飲み会③ 長の矜持とその冥利

 グラフェスのMVP発表も終わり、皆でそれを振り返るのも一区切りといったころ、巴先輩が素敵な提案をした。


「そうだ奏、みんなで写真撮ろうよ~」

「……そうね、忘れてた。カメラ持ってくるね」


 そして月無先輩達のいる八代バンドのところに合図を送ると、いつになく嬉しそうな表情で、月無先輩、秋風先輩、春原先輩のMVP三人がやってきた。


「白井君! ……本当にありがとうね」

「……おめでとうございます」


 月無先輩はまず真っ先に声をかけてくれた。

 注目を浴びないよう、少しだけ小声で、それでもどれだけ嬉しいかが伝わってくるような笑顔で。


 巴バンドのテーブルに代表バンドMVPの一同が集結すると、何が起こるのかと好奇の目が寄せられた。

 今度は笑顔だけ。改めて労いあって、喜びをわかちあって、青春の爽やかな感動が呼ぶ幸福感が場に充満すると、いつしか自然に再びの拍手が起こった。


「じゃぁみんなで写真撮ろう~。白井君カメラマンお願い~」

 

 そしてテーブルの間にある広いスペースで、最初はホーン三人娘、次は巴冬川コンビ、月無春原の二年生コンビ、土橋氷上の男衆と、色んな組み合わせで写真を撮った。

 そのどれもが部活動の最高の思い出として強く残るようなものだった。


 しかし一つだけ気になる……。


「ヒビキさん、あのまま独りで飲み会過ごす気なんすかね……」


 こちらの様子にはわざと目もくれず、未だに手酌で酒を飲んでいる。

 そしてめっちゃ美味しそうに唐揚げ食べてる。

 余りにも静かで自虐的なその様、ネタにしても体張り過ぎで心配になる。


「ツッコミ待ちにしては我慢強すぎるよね~」

「しかもアレ、構ってほしいわけじゃないからな」

「あ、そうなんですね。なんであんなメンタル強いんですかね」


 氷上先輩曰く、ヒビキ部長のネタは見るのも無視するのも自由、お好みの楽しみ方でいいらしい。


 少し観察していると……たまに誰かが来ては食べ物を置いていき、関取よろしく手刀を切ってグルメ番組のように美味しそうに食べる。

 無限ループさながら続く無駄に完成度の高いサイレントネタ、オブジェにしては随分面白いけどさすがに同情してきた。


「ヒビキ、ああいう地味にクるネタ好きだから~」

「シュールな方が面白いわよね」


 巴、冬川コンビには好評な模様。

 

