幕間 らしさは人それぞれ

 ◆時系列の関係で幕間が連続になります。



 月無先輩と一緒に八代先輩のバイト先であるUNIQL○に到着。

 夜は夕食会兼ゲーム音楽バンドの曲決めがあるが、オシャレの話題になるなり互いのオシャレ偏差値の低さに絶望、八代先輩に助けを求めに来たというわけだ。


 入店するなり月無先輩はマイクを握るようなジェスチャーで……


「やって参りました~。ここがその現場で~す」

「……なんすかそのキャラ。声潜めて」

「ん? めぐるリポーター」

「……テンションについていけん」


 まぁどうせすぐにキャラ崩壊するし放っておこう。


 そんなこんなで八代先輩を探して店内をうろついてみる。

 相当大規模な店舗なのですぐには見つからないかと思ったが、めぐるリポーターがすぐさま発見した模様。


「……いました! あれが勤務中のヤッシー先輩です! さぁどういった仕事っぷりを見せてくれるのでしょうか、少し観察したいと思います」

「観察すんのか……」


 指差す先にはスタイリッシュなパンツルックの八代先輩。

 カジュアルさを残しつつもピシッと決めたシャツとズボン。

 シンプルイズベストを体現したかのような着こなしは、最低限で演出された最大限のオシャレにも見える。

 流行に合わせたり着飾ったりするものとはまた別で、己を良く知るかのような出で立ちはオシャレの本質を体現しているようだ。


「カッコいいですね。すっげぇ似合う」


 褐色肌と薄い色のシャツ、綺麗なコントラストでこれまたよく映えるものだ。


「ふっふー、超カッコいいでしょ!」

「何でめぐる先輩が威張ってんの」


 見つからないよう影から、しばしその様子を観察することに。

 

 洋服を整えたり、試着後のものを棚に戻したり、客に売り場の案内をしたり。

 仕事をする八代先輩の表情はいつもの快活さとは少し違って、正に大人の女性といった凛々しさを纏ったその姿は、意外なほどに魅力的に映った。


「……なんか見惚れてる」

「だってめぐる先輩がカッコいいカッコいい言うし、実際カッコいいじゃないですか。不可抗力的なアレですよ」

 

