境界の音楽


 八代先輩と月無先輩、そして自分と三人で、八代邸にて夕食会兼ゲーム音楽バンドの曲決め。

 テンションが上がらざるを得ないまたとない機会、最早僥倖を超えた何かとしか言いようがない。


「じゃぁ準備するから二人は適当にくつろいでて」

「あ、あたしも手伝いますよ!」

「いいっていいって、客人は黙ってもてなされてればいいの」


 月無流のそれは要望を聞いて無視するという謎の煽りだったが、八代先輩のそれはスーパーで買い物中からこちらの要望をフルに聞いてくれたことからも期待ができる。もてなすという言葉の意味を再確認できたのも収穫だ。


 独り暮らしの女性の家に上がるのは二度目といえど緊張する。

 ミニマリスト程ではないが小奇麗にさっぱりとした印象、ストイックさを象徴するような内装といったかんじ。

 ……ダンベルだけは相変わらず無造作に転がっているが。


「ヤッシー先輩やっぱり部屋キレイー……あたしとは大違い」


 ……多分ゲームとかたくさん転がってんだろうなぁ。

 ものは綺麗に使っているけど片付け苦手そう。


「曲決めするんでしょ? コンポ勝手に使ってて。そこの」


 ベッド横の小さな棚に置かれたコンポ、八代先輩が指差したそれに月無先輩が早速ウォークマンを繋げようとした。


「あれ、ヤッシー先輩が借りてたんですか!?」


 意外なものを見つけたようで、それを月無先輩は手に取った。


「あー、やっぱめぐるのだったんだ。貸出棚のそれ」


 料理の準備にとりかかる八代先輩がそう応えた。

 部室の貸出棚から借りてきたようで、月無先輩が置いていったということは多分ゲーム音楽……。


「ゲームの方は名前しか知らないんだけどさ、安藤まさひろって書いてあったからビックリしてね」


 あぁやはり……しかし誰だ。作曲家の名前?


「誰か気付いてくれると思ってました! さすがヤッシー先輩!」


 有名な人? ……自分の無知さが憎い。

 釈然としない自分を尻目に、二人は楽しそうに会話を続けた。


「それすっごいよかった。なんか普通に聴きやすいフュージョンのアルバムって感じだね」

「気に入ってくれて嬉しい! さすが安藤さんって感じですよねーこれ」


 フュージョンの人?

 ってことはゲーム音楽作曲家じゃないのかな。


「車のゲームだよね? 聴いてたら確かにそれっぽいなって感じだったし、今度車乗る時それ使おうかな」

「さすがヤッシー先輩わかってるぅ! 合宿の時とかしましょう、是非! ……あ、でもブレーキ音入ってる曲とかは危ないかも」


 車……フュージョン……安藤さん。

 つながらんのだが、多分レースゲーム……。


「どうしたの白井君考え込んで」

「……いや何の話してるのか全然わからなくて」


 すると月無先輩が、


「うっわー、弟子失格なんだー!」


 そして八代先輩も、


「アハハ、安藤まさひろ知らないとか軽音失格なんだー」


 ……なんぞこれ。


「……そんなに有名な人なんです?」

「有名なんてもんじゃないよー。ねーヤッシー先輩!」

「そうだねー白井にはがっかりだねー」


 ぐぬぬ……広く浅く聴いてきた自分ではわからん。

 フュージョンの人なんだろうけど、バンド名はともかくアーティストの名前までは詳しくない。


「ゲーム自体も超有名なのに……白井君そんなもんかし」

「そう言われてもわからんし」


 もったいぶってこの状況を楽しんでやがる。

 しかし反応を見てドヤ顔したりガッカリ顔したり、表情がコロコロ変わるのが超可愛いいから別にいいや。


「アハハ。まぁメンバーの名前とかは普通知らないよね。バンドは白井も絶対知ってるよ。T-SQUAREのギターの人だよ」

「あ、Tスクの……ゲーム音楽やってたんですね」


 ギタリストの名前までは知らないけど、T-SQUAREはもちろん知っている。

 F-1の曲で有名な『TRUTH』なんて、聴いたことない人の方が少ないってくらいだろうし、アルバムを聴いたことはあるから実力も曲の良さも知っている。

 すごい人なんてのは言わずもがなで、確かにそんな人の名前をゲーム音楽で見かけたら驚くかもしれない。

 しかし……何で月無先輩は不服そうにしているんだ。


「むー、驚きが足りない」


 あぁそういう……。


「アハハ、許してやりなよ。そういえばTスクのアルバムに入ってる曲もあるよね」

「そうなんです! 曲名違いますけどね。確かこのサントラも元々安藤さんのバンドの曲だったハズだったりします!」


 本来的にフュージョンの曲だったと思えば、曲の特徴がゲーム音楽に元々近いって言ってもいいかも。もちろん一般の音楽ジャンルなんだけど、それとゲーム音楽の境界に位置するような感じがする。

