忘れられようか ――『ゲーム音楽十選その②』 

 八月上旬 大学構内 部室


 八代先輩のための『めぐる・ゲーム音楽十選』が完成したとのことで、部室に呼び出された。

 ゲーム音楽関連の用事は基本的に強制参加だそうだが、こうして呼んでもらえるのは結構うれしかったりする。


 先輩達はすでにいるらしく、合流が遅れてしまったのはバイトのせい。

 パリピ度高めの他大学に通うクソ野郎、ウェイさん(通称)が朝番に穴をあけやがったからだ。

 美人の先輩二人とゲーム音楽鑑賞する至福の時を、あんなのに一分でも削られるとは全く以て腹立たしい。


 ……いかんいかん。

 脳内とはいえ黒い自分が出ていた。黒井が。


「お疲れ様です~」

「あ! 遅いよ! 白井君!」

「アハハ、のろまめー」


 部室に入るなり糾弾。

 すでに楽しく過ごしていたのだろう、ゆるゆるな空気。

 リクライニングチェアにあぐらをかいて座る八代先輩、そして月無先輩はその上に身を預けてゆるゆりな空気……ふぅ、眼福。


「もう全部聴いちゃったよ! ね~」

「ねー。私結構気に入っちゃったよ、ゲーム音楽」

「ぐぬぬ……」

 

 くっそぅ一緒に聴きたかった。

 でも八代先輩が気に入ってくれたようで本当によかった。

 いい反応だったことは二人の様子を見ればよくわかる。


「はは、暴走しませんでした? 聴いてる時」

「大丈夫! ギリ耐えた!」

「アハハ、普通に解説してくれたよ」


 そして「これだよ!」と元気よく曲目の書いた紙を渡してきた。

 そこには『めぐる・ゲーム音楽十選 ヤッシー先輩ver.』と手書きで……頑張って可能な限りオシャレに書かれていた。


 『戦闘! フロンティアブレーン』―ポケットモンスター HGSS

 『汽車フィールド』―ゼルダの伝説 大地の汽笛

 『Verethraghna』―マナケミア2

 『キャッスルロロロ』―星のカービィ

 『嵐の前の静けさ』―Final FantasyⅩ 

 『アシュリーのテーマ』―スマブラfor(原曲:さわるメイドインワリオ)

 『迷宮Ⅴ 白亜ノ森』―世界樹の迷宮Ⅲ

 『Mining Melancholy』―ドンキーコング2

 『我こそはバラン・ドバン』―第三次スーパーロボット大戦α

 『Last Battle-T260G-』―サガフロンティア

 

「おぉ、全然聞いたこともないのある。ゲーム音楽でしか聴けない曲でしたっけ」

「うん! ゲーム音楽にしかないなって思えるような曲! ちょっと脱線したのもあるけど!」


 有名タイトルのも多く、思い返せば確かにと思う。

 

「あたしあんましゲームやらないけどさ、なるほど~ってなったよ、なんか。音色がゲームっぽいとかはわかるけど、それだけじゃないんだね。アレンジ版とかも聴かせてもらったらなんか納得しちゃった」


 ゲーム音楽特有の情緒感や表現、それを汲み取ってもらえたのが嬉しいのか、月無先輩は満足そうな笑顔を浮かべてもう一回聴こうと曲を流し始めた。


「お、ハートゴールド版。俺これ聴けたことないんですよね。ボスまで辿りつけない……。しかしDSらしい音色もいいですねやっぱ」

「白井君わかってる! DS版ポケモンの音色ってすごくよくて! 携帯ゲーム機でも低音をキッチリ聴かせるためにベースの音をスラップにしてたり、リメイクだからこそ曲もガッツリ楽しませるっていう意気込みが伝わってくるっていうね!」


 テンション高いなぁ……。


「なるほどそんな工夫が」

「原曲も最高だけどプラチナで大胆アレンジされてハートゴールドソウルシルバーでブラッシュアップ! そんでもってオメガルビー版はまた原曲の構成を大事に正当進化ってのがたまらないのよ!」


 お、おやぁ?