 貴重なフォーマル寄りの八代先輩だし、仕方ないだろうと言いたい。


「むー。あたしもカッコよくしてもらおう」

「先輩はどっちかと言うとカッコいい系よりも……あ」


 そして八代先輩の元に行ってしまった。何だったんだ今の。

 月無先輩に小走りで追いつくと、八代先輩もすぐにこちらに気付いて驚いたような表情で口を開いた。


「あれ? どうしたの二人して」

「あたしをカッコよくしてください!」

「……唐突すぎますよ」


 八代先輩はバイト先への突然の来訪に嫌な顔一つしなかった。

 そして掻い摘んで事情を説明すると、いつもの笑顔を見せた。


「アハハ、めぐるファッション興味ないもんね~」

「むー……」

「よし、じゃぁちょっと待ってて。すぐ終わるから。あとで一緒に選んだげる」


 そう言って仕事に戻った。

 迷惑をかけぬようその間は適当に見て回ろうと、再び店内をぶらつく。


「デザインって観点で見てもユニク○って意外といいの多いですよね」

「ね。正直ナメてた。……あ、このブラウス可愛い」


 ベージュの七分袖のブラウス。

 ふむ、似合いそう……年齢相応に可愛さを演出するのにピッタリだ。

 まぁ元が超一級だし、スタイルもいいから実際はなんでも似合うけど。


「ちょっとカバン持ってて」


 そして自分にカバンを持たせて、それを体に当てた。


「似合う?」

「あ、似合う。いいんじゃないですか?」

「ほんと!?」

「ほんとですって。めぐる先輩のイメージにあってますよ。色も」


 しかしなんだこの幸せなやりとり。超嬉しいぞ。

 もっと気の利いたことが言えればベストなんだろうけど、思い浮かばないあたり自分の甲斐性のなさが残念だ。


「むー、でもこれはカワイイ系だよなー」


 あれはどう、これはどう、などと言いながら真剣な眼差しで服を選んでいる。


「これもいいけどカッコいい系じゃぁないよなー」


 カッコいい系が目標のご様子のようで、中々しっくり来るのがない模様。


「なんでそんなカッコいい系に拘るんです? さっきのとか似合ってましたよ」


 すると服に夢中か、上の空といった感じで月無先輩は答えた。


「んー? だって白井君カッコいい人ばっかり褒めるから」


 ……いやまさかとは思うけど自分が理由? どう捉えればいいんだこれ。

 しかし言った本人まるで無自覚だし、服に気を取られて何も考えずに言っただろうし……反応に困る。


 悶々とする自分を尻目に月無先輩は売り場を巡る。

 しばらくすると作業を終えた八代先輩がやってきた。


「お待たせ。じゃぁ選ぼっか」


 今更ながらバイトの邪魔ではないかと思ったが、上がりの時間までに残った業務もあまりなく、むしろ接客という口実でサボれるからラッキーとのこと。


「試着面倒だろうし、適当に何枚か羽織るの選んでみよっか~」


 そうしてテキパキと何枚か選んでカゴに入れた。


「ほら、ちょっとこれ合わせてみて」


 八代先輩に促されて合わせてみると……お、可愛い。


「似合う似合う、可愛いじゃん。めぐるならこういう可愛いのがやっぱり合うね。色もやっぱり暖色系かな」


 さすが八代先輩、一発でこれというものを当ててくる。

 しかしながら月無先輩は微妙に気に入らないご様子。


「むー……。これもすごくいいんですけど……今日のあたしはカッコいい系のをご所望です!」


 子供か。

 姉妹で買い物に来てダダこねる妹みたいだ。


「カッコいいの?」

「……何かさっきからそう言って聞かなくて」

「ふ~ん……じゃぁシックな色合いの方がいいのかな」


 そうして今度は落ち着いた色のものを選んで合わせてみる。


「どう、カッコいい?」

「似合いますけどカッコいいの基準がわからなくなってきました」

「むー……あたしもわかんなくなってきた」


 八代先輩のチョイスにハズれはないけど、連呼しすぎてカッコいいのゲシュタルト崩壊が始まってきているからよくわからなくなってきた。

 しかし残念ながら代替のファッション語彙は見つからない。


「めぐるは何を目指してるの?」

「……カナ先輩とかヤッシー先輩みたいに大人な感じ?」


 ……言動子供だからなぁ。今日は特に。

 黙っていれば本当にただの美人だけど、元気で表情豊かな月無先輩のイメージとはちょっと違うし、何か引っかかる。


「ん~……めぐるは奏とか私と違って出るとこ出てるからなぁ。同じ格好はできないし」


 ……それだ。細身のスタイリッシュな感じが出せないんだ。

 タイプが全く違うから、月無先輩に似合うものもまた違う。

 カッコいいの括りが大まか過ぎて、八代先輩達が違う分岐の先にいるとわかっていなかったわけだ。


「た、確かに……。ヤッシー先輩達スラッとしてるし……」


 あれだ「前衛職になりたい」まではいいけど、盾職とアタッカーの区別がついてないみたいな。ちょっと極端だけど。

 あれ、ゲームに置き換えれば結構ファッションわかんじゃね?


「じゃ……じゃぁあたしはもうカッコよくはなれない?」


 なんか絶望してるし。


「そういう意味じゃないって。シャツ選んでみよっか」

「よろしくお願いします!」


 そうして色々と、インナーから考えたりもう一度羽織るものを考えたり、ズボンの方も見てみたりと、着せ替え人形の如く合わせていった。



 結局ガッツリ試着までして、数十分の思考錯誤の結果、遂に完成した。


「似合う? カッコいい?」

「うん、カッコいいカッコいい」


 カッコいい月無先輩の誕生である。

 

