夏-②
飲み会① 英雄たちの大団円
八月上旬 都内某所 居酒屋
夏バンドの始まりはここから、と軽音楽部のオール飲み。
日付も変わって0時過ぎ、貸し切ったフロアの入口で、副部長の冬川先輩に会計を渡すと、もうバンド毎に席についているとのこと。
いわゆる「コの字」のように座敷に並べられたテーブルを見まわす。
「白井君お疲れー!」
声がした先を見ると、月無先輩がいた。
可愛いどころが集まった、八代先輩とのガールズバンドのテーブル。
……いいなぁあのテーブル。
しかしまぁ自分の席はそこじゃない、自分の夏バンドのメンバーを探そう。
「白井君、こっちこっち~」
壁際に座る巴先輩が呼んでくれた。
一緒のテーブルに土橋先輩と氷上先輩もいる。
自分の席を空けていてくれたようで、促されるまま巴先輩の隣に座った。
「席、ありがとうございます」
「うん、奏は出席取ってるから私達は壁際でお話してよ~」
対面の氷上先輩と土橋先輩はもう一つのバンドの話で静かに盛り上がっているし、秋風先輩達ホーン隊はもう一つの八代バンドのテーブル、飲み会の席で路頭に迷わぬよう配慮してくれたのか。
「ふふ~、メガネトークしようぜ~」
「……望むところです」
しかし巴先輩自身がメガネなのに、よくメガネ好きの異性にその話振れるな。
相手にされてない感ハンパないぜ。
「む、白井はメガネ萌えか」
すると氷上先輩が食いつく。
「氷上先輩もですか?」
「いや、俺は特別メガネ萌えではないがな。メガネヒロインは作品にあたって一人は欲しいと思っている」
あ、あぁ……アニオタ目線。
だがわかる。同士になれる予感がする。
しかし萌えってのも死語じゃないのか、古典的アニオタなのかな。
「要素として見たメガネの存在感は確かなものだからな。過度に属性を盛り込む必要はなくそれだけでキャラが成立するのは他にはない特性と言える。その分とりあえずメガネという雑なキャラデザもあるが、一定の需要を考~中略~」
あ、やっぱ多分無理だわ。
ガチサブカル分析始まっちゃったわ。
なんかイヤだけどやっぱりこの人、月無先輩と同類だわ。
「ヒカミンってアニメの話になると自重しないよね~」
「……属性論かと思って昂ってしまった。まぁ外聞を気にしてたらアニオタはやってられん」
うん、男らしさすら感じるレベル。
土橋先輩は慣れてるのか引く様子もなくスルーしている。
他愛のない話で盛りあがると、部活の先輩としてだけでなく、個人としてのそれぞれが見える気がした。
入部当初の品定め的な目線や、夏バンドの勧誘があった今までの飲み会と違って、今日は本当にただの宴会だから気が楽というのもあるか。
「おーしそろそろ揃ったなー。始めるかー」
並べられたテーブルの間に広く取られている空間、出席の確認が終わったようで部長がそこに立った。
「いないヤツいないなー? それじゃぁ始めるぞー」
改めての春バンドの労い、そしてこれからの夏バンドへの喚起、ここからが軽音楽部の本番と、期待が一層高まる素晴らしいスピーチ。
無駄に再現度の高いスティーブ・ジョブズのプレゼンみたいな手振りから入念な準備の程が窺える。ネタの仕込みが細かい。
そしてここからは騒ぐぞと、威勢よく乾杯が告げられた。
……しかし何か忘れている気がする。
「あ! ……」
場が早速とガヤつく中、部長の横で会計確認をしていた冬川先輩が突然凍りつく。
「ん、どうした?」
「……正景君まだ来てなかった。来るって言ってたんだけど」
部長が尋ねると、冬川先輩がやっちまった感全開の表情で見落としていた事実を告げた。クールビューティーの焦る表情、なんとも貴重だ。
「あ、遅れるって連絡来てた……気付かなかった」
そしてスマホを確認して絶望を口にする。
……昼間にも同じようなことあったけど本当にスゲェな正景先輩。
「ま、まぁアレだよ、不慮の事故。正景だし」
「そ、そうね。しょうがないわよね」
部長ですら事故扱い……すると土橋先輩がおもむろに口を開いた。
「とりあえずやっておくか……」
いや何をですか。
まるで恒例かのように巴バンド全員が再びグラスを手に取り、
「献杯!」
「「「「献杯!」」」」
……ヒデェ。
でも何か……流石です、正景先輩。
気を取り直して飲み会らしく話を再開。
といっても気を取り直したのは自分だけで、正景先輩のことを気に病んでる人はまるでいないのが残酷っていう。
メガネ談義が一区切り、というところで会計など諸々を終えた冬川先輩がテーブルに来た。
巴先輩の隣は冬川先輩、自分が退こうと席を立つと……
「……いいのよそのままで」
と制止された。謎の間があったが別にいいとのこと。