「奏と吹、ヒビキの親方ネタめっちゃツボってたよね~。合宿の」

「やめて思い出させないで」

「うふふ、あれは笑うしかなかったね~。カナちゃん動けなくなってたもんね~」


 ツボが浅い冬川先輩はともかく、女神ですら笑うしかなかった親方ネタ……めっちゃ気になる。


 しかし放置しておくと本当に飲み会終了まで関取オブジェと化しそうだ。

 それに代表バンド全員で写真を撮った方がいい。


「代表全員映ってるのも撮りましょうよ。ヒビキさんが映ってるの、今のとこ引きで撮った時に見切れたヤツだけなので」

「そうだね~。ヒビキ~写真みんなで撮るよ~」


 巴先輩が呼ぶと、コロッケを食べる手を休めて……


「ふん、見てわからねぇか! 俺が今どれだけ幸せなひと時を過ごして」

「めんどくせ~、じゃぁ食べてていいよ~」

「え……何でそういうこと言うんだよ……」


 メンヘラかよ。


「実際そろそろ満腹で辛かった」


 運ばれてくるのもほとんど油モノだったしなぁ……。


「体張る割にはどっかんどっかん来ないしこのネタ。正直早く誰か止めてくれって思ってた……」


 じゃぁ止めりゃいいのに……なんでこんなに芸人魂に溢れてるんだろう。


「ほらほらヒビキさん! 早くみんなで撮りましょう! 代表バンドで!」

「お、オイラなんかが混ざってもいいのかい?」

「部長のヒビキさんが映らなくてどうするんですか!」


 月無先輩本当にいい子だなぁ。

 半分みんな呆れてる中、ちゃんと心から先輩を立てて……。


「月無はいい子だなぁ……お兄さん、うれし」

「時間もったいないですから!」

「あ、はい。すいません。ッス」


 あぁそういう……でもいい加減グダってたし月無先輩グッジョブ。


 そして代表バンドが揃ったところで何枚か写真を撮った。

 今度は部長も一緒に全員、さすがの部長もネタで水を差すこともなく、最高の笑顔で写真の中央を飾った。


「カメラマンも映りなよ~。ほらこっちおいで~」

「え? でも俺関係ないですし」


 巴先輩にいざなわれる。

 歓迎ムードだがこの中に自分が混じるのも、と逡巡した。


「関係なくないよ、ほら、行ってきな。私が撮ってあげるから」


 すると、いつの間にか横でスマホを構えていた八代先輩にそう言われる。


「うふふ、おいで~しろちゃん~」


 ……女神にまで言われたら仕方ない。

 デジカメを八代先輩に託して、端に立つ形で自分も入れてもらった。


 凄まじい場違い感にさいなまれたが、被写体としての位置から目に入った軽音の面々の、妬みとは無縁な表情につられて自然と笑顔になった。


 撮影会も終わり、皆元のテーブルに戻った。

 八代先輩もデジカメを冬川先輩に渡して「よかったね」と言って戻っていった。

 どんな写真になったのか、冬川先輩と巴先輩の三人で見ていると、部長がやってきた。


「どんなん撮れてるか見せてくれ~」

「お~ヒビキ~。いいの撮れてるよ~」


 これまで撮った写真を次々と見ていき……。


「いい写真多いな。まるでMVPのバーゲンセールだな」

「まだベジータ引きずってんですね」


 ……どうしても言いたかったんだろうなぁ。

 でも実際のところ吐いた呪詛は完全に冗談で、部長も皆がMVPを取ったことが自分のことのように嬉しい様子。仲間の幸せを妬むことなく祝えるのは、やっぱり部長としての器だ。

 そして「写真後で送ってくれ」とだけ言って、自分の席に戻っていった。

  

