飲み会② 立役者と気になる真相


「さて、……しかし本当に衝撃だったわけだが」


 確信があった。

 あの人がまだ残っている。


「他が前座かっていうくらいの偉業を成し遂げた奴がいてな」


 もう皆わかっている。

 その人の演奏、そして何よりあのソロはそれほど全てを圧倒した。


「なんと今回のグラフェスでパート別得票率七割越えの偉業!」


 目線も次々と集まっている。

 この場においてMVP発表がもう終わりかと思っていたのは、完全に面を食らっているその人だけだ。


「……月無!」

「は、はい!」

「……お前がナンバーワンだ」


 空気を微妙に読めないベジータへのツッコミは当然のごとく皆無、再び大歓声と割れんばかりの拍手が起こった。

 月無先輩は未だ驚きを隠せないといった表情だ。


 反応を期待するかのように場内が少し静まると、やっと口を開いた。


「あたしが……ですか?」

「そうだぞ。あと自由記入欄あったろ? うちのバンドがベストパフォーマンスに選ばれた理由も、それ見る限り明らかに月無だったらしいぞ」


 月無先輩が全ての立役者、そんな事実が部長の口から告げられると、月無先輩のことなのに、自分も報われるような気になって感極まってしまう。


 月無先輩は続く言葉も出せずにフロア全体をゆっくりと見渡した。

 きっと誰もが祝福の目を向けているに違いない、そう確信できる。

 そして一言、月無先輩は部長に対して一言だけ尋ねた。


「認めて……もらえたんですか?」


 その意味はすぐにわかった。

 気付いた人が他にいるかはわからないけど、自分にだけは特別な意味を持った言葉だと否応なしに理解できた。


 ゲーム音楽を模したソロ。 

 月無先輩にしか出来ない、FM音源の浮いた音色とフレージングを使ったそれ。

 「ゲーム音楽みたい」等という蔑みの言葉は誰からも出させもしなかった。


 認めてない奴がいるわけない、部長がそう答えると、涙を堪えて明るく笑った。

 隣にいる秋風先輩と春原先輩と顔を合わせて喜ぶと、今度はこちらに向かって雫を煌めかせながら最高の笑顔を見せた。

 

 嬉しいに決まってる。

 本当のゲーム音楽を演奏して認められたわけではなくとも、込めた想いの強さは三年生の方に負けないほど深いし、誰よりも特別な意味があった。

 長年隠し続けた本当に好きなもの、それを見せつけた上で満場一致で認められた。

 軽音楽部で過ごした日々よりも遥かに長い想いが報われたのだ。

 

 鳴りやまぬ拍手の中、巴先輩が言った。


「白井君も、本当によかったね」


 ……またこの人は、なんて思ったが、いつもの冗談ではなく本心からそう言っているのがわかった。


「はい、本当に」


 自分のことのように嬉しいのが見透かされたことも、悪いこととは思えなかった。

 巴先輩の言葉に見えた心根は単純に美しい、後輩に対する愛だった。

 

「さ・て・と! 感動し過ぎて湿っぽくなっても敵わんからこれくらいだな!」


 部長らしい締めの言葉は軽音楽部らしく笑顔を誘った。


「俺とヒカミン選外だからそろそろ辛いしな!」


 ……これは半分本音か。


「俺を巻き込むな!」


 流石のヒカミンも声を張ると、再び笑いに包まれた。


「まぁ実は氷上もあと4票でMVPだったらしいけどな」


 おぉ、惜しいところだったのか……。

 拍手が起きると、氷上先輩は驚いた様子をして控え目に喜んだ。


「ちなみにヒビキお兄さんは全然だったお……。ほら、あのT大のベースいたじゃん。めっちゃ上手いの。アイツ、音大生だってさ……」

「ザマ見ろデブ」


 ……相手が悪かったにしても可哀相だ。ってか氷上先輩仕返しキツいな。


「しかもヒデェんだぞ! 集計取ってたK大のアイツ! 連絡の電話で一緒に喜んでくれて盛り上がってたのによぅ! ……なのに。オレはオレは? って言ったらさ。……アイツ、言い澱みやがった! お、お前は……って。残酷すぎるぜ!!」

「ヒビキー、その通話録音してMP3でちょうだい」

「お前らほんと鬼だな!」


 八代先輩のトドメで、漫才のようなやりとりは爆笑とともに締めくくられた。


「ま、みんな後は楽しんで。お兄さんヤケ酒すっから。暴飲暴食すっから」


 そう言って一番近い空いたテーブルにドスンと座り込み、手酌で酒を飲み始めた。


「オラ誰か炭水化物持って来い!」


 ……マジか。

 傷心のヒビキお兄さんによるまさかの投げっぱなしでMVP発表は終幕を迎え、皆ぞろぞろとテーブルに戻って座った。


 しかし当然とはいえ、月無先輩の努力とゲーム音楽愛が最高の形で報われたのは本当に嬉しい。

 

