幕間 周りから見て


 巴バンドの練習が終わり、解散となった運び。

 自分は今、駅前のマックに向かっている。

 しかしながら異色、いやむしろ異質と言っていい。


 ほとんどの人はそのまま帰った。

 時間も夕方前でバンド飯のタイミングでもないし、氷上先輩はアニメ消化、巴冬川コンビは二人で用事、秋風先輩とチビっ子コンビの三人はお買いもの、とそれぞれの時間がある。


 自分はと言えば一年男子勢恒例の集まり。

 今日は小沢がいないらしいが、夏休みだというのに暇人の集まり。

 遊ぶレパートリーは相変わらず生産性のないダベりだが、別にそれはいい。

 同輩だけの気兼ねない集まりは楽しいものだ。


 しかしながら解せない。

 何に興味を持ったのか、それともただ暇であるのか……。

 

「よく集まるのか?」

「あ、はい。結構。……マジでダベるだけですよ?」


 土橋先輩が自分の横を歩いている。

 割と話す機会も増えたが、基本的に無口なので全く考えがわからない。

 問うこともできずに異質な緊張のみが走る……もういいや思考停止しよう。


「バカとかいるんで粗相したらすいません」


 とりあえず先に謝っておこう。

 前科持ちの林田バカに万年思春期の椎名しいなは特に要注意だ。


「ハハ、別にいい。川添とはよく話すしな」


 ドラムで同パートの川添は親交があって当然か……。


 マックに着き、注文を受け取って奴らの待つ階へ。

 ちなみに土橋先輩はマジイケメンだけど……注文するだけで女性店員が女の顔になるあたり尋常じゃなかった。


「おぉ白井……土橋先輩お疲れ様です!!」

「お疲れ様です!」


 川添に続き椎名も立ち上がり挨拶、腰は90°。

 合流するなりなんだその統制は……。

 一方で林田は……


「どば、ど、どっどば……シャス!!」


 バカが。


「フッ、悪いな邪魔して」

「いえとんでもない! どうぞこちらに!」


 いやそんな貴賓でも扱うのように……。

 同パートの川添の立場からしたら直属の先輩だからわかるけども。


「あ、白井の席がな……オメェの席ねぇから!」

「……キレが微妙すぎるわ。ネタ古いし」

 

 川添のキレの悪いボケにため息をつきながら隣の卓から拝借。

 隣のオッサンはやりとりがツボったのか快く応じてくれた。


「どうしたんですかこんなところに」

「……暇だったからな」


 それ以上でも以下でもない理由。

 とはいえ同パートの川添は慣れがあるのか、普通にバンドの話題なりの会話を弾ませた。

 一年男子じゃ一番コミュ力の高い川添……意外にもできる奴だ。


「白井んとこ今日曲決め?」

「そう。結構すんなり決まったよ」


 こっちはこっち、と椎名が話かけてきた。

 椎名とバカはもう一つのバンドで一緒だし、色々と話も弾む。

 そして数分経って気付く。

 気付くというか……敢えて無視していた。


「思ったんだけど」


 会話の間を上手く探って、注目を集めた。


「今日何で集まったの?」


 そう、夏休みは始まっているし、林田と川添は電車でここに来ている。

 学期中なら放課後のそれだが、理由もなく今こうするのは不自然極まりない。

 理由ありきで一年男子が集まったとすれば……割とロクな記憶がない。


「俺は椎名に呼ばれただけだけど……」

「オレも」


 ……やっぱりな。どうせしょうもない理由があったんだな。

 小沢がいないのは急な呼び出しだったからか。


「い、いや特に理由ないぞ。暇だったから」


 ……誤魔化してやがる。

 そうせざるを得ないのは間違いなく土橋先輩が理由だが……なんかもうアレだ、半分予想ついたぞ。


「……気になるな」


 土橋先輩が興味を持ってしまわれた。 

 もう逃げられんぞ、高跳びは不可能だ。


「いや大したアレじゃないんですけど……」

「椎名、ここで誤魔化すのは背信行為だ」


 川添は土橋先輩のことすっかり神格化してるっていう。

 土橋先輩にしても気を遣うよりも面白さが先行しているようで、それに乗った感じで言葉を待つ。

 椎名の場合、全部自業自得だから誰も救いの手は差し伸べない。


「ハッ……! わかったぞ! わかったぞ! わかっ……」

「だから誰がそのネタわかんだよ。早く白状しろ」

「あ、はい」


 そして椎名は何故か目を土橋先輩に向けて言った。


「土橋さん!」

「ん? 俺か?」

「はい!」


 土橋先輩は自身がこの場においてイレギュラーであったせいか、意外そうにした。

 不意打ちなのは確かだけど、大方、今日の議題の核心に位置するのが土橋先輩であり、本人に言ってしまえばいいと居直ったんだろう。

 

