飲み会④ 幕間 女神パワー(物理)

 部長のゲーム音楽バンド加入が決まり、その場にいたメンバーで和気あいあいとした会話で盛り上がる。

 いかにも飲み会といった雰囲気に、大学生の実感と喜びを感じる。


「白井には前言ったじゃん。私より強い人じゃないとってさ」

「やっちゃん弱い男の人興味ないのね~」


 っと、まぁこんな話題に。

 部長のモテない話から色々と盛り上がっているというところだ。

 月無先輩の手前微妙に避けたい話題な気もしたが、部長のおかげでまるで恋バナっぽくもないのが救いだ。


「お前ずっとそれ言ってるけど誰が勝てんだよ……」

「……俺も同意見です。ってか単純な腕力でも勝負にならない」


 グラフェスのステージ設営の時もそうだったけど、下手な男よりも断然パワーがあるし、ゲーセンでフィジカルモンスターっぷりも目にしてるから本音でしかない。


「一回八代パンチ食らったけど危うく痩せるとこだったわ」


 意味わかんないけど多分めっちゃ痛いんだろうなぁ。


「軽音の男がショボすぎるんだよ。もやしばっかじゃない?」

「氷上さんとかヤバいですよね! ボール投げる時肘バグってて超笑いました!」


 あぁいるわそういう人。

 オーバースローの時、なんか肘おかしいの。

 でも月無先輩はビビってる割に氷上先輩のことナメすぎじゃね。


「藍とかめっちゃ煽ってたもんね」

「来いよアニオタ!」

「アハハ、それそれ。スーが声出して笑うくらいだったもんね」

「あれほんと面白かった。ふふ、めぐるちゃんモノマネ似てるね」


 何でも合宿の時にキャッチボールをした時のことだとか。

 この部活は煽る風習があるのか、清田先輩は月無先輩以上にぶっこむようだ。

 

「白井はもうちょっと筋肉つけないとな~」

「そう言われましても……」

「めぐるの方が力あるんじゃない? クロノスだっけ? あの鍵盤超重いし」


 確かに……88鍵盤のあのくそ重い鍵盤、普通に持ちあげてるんだよな。

 一度狭い場所での搬入を手伝った時に二人で持ったけど、自分じゃ一人では持ちあげらんないって思ったし。


「う~んどうでしょうね。でも白井君、SV-1でも重そうにしてるもんね」

「そんなに鍛えたことないですから」

「まぁいっつも軟弱ってあたしに言われてるしね」

「それゲームの話でしょう」


 すると、八代先輩が何か思いついたような顔をして言った。


「……よし、じゃぁ腕相撲してみてよ、二人で。師弟対決」


 ……飲み会っぽいけど、やることなくなった時にするものでは。


「ふっふー、いいですよ~。師匠の力を見せてやります!」


 承諾した気もない自分を尻目に、月無先輩はテーブルの対面に移動した。


「さぁどっからでもかかってきなさい!」

「前から以外に選択肢ないでしょう」


 しぶしぶ体勢を整えて机の上に肘を乗せて……セットアップする前に気付く。


 当然と言えば当然だが、実は初めて月無先輩の手に触れる。

 他の人なら気にしなかっただろうけど、憧れのピアニストの手、そして何より月無先輩の手だと思うと、やけに気にしてしまう。


「はい二人とも構えて~」


 そしていざ手をつなぐ直前、触れてもいないのに緊張が伝わったか、それとも顔に出ていたのか定かではないが、月無先輩も気付いてしまった。

 交差しながらも確かに存在する空間、距離感というより度胸のなさの表れ、それを見つめて固まってしまう。


 ……何だこの空気。

 

 そして目が合って、示し合わせることもなく二人で八代先輩を見ると、いつになくニヤニヤ……完全に図られた。


「ちょ、ちょっと手拭きますね。手汗出てたらアレなんで」

「し、白井君いっつもコントローラーびちょびちょだもんね!」


 そんなには出ねぇよ。

 しかし結局つなぐこともできずに机から肘を離す。

 春原先輩がボソッとヘタレと横で言ってくるが、我ながら情けなさすぎる。


「え、えっとおしぼりおしぼり」


 この人もほんと誤魔化すの下手だな……。

 なんだか微妙な空気になってしまったところで、秋風先輩がすっと立ち上がり、自分に向かって言った。


「しろちゃん、ちょっと私とやりましょうか」

「え?」


 ……何事? しかも伸ばし棒ないんですけど。


「……ご愁傷さま、白井君」

「え、マジで何事ですか」


 春原先輩は何を言っているんだ。

 全く飲み込めずに困惑するこちらを無視して、秋風先輩は自分の正面に座った。

 袖をまくって雪のように白く美しい腕を露出させ……いや美しさに見とれてる場合じゃないぞ、超怖い。表情はいつも通りにこにこしているが、全くの無言で構えてこちらの準備を待っている。

 気のせいか「来いよモヤシ!」って聞こえてくる。


「触れちまったんだよ、お前は」

「いやヒビキさん、何に……」


 まさかさっきの月無先輩とのやりとりが神の怒りに触れたのか?