「また戻っちゃいましたね。こっちのテーブル一つ空いてるのに」

「ヒビキ煙草吸うからね~」

「吸う人ほとんどいないから気を遣ってくれてるのよ」


 なるほど……でもなんか淋しいなそれ。

 折角夏バンド一緒に組むんだし、自分は煙苦手でもないし……。


「ちょっとヒビキさんのとこ行ってきますね」

「お~、行ってあげな~。……あっちの方がめぐるも近いしね~」


 またこの人は……でもいつもの調子の巴先輩もなんだか安心感がある。

 そして巴バンドのテーブルを後にして、部長の職務を全うし、一人静かに一服する部長に声を掛けた。


「お疲れ様ですヒビキさん」

「おぉ白井。いやぁ喫煙者は肩身狭くてな」

「軽音、女子多いですもんね」


 繋がった隣のテーブル、八代バンドもそうだし、女子比率の多い軽音では飲み会とはいえ中々無遠慮に吸うわけにはいられないと。

 清水寺トリオがいつの間にかいなくなってるのも、小寺先輩が少しの煙でもダメだからだそうだ。

 自分と入れ替わりのようにして巴バンドのテーブルに行った夏井も、気遣いの意味での煙草吸う宣言を受けて移動したとのこと。


「悪いとは思うけど吸うとこマジでないからな。小寺も悪気があるわけじゃなくてほんとにダメらしいし」


 フロアの角に当たる席だし、これ以上追いやられるのも可哀相だろう。

 一か所喫煙者席みたいになってるテーブルがあるけど、そこも数少ない喫煙者で埋まっている。

 そんな喫煙者事情を話題にしていると、隣のテーブルから月無先輩がやってきて自分の隣にちょこんと座り、春原先輩もその横に座った。


「ヒビキさん、代表バンドに入れてくれて本当にありがとうございました!」

「私もすごく楽しかったです」


 代表バンド二年生コンビが改めての感謝を述べると、部長は三年冥利に尽きるといった喜びを浮かべてハッハと笑った。


「でも二年二人が立役者だからな、ほんと」


 そう言って、重責を全うした二人に労うようにして言葉を続けた。


「春原は一曲目でいきなり持ってったし、月無は最後のソロで完璧にベストパフォーマンス決めたしな。お前ら二人が一番頑張ったよ、ほんと」


 二人は顔を合わせて喜びを示し合わせた。

 確かにライブのセットリスト(演奏する曲の順番)の始まりと終わりはこの二人が飾ったし、本心からそう思ってるんだろう。

 そして二人の謙遜することもなく素直に受け取り喜ぶ様子も、部長の言葉への最大の恩返しにも思えた。


「ヒビキさんがセトリ決めてくれたからです。一番好きなバンドの曲でソロ吹かせてもらえて、しかも一曲目に……二年生なのにこんなによくしてもらえるなんて」

「嬉しいこと言ってくれるな。いいんだぞ春原、お兄ちゃんって呼んでくれても」

「……それはイヤです」


 ……ブレねぇなぁ。


「あんた後輩の話くらい真面目に聴きなさいよ」

「いや、何かむずがゆくてな。嬉しいんだけども」


 照れ隠しか。

 いつもコミカルな振舞いをしているせいで、マジトーンが苦手なのかもしれない。

 八代先輩のツッコミが入ると、部長は言葉が出ないのを誤魔化すように二本目の煙草に火をつけた。

 すると今度は秋風先輩が言葉をかけた。


「うふふ、でもヒビキ君が曲順とかアレンジ案とかちゃんと考えてくれたからよ~。春祭のメンバー紹介だって大好評だったじゃない~」


 なるほど、妥協のない職人気質はしっかりライブにも活かされてたのか。

 ステージパフォーマンスなんかもかなり拘るらしく、それがどれも上手く行くっていうのは、部長のエンターテイナーとしての資質に違いない。

 春バンドのライブで見た、代表バンドの曲兼メンバー紹介は本当に最高の出来だったし、ライブ全体の流れもものすごい完成度だった。


「だからヒビキ君が実際一番の立役者よ~。他の人だったらきっとあんなに上手く行ってないんじゃないかな~」


 そう秋風先輩が言うと、部長は報われたように少しはにかんだ。

 ありがたき女神の啓示が降り注いだわけだ、これ以上に価値ある言葉も中々あるまい。


「フッ、惚れてもいいんだぜ?」

「冗談じゃないわ~」


 冗談じゃないそう。

 久々だが結構ずばっとものを言う。


「吹って時々私よりキツいよね」

「そうかな~?」


 そして自覚なし。

 結局冗談めかしく区切りがついたが、これも部長らしさか。

 自分のことはこれくらいに、と言うように部長は話題を戻した。


「しかし月無、お前本当にすごいな。得票率七割越えとか前例ないらしいぞ」

「え! そうなんですか?」


 話題は月無先輩へ。

 誰もが輝いたステージとはいえ、一番目立ったのは事実だ。


「そりゃそうだろ。大抵みんな自分の大学に入れるんだから、ベストパフォーマンスとホーン三人娘の五割越えですらおかしいんだぞ」

「そ、そうなんですか」

「そうなんですよ。で、集計取ってたK大の奴も鍵盤なんだけどな、あんな音作り上手いヤツ見たことないってさ。ちゃんと実力でわからせたんだよ」

「じ、実感わかない……」

 