 そして静かに、椎名は何かを堪えるようにして、言った。


「……何でモテるんすか」


 ――悲しい。


 あまりにも悲しいその言葉。

 椎名の口から出たのは、ある種懇願に近い、誰しもが発する前に飲むであろう残念極まる『恥』そのものだった。


 つまるところ今日の議題は「どうすりゃモテるか」とかその辺で、軽音男子唯一モテる男である土橋先輩本人に聞いてしまえと。

 今の軽音に浮いた話は少ないが、夏バンド期間は合宿もあるし男女の距離が縮まりやすいらしいのでそれに向けて、と。……悲しい。


「ブフッ……いや椎名それ聞いてもさ」

「川添ェ! ……お前に質問はしていない」


 しかもよく考えれば意味不明な問い、というか意味がない。


 顔は悪くないけど160cm半ばの椎名に対して、ハーフかつイケメンかつ180cmオーバーの土橋先輩、外見からしてモテ度に天と地ほどの開きがある。

 予測される返答にしても、どんなものであれ土橋先輩とのスペックの違いを思い知らされることは明白。

 知ったところで椎名には利益にならない、それすら考慮できない思春期の盲目が言葉以上の必死さを痛感させる。


 林田バカでさえ笑いを堪える有様。

 冗談ではなくマジという事実が演出する、最高に滑稽なのに笑えないという不思議空間。

 一笑に伏してお流れにしてほしい。


「そうだな……」


 わざとやっているのだろうか、真面目に土橋先輩が答えようとした瞬間に全員の我慢レベルが一段階上がった。


「モテるわけじゃないけどな……」

「モテるわけ……じゃない?」


 ……クッソ、椎名の野郎、腹括りやがった。

 こっちが限界迎えそうなの気付きながら、あろうことか続けやがる。


「何も意識してないぞ。普通にしているだけだ」

「普通……自然体ってことですか?」

「そうだな……多分」

「なるほど」

 

 なるほどじゃねぇ、ナチュラルボーン思春期の自然体に魅力はゼロだ。

 息をするようにモテるのは土橋先輩だけだ。


「彼女は……」


 もう死にたい。


「……彼女はどうすれば出来るんですか」

「「「ブフッ」」」


 上塗りなんかとうに超えた恥。

 厚塗り、これはもう恥の厚塗りだ。

 