 超過保護なのはわかるけどあれでだと……。

 もうなんかいつもの癒しオーラとは違うの出てるし。


「白井、覚悟決めな」


 八代先輩の言葉でもう逃げることは許されないことが確信に変わる。


 もう括るしかない、腹。

 でも正直、秋風先輩と手つなげるの嬉しい。


「お願いします」


 そしてセットアップ……あ、これ絶対勝てないわ。

 握った瞬間喜びとか忘れて素になったわ。

 なんつーか、第一印象が山だよ、オリンポス山。


「レディー……」


 もう棄権させてくださいマジで、投了。

 通常攻撃一発目で全く勝てないってわかるボスいるでしょ、あれと同じ。

 お願いだからリセットさせてくだ……


「ゴー!」

「フッ!!」


 なん……だと。何故か押してこない、がビクともしない。

 こっち本気で押してるのに表情一つ変えずに何故かこっちの目を見てくる。

 何なんだ一体。本当にこれ何なんだ……。


「まだまだね~」

「ヴン゛ッ」


 ……一瞬で決められた。

 

「アハハ! 白井情けないね~」

「いやそうとは言われましても」


 相手は神ですよ神。

 多分何か条件満たさないと攻撃通じない系ですよこれ。


「うふふ、めぐちゃんに触れるのはまだ早いね~」


 くっそうやっぱりそういうことだったのか。

 神の怒りに触れたわけではなくて安心したが、私を倒してからと。


「白井、お兄さん残念だよ。もうちょっと骨のある奴だと思ってたが」

「……いや実際やってみてくださいよ全然無理でしたよ」


 他人事だと思って……。

 でもまぁ自分はパワータイプでもなければ特別運動ができるわけでもない。

 部長ならハト胸を見る限り鍛えてそうだし、また話は違うか。


「なら見せてやんよ部長の力。秋風、勝負だ」

「イヤよ~」


 あ、フラれた。秋風先輩やたら部長に手厳しいな。

 

 しかし実際のところ、自分が弱いというよりは秋風先輩はトロンボーンのせいで力が元々強いらしい。

 構えた時に見えた綺麗な腕からは想像できないパワーはそのためと。


「女神パワーってヤツだね!」

「マジンパワーかよ」


 しかしその女神パワーをこの身で思い知ったから、少し気になる。


「秋風先輩と八代先輩はどっちが強いんです?」


 ふと気になっただけだが、女神対フィジカルモンスター、これ以上ない役者がここに揃っているのも事実。


「どっちだろうね。でも勝負する理由ないし」

「そうね~。争いはよくないよ~」


 おかしいな、さっき問答無用で屠られたんだが。

 飄々とかわす八代先輩と、素に戻ると平和主義の秋風先輩。

 夢の対戦カードは実現しないか。


「おっと理由ならあるぜ」


 そして急に割って入る部長。

 この二人が争う理由って何だ?


「八代が知っていて秋風が知らない月無情報……」


 一瞬秋風先輩がピクッとなる。

 溺愛してる月無先輩の情報となれば黙っちゃいられないか。


「え、そんなのあったっけ? 私心当たりないんだけど」

「……ギンナン」

「アハハ! それね~」

 

