積極的介入
八月上旬 大学構内 部室
八月に入ったことを知らせるように照りつける太陽。
うだるような猛暑を肌で感じると、どうしても涼しいところに逃げたくなるものだ。
練習場として定着しているスタジオ廊下は、地下で陽が当たらないから幾分涼しくまだマシなのだが……今日みたいに特別暑い日は、空調設備がないとさすがに死んでしまう。
「ふ~暑い暑い。スタジオ使えないし今日は廊下練もやってられないね~」
少し猫背で暑さを体現しながら、月無先輩はパタパタと顔を扇いだ。
夏バンドの練習も始まっていてスタジオは使用中。
それもあって残る唯一の避暑地である部室に向かっているというわけだ。
先日の飲み会での一幕もあって、二人きりというのも意識してしまう気もしたが、そんなものは先程会った時にいつもの笑顔で吹っ飛ばされてしまった。
部室に着くと月無先輩は靴を脱ぐなりエアコンのリモコンに飛びついた。
「よし、18度!」
「……何でそんな加減知らないんですか。24くらいでいいですよ」
……暑いからって極端すぎてついていけない。
「むー。何のための毛布だと!」
「寝るためじゃないのか。俺だけ凍えますし」
「軟弱!」
「理不尽」
まぁ部屋を冷やして毛布に包まってゲームってのが好きなのか。
体に悪いだろうに。
「じゃぁ早速曲候補決めようぜ~」
「うす。どんなの考えてきたんですか?」
部室に来た名目は、ゲーム音楽バンドの曲決め。
部長の提案で曲決めは近々みんなでやろうという話にはなったが、ある程度候補は絞っておくべきということ。
以前同じような話になった時には一時預かりとなって、今日は色々考えてきたものを審議しようとのことだ。
「まずはね~。ポケモンプログレメドレー!」
「プログレ……前に貸してくれたE.L.P.みたいな奴ですか?」
「あそこまでガッツリじゃないよ。どっちかって言うとドリムシ寄りかな。プログレメタル寄り」
……全然わからん。
素人的にはプログレ=何やってるかわからない系、だけどカッコいい、くらいの認識しかなかったりする。
聞けばプログレといえど一口に言えないくらい多岐にわたるよう。
フォロワーみたいなバンドはいても、代表的なのはそれぞれ全く違うジャンルと捉えた方がいいくらいに違いがあるそうだ。
ドリムシというのはドリーム・シアターというバンドで、どちらかというと馴染みのあるメタルやハードロック寄り。
でも結局は拍子の概念が普通のそれではなかったり、フレーズや音階の使い方など、やはりプログレ的側面が強いとのこと。
「ってか白井君知ってる曲だよ。スマブラでも流れるじゃん。……これ」
そう言ってスピーカーにウォークマンをつなげ、曲を流すと……
「あ、知ってるこれ! スマブラXの奴だ」
「そうそう! このアレンジ超カッコいいんだよね~。ルビサファの『チャンピオンロード』ね! この曲こんなことになるの!? って!」
確かにこれならバンドサウンドアレンジだし、一発でわかるカッコよさとハデさがある。
「原曲は行進曲的かつ荘厳なテイストだけど、スマブラのアレンジ版は全然違った良さがあるんだよね~。ギターゴリゴリってわけじゃないけど二拍三連のロックなドラムが入るだけでこんなに違う進化を辿っちゃうなんてね~」
雰囲気の出し方とかが難しそうだけど、完璧にこなせば絶対に楽しいし、大編成のバンドで更に上手くアレンジできればすごいクオリティになりそうだ。
しかし先輩の仰るワードがピンと来ない。
「……でも二拍三連ってどんなでしたっけ」
「うわピアノあがりのくせに」
「……譜面だったら大抵6/8で見れるじゃないですか」
「仕方ないな! ……説明しよう! 二拍三連とは!」
「お、久々」
久々の解説キャラだ、傾聴してあげよう。
「4分音符1個分の長さに対して8分音符2つではなく8分3連符を1セット! ……これが二拍三連である。散発的なフレーズだけでなく曲自体がそうなっているものも多くブルースやロック等でも広く用いられているリズムの一種な~以下略~」
「イメージがつかぬ……」