「ふふ、白井君嬉しそうだね~。顔に出まくってるよ~」

「え!? ……そんなにですか?」

「……誰から見てもまるわかりよ。ほんとにめぐるのこと好きね」


 巴先輩と冬川先輩には容易く看破されてしまった。

 でも居心地の悪さよりも喜びが勝って、誤魔化すようなこともせずに肯定した。


「師匠のことですからね。そりゃ嬉しいに決まってます」


 同じテーブルの四人は、やりきったような暖かい目でその言葉を聴いてくれた。


「やっぱり白井君だったんだね~、本番の時にめぐるが笑顔を向けた相手って~」

「え!? ……何のことでしょう」


 何故ここであのことを……。

 イジりにも慣れたし今は割と素直にいられるけど、あればっかしは未だに話題にされるとむずがゆくなる。


「グラフェスの合同飲みでも結構話題になったからな。大体皆見当はついてたが……フッ、今日ので確信に変わったな」

「え、氷上先輩まで……」


 言い逃れはできんぞ、とばかりに全員からニヤニヤと目線を向けられる。

 アレだよ、針のむしろってヤツだよ。ってか氷上先輩だけなんか悪役っぽくて怖いんだよ。


「さっきもだったからね~。多分代表バンドだった私達に向けたと思われてそうだけど、君に向けて笑ってたでしょあれ~。めぐる笑顔事件再来~」

「ぐぬぬ、事件名までついてるんすね」

「二週間ぶり二回目~」

「甲子園みたいですね」


 ……言い逃れとかできそうにねぇッス。

 実際目は合ってたし、同じ角度にいたこの人達からすれば一目瞭然か。


「フフッ、師弟関係なんでしょ? これくらいにしてあげましょう」

「奏は手ぬるいな~。……でも正直好きだよね。めぐるのこと」


 ……これは言うまで解放してくれないヤツかまさか。


「めぐるに特別な笑顔向けられちゃったら惚れるよね~。男衆はわかるよね~」

「……まぁわからんでもないが、なんとも言えんな」

「ま~ヒカミン相手いるもんね~。や~い氷水~」


 氷水……清水寺トリオの水木先輩ね、はいはい。

 秒読みの相手がいる手前、肯定しづらいってわけですね。


「俺も彼女いるしなんとも。可愛いとは思うけど」

「祖国の妻ね~」

「……熊谷だな」


 祖国って……土橋先輩は埼玉の地元に彼女と。


「あれ、あれれ~? ってことは~」

「……なんですか」

「白井君だけだ、うちのバンドで彼女いないの~」


 く、くっそぉ……この人本当にそっち方向のイジり好きだなぁ。


「そろそろやめてあげなさい。あと正景君も彼女いないわよ」

「あ、そっか。じゃぁ解放してあげよ~」


 巴先輩が正景先輩を忘却するのはデフォなのか。

 しかしまぁ助かった。


「白井君見てると恋バナしたくなっちゃうんだよ~。ちょっとくらいは許して~、ね?」


 可愛くウィンク、そして舌ペロ……くそぅあざとい。

 メガネが最高に似合う巴先輩にそう言われてしまえば許さざるを得ないが……このまま引き下がるのも癪。


「そういう巴さんはないんですかそういうの」

「いらない~」

「え、即答」


 八代先輩と同じく報復は全く以て不可能。

 軽音三年女性陣の鉄壁っぷりマジハンパない。


「私には奏がいるし~」

「……ハァ」


 あぁ……でも切っても切れない共依存って感じだからなぁ。

 冬川先輩も拒否しないし、本当に男に興味ないのかもしれんなこの二人。


「でもさ~、めぐるのあのソロって、白井君が関係してるんでしょ~?」


 ……鋭い。確かに割と容易く繋がる気もするけど。

 でも何で巴先輩が、自分と月無先輩のゲーム音楽の繋がりを知ってるんだろう。


「二人でよくゲームしてるんだし~、ゲームみたいな音だったからさ~」


 なるほど、予想の範疇で喋っているんだろうけど、大体わかってそうだ。

 電子音のリードといえばゲーム音楽みたいに感じる人もいるだろうし、あのソロは月無先輩自身の意志表明みたいなもので、わざとそうしたんだから当然だ。

 氷上先輩と土橋先輩は答えを知っているせいか、こちらの話題には触れずに二人で他の話題で話している。


「違うの~?」

「ん~……」


 言っちゃいけないこと、ではないが口軽く言っていいことでもない。

 月無先輩がゲーム音楽好きという直接的な言葉は、自分が言うべきではないと未だに思うし……何を言えばいいんだろうこの状況。


「とも、詮索し過ぎ」

「あ~、うん。ごめんね、白井君」

「あ、いえ。全然」


 巴先輩からすれば何でもない話題だろうし悪気はないから仕方ない。

 本来ならで、些末な問題なハズなんだし。

 冬川先輩は自分と月無先輩の関係性のことだと解釈してくれたんだろう。


「でもね、あのソロ、めぐる直前まで悩んでたんだよ~」

「……そうなんですか?」

「うん。ジャミロのあの曲、結構アレンジ替えまくってから、ソロの音色どうしようって。そんで最後の練習で、すっごいスッキリした表情で『好きにやっていいですか!?』って。そしたらすっごくカッコよかったからさ~」


