特別編 めぐるのアトリエDX


 よく晴れた過ごしやすい陽気……そんなある日。


 毎日の月無先輩との楽器練習も一区切り、今日はこんなもんだろうと切り上げると、何故かフィールドワークに出ようと提案される。


「自然に触れるのも音楽をやるには必要なことなのだよ!」


 だそうだ。


 よくわからないが、いつも練習に付き合ってくれる手前、月無先輩の頼みは出来る限り聞きたいし、なにより断る理由もない。

 提案に乗り目的地を訊くと、大学から少し離れたところに自然の多いかなり広い公園があるので、そこに向かうことになった。



 川沿いを並んで歩く道中、先輩はやたらとゴキゲンに鼻歌を歌っている。

 よく聴いた憶えのある曲だ。


「それロロナのでしたっけ」


 わかったことが嬉しいのか、先輩はいつもの笑顔を見せた。


「いい曲だよね! 最近アトリエDXやっててさ! 三部作全部おさらい中!」


 なるほど、だからフィールドワークと……。


 ロロナ、トトリ、メルルの、『○○のアトリエ』シリーズ内の三部作。

 通称アーランド三部作と呼ばれるそのイラストと音楽の良さはシリーズ屈指。

 発売当初の話題性も随一、アトリエシリーズの人気を一般にも押しあげた。

 そのリメイク版3タイトルがまとめて入ったDX版、これはお得。宣伝。


 しかし部活にバイトに学業に、大学生にはやることはいくらでもあるのに、RPG三本やるってどう時間を使えば両立出来るんだ……。

 月無邸には精神と時の部屋でもあるのかもしれない。



「ゲームの雰囲気を大切にした音色の使い方だけじゃなくて、自然溢れる広大なフィールドを表現するような曲展開がほんと綺麗で大好きなんだ~」


 ……早くも結構テンション高いな。


 アトリエシリーズについてはすでに一度暴走済み(春編『日常の彩り 後編』)、今日も何が引き金になるかわからん……。

 

 よし、出来るだけゲームの話題にして音楽から気を逸らしてみよう。


「素朴な感じいいですよね。ストーリーの起伏少ないけどあれはあれで。俺はメルルが一番好きですねー」


 多分これで……いける!


「メルルね! 劇的じゃないけど初めの一歩から頑張る女の子っていうのが! チュートリアルの時のちょっと間抜けな曲とかがそれっぽさすごく出してるし!」


 ……アカンかったか?


「それにその分採取地それぞれの曲の情緒が引き出されのがたまらないよね! 『風の咲く山』とかまさに!」


 ……アカンかったな。


「そんでその分ワイバーン戦の盛り上がりとか凄いよね! 『Astral Blader』! ここでエレキギターゴリ押しのハードロック来ちゃうかって! 戦闘開始の演出も相まってテンションも振り切れちゃうよね~。あたし最初聴いた時カッコよすぎて言葉失ったもん」


 ……完全な暴走状態になっていないのが救いだ。


 でも実際、音楽表現がメルルのアトリエの世界観を十全に表してるのはわかる。

 作品全体に茶番感があるからか、音楽との相乗効果が目立つし、一層盛り上がる。

 ストーリー的にも劇的な展開というのが少ないから、その分曲の綺麗さが際立つっていうのもわかる。


 これは話題の逸らし方をミスったな、うん。諦めよう。


「『練金少女メルルのうた』もいいよね~。正義の味方に憧れる女の子っていう感じ! ギターのバッキングとリコーダーのアンバランスさが上手いこと茶番感出してて最高なのよ~」


 あ~……あのキューティーハニーみたいな曲か。

 あれ最初聴いた時何かと思ったけど、メルルの性格には合ってたな。

 裏で鳴ってるギターも確かにカッコよかった。


 プレイ初見は出オチのような感覚だったけど、チュートリアルでいきなり作品の方向性を音楽の力で見せつけるっていうのも実際すごい。



「あ! 白井君見て見て!」

「どうしました?」


 そして突然前かがみになって何かを指差し……。


「これ! マジックグラスみたいじゃない!?」

「雑草っすね」


 よし、割とテンションに付いていけないので好きにさせよう。


 

 マジックグラス(雑草)のおかげで一旦区切りが出来たので、話を切り替える。


「前から思ってたんですけど、先輩ほんとにアトリエシリーズ好きなんですね」

「うん、ほとんど全部やってるよ。サントラも全部持ってる」


 まぁ曲がいいのは全部そうだし、その点はわかるけど……。


「やってる俺が言うのもなんですけど、大抵男がやるゲームな気が……。それもガチオタ寄りの」


 自虐にもなるしアトリエ好きには悪いが正直思う。

 それに、どちらかと言えば通向けだし、アーランド三部作以前は特にそうだ。


「最初はヴィオラートのアトリエだったんだけど、こんな曲がいいゲームに巡り合えるなんて!ってさ! 普通のRPGとは違った雰囲気で、アトリエ独特の世界観にすぐハマっちゃった!」


