客観の導入
八代先輩手ずからの絶品料理に舌鼓を打った後、ゲーム音楽バンドの話題に。
今日のそもそもの目的は、月無先輩と自分のような元からゲーム音楽好きの人以外の意見を聞くことだった。
要は客観を手に入れたいということで、八代先輩に連絡したのも、一番幅広く音楽を知っている無類の音楽好きだからという理由からだ。
「ポケモンプログレメドレーだっけ? 聴いた感じすごいいいし、私は気に入ったけど~……。人選ぶ系だし、もっとわかりやすい曲がいいんじゃないかな?」
「むー。やっぱそうかー。そうですよねー」
ダメ出しを受けたわけではないが、八代先輩の意見は懸念を見事言い当てるようなもので、納得と再認識を得た月無先輩がむーと唸った。
ゲーム音楽にどっぷりの人が演奏したい曲と、それを知らない聴き手が気に入る曲は必ずしもイコール関係にはならない。
確かに氷上先輩にフュージョンについて訊いた時も、「最初はこれから」と言ってT-SQUAREとカシオペアを勧めてくれた。
考え過ぎてもどつぼにハマるけど、好みの押しつけにならない程度には考えなければならない。
「特に二年とかは音楽自体詳しいのも少ないから余計にね~」
「むー……そうですよね」
常々語られる、二年生の問題。
一年にしても同じで、自分含めまだまだジャンルの知識は浅い。
部内のライブである限り、より明快さが求められるというわけだ。
「あとこの曲って有名な曲なの? ポケモンやったことないからさ」
「んー……有名……じゃないかもです」
「俺も原曲はあんまし覚えてないですね。スマブラ版もスマブラやる人なら聴いたことあるかもってくらいな気が」
ゲームタイトルと曲の知名度は必ずしも比例はしない。
どんなにいい曲でも場面によっては印象に残らないこともあるし、テーマ曲やOP・ED曲みたいなものでない限り、そこはBGMの宿命だ。
月無先輩は全部が全部知ってる曲だから、そういう観点が欠けている可能性もあるし、「なんでこんないい曲聴き逃すかな!」とか言いそうだ。
ライブを何度か経験した限り、「演奏されている曲を知っている」というのはこれ以上ないわかりやすさであって、聴き手としてはそれだけで嬉しいもの。
ここまでの選曲はそういったことよりも曲自体の良さに拘っていた感もある。
「有名な曲かー……」
それでも多分、月無先輩は有名というだけでは選びたくないんだろう。
軽音学部のバンドでも、誰もがやる曲はやらないという風潮があるからそれを引きずってそうだし、ここまでの選曲も有名なのを敢えて外していた感がある。
選曲にあたって必要な客観が抜け落ちていたことを思い知るようで、少しばかりの静寂が訪れた。
「ならさ、この際知名度は無視して、わかりやすく万人受けしそうな曲がいいんじゃないかな」
「なるほど、万人受け」
沈黙を破った八代先輩の言葉は、わかりやすい妙案に思えた。
ぼんやりしていた悩みの種にハッキリと名前がついたような感覚だ。
万人受けするゲーム音楽、それを探るという指標。
そして実際に具体例を探ろうとなった。
頭で悩むことより音楽を聴きながらの方がわかりやすいということもある。
「めぐるが前にくれたさ、あれ。何だっけクイズの」
「あ、マジアカですか? 多分これです!」
そうして曲を流す。
クイズマジックアカデミー8のビーチの曲『予選後半戦2』。
「これとか正にわかりやすく万人受けする曲じゃない?」
明るく華やかで、確かに大編成のバンドに映える明快な曲。
選曲としては申し分ないし、以前にもらった「めぐる・ゲーム音楽十選」に入っていたから自分も結構気に入っている。
「確かにそうなんですけど……でもなー」
月無先輩が逆接を唱える。
意外そうにして八代先輩が言葉を待つと、少し悩んで月無先輩は言葉を続けた。
「あたしこれ大好きなんですけど……ゲーム音楽らしいゲーム音楽やるって考えると少し違う気がして」
言わんとしてることはわかるし、八代先輩も自分と同じようだ。
以前に氷上先輩が言っていた、「やるなら一発でゲーム音楽とわかる曲」という条件に合致するかというと、一般的なインストに寄り過ぎている。
ゲーム音楽っぽい特徴が欠けていると言っていいかもしれない。
「まぁそうだよね。ゲーム音楽らしいゲーム音楽から選ばないと意味ないよね」
そして結局振り出しに。
ゲーム音楽らしく、かつ万人受けする曲、明確になった目標はある種の矛盾をはらんだ二律背反のようで、思ったよりも難しい。
「ヤッシー先輩はどんなのが好きですか?」
「私? めぐるに送ってもらったのは全部よかったけど……あ、あの野球の奴、パワプロ? だっけ、かなり気に入ったかな」
「パワプロ気に入ってくれたんですね! 嬉しい!」