 そうだったのか……。

 例のソロを弾いたジャミロクワイの曲は確かに原曲と全然違った。

 替えた分だけ音色へ対する工夫も、十全にしないと気が済まなかったのだろう。


「あのシンセも急遽持ってきたからな。直前で追加機材なんて普通はあり得ないが……あれだけいいソロ弾かれたら認めざるをえなかったな」

「ヒカミン絶賛してたもんね~」


 そうか、最後の練習って言ってた日、一度練習前に家に帰ったのはソロの時に使ったあのアナログシンセを取りに戻るためだったのか。

 ……ってことはあのソロって本当に自分とのやりとりがあったから?

 上手くいったのは自分のおかげだと、確かに月無先輩も言ってくれたけど。


「だから白井君のおかげかなって思っただけだったんだ~。私達がMVP取れたのって、めぐるがあのソロで持ってったからなんだし」

「ちょっと悔しいけどそれは本当だからね。めぐる笑顔事件も、一番良いソロで注目されてたから話題になったんだしね」


 あぁ、だから気になったのか。

 自分のおかげだなんて大それた考えだけど、月無先輩が全大学中ベストパフォーマンスの立役者なのは間違いないし、きっかけが気になるのは当然か。

 ……否定してもしょうがないし、正直なところを伝えた方がよさそうだ。


「そうだったらいいなって思います。……弟子として」


 でもこれくらいのヘタレは許して下さい……!


「ふふ、そっか~。……私、代表バンドであのライブ出れて本当によかったよ~」


 巴先輩の言葉に、冬川先輩達も賛同するように頷いた。


「だから、ありがとね、白井君」


 そう言って巴先輩は最高の笑顔を向けてくれた。

 これまでの何かを含んだようなものではなく、心からの感謝を伝えるような。

 ……この人の笑顔もレアさも相まって破壊力高いな。しかもメガネ。


「ふふ、楽しみね、夏バン」


 冬川先輩がそう言うと、巴バンド全員、言葉にせずとも同意を示した。


 MVPは月無先輩のおかげ、そしてその月無先輩が上手くいったのは白井のおかげ、そんな身に余り過ぎる光栄な図式があるようだ。

 何をしたわけでもないのに図らずも感謝されてしまったが、謙遜するよりも素直に喜んで祝福する方が、先輩達も嬉しいだろう。


 誤魔化したり否定するような言葉は、この大団円に水を差すようなこと。

 心からの笑顔を浮かべる人達の前に、自分にしては珍しく素直に全部受け止めた。






 テーブル割の補足です。(俯瞰視点)


 空きの卓 八代バンド その他

 □□□□□□□□   その他

 □空きスペース□   通り道

 □□□□□□□□   その他  

 巴バンド その他             

 その他  その他   入り口




 隠しトラック


 ――モテない部長と無慈悲な部長候補 ~飲み会にて~


「巴さん、思ったんですけど」

「ん~? どしたの~」

「ヒビキさんと八代先輩は気にならないんですか? 恋バナ好きなのに」

「ぷっ、あはは! 別に恋バナ好きなわけじゃないよ~」

「あれ、そうなんですか?」

「うん~。それにその二人はほんとないから~。ね~奏~」

「そうね、残酷だけど」


「そうなのか……あんなに仲良いし夫婦漫才みたいなのに。部長と部長候補だし」

「むしろヤッシー的にはマジでないからあんな風にできるんだよ~」

「そういうもんなのか……」

「そういうもんなんです~」

「あ、めぐる先輩の口癖」

「好きだね~」

「グッ……」


「でも一回私も気になって訊いたんだけどね~。奏もいたよねその時~」

「うん、合いの手入れないとスベって可哀相だからって言ってたね」

「……かわいそすぎる。でも確かにさっきベジータでスベってたしなぁ」

「しかも恋愛対象としては努力しても見れないって~」

「うわぁ……。あのフラれネタって本当に体張ってるんですね」

「あ~、アレね~。最初は面白かったけど~去年からやってるからな~」

「正直飽きたわよね」


「お前ら全部聞こえてるからな!」

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