 ……あれだけは勘弁してほしい。

 部長のバイト先、寿司屋でのある事件(夏編①『不知火響の粋な計らい』参照)。

 身構えてたお陰で反応せずに済んだのは幸い。

 大袈裟にリアクションしてれば「白井と何かあった」との確信を得ただろうし、平静を保ててよかった……はずなのに。


「ギンナン~? 何があったのかしら~」


 ……何故こちらを見る。

 女神だから全知とはいえ、もう確信しているような含みじゃないか。

 目線をやればまた訝られる気がするので見れないが、何も言わないあたり多分月無先輩も困ってる。


「でも私にメリットないし~」

「そ、そうですよね! 大したことじゃないですし!」


 ……メッチャなかったことにしようとしてる。

 異常なレベルの溺愛っぷりで、さっきの程度ですら過剰反応を見せた秋風先輩のこと、知られれば裁かれるかもしれん。このままお流れになってほしい。


「副賞つけましょう」


 そして春原先輩が副賞と提案した。


「……勝った方がめぐるちゃんを一日好きにしていい権利」

「スーちゃん試合どうしても見たいだけでしょ」

「うん」


 ……前にゲームやった時も何度も再戦せがんできたし、春原先輩って何故か勝負事好きなんだよな。


「う~ん、それなら休日にいつでもできるしねぇ……」

「私はそれでいいわよ~」


 八代先輩にはパンチ不足の模様。

 秋風先輩は丸一日存分に可愛がれるならとノリ気だ。


「じゃぁ白井君もセットで」

「……じゃぁって。意味わからないですよ」

「アハハ、白井とばっちりだね。じゃぁいいよそれで」

「いいんですか……」


 結局、小さな戦闘狂ウォー・モンガーのひと押しで、秋風VS八代のマッチアップが決まった。

 ギンナン事件の情報開示と、副賞の「月無先輩を一日好きにしていい権利」を巡って火ぶたが切って落とされた。

 景品はこっち、と春原先輩に支持されて月無先輩と並んで座り、様子を見守る。


「なんか変なことになりましたね……」

「うん、ヒビキさん許さない」


 当の部長は悪びれる様子もなく笑っている。

 

「どうしよう……ヤッシー先輩負けたら白井君死んじゃう」


 月無先輩が小声で生命の危機をつぶやいた。

 何故一方的に景品にされた挙句、場合によっては死が待つ状況に……飲み会参加しただけなのに。


 そしてセットアップ、二人が手を組むと、謎の緊張感に包まれた。


「……これは手加減してられないわね」

「うふふ、何があったか聞かせてもらうよ~」


 互いにマジな感じのセリフを吐き、春原レフェリーがその上に手を置く。


「行きますよ? れでぃー……ごー!」


 春原先輩が手を離した瞬間、弛緩から硬直へと変わる二人の腕。

 しかし全く動くこともなく双方全くの互角。

 かたずを飲んで見守る中、月無先輩がおもむろに口を開いた。


「この勝負……気を抜いた方がやられる……」

「言ってみたかったんですねそういうセリフ。……でも気抜いたらそりゃやられますわ」


 譲る譲らぬではなく微動だにしない、千日戦争サウザンド・ウォーズの様相。

 ガチで切迫する二人を見て、冗談を言ってはいたものの、月無先輩はどこか心配そうな目を向けた。

 負の感情があるわけではなくとも、状況としては大好きな先輩二人が自分のことで争っているようなもの、月無先輩からしたら本当は心苦しいのかもしれない。


「ヤッシー先輩……吹先輩……」


 名前だけを呼んで言葉を続けられずにいると、八代先輩が言った。


「ね、ねぇ吹?」


 すると、伝わったというように秋風先輩も応えた。


「う、うん。引き分けにしましょうか」


 そして脱力して手を離すと、二人ともふーと大きく息を吐いた。


「ごめんねめぐちゃん。めぐちゃん困らせちゃったらダメだったね~」

「アハハ、吹はめぐる好き過ぎるんだって」

「やっちゃんもごめんね~」

「いや私はいいのよ。久々にマジになってちょっと楽しかったし」


 そんな風に言って、秋風先輩と八代先輩は笑いあった。


「は~よかった~……」


 月無先輩も安堵の声を漏らす。

 