なるほどパワプロ……ゲーム音楽らしいゲーム音楽でわかりやすくカッコいいとなれば適任だ。
知名度もそこそこ、聴けばパワプロっぽいと思える明快さがある。
「ブラスロックってわかりやすいしさ、私はああいうの好きだよ」
「テンション上がりますよね!」
そうしてまた改めて曲を流す。
パワプロ8の『伝説最強戦』、パワプロ10超決定版の『オールスター戦』、2011の『甲子園決勝』などの試合の曲。
インパクトとしては十分だし、単純にカッコいいと言えるもの。
しかし今度は八代先輩が……。
「でも改めて聴くと、これは単発でやるって曲でもないかもねー。セトリの中でこそ輝くっていうかさ」
八代先輩曰く、一曲だけではポカーンで終わると。
そしてそれは曲自体の良さとは別の問題なのだ。
月無先輩は多分、押しつけがましいことはしたくないとは思っていても、本音ではやっぱりゲーム音楽のよさを伝えたいのだから、「興味ない」程度で終わるようなことは絶対に避けたいハズ。
ポケモンプログレメドレーだったり、パワプロの試合曲は単発で演奏する限りではそうなる可能性をはらんでいる。
「あたしの目標なんですけど~……」
ここで明かされる月無先輩の目標。
「否応なしに引き込まれちゃうっていうのか、そうじゃなくても印象に残るっていうのがいいんです! 感動っていうのは大袈裟ですけど、最高のメンバーでやる、心に残る音楽っていうのが目標なんです」
明確に口にしたのは初めてだけど、その気持ちは知っていた。
八代先輩の意見を受けた上で、ならばと再確認したんだろう。
「そうだね、私もそうだよ」
心からの同意を八代先輩は示した。
簡単にイェスとは言わず、ダメ出しに近いことまで言ったのも、月無先輩のことを想ってだとよくわかる。
「じゃぁさ、皆で話し合って自然に決まるようなのがベストなんじゃないかな。めぐるだって、本当はその方が嬉しいでしょ?」
「……はい。皆が気に入ってくれたのがいいです」
自身が好きなだけでなく皆で決める曲。
満場一致の曲が見つかるかは難しいけど、それを目指して候補を絞っておくというのが当面の目標になりそうだ。
「じゃぁもっと皆が好きな音楽ちゃんと知っておかないとです!」
「あ、それもいいかもね。万人受けする曲もそうやってたら見つかりそうだし」
なるほど、メンバー個々人の好みを知って、その交点を探ると。
自分と月無先輩のような元からゲーム音楽好きの人間とのズレも、そうすることで調整できそうな気がする。
「八月半ばくらいまでに決められれば、って感じかな。それまでにめぐるは候補を改めて絞っておくと」
「はい! 何か見えてきた気がします!」
ということで今回の曲決めはひと段落。色んな好みに合わせて選曲していって、絞っていく作業が残った。
ふとある考えがよぎった。
「めぐる先輩、八代先輩用の十選作るとかどうですか?」
「……名案すぎる」
「アハハ、いいね。それちょうだい」
それぞれの好みに合わせたゲーム音楽十選、曲決めに直接的に参考になるかはわからないけど、企画としては面白いんじゃないだろうか。
「私がお題出すの?」
「そうですそう。好きなジャンルとかで~、めぐる先輩が選んでくる」
「……超楽しいそれ」
……目に見えてワクワクしてる。可愛い。
そして少しばかり考えて、八代先輩が閃いたようにして言った。
「よし! じゃぁ……ゲーム音楽でしか聴けない曲! なんてどうかな」
ゲーム音楽特有のもの、か。
色んな音楽に精通してる八代先輩だからこその興味かもしれない。
「ゲーム音楽だけ……わかりました! フフッ! 任せてください!」
お題を反芻して、月無先輩は嬉しそうに笑った。
「でも思った!」
なんだ急に。
「これ全員分やりたい!」
……マジか。
「アハハ、いいんじゃない? それぞれの好み聞いて、それに合わせて作っての。時間あればだけどね」
「睡眠時間は犠牲になるのです……」
お肌に悪いですぞ。
「吹先輩はきっと落ち着く奴ー、スーちゃんはブラック系ー……ヒビキさんは元々ゲーム詳しいからどうだろうなー」
楽しそうに皮算用を始める月無先輩と、慈愛の目を向けて微笑む八代先輩。
二人とも幸せそうに和やかに時間は過ぎていった。
ゲーム音楽バンドの目標と新企画、ゲーム音楽ライフの更なる充実の予感は自分にとっても楽しみだ。
「ねー白井君」
「なんです?」
「あたしこの企画全部上手くいったらなれるかな?」
「……何に?」
「……ゲーム音楽ソムリエ」
……隙間産業すぎる。
§
「今日はありがとうございました! 御馳走様でした!」
「うん、またおいでね」
楽しかった食事会も終わり、夜道を独りで帰らせるのもよくないと、八代先輩と一緒に月無先輩を家まで見送る。
月無先輩は大学生だけど子供みたいだから……まぁ心配。