 もう暴走しかかっているじゃないか。


「……セーフ?」

「ギリセーフです」


 おぉ、踏みとどまれたようだ。


「……めぐる、白井来た途端いきなりだね」

「むぅ……耐えます」


 まぁ既に八代先輩とは一周聴いてるわけだし仕方ないか。

 曲も次に行ってるし、そっちに集中だ。


「大地の汽笛ってやったことないですけど、これ超いいですね」

「最高だよこれ~。リコーダーがメインで壮大なバックトラックがそれを最高に引き立てるっていうのもゲーム音楽らしい贅沢な編成だよ~」


 納得せざるを得ない。アトリエシリーズ然り、リコーダーの音色の良さってのはゲーム音楽で思い知った。

 素朴な音を可能な限り引き立てて生まれる哀愁と爽やかさは筆舌に尽くしがたい。


「いいよね~これ。栗コーダーとかも好きだけどそれとはまた違ってさ」


 八代先輩が言ったそれ、聞いたことある気もする名だけど……ピンと来ないので聞き返した。


「あれ白井知らない? ピタゴラスイッチとかの」

「あぁあれ! 確かに似て非なる感じかもですね」

「あれはアンサンブルって感じだけど、こっちはリコーダーのソロ曲だから馴染みある音なのに意外でさ。違った聴きごたえあっていいね、ほんと」

 

 通ずるところもあれど、やはりゲーム音楽特有の楽器編成やらは八代先輩にとって新鮮なもので、聴いたことのない類の曲に興味津々のご様子。

 弾む話がゲーム音楽発信で進んでいくのも何だか嬉しい。


「ちなみにこれスマブラでも流れるよ。丁度終わったし流そう」


 すると次はアレンジ版。

 

「……確かに流れてたっすわ。こんなよかったのか」

「尋常じゃないよねこれ。しかもアレンジはなるけみちこ様」

「ワイルドアームズの?」

「ワイルドアームズの」


 最高の曲を一流の作曲家がアレンジしたそれはまた最高のもの。

 完璧と言える正当進化を辿ったアレンジには聴こえ以上の技術がある。


「こっちもちょうだい。本当にいいねこれ」

「もちろんです!」


 そんなやりとりをしながら穏やかに目を閉じて聴き入る二人。

 聴こえてくる曲も視界も満足度最高潮でございます。


 次はこれ、とまた一風変わった曲が流れる。


「お、バトルっぽい。……マナケミア? 知らんゲーム」

「一応アトリエシリーズだよ!」

「はぇ~知らなかった。しかしカッコイイですねイントロ」

「他とは結構毛色が違うんだけど、こういうフレージングと音色の使い方はガストっぽくて最高だよね! 前打音の使い方がほんとシビれるんだ~」


 はは、聴き入ったりテンション上がったり忙しいな。マジ可愛い。


「アトリエなら他のも是非八代先輩に聴いてもらいたいですよね」

「うん!」

「へ~、他のもそんなにいいんだ?」

「ゲーム音楽特有ってのも多いですし、単純にいいの多いですよ。俺は全部はやってないですけど」

「じゃぁめぐる、今度それも貸してね」

「もっちろんです!」


 ……このまま行くと八代先輩に何十枚も貸すことになりそうだ。

 ゲームをやらない人でここまで聴いてくれる人も珍しい気がするけど、いい音楽はいい音楽と単純に認めてくれている証拠だろう。



「お、カービィ。何なんでしょうね、この……カービィ感」

「ね。世界観表現上手すぎでしょっていう。しかも音色制限ある時代なのに」

「カービィは一応知ってるけど、ほとんどやったことないのにカービィっぽいっての何故か私も思った。不思議だよね」


 言葉以上の説得力というのもやはり醍醐味。

 カービィの曲から伝わるカービィ感は一体何なのだろうか……ある意味一番ゲーム音楽っぽいかもしれない。

 この曲なら『ミステリアスな城の曲』、というだけではなく『カービィの世界の』がその前に付くということだ。


 そして次の曲……


「はい来ましたFF。神曲以外のなにものでもない」

「もう唯一神だよね植松様」

「サビっぽいとこの植松節炸裂してる感じたまんねぇッス」

「白井君流石わかってるぅ」


 八代先輩が面喰らっているがFFは仕方ない。

 だって神なんだもん。

 

「この類の曲大抵毎回ありますよね。なんというか……曲から伝わってくるこの神秘性は他の人には真似できないですよね」


 様付けないと怒られるから迂闊に植松さんとか言えないけど、植松さんにしかできない表現はゲーム音楽の頂点にさえ思えてしまう。


「語れるねぇ君。特にⅣ以降の完成度は異次元だわ。ⅣとⅤの『ダンジョン』然りⅥの『迷いの森』然りⅦの『黒マントの男を追え』然りⅧの『Find Your Way』然りⅨの『記憶の場所』然り……不安や戸惑いといった感情表現とは違うアプローチ……」


