幕間 胸中を廻るもの

 めぐるが八代家での夕食会から帰宅し、ただいまと言うと、リビングから予想しなかった声が帰ってきた。

 

「あれ?」


 すぐさま靴を脱いで、急ぎ足で声の主のところに向かう。


「おぅ、おかえり、めぐる」

「お兄ちゃん? 何で?」


 そこにいたのはめぐるの兄だった。


「何でってお前……金曜の夜に帰るって言ったじゃんよ」

「……そうだっけ」

「結構悲しいからなそれ。いつも」


 これはいつものこと。

 めぐるの脳内に兄のスケジュールに割く容量はない。


 歳の離れた兄は既に自立していて、たまにこうして帰って来ては、めぐるからぞんざいな扱いを受ける。

 むしろ仲の良さの表れであり、めぐるのゲーム音楽狂いも兄がゲーム狂いであったことが原因の一つ。ピアノを始めたのも兄が弾いていたことがきっかけで、言葉にしないがめぐるはそれに感謝している。

 つまるところ、めぐるの現在に大きく影響した人物なのだ。


「母さん達は?」

「お父さんは飲みだって。お母さんも今日は遅くなるって」

「……なんだろう、期待してたわけじゃないけどこの感じ」


 長兄が実家に戻れど月無家は平常運転。

 めぐるが時折見せるマイペースっぷりも親譲り。


「めぐる飯食った?」

「うん、今先輩に御馳走になったの」


 可愛い妹と外食でもと思ったところで、兄、再びしょんぼり。


「冷凍パスタあるからそれ食べれば?」

「はぁ……まぁいいかそれで」


 兄が冷凍庫を開けに席を立つと、めぐるもさっさと部屋に戻ろうとした。


「じゃ、あたしやることあるから」

「ちょっとマジで酷くないすかめぐるちゃんよ。せめて食べ終わるまでは」

「うぇーめんどい」


 仲は良くとも気遣いのために割く時間はない。


「泣くぞ俺」

「むー。じゃぁ食べ終わるまでね」

「おう。大学の話聞かせてくれよ」


 悪態つきつつも、実際のところは嫌ではないしと、めぐるは楽しそうに今の軽音楽部生活のことを話し始めた。

 もっぱら部活のことで、代表バンドとしてライブに出たことや、そこでMVPを取ったこと、これからのバンドの展望など、軽音楽部らしい話を揚々と語った。


 表情豊かに話す妹の言葉を、相槌を打ちながら兄はしっかり聴いた。

 時間の経過を気にせず、食事が終わってもまだ話続ける様に、どれだけ謳歌しているかを悟った。


「本当に楽しいんだな、軽音」

「そりゃ楽しいよ! 今人生で一番楽しいね!」

「はは、多分そうだろうな。俺もそうだった」


 実は同大学で軽音楽部のOBでもある兄。

 自身の思い出と被ることも多く、大いに共感できるし、そして現役時代の自分よりも楽しんでいそうなめぐるの姿は最も嬉しく思うこと。


 そして何より、ゲーム音楽以外の話題を進んで話す姿、今までなかったその変化に家族としての心配も払拭されるようだった。


「さては何かあったな」


 兄、ここでカマをかける。

 しかしよこしまなものでなく、喜ばしい変化の理由が単純に知りたいのだ。

 

「ふっふー、あるよー」


 めぐるがふんすともったいぶると、兄は静かにそれを待った。

 