改めて座り直すと冬川先輩は自分の左にそのまま座った。
……少しして気付くが、何だこの恨みを買いそうな席。
ただの席順だが両手に花を超えた役得。
このバンドの一員であることを神に感謝していると、部長が再び号令をかけた。
冬川先輩が席に着くのを待っていたようだ。
「みんな聞け! 重大なお知らせがある」
今日は特に何もなくただの飲み会だと思っていたが、何かあるようだ。
「先日行われたグラフェスなんだが……大変なことが起きた」
そうだ、他大学との合同ライブ『グラフェス』。
軽音学部にとって一番重要なライブなのに、終わってから今日まで部全体でそれを振り返る機会がなかったから、頭から抜け落ちていたのだ。
忘れていたとはこのこと、正景先輩すいません、こっちでした。
「みんなグラフェスで一応のMVP選出があるの知ってるよな。あの、規模が多い大学超有利の出来レース」
今の今まで忘れていたが、確かにそんなのあった。
MVPは他大学と比べて部員数の少ないうちは無縁と聞いていたし、話題に上がるようなこともなかった。
巴先輩達に目で尋ねても、心当たりはない様子。
「あんまりもったいぶってもあれだけど……お兄さん超ビックリしたぞ」
ヒビキお兄さんが超ビックリしたその内容……。
そしていかにも、というタメを作って声を張った。
「全大学中のベストパフォーマンス! ……うちだ!」
……すごい。
インカレ(インターカレッジの略。違う大学の学生も入れるサークルのこと)の大学も多い中、学生ライブの最高峰での一位。
それがどれだけすごいかなんて、一度体験しただけの自分でもよくわかる。
巴先輩にしても他の人にしても、代表バンドの当人たちが一番驚いている。
大歓声が沸き起こると、部長が全体を宥めるようなジェスチャーをして、「まぁ聞け」と全体に言葉を続けた。
「しかも得票率50%超えてたらしい。お兄さんちょっと信じられん」
おぉーと声があがった。
でもそれほどまでに圧倒したのは事実だし、全体からの反応は驚きよりも納得というものだと窺えた。
「そしてパート別MVPなんだが……ホーン隊はうちのホーン三人娘、秋風、冬川、春原がこれまた50%越えの得票率で選ばれた」
おぉ……でも本番でのあのファンの付きようからすれば納得だ。
「嘘……」
冬川先輩は口を覆って信じられないという反応をした。
軽音生活の大一番、そんなライブで得た評価なんだ、感慨も深いだろう。
少し潤んだ瞳からどれだけの喜びかはすぐに窺えた。
「奏、よかったね」
いつものユルい口調でなく、心から労うように、巴先輩が声を掛ける。
「……とも」
すると冬川先輩が震える声をひり出すようにして言った。
「よかったよぉ……」
いつもクールな冬川先輩が、親友からの祝福に堪え切れずに涙を流した。
すかさず退いて場所を空けると、なだれ込むようにして巴先輩に抱きついて、注目を気にすることもなく泣き始めてしまった。
「お~よしよし、よかったね~」
唐突すぎて面を喰らったが、代表バンドとしてのライブは、三年生の冬川先輩にしてみれば、軽音生活の集大成のようなライブだったのだ。
引退はまだにしても、それまでの頑張りが最高の形で報われたことに感極まるのは当然だろう。一年生の自分では完全な共感に至れはしないけど、泣くほど嬉しいのはよくわかるし、その涙にどれほどの価値があるかはすぐにわかった。
向こうのテーブルの秋風先輩と春原先輩もきっと同じ、そして当事者でない自分でも本当に嬉しいことだ。
「奏、本当に頑張ったもんね」
一番の親友である巴先輩も、自分のことのように嬉しいのだろう。同じように感極まった声で、メガネを外してもらい泣きをぬぐった。
自分がいるテーブルは何故か飲み会の度に誰か泣くが……それを茶化すような気は微塵も起きずに、一年生なりの敬意を持って祝福した。
「冬川ガチ泣きじゃねぇか! でもお兄さんも本当に嬉しいぜ!」
「ふふ、ヒビキそっとしておいてあげて~」
部長が部長らしく労うと、巴先輩が気遣いを見せた。
その胸を借りて泣く冬川先輩を見れば、そっとして欲しいというのもわかる。
「でも巴よ、そっとしてあげたいところだが……そうとも言ってられんのよ!」
不穏な含みに場内が少し静まり、再び部長に注目が戻った。
「なぜならボーカルのMVPはお前だからだ! 巴!」
なんと……。
「え……ははは、嘘だよ~。私なんかが~」
受け止められないか、いつもの調子で冗談と切り捨てようとした。
「いや嘘じゃないって。しかもお前も過半数超えてるぞ」
他大学含めてライブ全てを見た自分からすれば当然だ。
実力も群を抜いていたし、あれほど引き込んだボーカルも他にいなかった。