 部長から色々な事実が告げられると、月無先輩は改めて信じられない模様。

 秋風先輩達から暖かい目が向けられても、黙ったまま言葉を反芻していた。


「ま、よかったなマジで。ゲーム音楽好きっていうの見せつけられて」


 そしてその言葉を聞いた一同、目が点になる。

 反応としては大袈裟かもしれないが、月無先輩のゲーム音楽好きを直接的に看破する言葉に、その場の全員が驚いた。

 部長は気付いているフシは前からあったし、ゲーム音楽自体も結構好きなのは知っているけど、突然だったものだから自分も言葉を失った。


「練習の時、内心嬉しかったからな。月無があの音色でソロ弾いた時、やっとこいつ隠さなくなったんだなってな」


 きっと心底嬉しいんだ。目をかけた後輩が見せた最大の成長を、自身のバンドで見れたことが。

 面を食らって言葉を発せずにいる月無先輩に、部長は更に続けた。


「一番好きな音楽やれなかったら部活やる意味ないからな。本物のゲーム音楽やったわけじゃないけど、やっぱ月無にも一番好きな音楽やってほしかったんだよ俺は」


 部活に入ってすぐの頃、初めて月無先輩がゲーム音楽を提示した時のことを思い出した。

 部長はそのころからもう気付いていたし、思う存分好きな音楽をやって楽しんでほしいという願いを口にしていた。


「で、でもあたしなんかが……」 

「一番頑張ってる奴が報われなきゃ意味ねぇだろ」


 部の長として、部員全員が本気で楽しめること、きっとこの人はいつだってそう思って部長をやってきたんだ。

 わざと冗談で台無しにするいつものそれではない、部長としての本気の言葉はただひたすらに、聞く人の心に響き渡った。


 感銘を受けるばかりで言葉を失う月無先輩に、八代先輩が優しく言葉をかけた。


「だってさ、めぐる」


 たったそれだけだったが、部長の言葉が自身に向けられたものだと思い知った月無先輩は、泣きそうになるのを堪えて応えた。


「あたし、もっと頑張ります! 夏バンもよろしくお願いします!」

「おー、次は絶対ソロバトル負けねぇからな!」


 そう言って笑顔で締めくくった。

 月無先輩と部長の、氷上先輩主導のフュージョンバンド、どれだけ良いものになるか今から本当に楽しみだ。


「ねーねーめぐちゃんめぐちゃん~。ヒビキ君は誘ったの~?」


 秋風先輩がそう声をかける。

 今は丁度そのメンバーしかいないし、いつにないチャンス。


「そうでした! ……ヒビキさん!」

「おぉ何だ?」


 いつもなら「告白?」とか言って茶化しそうなところだけど、本気を感じとってか、部長は何も言わずに次の言葉を待った。


「お楽しみで、あたしと一緒にやってください! 本物のゲーム音楽!」


 そして煙草の火を消して、少しだけ溜めて部長は返した。

 きっと快く受けてくれる、そんな確信が……


「お、オイラなんかが混ざって」

「あんたそういうとこだよモテないの」


 ……台無しだよ。

 八代先輩が食い気味にボケを潰すと、気を取り直して爽やかに快諾してくれた。


「言っておくが……俺は結構うるさいぜ?」

「ふふー、望むところです!」


 結局、いつものノリで面白おかしく、それでも笑顔で陽気に楽しく、最高の部長の、最高に部長らしい締めくくりになった。



 ――不知火しらぬいひびき(部長)が仲間になった!



 遂にこれでバンドの形が整った。

 あんまり時間を割き過ぎて夏のバンドが疎かになってはダメだけど、ゲーム音楽バンドも実際に動けるようになったのだ。


「ねーめぐる、曲って決まったの? ゲーム音楽」

「う……まだ迷ってるんです」


 ……こっちも早く決めねば。


「お、じゃぁ今度曲決めしようぜ。早いうちにやらんと夏バン圧迫するし」

「やりたい! 超楽しみです!」


 そして今度、ゲーム音楽のための曲決め会をしようと案が出て、具体案が一つ決まったところで区切りとなった。





 隠しトラック


 ―― 恐怖の矛先 ~飲み会にて~


 一方その頃、巴バンドのテーブル


「お疲れ様です! 皆さん!」

「お~なっちゃん~。お疲れ~」

「すいません、私もこのバンドなのに中々挨拶にこれなくて!」

「フフ、いいのよ。どうせ少ししたらテーブルとか関係なくなるから」

「夏井とはあまり話したことなかったな」

「あ、はい! 氷上先輩! こ、光栄です!」

「フッ、緊張するな」


 数分後


「なるほど……私の高校の吹部は恋愛禁止みたいなとこあったので」

「軽音も似たようなもんだよ~。いるのって土橋とヒカミンくらいだし~」

「俺は付き合っているというわけでは……」

「言ってないってだけなんでしょ~。や~い氷水~」

「私も気になります! 氷水!」

「む……しかしだな。というか夏井は何故知っている」

「ひっ……ご、ごめんなさい」

「あ、いや怒っているわけではないぞ」


「ちょっとなっちゃん怖がらせないでよ。……こんなに怯えて」

「そうだぞこの威圧メガネ~。ま、どうせ藍ちゃんから聞いたんでしょ~」

「そうか、八代バンドか。まぁ仕方ない」

「仕方ないってさ~。どんどん聞いちゃえ~」

「いいんですか!?」

「……少しくらいならだぞ」


 数分後


「なるほど……じゃぁパートが違っても可能性はあったんですね!?」

「ま、まぁそうかもしれないな」


「すごいね、奏。許可下りた瞬間いきなりタガ外れたね~」

「うん、ブレーキないんじゃないかしら。放っておいたら全部聴きだされるわね」

「ヒカミン、後輩の頼み断れないしね~。……でも他人事だから笑えるんだよね~」

「見てる分には可愛いだけなんだけどね……」

「自分に向いたら冗談じゃないねこれ~。実際超怖いよこれ」


「なるほど……あ! 巴先輩達にも聞きたいことあったんでした!」

「「ヒィッ」」

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