八代先輩は膂力で勝てる人間自体が早々いないから大丈夫、男が本来買ってでる役割もそれ以上にこなすと。
「十選できたら俺にも教えてくださいね」
前回の十選はかなり気に入ったし、是非とも聴きたいのだ。
「あったりまえじゃん! 白井君にも満足してもらいたいな!」
……ふむ、天使か。
街灯がたまたまスポットライトになってるもんだから天使にしか見えない。
「じゃ、またねめぐる」
「見送ってくれてありがとうございました! できたらすぐ連絡しますね!」
少し名残惜しむように、月無先輩は手を振って家に帰った。
来た道を戻る中、改めて今日のお礼を言うと、八代先輩はいつものように笑って答えてくれた。
「いいのいいの、私も楽しかったし」
思い返せば突然の誘いだったし、バイト先に突撃したし、人によっては迷惑に思うようなことだったろうに、まるでそうとは思っていないと暗に示してくれた。
「まぁ私もいつも御馳走になってるしね」
「……何を?」
「……わかりなさいよそこは」
……あ、そういう。……くそぅ。
でも八代先輩には言い訳なんてしてもしょうがないから反応に困る。
「アハハ、いーじゃん。めぐるが本当に楽しそうで私は嬉しいよ。白井のおかげでもあるんだからさ。あんたらにご飯作ってあげるくらいわけないよ」
恩返し、とでも言いたいのだろうか。
つり合いがとれないくらいこっちは色々よくしてもらえているのに。
「……今日のやりとり見て改めて思ったけどさ」
含みを持たせた言い方、なんだろうか。
「あれだけゲーム音楽に真剣に考えられるようになったのって、きっと白井のおかげなんだから、応えてあげてね。めぐるはきっとああしてるのが一番楽しいんだからさ。部活の練習サボっちゃダメだけど」
「……はいそれは。部も死ぬ気で」
即答するには思いの外覚悟が必要だったけど、八代先輩の本心だった。
どれだけ月無先輩のことを好きか、よくわかる。
「本当に妹みたいに可愛がってますよね」
少し確かめるように、そう言ってみた。
「まぁ妹みたいに思ってるよ。白井も似たようなもんだけどね」
藪蛇というわけではないが、男扱いはやはりされていないという事実。
……微妙に落ち込む。
「アハハ、めぐる一筋なんでしょ? 大事にしてやんなさいよ」
むぅ、付き合ってるわけでも付き合いたいわけでもないのだが……。
でも好きなのは事実だし、親しい人には察せられてるし……客観的に見たらそれと大して変わらないってのも、実際のところなのかもしれない。
まぁゲーム音楽関連に関しては自分の存在が大きいってところがあるから、そのことについてだと受け取っておこう。
「泣かしたら部のほとんどが敵に回るけどね」
「いやいや……全然冗談じゃないですよそれ」
次第によっては放逐じゃすまないリアルな生命の危険が待っていると。
何ができるというわけでもないけど、月無先輩の望むままに応えるのが、自分にとっては一番いいのだ。
結局のところ、月無先輩のしたいことが自分にとってのしたいことにもなってしまっているのだから。
隠しトラック
――気持ち悪い特技 ~八代邸にて~
「なりたいなぁ……ゲーム音楽ソムリエ」
「……自称すればいいだけじゃないですか」
「誰もが認めてくれなきゃ意味ないじゃん!」
「それはそうですけど」
「もっと技術も磨かなきゃだし」
「何のですか……」
「ゲーム音楽のだよぅ!」
「アハハ、ふわっとしてるな~」
「むー……。ヤッシー先輩だってちょっと聴いたらドラマーわかるじゃないですか。そんなかんじです!」
「え、すごい」
「有名なドラマーなら大抵わかるでしょ」
「……よく考えたらあたしもわかるかも」
「え、すごい。……俺だけ格下感すごい」
「勉強不足ぞ、弟子よ」
「もっと色々聴かなきゃね~」
「いや特殊技能じゃないですかそれ……」
「でもめぐる、ゲーム音楽ならそんなの余裕じゃないの?」
「どうでしょう。初見で作曲家当てられるくらいかなぁ」
「……それ超すごくねぇですか」
「音源とかもわかるの?」
「そうですねー……多分」
「イントロクイズとか出来るんじゃないですか?」
「やってみたい!」
「じゃぁ定番のFFからランダムで……」
「頑張れめぐる~」
「行きますよ~。はい……。……あ、切るの早すぎた。ほんと一瞬になっ」
「『封印されしもの』。Ⅴの」
「……え、合ってる」
「……今のでわかるの?」
「だってPCM音源でティンパニのCから始まる曲ってFFだとこれだけだもん」
「打楽器の音階までわかるとか……流石に怖いレベル」
「……何だその目はー! 師匠を見る目じゃないぞ!」
「いやごめんめぐる、私も白井と同じ気持ちだわ」
「ひどい!」
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