「そんなに知られたくなかったんですか?」


 ギンナン事件のこと。

 これを聞くのは男らしくない気もしたが、正直少し気になった。


「……だって白井君死ぬじゃん」

「それはイヤだ」


 死ぬのはイヤだけど……真相を知られることより、そっちの心配だったというのは、正直言って嬉しい。

 月無先輩はスッと立ち上がり、秋風先輩のところに行ってぬいぐるみモードに入ってしまった。


「不完全燃焼……」


 ボソッと春原先輩がつぶやく。

 血気盛んな小動物はどうやら決着まで見たかったようだ。


「うふふ、もう力出ないわよ~」

「女神パワー切れ!」


 八代先輩の剛力に迫る女神パワー(物理)は月無先輩がらみでしか発動しないと。

 やはり超常の力だったようで、月無先輩にゴロつかれて脱力した今はもう出ないようだ。


「アハハ、じゃぁスー私とやろうか。両手使っていいよ、ハンデ」

「……侮られている!」


 そして机の上ではなく座敷にねっ転がって、春原先輩と八代先輩は腕相撲を始めた。


「うぅ……動かない」

「アハハ、スーは力ないな~」


 子供をあやすような慈愛の目を向ける八代先輩と、両手でありったけの力を込める春原先輩。

 ……最早親子の図である。


「アハハ、えいっ」

「うあ」


 両手ごと持っていかれて小さな体がころんと右に倒れる。そしてまた再戦をせがむ。

 可愛らしく平和な図に、周りも癒されていった。

 そんな和みムードの中、部長が自分にだけ聞こえるように声をかけてきた。


「しかし白井残念だったな、まだだってよ」

「まだって……そういうのじゃないですよ」


 うむ、そういうのじゃない。

 直接的な関係性は思い浮かべないようにしているし、何より求めていない。

 周りから何を言われようとも師弟は師弟ですとも。


「強情だなぁお前も。好きなら好きって言っちまえばいいのに」


 ……なんで全部見抜かれてるんだ。


「……そういうのはちょっと」 

「言ったところで変わりはしねぇだろ。多分喜ぶだけじゃね」


 自分が深刻に考え過ぎなだけ、そう言われているようだった。

 フラれることを持ちネタにしている部長の言葉だからか、伝えることが悪いことではないとだけは思えた。


「このままで……というかこのままがいいんです」

「ふ~ん、よくわかんね」


 八代先輩と同じような反応をされてしまった。

 でも実際、自分でも何が正解かよくわからない。

 それを求めてしまえば神の裁きにあうし、何よりゲーム音楽が一番の壁。

 ……でも今の関係の心地よさに思考停止してる部分もあるのかもな。


「なんかきっかけあるといいな」

「だからそういうのでは……」


 きっかけか……。

 予想もつかないけど、いつかそれを思わざるをえない時が来るのかも。


「ま、お兄さん応援してっから」


 後輩の幸せは部長である自身の幸せ、そう言っているようだった。


「さてと、オチがねぇな」


 ……なんのことだ一体。

 メタと煽りがこの部活の風習なのか。


「よし春原、次は俺とだ! 腹を借りるつもりでかかっ」

「イヤです」

「ハッハ、恥ずかしがるなよほら。パパって呼ん」

「本当にイヤです」


 うわ……冗談交じりでも本当にイヤそう。


「ヒビキそれ以上やると鼻殴るよ。上から、こう」

「お前……それ豚とかの殺し方じゃねぇか」

「うふふ、やっちゃんやっちゃえ~」

「やれやれ~! あたしの恨みはらしちゃってください!」


 あ、月無先輩はマジだなこれ。

 しかしまぁ部長のお陰でニュートラルになれたのは確かか。


 女神パワーの片鱗を知った飲み会の一幕。

 色んな意味で自分の置かれている状況を再確認するいい機会だったかもしれない。




 隠しトラック


 ―― 野生の本能 ~飲み会にて~


「前から思ってたんですけど、スー先輩って勝負事とか好きですよね」

「ね、いっつもスマブラ楽しそうにやってるし」

「うふふ~可愛いわよね~あれ~」

「勝ち負け気にしない感じ、一番楽しんでる気がしますよね」

「みんなでやるのが楽しいんじゃないかな? 普段はあんましないって言ってるし」

「はぁなるほど。でも醍醐味っちゃそうか」

「たまに勝ちたがってるのがほんと可愛いよね」


「何か諦めませんよね。……まだ腕相撲やってるし」

「ね、ほんと可愛い!」

「スマブラもひたすらプリンのダッシュ攻撃で突っ込んでくるし」

「フフッ、出し方覚えてからずっとやってるよね。ステージギミック状態」

「……根性ありますよね。何であんな折れないんだろ」

「白井君が根性ないだけだよ。スーちゃん不屈も持ってるから」

「スパロボかよ……」

「言ってやってください吹先輩!」

「うふふ~、根性なし~」

「……脱力持ちか」


「まぁスーちゃん、血が騒ぐんだよきっと。リスって意外と凶暴らしいし」

「失礼じゃね」

「コントローラー握ると野生化するんじゃない?」

「ダンクーガじゃね」

「どんぐりあげると気力全開、精神ポイント全回復!」

「めぐるちゃん、聞こえてるよ」

「ごめんごめん、つい可愛くて」

「……こうなったら腕相撲で勝負」

「お、やるかー! 二年生対決!」


「平和ね~」

「平和ですねぇ」

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