 ……しかしなんでドヤ顔してちょっと斜め上から見てくるの。可愛い。


「ふふー、それに気付けるヤッシー先輩はすごいでしょう」

「……いや確かにですけど何であなたが自慢げ」


 八代先輩のこと大好きなのはわかるけど。


「まぁいいや、グランツーリスモの初作=安藤まさひろ、これ常識だから覚えておくように。このままじゃ赤点だよ?」

「……普通知らないですし」

「テストに出ます」

「出んのか……ってかテストあんのか」


 ようやくゲームタイトルが明らかになった……なるほど、グランツーリスモ。

 確かに『TRUTH』=F-1の曲だし、その作曲者がレースゲームの曲を作るのは適任なのかもしれない。


「アハハ、めぐる楽しそうだね。借りておいてよかったよ」

「そりゃテンションあがりますよ! ヤッシー先輩ともゲーム音楽で話せる日が来るなんて!」


 二人とも幸せそうに話を続けた。面倒見のよい姉と無邪気な妹といった感じだ。

 そして八代先輩がニヤっと笑って含みを持たせて言った。


「私も嬉しいけど~……暴走しちゃダメだよ? 安全運転」

「し、しませんよぅ。あたしだってTPOわきまえて……」

「壁ドンされるよ」

「おとなしくしてます」


 スッと神妙に正座……さすがに壁ドンは怖いのね。

 その流れでおとなしくグランツーリスモのサントラを聴くことに。

 曲決めは夕飯後にやろうということになった。


 §


「めっちゃカッコいい。……どっちかっていうとファンク系? なんですかね」

「そうだね! Tスクのまんまって曲もあるけど、全部が全部ではないね。これとかはセレクト画面の曲だから疾走感とは違うし」


 八代先輩の言った通り、聴きやすいフュージョンといった感じだ。

 フュージョンというジャンル自体聴きやすいものが多いけど、そこから特有のクサさを抜いた感じというか、そんなもの。


「Tスクのアルバムは前に氷上先輩に借りて聴きましたけど……失礼かもですがなんかもっとダサカッコいい的な感じだった気が」

「スーパーで流れてる感ね」

「そうですそう。ジャスコ的な」


 マジで失礼なこと言ってる気がしなくもないけどそんな感じだった。

 すると台所に立つ八代先輩が反応した。

 

「BGMに使われてるのも多いもんね、フュージョンって。シャカタクとかも定番だし」


 フュージョンがBGMらしい音楽といえばそうかもしれない。

 ポップでキャッチーなインスト(ボーカルなしの器楽曲)という点ではゲーム音楽と親和性も高いし、月無先輩曰く、ゲーム音楽黎明期にはそれを踏襲したものも多かったとか。


「カプコンとかコナミとかは特にフュージョン上がりっぽい曲作る人多いんだ!」


 なるほど、特に横スクロール系のゲームとかはそんなの多かった。

 今のゲーム音楽もそういうのは多いけど、ゲーム音楽っぽさの確立に一番参考になった音楽ジャンルかもしれないとのこと。


「なるほどね~。でもそうかもね。ゲーム音楽、めぐるに聴かせてもらったのも大抵似たようなクサさあるしね」


 八代先輩がそう言うと、褒め言葉として受け取った月無先輩のテンションも上がっていった。


「そうなんですよ! 楽器に歌わせるっていう感覚! そこで生まれる独特のクサさがゲーム音楽っぽさの象徴でもあるんです!」


 言い得て妙だけど、楽器に歌わせるっていうのはわかるかも。

 時として歌よりも説得力があったり、言葉がなくとも情景が伝わる感覚ってのもあるし、それこそがゲーム音楽の大きな魅力だと月無先輩が言っていた。

 レースゲームでは表現力というものよりも高揚感とかの方が側面としては強いけど、やっぱり曲から影響を受ける感覚は強い。


「ゲーム音楽の『聴かせるBGM』っていう感じ最高じゃないですか! その元ネタの一つになってるに違いないフュージョン界から大御所の安藤さんがご参加なさるなんて歴史的価値ものすごいですよ!」