「むー! 感覚的にはツツツツ、じゃなくてツッツツッツに聴こえるヤツだよぅ! 3文字の言葉を早口で4回言ってみるとわかるよ!」
キャラ崩壊一瞬だったな。
めぐるめぐるめぐるめぐる……なるほど。
……脳内とはいえめっちゃキモいことしたな今。
「わかりましたわ」
「ならばよし! でも曲聴いた方が理解早いよこれは」
今聴いたチャンピオンロードを思い浮かべれば確かにそうだったし、結構思い当たる曲もある。
このリズムの曲って思ったより多いのかもしれない。
「そんでね~、次はこれ。こっちはスマブラforのアレンジ版!」
そうして流れた曲。
……あ、これも知ってる。
「『Nの城』ですねこれ。確かにアレンジ似通ってるからメドレーしやすいかも」
「お! 知ってた! これほんと見事だよね~。ポケモンの終盤ステージってプログレ寄りの多いんだけど、バンドサウンドに落とし込んだアレンジでここまでカッコよくなるとはってさ~」
早くも二人ともテンションが上がる中、最後はこれ、と先輩は続けて曲を流した。
「これ何でしたっけ。聴き覚えはある」
「『シロガネ山』だよ! 金銀の曲。これはハートゴールド・ソウルシルバーのアレンジだけど」
なるほど、金銀。
しかしプログレというキーワードを頭に入れた上で聞くと、確かにそれらしい。
月無先輩の言うとおり、三曲ともゲーム音楽らしくはあれど、プログレ的な統一感がある。
「三曲とも拍子は全部4/4なんだけどしっかりプログレ感出てるのがいいよね~。フレーズだけじゃなくてリズムもそうだし、何より耳を奪う曲展開と要所のキメ! 一般層に聴きやすくしたプログレの最たる例って言っても過言じゃないね!」
なるほど……。
自分が勧められて聴いたプログレに属する音楽は確かに人を選びそうだった。
それをわかりやすくした好例とも言えるのか。
「金銀、ルビサファ、ブラックホワイトってさ! 年代にわたって楽しめるメドレーって最高じゃない!?」
「あぁいい考えかも。……でもダイパ飛びましたね」
曰く、ダイパにも候補曲はあったが楽器の編成上アレンジ案が浮かばなかったとのこと。
曲の相性で言えば『決戦! ディアルガ・パルキア』なんかがそうらしいが、確かに思いだした限り鍵盤楽器メイン、ホーンバンドへのアレンジは無理そうだ。
「でも一つだけ引っ掛かることがあるのよね……」
「なんでしょう」
含みのある言い方。
個人的にはいいメドレー案な気もするが、実は自分も思うところが……
「壮大すぎない?」
「それな」
ビッグバンドのような単純な華やかさとは違って、ライブでやるには世界観が壮大すぎるし、曲自体が暗すぎる。
なんというか、圧倒的すぎるのだ。
「流れがあれば別なんだけど~……このメドレーだけだとさ」
「メッチャカッコいいのはわかってもらえそうですけど、多分面喰らう感じになりますよね」
「うん」
悪い表現になるが、一言でいってしまえば、『引く』。
ゲーム音楽だからとかではなく、独特な暗さを含んでいることもあって曲の聴こえがそういうものだ。
一般的なロックに大分寄ってるとしても、曲の印象は相当に浮いたものに聴こえるし、わかりやすくカッコいい曲とは違って、すんなり入ってこないって人もいる。
それに合宿ライブはステージは簡素なものらしいので、スモークや彩色豊かなライトもなしにやっても、壮大さが逆に滑稽に映りそうとのこと。
「聴き手選ばない感じの方が多分いいよね?」
「う~ん……気にしなくてもいいのかもしれないですけど、初めてライブでやるってこと考えたらそうかもですね。今言った通り流れがあれば別ですけど……曲数そんなにできないですもんね」
「うん。メドレー一曲って感じだね」
ゲームをやらない人にもウケる選曲、と考えるとこういったところは意外と難航するものだし、もっとわかりやすさが必要な気がする。
それに先輩自身、ポケモンのこの曲に関してはイケるかイケないか微妙なラインと思いつつ、最初から意見を聞く前提で選んだようだ。