「グッ……そ、そうだな」


 土橋先輩も堪えられなくなってんじゃねぇか。

 確認しうる限り軽音で唯一の彼女持ちの土橋先輩からすれば滑稽極まりないはず。


「……下心見せなければいいんじゃないか? ブフッ」


 もう切り上げたくなったなこれ。

 土橋先輩も半分呆れてるだろうし、椎名のこの手の発作は本当に困る。

 ……ヒビキ部長に『童貞会議』とか言われんの確実にコイツのせいだろ。


「……ちょっとトイレ」

「逃げんな」

「もう勘弁してくれよぉ……」


 椎名、川添の逃亡をマジトーンで阻止。もうこいつ何がしたいんだ。

 とうに限界を迎えたこの状況、どう打破したものか。


「椎名、もういいだろ……な?」


 意外にも、誰もが言うに言えなかった言葉を発したのは林田だった。


「秋風さんにも言われたじゃんか。頑張ってれば仲良くなれるって。それと同じことだぜ」

「は、林田……」


 というか林田コイツ、普通に喋れたのか。


「軽音でモテたかったら、とにかく上手くなればいい」


 そして土橋先輩が放った言葉、バンド団体である上での真理。


「ですよね……」


 そして椎名も納得。

 素に戻りつつある椎名を見て、ふと、気付いたことがあった。


「その点椎名って恵まれてないか?」

「……どゆこと?」

「なんというか、お前だけ完全上位互換がいない気が。男ボーカル、みんなタイプ違うし、巴さん次元違うけど女性だし」


 軽音楽部に男ボーカルは少なく、言葉では濁したが先輩方は正直言って上手くない。

 自分には月無先輩、川添には土橋先輩、バカには氷上先輩、小沢には部長と、それぞれ同パートの越えようのない壁がある中、椎名だけそれがない。

 男性曲でも歌いこなしてしまう巴先輩というブッチ切った存在がいるけど、本来的には性差はボーカルである上で強みになる。


「確かにそうかもしれん……俺……イケる?」

「イケるかどうかは知らんけど」


 フォローになるかわからないけど、八代先輩達との夏バンドで今日みたいなザマはもう御免だし、発破はかけておかねばならない。


「というかイケてもらわないと俺と林田はともかく、八代先輩とヒビキさんが困る」


 先輩に報いるという名目もあるわけで。


「……目醒めたわ」

「ハァ……夏バンの練習始まる前で本当によかったわ」


 まぁ発作から好転、男ボーカルとして大成という具体的な目標ができたわけだ。


「いい目標ができたな」

「はい!」


 グダりグダって一件落着、思春期も心機一転でやってくれればそれでいいか。

 椎名の思春期劇場の幕は下ろされたのであった……かに見えた。


「しかし白井は最近どうなの」


 クソがぁ……。

 不可侵っていう暗黙の了解はどこにいったコノヤロウ。


「お前さ……」

「正直俺も気になる」

「えっ?」


 固まる一年全員、そして興味あると放った土橋先輩。


「……言いづらいなら別にいいが」


 はっと我に返って言葉を探る。

 もう何も言わずに逃れることはできない空気、同輩達の殴りたくなるニヤケ面。

 

 ……なぁ何もないんだし、いいか。


「マジでそういうのではない。です」


 結局いつもと同じ返しだけど、これが事実であって……。


「いや白井それはもう無理がある気が」

「え……」


 川添が放った言葉に何も返せなかった。

 急ハンドルすぎて面を食らったのもあるけど、周りから見たらどうかという客観を思い切りぶつけられたようだった。


「あ、いやすまん。俺らが首つっ込むことじゃないし、月無さんにも迷惑だよな」


 尊重してくれてすぐに訂正してくれたけど、開き直るのも少し難しい。


「ま、まぁちょっと特殊なアレだから」


 言い訳がましくそう言った。

 周りから見た関係と、当事者からした関係が全く違うのは事実であれ、中々明確に言い表せなかった。


「ちなみになんだか……」


 土橋先輩が何かを切り出そうとした。

 

「二年の飛井とぶい、去年月無にフラれてるぞ」

「……え? マジ!? ですか?」

「マジだ。あ……言っちゃいけなかったかもしれん」

「土橋先輩たまに口滑りますよね……」

「本人には内緒な」

 

 割と衝撃の事実。

 しかしあれほど可愛いんだから仕方ないし、一回くらいは当然か。

 というか飛井先輩って……まぁいいか、今聞いてもしょうがない。


「まぁモテそうですもんね、月無さん」

「そうだな……結構注目されてたな最初」


 可愛いだけでなく実力も超一流、となれば部内カースト最上位まっしぐらなのは当たり前か。

 色んな人がそう思っているのを聞くと立場の違いを思い知らされるというか。


「秋風とか八代いるし、その一件以降は誰もそういう目で見てないけどな」

「……何かあったんです?」


 予想はつくが、多分……。


「要約するとだが……そんなことよりもっと練習しろって言われたらしい」

「「「むごい」」」


 やはり……でも当然か。

 土橋先輩もわざと口を滑らせてるようだし、それは教訓でしかない。

 

