、舞ペース。舞だけに」


 ……ツッコまねぇからなもう。


「もうそろそろ来るから」

「はぁ……」


 そして廊下から聞こえるドアの開閉の音。

 人気ひとけのない建物内に静かに響き渡った。


「な?」

「ほんとだ、スゲェ。なんでわかるんです?」

「清水寺は以心伝心!」


 これたびたび言ってるけどマジ意味わかんねぇんだよな。


 急ぐようなこともなく、足音はてくてくと近付いてきた。


「……あ、白井君だ。お疲れ」

「お疲れ様です。何かたまたま居合わせて」

「……アホの極みでしょ」

「ゲスきわかし!」

「アホきわっすね」

「き・さ・ま・らぁー!!! ……あ、袋ありがとー」

 

 激昂したり感謝したり忙しいなこの人は。

 まぁ袋も入手し一件落着、と。


「じゃ、またね! 白井君」


 飲み物達をそれに詰め、二人は部室棟を後にした。

 

「ほんと嵐みたいな人っていうかなんていうか……」


 独り言をつぶやきながら部室に入ると、すぐ違和感に気付いた。

 違和感というか、ゲーム機の配置が変わっているだけなのだが、夏休みに入ってからは自分と月無先輩くらいしか来ないので、小寺先輩が動かしたものと思われる。

 人を待たせてゲームに興じるとは……舞ペース恐るべし。

 清水寺トリオってまともなの水木先輩だけなんじゃないか。

 

 §


「そろそろ来るかな」


 バンド練習も入れ替えの時間を過ぎたし、バンド飯はないと言っていたので月無先輩はすぐに来るだろう。

 清田先輩のインパクトのせいで買い忘れていた飲み物を買いに踊り場へ行くと、タイミングよく人の声がした。


 しかし一人でなく、何人か。

 というかこの煩さは間違いなく……。


「あ! 白井君! 戻ってきたぞ! さー部室部室!」


 清田先輩アホ再来、それだけでなく清水寺トリオそろい踏み。

 少し驚いたけど、清田先輩と小寺先輩はこちらの反応は全く気にせず部室に向かっていった。


「フフッ、なんか皆で遊ぼうって。また今度だね」

「はは、わかりました。止むをえない感じ超伝わります」


 とはいえ月無先輩は明るい表情。

 ゲーム音楽バンドの曲決めの機会は失われたが、同学年の友達と久々に気兼ねなく遊べるのが嬉しいようだ。


「ごめんね白井。めぐるも。邪魔しちゃったよね」


 水木先輩が気を遣うようにそう言ってくれた。

 まぁ後輩の身だ、元から気にしてないし、月無先輩がいいと言うならいい。


「フフッ、大丈夫だよ。あたしらどうせいつも学校いるし」

「俺も……気遣われる方がなんか申し訳ないくらいです」


 どうせ毎日会う、だから問題ない。

 ……捉え方によってはアレだが事実。


「へー、いいなぁそういうの」


 水木先輩がそう呟いた。

 うむ……秒読みとされる氷上先輩ともっと一緒にいたいということなんだろうけど、関係性の違いがあるからなんとも言えない。


「フフッ! いいでしょ!」


 月無先輩は笑顔でそう返した。

 でも、気にしないのか、気付いてないのかはわからないけど……結構ギリギリなラインじゃねこれ。


「……めぐる、変わったね」

「ん……そう?」


 変わったと言う水木先輩と、自覚なしの月無先輩。

 自分にはわからない、というか知らない部分があるのだろう。


 今のやりとりを見たからか、ここ数日の他の人の話を聞いたから、ふと湧いた疑問があった。

 距離が近くて見えなかったり、気にしてなかったこともある。

 今更かもしれないけど、無視はできる気さえしなかった。


 ――自分は月無先輩のことをどれだけ知っているのか。


 皆で部室に向かう中、そんなことばかり考えてしまっていた。





 隠しトラック

 ――トリオで一番ヤバい奴 ~部室にて~


「どのゲームがいいかなぁ~。めぐるちゃんオススメある?」

「う~ん、マリオ系?」

「いいな! あ、ゴルフやってみたい!」

「……パーティ」

「マリオテニスもいいな! どれがいいかなぁ」

「……パーティ」

「メイドインワリオもある! これ面白い?」

「うん、でも舞ちゃんもうマリオパーティ点けてるよ」

「こ、このぉー!! ……ま、いっか。レッツパーリィ!」


「……水木先輩、これいつものことなんです?」

「うん、舞は藍の言うこと基本無視」

「はぁ、なるほど……」

「舞がもっと相手してくれればなぁ……ウチももっと楽なのに」

「はは、苦労しますね。水木先輩がまともだから成り立ってるのか……」

「「「え?」」」


「あ、いやすいません! 冗談です。失礼でした」

「いや、そうじゃなくて」

「……白井君、はじめのことわかってない」

「ちょっと、余計なこと言わなくていい」

「……めぐる先輩、どういうことです?」

「あ、あはは~。あたしの口からは」

「ちょっとめぐるも! そういう言い方するから余計に!」

「白井君、これだけは言わせてもらうぜ、清水寺トリオとして」

「藍、怒るよほんとに」

「うわなにするー口ふさぐなー。ムググ……舞! 言ってやムグー」


「……一番ヤバいのは、はじめ」

「もー。……ヤバくないから」

「……ヤバいんですか?」

「ヤバくないから」

「なんと藍はなー」

「本当に怒るよ」

「あ、マジだ。ごめんごめん」


「めっちゃ気になる……」

「……白井君、これ以上は氷上さん呼ばれる」

「あ、もうしません。二度と。金輪際。召喚はマジで勘弁してください」

「あんたら氷上さん何だと思ってるのよ……」

「ブフッ……召喚士はじめちゃん」

「氷上さんもう必殺技だな!」

「めぐると藍には効かなそうなのが残念だわ……」

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