「俺とめぐる先輩だとゲーム音楽好きっていう前提あるから、そういう客観欠けてるかもしれませんね」
「……確かに。ゲーム音楽かプログレ元々好きならって感じかも。うちの部活プログレ好きな人もあんまりいないし」
そして二人して言葉にならない呻りを上げる。
「あんまりゲームやらない人の意見欲しいよね」
「確かに……」
ゲーム音楽バンドのメンバーは大抵そうだからすぐにでも……。
ふむ、客観的な見方が上手く出来そうな人。
「「……あ!」」
「八代先輩」
「ヤッシー先輩!」
顔を合わせて同じ人の名前を口にした。
軽音の中で曲の選び方が一番上手いのは多分八代先輩だ。
「フフッ! やっぱそうだよね! 一番身近にいたね!」
解決の糸口になりそうということで、早速月無先輩が電話をかける。
「……今日ヒマかなぁ」
「来てくれたらすごい助かりますよね」
そしてコールして数秒、月無先輩の表情がすぐに明るくなった。
「ヤッシー先輩! 今日ヒマですか!?」
不通という事態は避けられたが、さてどうか。
「今白井君とゲーム音楽バンドの曲決めしてるんですけど、ヒマでしたら来れませんか? ……え、邪魔とかないですよ。そんなんじゃないですって」
……ふぅ、傷つくぜ。
こういうの聞くと飲み会でのアレはなんだったのかと思っちゃうぜ。
「あ、そうだったんですね。じゃぁ来れないですよね……」
あら、ダメか。
……しょんぼりしてる先輩可愛いな。
「ほんと!? じゃぁ夕方以降ですね!」
お? 表情がパッと明るくなったぞ。
表情コロコロ変わるの可愛いからもう10分くらい話続けてくれ。
しかし夕方って部室閉まっちゃうんじゃぁ。
「ではそれまで待ってま~す! お疲れ様です! ……ぴっ」
すごく嬉しそうだけど、どうなったんだろうか。
尋ねてみると、月無先輩はちょっとだけもったいぶって口を開いた。
「ふっふー。今日はヤッシー先輩ん家でご飯だよ!」
「……え? どういうこと?」
「今日バイトだから、その後ならだって! 曲決めするならうちにおいでよだってさ! ヤッシー先輩が料理作ってくれるって!」
「おぉ! すげぇ嬉しい」
八代邸で曲決めをしながら夕飯……めちゃ楽しそうじゃないか。
「それならそれまで出来ることやっちゃいましょうか」
「そうだね! ヤッシー先輩バイト終わるまで存分に語らおう!」
「……目的変わってますよ」
名目はどこへやら、嬉しさあまり本題はすっ飛んだようだ。
「いけないいけない。じゃぁ他の候補流そう」
気を取り直して次へ、とその前に一つ自分から。
「ポケモンって候補曲、今のだけですか?」
「ん? 他にもあるよ。ポケモンがいい?」
「あ、土橋先輩ポケモンの曲が初めてだったって言ってましたし、通ってる人多い気がして」
曲のわかりやすさと同時に重要なのが、タイトルの知名度。
ポケモンならそれは申し分ないし、何より知らなくてもポケモンっぽさがあるしキャッチーな曲は多い気がする。
「確かに知名度的にはFFかドラクエかポケモンって感じだよね。RPGなら。でもFFはやりつくされてるし~、ドラクエはバンドじゃ難しいし~。ってことでとりあえずポケモン考えてみたの」」
知名度に関しては先輩も同意見のようで、選んできた曲もできるだけ有名なタイトルからのものが多いそう。
折角だしあんまりバンドでやられたことのなさそうなのを選びたいと、その二つの基準を満たすものを候補にしているそうだ。
個人的にはFFの曲なんてめっちゃくちゃバンドでやってみたいが、今回の機会ではないと割り切っておこう。
「RPGに限定しなかったらやっぱ任天堂ですかね」
「かもね! スマブラやったことある人多いし~マリオもカービィもわかりやすもんね」
先輩にとってはどれもが一番好きな曲、となれば先輩の中で優先順位がないとも言えるし、やはり知名度という観点で選ぶのは間違いないように思えた。
「ゲーム音楽バンドの全員がわかる曲っていうのは中々なさそうですけど、知ってる曲の方が演奏してて楽しいってのもあるかもですよね」
これも実際重要な問題。
自分と月無先輩だけなら何やってもいい。