「ご参加なさる」


 しかし納得いくというか、ゲーム音楽との相性を考えれば、フュージョンのアーティストの方がゲーム音楽制作にピッタリと言うのも頷ける。

 そしてふと、納得したのを区切りに自分の知ってるゲームの中からタイトルを挙げてしまった。


「マリオカートとかもフュージョンっぽいの多いですもんね。レースゲームとはとくに相性いい気がする」


 知っているものを口にして共感を得たかったのだけど……言った瞬間に気付く。

 ……致命的な過失だということに。


「そこによく気付いた白井君!!」


 メーターが完全に振りきれてしまったかのように、声色が一段階上がった。


「師匠嬉しい! これで次の学科試験も安心!」

「いつから教習所に」

「マリオカート8なんてフュージョンアーティストが実際のレコーディングに参加してるんだからレースゲームと言えばフュージョンっていうのが確立されていると言っても過言ではないわ!」

「あ、もう聞いてないなこっちの話」


 始まってしまった。

 レースとは名ばかりの月無先輩の独りデッドヒートが。

 六速すら軽く超えたスーパースター状態のスーパーカーに追いつける車両は勿論いない。


「坂東さんや則竹さんのTスクの方だけじゃなくディメンションのメンバーまで参加したひたすら完成度の高いフュージョンアルバムになっちゃってるんだから驚きよ!」


 ヤバくねこれ。壁ドンされる奴じゃん。

 八代先輩止めてくれ……。


「へ~坂東慧とかも参加してるんだ。今度マリオカートも借りよ」


 え、普通の反応。

 意にも介さないかのように料理を再開して、月無先輩の言葉に耳を傾けている。


「……いやいやいや、大丈夫なんですか? 壁ドン」

「ん~? 大丈夫だよ。隣、女の人だし、藍とかが騒いでもいつも許してくれるし。反応見たかったから言ってみただけだよ」

「いいのか……」

「ゲーム音楽のこと色々決めるって言ってた時点で予想してたしね」


 あ、もう完全に想定内じゃん。

 一番多く暴走に対面してる自分より状況適応早くてビビるわ。


「そろそろ出来上がるから聞いててあげて」

「あ、ハイ」

 

 とはいえ一般アーティスト、しかも演奏者とかに詳しくないからいつも以上にわからないんだよなぁ……。


「ゲーム音楽がいい音楽だっていう証明をしてくれるようで本当に嬉しいの!グランツーリスモなんかではリアルさを追求したっていうのがあるから一般的に人気を確立してF-1での知名度もある安藤さんがやるのも頷けるけど、安藤さんはその前にアークザラッドの曲もやってるしその前から色んなアレンジアルバムで自ら臨んで参加するフュージョンアーティストが多かったこともゲーム音楽が一つの音楽と~中略~」


 そういやロックマンXのアレンジCDもフュージョンの大御所がこぞって参加してるとか言ってたな。

 しかしいつも通りブレーキはぶっ壊れてるしまるで止まりそうにない。

 例の如く気が済むまで、エンストを待つまで聴くしかない……。


「よしできたよ~。白井、お皿出すの手伝って」

「あ、はい。どうしましょうねこれ」

「そのうちおさまるでしょ」


 ということで暴走車両は放置して準備に取り掛かる。

 先程から鼻腔をくすぐり続けていた八代先輩の手料理は、見た目から味の想像が難くないほどの出来栄えで、皿を出したり箸を並べたりする間のお預けが辛いほど。


 準備完了、いよいよ頂きます、としたいところなのだが……。


「……しかしおさまりませんね」


 恐ろしいことに独走状態はまだ続いている。

 

「私にいい考えがある」


 だからそれ死亡フラグ……流行ってるの?