 さすが月無先輩……つまりはこういうこと。


「場所そのものの神秘性……環境と構造物を表現するという高次元の曲構造」

「その通り!!」


 ……大分毒されてきているが、FF大好きだからすっごいよくわかってしまう。

 八代先輩が何言ってんだコイツら的な視線で見てくるが仕方ない。


「Ⅶの『古代種の神殿』も外せないですね」

「……ふっ、今わざとそれを外したのだよ。ねむねむ」

「やはり……。ねむねむ」

「そろそろやめてそれ、怖い」

「「あ、はい」」


 うむ、こちらもテンションが上がって恥ずかしいところを見せてしまった。

 というか冷静になると相当ヤバいやりとりだったな。

 

「じゃぁヤッシー先輩には今度『FFの神秘的な曲』コンピレーションを……」

「それはいいかな。なんか戻ってこれなくなりそう。今の見てたら」

「む、むぅ」


 やっちまった気もするが仕方ない。だって神なんだもん。


 名残惜しいが次の曲。

 まぁFFは今度存分に語り合おう。


「これビックリした。ボーカル曲もあるって全然知らなかったし」


 八代先輩が驚いたというその曲、月無先輩はもうすでにノリノリで……


「ア・シュ・リー!」


 テンション高いな。

 

「このアレンジ版可愛いですよね。曲とアンバランスな感じが」

「アシュリーだもん!」


 くっそ……うるさ可愛い。


「ね、それでも全然違和感ないし。ソロとかまでガッツリあるから驚いちゃったよ。これ覚えるまで聴いちゃいそう」

「覚えましょう! 一緒に歌いましょう!」

「アハハ、私こんな可愛い声出ないよ」


 テンションダダ上がりの月無先輩の頭を、落ち着かせるように撫でながら、八代先輩は楽しそうに笑った。

 