「やった! カッコいいって! 白井君! もうぶっちゃけカッコいいの意味わからないけど!」

「よかったですね。似合ってますよ。俺もカッコいいの意味崩壊しましたけど」


 でもやっぱりこういう無邪気な笑顔を見せられると、大人びた服装とのギャップを感じる。

 それはそれでアリだし、いいギャップではあるが。


「ふふー、じゃぁこれ買おー」


 満足そうに笑う月無先輩と、微笑ましく慈愛の目を向ける八代先輩。

 まぁ可愛いよなぁ、こんな風に選んであげて喜んでくれたら。

 二人は本当に姉妹みたいな関係だ。


「でもめぐる、そういうのも似合うけどやっぱ明るい色もいい気がするなぁ」


 ふと八代先輩が言った。

 自分も同意見だったりする。


「……やっぱりそうですかね?」

「うん」

「……白井君はどう思う?」


 俺に振るんかい……。

 異性にそういうの指摘するのって妙に気恥ずかしいんだぞ、今さらだけど。


 ……まぁでもハッキリしてるし、いいか。


「今のもレパートリーとしてはすごくいいですけど……八代先輩が最初に合わせたやつの方がイメージには合いますね。……カワイイ系?」


 すでに意味の崩壊したカッコいいという言葉よりはわかりやすいし、やっぱりしっくりくる。

 何より誰もが月無先輩は可愛い寄りだと思っている。


「そっか! わかった! ……でもやっぱり今日はこれにしよ!」


 気の利いた言葉とは思えなかったけど、不服はなかったようで安心した。

 月無先輩は満足そうにいつもの可愛い笑顔を見せて、試着室に戻った。


 §


「じゃぁ会計やっとくよ。社割で買っておいてあげる」

「いいんですか!? やった三割引き!」


 いいなぁバイト特典。

 うちのコンビニ最近廃棄持って帰るのダメになったんだよなぁ……。


「あ、じゃぁ……。ちょっと待ってて下さい!」


 ……何事?

 そして急いでどこかへ行ってしまった。

 その隙に、といった含みで八代先輩が話かけてきた。


「白井さ」

「何でしょう」

「カッコいい系が好きとか言ったでしょ」

 

 ギクリ……。相変わらず勘が鋭い。

 当たりではないが月無先輩の今日の様子の理由は似たようなものだ。


「いやそういうわけじゃないんですけど……」

「ふ~ん……」

「……ニヤニヤしないでくださいよ」


 微妙に狼狽したところで、月無先輩が小走りで戻ってきた。


「これも一緒にお願いします! 一枚分浮いたので!」

「オッケー、いいよ。……この色でいいの?」

「うん! やっぱ一枚はこういうのも買おうかなって!」


 持って来たのは一番最初に合わせたベージュの七分袖のブラウスだった。

 

 §


 八代先輩の上がりまで、店の外で待つことにした。


「あたしさ~洋服屋さんで一回だけ言ってみてもらいたくてさ~」

「……何を?」

「……ここで装備していくかい?」

「ハッ」

「むー! 鼻で笑われた!」

 

 だって意味わかんねぇんだもん。


「まぁいいや、今日はいい服買えたし!」

「そういえば結局買いましたね、最初の奴も」

「うん、あれ可愛かったからさ」

「結構気に入った感じでしたもんね」

「うん。ファーストインプレッションってヤツだね」


 自身で選んでたのは直感の割にどれもいい感じだったし、月無先輩は実際は興味がないだけでセンスがないってわけではなさそうだった。

 凝り性だし、ファッションにハマればものすごくオシャレになりそうだ。


 っていうか今気付いたけど月無先輩のコーディネートに終始したおかげで、自分は物理的収穫が何もないわ……。

 カッコいい白井になれる日は来るのだろうか。


「フフッ。でもあれ、白井君が最初に似合うって言ってくれたじゃん。イメージに合うって」

「え!? あ、そうでしたっけ」

「そうだよ! ちょっと嬉しかったからさ」

 

 くっそぅこの人本当に不意打ち多いな。最近ほとんど毎日な気がするぞ。

 全く予測してなかったとこから毎回来るから困るったら……でもこう言ってくれるってだけでこれ以上ない収穫か。


「お待たせ~」

「あ! お疲れ様です!」


 あぁ助かった。なんていいタイミングだ。


「はい、めぐるこれ」

「あ、ありがとうございます!」


 そして『カッコいいめぐる』セット一式の入った袋を受け取って、月無先輩が感謝を述べた。


「あ、いくらでした? レシートありますか?」

「ん~? いいよ今回は」


 何……だと?