 なるほど……世界を救う的なRPGとは違うし、敵らしい敵ってのもいない。

 どちらかと言えばゲームの中で日常を過ごす感覚か。

 アトリエ全部がそうというわけではないけど、作品テーマ自体から特殊だから曲も独特の良さがあると。


 実際それは本当に素晴らしいし、ある種ゲーム音楽の完成形に近い。

 萌○豚向けと敬遠していた方にも是非やってみて欲しいところ。宣伝。

 

 ……ってかまた曲の話になってるな。


「アーランド三部作なんてその集大成くらいに思えるんだよね~。しかも主人公それぞれの性格を表したように一作ずつちゃんと曲に違いがあってさ!」


 一貫した曲調はあれど、確かにロロナ、トトリ、メルルそれぞれの曲の聴き味ってのは違うかもしれない。


「ロロナはちょっと頭足りてないってのが曲に出てるし~、トトリはしっかり成長する姿が曲でも表現されてるし~。『GO GO TOTORI』とかほんと感動したよ~」


 うん、わかる。

 ロロナっぽいとかトトリっぽいとか、曲でしっかり表現されてるってのは同感。

 曲が場面だけでなくキャラの性格やストーリーまで物語る感覚が、アトリエシリーズは際立っているのも頷ける。


 でもだがしかし……


「先輩ってどんな話題でもゲーム音楽に行きますね」


 今日に限らずずっとそう。

 ローマにつながるレベルでゲーム音楽につながる。


「……そんなにしてるかな?」


 おっと自覚がないようだ。


 まぁ最近やったばかりだったから、曲の話がしたくてしょうがなかったのか。


「悪い意味じゃないですよ。本当に好きなんだなぁって」


 月無先輩のゲーム音楽愛の強さは言うまでもないが、こうして好きなだけ語る姿を見ると、改めてそれが中心なんだなぁと思う。

 理解を示したことが嬉しいのか、先輩は満面の笑みだ。


「よくわかってくれたな! 師匠嬉しいぞ!」

「……よろこんでもらえて何よりです師匠」


 本当にいい笑顔をするなぁ。

 明るく元気で努力家で、弟子想いで……。


「なんか先輩ってアトリエの主人公みたいですよね」


 そんな感じがする。

 めぐるのアトリエ……なんかしっくりくる。


「ほんと!?」

「なんかロロナとメルル足して二で割ったような性格してますし」


 アホの子とまでは言わんがたまに抜けてるし子供っぽいしテンション高いし……。


「やったー! じゃぁあたしロロナね」

「ごっこかよ」


 あなた今年で二十歳でしょうに……。

 ロロナ確かに歳とっても中身変わんなかったけど。


 ……まぁいいか。


「先輩ロロナなら俺トトリっすね。弟子」

「やめてよトトリのイメージ汚れる」

「ヒデェ」


 冗談をガチ拒否っていう。



 しょーもないやりとりをしながら公園に到着。

 都内有数の広さで自然も多く、春なんかには花見スポットとしても有名らしい。


 自然に触れるのも音楽をやる上では必要、と言っていたが、確かにこういう場所は落ち着くし、気取って言えばインスピレーションが湧いたりするのかもしれない。


 特に目的もなく来たわけだが、先輩は何をするのか……。


「さぁ探そう!」

「何を!?」


 突然何を言いだすか。


「ん~、とりあえず一周しよう!」

「無策か」


 何か探してるのか?

 全く以て意味不明だけど、大きな公園を歩いてみることに。

 ……でも正直ちょっと公園デートっぽくて嬉しい。


 アトリエシリーズの話も弾み、しばし安息が続く。

 会話も一区切りと間が出来ると、先輩は楽しそうに鼻歌を歌い始める。


「この前も歌ってましたね」

「うん! ほんっと好きなのこれ!」


 ロロナのアトリエのED曲『不思議なレシピ』。

 相当に思い入れがあるようで、以前にも歌っていた。


「最後まで一生懸命頑張って、本当にハッピーエンドって感じがしてすごく好きでさ。ロロナが歌ってる演出もアトリエっぽい素朴さがいい感じに出てて! 全然大袈裟じゃなくて日常的なのにあんなに感動したED他になかったなぁ」