「次は……お、世界樹」

「……これは絶対だなって思ったんだ~」


 名曲揃いの世界樹の迷宮、その中でも屈指の名曲、Ⅲの『白亜ノ森』。

 綺麗で儚い曲調でありながら曲形態はバンドサウンド、クラシック音楽をロックに落とし込んだかのような、ゲーム音楽らしい曲。


「これ、楽器屋行った時に弾いてくれましたよね」

「うん。……あれがなかったらFM音源のシンセ買わなかったかも」


 なんかしみじみしてる。

 どうせ買うつもりだったんじゃないのかとも思うが、確かにきっかけか。


「それで結局グラフェスでも使うことになって~。最高のライブになって~。この曲がきっかけの一つだって、なんか思い出深くてさ~」


 ……なんかこっ恥ずかしいな。目閉じて聴き入っちゃってるし。

 ……八代先輩ニヤニヤしてるし。


「だからかなぁ。アレンジ版のストリングスの響きも神なんだけど、あたし原曲の方が好きなんだ~」


 この人ゲーム音楽聴いてる時やっぱり周り見えなくなるな。

 八代先輩の手前、何も言えずにとりあえず曲に聴き入ったフリをして無言でいると……。


「ハッ! ……ちょっとトイレ」


 突然目を見開きスタスタと退出。……これ恥ずかしくなったな、八代先輩がいるの忘れてて。

 無意識に安堵とも言えないため息が出てしまうと、八代先輩が待っていたかのようにからかってきた。


「これ、二人の思い出の曲なの?」


 うむぅ……そこまで大袈裟ではない、ただ弾いてくれただけという曲だけど……そうでないというわけでもない。

 月無先輩が弾いてくれたものは全部鮮明に残っている。

 日常の一幕であれ、そのどれもが忘れられるハズもない大切な思い出だ。


「……そんな劇的なアレってわけじゃないですけど、楽器選ぶ時に弾いてくれたんですよね。元から好きな曲で」

「へぇ~。いいもの聴いちゃった」


 まぁ八代先輩相手だしいいかとは思うが……。


「白井ってさ、本当にゲーム音楽好きなんだね」

「へ?」


 月無先輩に言われたことはあったが、第三者の目線で初めて言われて、自覚よりもまず面を食らった。


「ま、まぁ確かにそうですね。わかる曲一番多いですしゲーム好きですし」


 初めて月無先輩と話した部室にいるからか、その時を思い出す。

 その時から好きだったけど、その時よりももちろん好きだ。


「なんかよかった」


 八代先輩は安心したかのようにそう言った。

 ちょっとだけ言いづらいことを言うように、頭を少しかいて、続けた。


「正直さ、付き合わされてるところもあるのかなって思ってたからさ。めぐるは嬉しすぎて見えなくなってるところあるし、あんた自己主張とかしなそうだし」


 言われてみればそういうところもなかったわけではないが……。


「そんなことはないですよ」


 そうはっきり言える。

 それくらいに好きだし、不満もないし、何より自ら望んでる。


「そっか。よかった。言葉で聞けて」

「は、はぁ……」


 すっきりした、そういう含みがあった。

 変な心配をかけていたのだろうかとも思うが、後輩一人一人を気にかけてくれる八代先輩ならそれも仕方ないか。

 一番大事にしてる後輩、月無先輩の幸せを願うのであればなおさらだろう。


「しかし……なんですけど」

「うん、色々ブチ壊しだよね」


 月無先輩のことで割とシリアスに話をしていたのに、流しっぱなしになっていた再生端末から聞こえてくる曲。


「この曲だけは笑っちゃうわ」

「俺もっす」

「……バラン・ドバン♪」

「もう覚えてるし」

 

 そして結局堪えられなくなって二人とも声をあげて笑ってしまう。


「アハハ、名前、語呂良すぎ。それだけで笑っちゃう」

「完全に出オチですよね。忘れようがないっていう」


 笑い声に誘われたか、月無先輩も部室に戻ってきた。

 

「何か楽しそう!」

「おかえりめぐる~。あ~面白~。涙出るくらい笑っちゃったよ~」

「今バラン・ドバン聴いて笑ってました」


 月無先輩も帰還し、『我こそはバラン・ドバン』のお陰でニュートラルになって、三人楽しくゲーム音楽鑑賞を再開した。 

 十選を一通り聴いたら次はアレンジ版だったり、惜しくも選外の曲を聴いたり、今まで月無先輩と二人だけだったその輪も広がり、いつになく満足げ。

 

 たまには八代先輩もゲームをしようとマリオカートもやってみたり、時間を忘れて三人で楽しんだ。

 ちなみに八代先輩は車の運転が好きらしく、異様な速度でマリオカートに慣れ、自分はすぐに実力で追いつかれた。スペックが憎い。

 

 数奇なようでも、ゲーム音楽で仲が深まるような感覚は素晴らしいもので、この場にいる全員がそれを共有したに違いない、そう思えた。





 隠しトラック

 ――八代、新たなる楽しみ  ~部室にて~


「くっそバナナ!」

「あ、それ置いたのあたし」

「アハハ、白井よくめぐるのバナナ踏むね~」

「このパターンめっちゃ多い……」

「白井君のコース取りはもう把握したのだ!」

「……めぐるは白井のことよく見てるね~」

「む……し、白井君はわかりやすいから!」

「そ、そうそう。俺安易なとこ走っちゃいますし」

「アハハ!」

「「……」」

「……いや無言にならないでよ」


 数分後


「あと一周……このまま行けば……ッ!!」

「はいはい甘い甘い~。あたしの前は走らせないよ~」

「アハハ、また甲羅ぶつけられてるよ」

「何で緑甲羅を直撃させられるんだ毎回毎回!」

「ふっふー。追尾機能なんてなくてもロックオンだもんねー」

「一筋なんだね~」

「む……ま、まがってもちゃんと見てあげればいいんです!」

「そ、そう、技術ですよ! ちゃんと見てくれてるっていう……」

「……へ~」

「「……」」

「……自爆してるじゃない」


 数分後


「いいアイテムさえ引ければいける距離なのに」

「ふふー、このまま逃げ切らせてもらうよ~」

「あ、ウニ引いた。えい、食らえめぐる」

「ナイス八代せんぱ……ちょ、ウニ投げられると巻き込みに来るのやめて!」

「……あたしだけ食らうわけにはね、道連れにさせてもらうよ……ど~ん」

「やったー一位~。あんたら爆発する時も一緒だね~」

「ビ、ビリを避けるためですし!」

「そうそう、めぐる先輩だけ食らうと俺先にゴールしちゃいますし!」

「一緒にゴールしたかったか~」

「あ、あたし二位ですし!」

「俺三位ですし!」

「……ブフッ。アハハ! ほんと楽し~」


 トゲゾーはウニ。

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