「めぐる代表バンド頑張ったでしょ。それにMVPだったじゃない。そのお祝いってことでさ」


 いくらなんでもイケメンすぎね。

 さらっとこういうことしちゃうんだもん。


「いいんですか!? ありがとうございます! ヤッシー先輩ほんとイケメン!」


 どうやったら勝てるんだよこれ。

 カッコいいの意味思い出したわ。


「ふっふー、白井君! ……これがカッコいいってことなのだよ」

「……俺も今その意味思い出したとこですよ」


 やりとりを見ていた八代先輩は楽しそうに笑ってくれていた。

 

 何気なく、さりげなく、さらっとカッコいいことをやってのけてしまうのは、八代先輩のらしさであって嫌みのない一番の美点か。


「……でもよく考えたらカッコよさでヤッシー先輩とかカナ先輩みたいになれるわけないじゃん」

「……何を今更気付いてんですか」

「むー」


 それぞれのらしさがあるっていうわけで。

 

「アハハ、めぐるは可愛い系ってことだよ」


 そうそう、そういうことです。


「……そうなの?」


 ……何故俺に確かめる。

 例の如く八代先輩もニヤニヤしてるし。


「……そういうことです」

「フフッ! そっか!」


 ……ハァ。

 でもそういう天真爛漫な笑顔で元気なのが月無先輩らしさか。


「ヤッシー先輩たちはカッコいい系。あたしは、か、かわ……可愛い系」


 自分で言って恥ずかしくなってるよ……。


「白井君は何系なんだろうね」


 ふむ……自分らしさなど考えたことがない。


「真面目系じゃない? クソ真面目」

「性格の話じゃないですか」

「んー……まぁ白井君、見た目の特徴全然ないもんね」

「ひどくね」


 自分ひとり悲しい目に会った気もするが……まぁいいか。

 『カッコいいめぐる』も見れたし、多少ファッションについてわかった気もするし。

 

 ……今度一回はちゃんとオシャレについて考えてみよう。


 そしていよいよ夜の部へ。

 スーパーで買い物をして、三人で八代邸へと向かった。



 


 隠しトラック


 ――大学生らしくない二人 ~スーパーにて~


 スーパーにて買い出し中


「あ、醤油切れてたかも」

「じゃぁあたし取ってきます!」

「荷物持っておきますよ。ここにかけちゃってください」

「ありがとね! カートまで押してくれて!」


「……場所わかんのかな」

「子供じゃないんだからさ……白井も心配性だね」

「だって今日のめぐる先輩、異様に子供染みてますし」

「アハハ、確かに。可愛いよね」

「ま、まぁ……」

「可愛いよね」

「……可愛いですね」


「あんたほんとにシャイだよね~」

「……さらっと言えるイケメンとは違うんです」

「大学生だっていうのにね~」

「うちの部活みんなそんなもんじゃないですか」

「まぁ確かに珍しいくらいそうかもね」


「一年男子会とかヒドイもんですよ」

「あ~三馬鹿とバカと白井でしょ」

「大体そのメンツですね」

「ヒビキ一回居合わせたらしいね。童貞会議とか言ってたよ」

「……ひっでぇ」


「一回くらいちゃんと可愛いっていってやればいいのに」

「結構ハードル高いですよそれ」

「……まぁ好きな相手だしね」

「くっそうニヤニヤと……」

「そういうのも白井らしさなのかもね」

「あんまりいいと思えない……」

「まぁお姉さんは白井の成長楽しみにしてるよ」

「ぐぬぬ……バンド頑張ります。バンドを」

「アハハ、誤魔化した」


「あ、戻ってきましたね。……お菓子持ってるよ」

「……めぐるは成長しなそうだね」

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