ここにいる全員の反応からしてもそう、誰もが納得して手を叩いている。
未だ現実を飲み込めないといった様子の巴先輩に、差し出がましいようだが、観客としての感動と本音が不意に言葉として出てしまった。
「どう見ても巴さんが一番よかったです」
盛り上がる場の喧騒の中でもそれは聞こえたようで、自分と目が合うと巴さんの目からはすぐさま大粒の涙が流れ出た。
そして堰を切ったように、冬川先輩と一緒に思い切り泣き始めてしまった。
「みんな祝福してやってくれ~。ちょっと落ち着くまで待ってやろう」
いつしか部内全員スタンディングオベーションとなって拍手が起きる。
茶化すような言葉もなく、本当に心からの祝福だ。
同じくMVPだった秋風先輩や春原先輩もその中で素敵な笑顔を見せている。
……しかし注目を集める二人の隣に立つ状況、自分のせいじゃないとはいえ目の前で女子二人が声を上げて泣く状況、どう足掻いても全員の視界に入る位置。
自分のことを気にしてる場合でもないのだが、なんとも居づらい。
「今のは白井が泣かせたな」
「……完全に白井が泣かせたな」
「俺のせいなんですか……」
氷上先輩と土橋先輩が茶化してくるが、そのおかげで気が楽になった。
「ちなみに!」
部長が再び注目を集める。
「土橋は一票差でMVPで~す。はい拍手~」
うわメッチャ適当。男だからってこの扱い。スゴいことのハズなのに。
土橋先輩は嬉しいであろうことは窺えたが、過度に喜ぶこともなく声援には控え目なブラジリアンスマイルで応じていた。カッケェ……。
「でも俺とヒカミンは選外で~す。男衆は土橋だけで~す。いぇ~い……」
場が笑いに包まれる。
氷上さんは見事に自虐ネタの巻き添えだ。
当の氷上先輩はピキッときた模様でありつつも、右腕を上げるという男らしさで視線に応えた。
「イケメンはいいよなぁ! 俺だって、俺だってなぁ……この腹がなければ!」
再び部長に視線が戻るなり吐きだされる呪詛。
半分くらいはガチっぽいのが逆に面白い。しかし器用に波打たせるものだ、腹。
そして八代先輩が放った「ヒビキはどっちにしろMVPではないよ」の一言でネタは完成し、場は再び笑いに包まれた。
巴先輩と冬川先輩もいつしか泣きやみ、立ちあがって心からの笑顔を見せていた。
飲み会らしい盛り上がり、部員全体で一体になる感覚は素晴らしいもので、代表バンドの方々が報われたことも、部員として誇らしい。
春の代表バンド、自分が初めて感銘を受けたバンド。
部の代表、軽音楽部の顔としての重責を全うした方々の、本当の大団円。
自分にとって英雄のようにも思える方々が歳相応に謳歌する青春、そこに居合わせることが出来ただけでも、これ以上なく光栄に思えた。
……でもまだ終わりじゃない。
わかりづらいかもしれないので補足
テーブル割と配置はこんな感じです(俯瞰視点)。
空きの卓 八代バンド その他
□□□□□□□□ その他
□空きスペース□ 通り道
□□□□□□□□ その他
巴バンド その他
その他 その他 入り口
隠しトラック
――煽りメガネ ~居酒屋にて~
「この前は奏がいたからね~。今日は遠慮なくメガネ談義しよ~」
「……でも実際メガネが好きな理由ってのもそんなにあるわけでは」
「その程度?」
「え」
「白井君のメガネ愛はその程度かってこと~」
「……この部活、煽る習慣でもあるんですかね」
「はぁ~……巴さん失望だよ~。白井君には期待してたのに~」
「そんな……」
「俺も残念でならんな。人選を間違えたか」
「氷上先輩まで……ってかバンド単位の問題!?」
「……前もってわかってたら俺も入国拒否したな」
「……土橋先輩、自らブラジルをネタにするんですね」
「ともあれ夏バン開始早々にして三年三人を失望させたわけだね~」
「バ、バンド関係ないのに」
「巴さんは白井君とメガネ談義するの結構楽しみだったのにな~」
「……そこまで言うなら」
「そこまで言うなら~?」
「お見せしましょう。俺のメガネ愛。不肖メガネ好き白井、もう遠慮しませんとも」
「おぉいいねいいね~いい感じのキモさだよ~。もう予想越えてきた~」
数分後
「あ、それすごいわかる~!」
「わかります!? 普段裸眼な子がここぞという時にかけるメガネの破壊力! 日用品が演出する非現実とも言える特別感、その素晴らしさ! 何も常~略~」
「土橋、放っておくと結構面白いなこいつ」
「……めっちゃ喋るな」
「こいつも月無と変わらんな」
「……いや氷上、お前とも同じだぞ」
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