「なんと! 合宿のお楽しみでゲーム音楽バンドやるんだ~」

「おぉ」

「し・か・も! メンバーは代表バンド全員含んだオールスター!」


 それがめぐるにとってどれだけ大きな夢であったか、兄にはよくわかった。

 予想とは違う答えであったが、それも本当に大切なこと。


「おぉ~。よかったじゃん」

「反応うっす」

「そうか?」

「うん。だからいつもハゲ失敗するんだよ」

「絶対関係ねぇな」


 めぐる兄はダイジョーブ博士の改造手術に成功した試しがないらしい。


「むー……絶対もっと驚くと思ったのに」


 めぐるとしては反応が不服だったようだ。

 しかし、それが喜ばしいことであっても、兄はめぐると考えが違った。


「いや、わかる、わかるぞ。めぐるの夢が叶ったってのは」

「そうだよ、折角夢が叶ったっていうのに!」


「でもアレだ、こういうと悪い響きのようだけどさ。自分の好きな曲やれるって、ただそれだけのことだからな」


 兄の言葉に面を食らって、めぐるは黙った。


「ま、めぐるにとってそれがどれだけかってのは、多分俺が一番よくわかるけどな」


 一番よく知っているからこそ、大袈裟に反応することもなかった。

 少しの沈黙に、めぐるは思うところをまとめると、もやが晴れたような気持ちで言葉にした。


「うん、気にし過ぎだったかもしれない」


 それだけだったが、それは以前のめぐる自身からは出るハズのなかった言葉。

 高校生の時に負った傷、ゲーム音楽を貶められたことが、きっかけに常にブレーキをかけていた。

 当時のことを知る兄は、払拭したように好きなものを好きと大手を振って言える、そんな心の成長を静かに喜んだ。


「だろ?」


 ただそれだけ、高校の時に起きた一件の答えを示すようにして言った。


「むー、なんかムカつく」

「はは。あ……でもちょっと気になるんだが」


 長年の悩みを晴らしたこと以外に、気になることが一つ。

 先程は違う答えが帰って来たので、次は直接的に、と。


「それってこの前話してた奴がきっかけ?」


 マクロ視点で見れば「ゲーム音楽愛を隠さなくなった」でケリが着くが、やはり原因はあるもの。

 そして兄は白井のことは一応知っていたりする。

 ゲーム音楽好きな鍵盤の弟子だとだけ聞いているが、それだけで情報は十分。


「フフッ、そうだよ!」


 めぐるの表情と反応を見れば、それ以上は追及する必要もないかと、兄は納得したように示した。

 ……というよりもただ、下手に追及したら愛する妹に嫌がられるから、それ以上何も言えないだけだったりもする。

 悪い虫であれば潰す、ただそれだけ心にしまった。


「ってかお兄ちゃん何で帰って来たの?」

「言い方よ」


 今更ながらめぐるはそれが気になった。


「同棲始めるからその報告やらでな。遠くないうちに結婚すると思うから」

「え!? ……お兄ちゃんにそんな相手が」

「おう、今度めぐるにも紹介するよ」


 めぐるは素で驚いた。

 まさか自分と同レベルの趣味人である兄が人と共同生活をできるのか、そもそもキ○ガイ染みたゲーオタの兄にそんな人が、と。


「お兄ちゃんと付き合えるとか……聖人?」

「俺のことなんだと思ってんだよ……まぁそんくらいいい人だけど」

「廃人のお兄ちゃんが結婚……。聖人……はっ……! セイントお姉ちゃん?」

「言ってみたかっただけか」


 月無家の血筋でイケメンの部類であるが、行き過ぎた趣味人というディスアドバンテージを抱えているのは兄妹共通。

 それがわかるからこそ意外なのだ。


「え、大丈夫なの!? ゲームできてる!?」

「何の心配なんだよ……。その辺はある程度理解してもらえてるし」

「はぁ、よかった。できないと死んじゃうもんね」

「ゲームは生命維持装置じゃねぇ」


 心配するポイントも大分ズレているが、これもこの兄妹こそのポイント。


「ま~……今までみたいにはやってられないけどな」

「そっか、そうだよね」


 共同生活にあたって趣味人には色々と壁があるものなのだ。

 理解してもらえるか、塩梅が見つけられるか、最悪やめるか、色々と天秤にかけた上で成り立つもの、そんな風に兄は言葉を続けた。

 