でも大人数でやるとなれば共感があった方がいいし、皆で楽しめた方がいい。
「言われてみれば……。フフッ! そうだよね! 折角ゲームの音楽やるんだから皆で楽しまなきゃね! なんかもっと楽しみになってきた!」
「はは、そんなに嬉しいですか? 皆でやれるっていうの」
「勿論だよ! でもそれもそうなんだけどね」
そう言って少し間を置く。
「白井君がこんなに積極的に意見出してくれるのが嬉しくってさ」
……またしても不意打ち。
この人の裏表のなさは本当に凶器だ。
「めぐる先輩に毒されすぎたっすね」
しかし慣れましたぞ。
スマブラよろしく猛攻への緊急回避は上達したということだ。
さぁ、いつも通りむーと膨れて可愛くふてくされるがいい。
「……フフッ! そっか!」
……マジか。新戦法。まさか緊急回避の隙を狙ったフェイントだったなんて……そういやスマブラでもかわし方身につけたら違う方法でボコられたっけ。
しかし本当に底が見えないというか敵わないというか。
脳内でお茶らけてたから、まだなんとかなったが……。
「と、とりあえず皆に好きなゲームとかやったことあるゲームとか聞いてみたらどうでしょう! ゲーム音楽バンドのライングループだってもう作ったことですし!」
「フフッ、そうだね。じゃぁ皆どんなゲームするか聞いてみようか」
何だか余裕あるな……この前は自爆して顔真っ赤にしてたくせに。
自分ばっかり気にしてなんか負けた気がする。
「……既読スルーされたりしないかな」
……そっちの方が気になるのね。
「されませんよ」
「むー……不安」
何を不安がってるやら。
月無先輩のことをそんな扱いする人なんていないでしょうに。
……見せますか。男。
「あれ、ラインだ……え!?」
「聞いちゃいました」
「……フフッ! ありがとう!」
……なんだかとてもいいことをした気がする。
少しキザだしポイント稼ぎみたいだけど、これくらいは積極的になってもいいかと、先輩の笑顔を見ればそう思えた。
今日はゲーム音楽バンドの話も進みそうだし、夕飯も楽しみだ。
隠しトラック
―― めぐる名人 ~部室~
「なるほど……プログレにも色々あるんですね」
「うん、白井君に貸したE.L.P.とイェスは聴きやすい方かな」
「さっき言ってたヤツ、なんでしたっけ」
「ドリームシアター?」
「そうそれです。それはどうなんですか?」
「割と最近のだからわかりやすいし、単純にカッコいいよ。ビートがあるからちゃんとノレるよ」
「メタル寄りなんでしたっけ」
「うん。まぁちょくちょく拍子バグってるけどね」
「なるほど、今度聴いてみます」
「そうそう、ドリムシのドラムめっちゃ面白いんだよ~」
「……と言いますと」
「マイク・マンジーニって言うんだけど、ギネス持ってるのね。スネアの連打記録」
「へ~……。でも想像つかん」
「その動画がさ、ほんと面白くてさ……これ。よく見てて」
「うわスゴ……」
「ここまで行くと意味わからないよね」
「いやでも言いづらいんですけど……」
「ん?」
「めぐる先輩、ボタン連打する時これと同じようなことしてますからね」
「……してる」
「腕全く動いてないから連射キーでも使ってるのかと思いましたもん」
「あたしがそんな甘えをするとでも!」
「よく見たら腕痙攣させてて、初めて見た時うわってなりました」
「むー……ヒドいなぁ。でも基本じゃない?」
「基本じゃない」
「そんなに変かなぁ……。あ、そういえば連射測定アプリあるよ」
「……やってみますか」
「10秒間だってさ。……はい、じゃぁ白井君から」
「うす……でもボタンじゃないからやりづらいかもですね」
「ファイト! ……お、結構早い」
「…………98回! 惜しかった!」
「じゃぁ次あたしね。ふしゅ~……」
「……やっぱ何度見てもおかしいなこれ」
「ふぅっ。……うわ」
「何回です?」
「132回」
「……次スイカ割りでもやってみます?」
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