 そして八代先輩は取り皿にメインの炒め物を取り分けて……月無先輩の顔の前に近付けた。


「フュージョンの方って商業的な側面抜きに好きなことやるっていう印象があるじゃない!?それって本当のトップの人にしか出来ないことでしょ!?」

「ほら~あんたの好きなやつだぞ~」


 いやまさか、動物じゃあるまいし。


「そんな方々がゲーム音楽のレコーディングやアレンジに参加するっていうのはトップミュージシャンがゲーム音楽を認めてるって言っちゃあぁ~……いい匂い」


 ……嘘でしょ。


「アハハ! めぐる、ご飯できたよ」

「……おいしそう。……ごめんなさい」


 今まで手の打ちようがなかった月無先輩の暴走を止めるとか、八代先輩の料理はどうなってるんだ。

 何かヤバいもんでも入ってるのか……入部以来一番の衝撃かもしれん。


「はい、じゃぁ皆箸を持て!」


 テキパキと気を取り直して、いただきますと声を揃えた。

 八代先輩の状況対応の早さは驚く暇さえ与えてくれず、暴走状態はあまりにもあっけなく解決してしまった。

 反省して少ししゅんとなっていた月無先輩も一口食べればあら不思議、いつもの笑顔に戻った。


 ……恐ろしすぎる。

 そして奇跡を起こした八代先輩の料理は、本当に何かヤバいもんでも入ってるのかというくらい美味すぎた。





 隠しトラック


 ――逆襲 ~八代邸にて~


「ごちそうさまでした! はぁおいしかった……何でこんなにおいしく作れるんだろう」

「ほんと驚きです。しかも一品だけじゃないですし」

「アハハ、大袈裟だな。喜んでくれて嬉しいよ、お粗末さま」

「何入れたらこんなにおいしくなるんですか!?」

「俺も気になってました。状態異常回復まで出来るなんて」

「いや別に……だって買いもの一緒にしたでしょ」

「何かヤバいもん入ってるんじゃないかって!」

「俺も正直思ってました」

「……プロテインかなぁ?」

「……ほう」

「あんたら私の事なんだと思ってるの……」


「でもヤッシー先輩の女子力目の当たりにすると軽く凹むな~」

「めぐるそんなの気にするの?」

「そりゃああたしだって女子ですから!」

「気にしなくていいと思うけどね~。私も普段は気にしないし。それこそ服装とか」

「でも仕事中とかは本当にオシャレだからいいじゃないですか!」

「そりゃ仕事中はね。でもあれも最低限だしさ」

「白井君見惚れてましたし!」

「ちょ……」

「あらそれは嬉しい」

「……思ってもないことを」

「アハハ照れてる。キッモ」

「ヒデェ」

「ブフッ」


「料理の話でしょう料理! 俺のことはいいんです」

「逃げたなヘタレめ。言ってやれめぐる」

「軟弱!」

「通常時のボキャ貧っぷりすごいな……」

「アハハ、ゲーム音楽の時はあんなに饒舌なのにね」

「むー……ヤッシー先輩まで」

「平時はゲーム音楽についても最高とか超カッコいいとかばっかですよね」

「お、白井の逆襲が」

「だって最高だし超カッコいいし!」

「語彙もそっちよりだけどゲームやってる時も筋肉キャラばっかだし」

「むー……。むー?」

「なんか戦闘狂だし力押しで解決しようとするし」

「な、何が言いたい……弟子よ」


「言いづらいんですけど……」

「ご……ゴクリ」

「めぐるって割と脳筋だよね」

「あ」

「え!? ショック……。ま、まさか……」

「……そういうことです師匠」

「う、嘘だ……あたしが……脳筋?」


「ってか八代先輩、脳筋なんてワード知ってたんですね」

「めぐるのせいでね」

「……報復かこれ」




*フュージョンについて補足。

 一応はジャズとロックを足したものとか、ジャズ寄りのロックとか言われますが、国内外でかなり違います。

 日本のものはどちらかといえばロック寄りで聴きやすく、T-SQUAREとCASIOPEAが恐らく日本国内で最も有名です。

 アルバムはどれから聴いてもいいですが、曲単位なら前者は『MEGALITH』、後者なら『Mid-Manhattan』あたりが作者的には好みです。

 CD音源とライブはまるで別物ですので、両方聴くといいかもしれません。

 ライブは音楽ショーとしての性質がすごく強いので一見の価値アリ。

 

 海外ならシャカタクの『Night Birds』等は多分誰でも聴いたことがある系の、BGMの定番だったりします。

 個人名義の方も多く、有名どころであればラリー・カールトンやマーカス・ミラーあたりが作者的には好み。


 曲の良さもそうですが、生演奏の技術を楽しむジャンルの性質がかなり強いですので、そういう聴き方も是非してみるといいかもしれません。


 ちなみに作中で名前の挙がったグランツーリスモの初作とマリオカート8は、フュージョンをより聴きやすくノリやすくした、明快に曲がカッコいいものですので本当にオススメ。

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