「そうだよね~……」


 噛みしめるようにして再びそう返し、少し目を宙に逸らして考えた。

 心当たりでもあるかのようなその仕草に、兄は再びカマをかけてみる。


「いつかめぐるもその辺考えなきゃいけないのかもな。お前、俺と同じだし」


 将来の話というより、現時点の話であるという含みを込めてそう言った。

 すると、一瞬眼を見開いて、めぐるは答えた。


「あはは、それはないない」

「え、ないの?」


 確信したカマかけが外れたことに、兄は驚いた。

 めぐるは嘘を言わないし、何より嘘じゃないとわかる言い方だった。


「うん、ないよ」


 そして静かにそうとだけ、しかし何故か穏やかに、何かを秘めるようにしてめぐるは言った。


 めぐるの胸中はめぐるのみぞ知ること、繋がりを持たない二つの反応、その答えを兄は追及することはしなかった。

 現在に至るまで、めぐるがについてまるで考えたことがないのも知っている兄は、少しだけ大人になったことに満足して切り替えた。


「……ま、俺らでこういう話は不毛感あんな。ゲーオタがする話じゃねぇわ」

「いやホントだよ。急にわかったようなこと言っちゃって」

「スマン。おれは正気に戻った」

「彼女できた途端真人間ぶらないでよ」

「なんでめぐるはそんなに兄にキツいん?」


 正気に戻ったところで、めぐるは兄に切り出した。


「あ! そうだ! 今から先輩に作るの! めぐる・ゲーム音楽十選!」

「おぉ何だそれ、楽しそうだな」

「うん! 折角だからお兄ちゃんも考えようぜ~」


 結局のところ仲良し兄妹、仲睦まじく……


「じゃぁめぐるの部屋で」

「イヤだよ。パソコン持ってくるから下にいて」

「はい」


 ……仲睦まじくゲーム音楽を話題に語らうのであった。




 隠しトラック

 ――似たもの兄妹 ~月無家にて~


「結構色々案出たな」

「うん、ゲーム音楽特有って考えたらちょっと狭まるかと思ったけど」

「これとかまさにだな。絶対外せない」

「ね。ZX知名度ないけど曲最高だもんね」

「パンドラ可愛いしな。……あ、でもあれだな」

「ん?」

「Gmキー多くね」

「そう? ……あ、ほんとだ」

「しかも♭5系のテンション多いし、聴き味被るだろ。特にこれとこれ」

「確かに……。どっちかにしよう」


「しかしこの曲とか神だよな。こんな進行考えつかんわ」

「ね。最近じゃ当たり前になったけどモーダルインターチェンジからさらにもう一回、ドン! そしてdimに着地! っておかしいよね」

「それでこその疾走感だよなぁこれ。流石植松神」

「この時代の発想じゃないよね。ほんと神様植松様」

「一発目のボスがミストドラゴンってのもいいんだよ、これ」

「そう! このメジャーに展開したとこが霧を晴らすようで!」

「ビートはそのままに進行の明暗で緩急つけるとかどんな発想だよっていう」

「ね……スーファミ時代にしてゲーム音楽の完成形だよね」

「「はぁ……神曲」」


「ってかお兄ちゃんやっぱヤバいね」

「いきなり兄をディスるな」

「いやあたしも大概だけど……全部わかるし」

「……俺にさんざん弾いてくれってせがんだの忘れてね?」

「……確かにピアノ始める前そうだった」

「始めたら始めたで兄は用済みと言わんばかりにメキメキ上達するし」

「だって自分で弾く方が楽しいじゃん」

「割と淋しかったりもした」


「あはは、ま、まぁいいじゃん。……あ、そうだ!」

「なんだ?」

「結婚式やる時ピアノとか弾くの?」

「あ~、オシャレだなそれ。じゃぁめぐる弾いてよ」

「いいの? じゃぁ任された!」

「なんか感慨深いな。弾いてあげてた妹に弾いてもらうってのも」

「フフッ、すっごい練習しとくね! 『片翼の天使』!」

「おいやめろ」

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