「そのせいだけどな、三年からすると白井が気になるのは」

「……どういうことです?」

「……同学年の男と喋らないからな。三年も俺とか氷上とかヒビキくらいだな」


 なるほど……月無先輩が好意的に接する男子ってだけでも珍しいってことか。

 そういえば二年男子と話しているところはほぼ全く見たことがないし、春の代表バンドの実力者だけは別、と。


 月無先輩から二年男子を話題にあげたこともないし、無視はせずとも、部の仲間としては無関心。

 清水寺トリオ然り、同性とですら多少わだかまりがあったようだし……。

 しかしそれで嫌われているような印象は全くないし、真面目すぎる態度もネガティブに捉えられようがないくらいに、本来はいい性格。

 これ、もしかしてだけど同学年の男子からしたら……


「高嶺の花みたいに思われてるんですかね? めぐる先輩って」

「まぁそうなんじゃないか。多分そういうことだ」


 なるほど、納得いった。

 改めて痛感するが、月無先輩はそれほどの人だ。

 ……ゲーマーの印象のせいで三年女子勢に一歩譲っている感はあるけど。


「白井って結構置かれた状況厳しいんじゃね」


 椎名の発言で何かが繋がった。

 振り向いてもらえない男多数の中で、明らかに仲が良い男が一人。

 下手すれば仲良いだけで煽りになるって思うと、割とヤバい構図な気がしてきた。


「でも白井はただ頑張ってるだけだからなぁ」


 川添からフォローがもらえたのはありがたいが、結構な数を無自覚に敵に回している可能性を考えると背筋が凍る。


「気にしなくていいんじゃないか? 月無と相性いいってだけで珍しい、ただそれだけだしな」

「はぁ……そうなんですかね」


 相性、その言葉が妙に引っ掛かった。

 良い悪いなんて考えたこともなかった。

 まぁゲーム音楽っていう通ずる部分が明確にあるのが理由だとしても、周りから見たらそう見えるのか。


「後はお前が実力で黙らせればいいってだけだ」


 ……これアレか?

 誰もが認める、隣に立つにふさわしい男になれ的な。

 付き合うとか以前に、仲良い以上そうしないといけないっていう。

 だとしたら鬼畜ゲーすぎる難易度だけど、言えることはただ一つ。


「……全力を尽くします」

「ハハ、期待してるぞ。白井だけじゃなくてお前らも」


 土橋先輩は爽やかなブラジリアンスマイルで、そう鼓舞してくれた。


 今後を思えば必要な話、今日の話はそういうものだった。

 戦慄するような事実もあったけど、周りからどう見られているかを知る機会ではあったし、知っておいてある意味助かった気もする。

 月無先輩と仲が良いというだけで割と大ごとってのはマジで笑えないが。


 これ以上なく恵まれている環境とはいえ……自分の場合これ以上ないハードモードな気もする。





 隠しトラック

 ――そういうとこだぞ ~マックにて~


 白井退席中


「土橋先輩、前から思ってたんですけど」

「椎名テメェ狼藉はゆるさねぇぞ」

「ハハ、いいぞ、言ってみてくれ」

「……何で軽音ってこんなに可愛い人多いんですかね」

「あ~……」

「おかしーよな実際」

「確かにな……俺も思ったことはある」

「……あるんですね」


「まぁ……チャラついてるのが少ないからじゃないか?」

「確かに……なんか硬派な印象ありますもんね軽音って」

「俺も同意見だけどお前はギリギリだからな」

「もう自重するって決めた」

「オレはセーフ?」

「バカはそういう次元にいないからセーフ」

「よっしゃ」

「ハハ。まぁ実力主義って謳ってるしな。軽い気持ちじゃ入りづらい」

「「ですよね」」


「でも妬んじゃいけないけど白井の境遇は羨ましすぎる」

「椎名てめぇ……と言いたいところだけどそれは正直同意」

「ハハ、そう言ってやるな。一番頑張ってるんじゃないか?」

「そうなんですけどね。それを差し置いても……なぁ川添」

「頭では理解できても心が……見苦しい嫉妬」

「……まぁ正直羨ましいよな」

「「ど、土橋先輩!」」

「でもたまに白井の余裕がムカつく」

「それな、そこは椎名に同意」

「……見苦しいなお前ら」


 白井帰還


「お、白井。今お前ディスってたわ」

「隠せよクソ思春期野郎」

「いや冗談。ってか俺に当たりキツいな」

「ハハ、椎名が何で軽音は可愛い子多いかだとさ」

「あ~……確かにですね。冬川先輩とか秋風先輩とか超絶美人だし巴さんもメガネ似合うし~……」

「「おい白井」」

「え?」

「「そこは月無先輩からだろ!!」」

「え!?」

「……今のはお前が悪い」

「……えぇ?」


「そーゆーとこだぞ」

「バカにまで……」

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