 壮大なED、とは全然違うけど本当にいい曲。

 素朴ながらもしっかり集大成を見せつけるようなEDだった。


「ロロナが本当にいい主人公だったし、感情移入もすごかったからさ~。それに、感動させるぞっていう嫌みが全くないから素直に感動しちゃったんだ!」


 なるほど、ゲーム音楽のために一から独学で頑張った先輩からすれば人一倍ロロナに共感するし、感動するわけだ。

 そういう経験がない自分でも、主人公の頑張る姿に感情移入はしたし、プレイ後の清涼感みたいなものは他のゲームでは味わえないものだった。

 なんというか、心の底から「よかったね」って言ってあげたくなる。


「あたしがアトリエ好きなのは曲だけじゃなくてそういうのもあるかな!」

「そういうのも?」

「うん、人の頑張ってる姿が好きっていう。何かに一生懸命頑張ってる人があたしは好きだから」


 ……なんかめっちゃ頑張る気出てきた。


「トトリもいい主人公だよね~。成長する姿が一番しっかり描かれてるしさ」


 わかる。

 弱気な少女が成長する姿に胸を打たれたプレイヤーは多いだろうし、否応なしに応援したくなる理想の主人公像だ。人気投票一位はダテじゃない。


「一番普通のRPG寄りだから曲もシリアスなの多いけどさ、あたしこう思うの!」


 ……ほう、どう思うの。


「曲がそっち寄りなのは、主人公の中でも一番気弱で悲しい事情や不安を抱えてるトトリだからってさ! 『霧の廃村』とか特にそうじゃん! 得体の知れなさが強調されるようで、トトリの目線を介してるって思うと、より説得性が増さない!?」


「……言われてみれば。しかしよくそこまで考えますね」


 次元が違うというか、曲の解釈までちゃんと考えるあたり極度というか。


「やってる時はそんなとこまで考えないし思い込みだけどね。ゲーム終わって、サントラ聴き直してる時に思うんだ~。答え合わせみたいな感じかな」


 はぁなるほど。

 個人の見解だろうし独特の楽しみ方だけど、一旦やりきって曲だけ聴き直すと改めて納得するっていうことかな。

 でもアトリエシリーズは特に顕著……かもしれない。


 今度改めて全曲聴き直してみるか。

 サントラを通して聴いて、曲だけでゲーム一周っていうのも悪くなさそうだ。



 喋りながら公園の外周を巡る。

 ひとしきり歩いてそろそろ一周というところで……、


「あ! うっそ……ほんとにあった」


 先輩が何かを発見して足を止める。

 探し物が見つかったのだろうか。


 そして子供のように駆けだしていき……。


「白井君見て見て!」


 ……何故こんなところに。初めて現物拝んだぞ。


「たーるっ!」



 色々とつっ込むべきところはある気がするけど、どこまでも無邪気で楽しそうな先輩の笑顔の前には全て払拭されてしまう。


 頑張る女の子が主人公、曲も最高なアトリエシリーズを先輩が大好きなのは当然だし、感情移入を超えて自分もそうなりたいと思っているのかもしれない。


 RPGなのに日常的で等身大、だからこその音楽の表現力、なんだかあらためてアトリエシリーズの良さを思い知った、そんな風に思える出来事だった。

 





 隠しトラック


 ――イヤな奴 ~公園にて~


「アトリエってイヤなキャラ少ないですよね」

「ね! 優しい世界!」

「うちの部活みたいですよね」

「確かにそうかも。あ、でも~」

「……?」


「ペーターは無理」

「あ~……好きになる要素ないですよね」

「うん。嫌われ役としては優秀だけどね」

「スケさんとかジオとか他の男キャラはいいのに」

「ね。スケさんとかスパロボみたいだもん。作を追うごとに中二度が増すのが最高」

「わかる」

「ハゲルもいいよね」

「ハゲですけどね。三作やるとめっちゃ好きになるっていう」

「わかってるぅ」


「あ、でもタントリスとかは?」

「やめてその名前出さないで」

「え、そんなに」

「ペーターより無理」

「マジか……先輩ヤサ男キャラ嫌いですよね」

「うん、奴は性格も無理」


「怖いですよもう。まぁトトリ以降クビになりましたし」

「当然よあんなキャラ」

「だから怖いって」

「もしまた出てくるようなことがあったら本社に電凸も辞さないわ」

「さっきまで優しい世界とか言ってた人の発言じゃねぇな」



*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。


 ロロナのアトリエ~アーランドの練金術士~より

『ロロナのアトリエ』(アトリエ内)

『不思議なレシピ』(エンディングテーマ)


 トトリのアトリエ~アーランドの錬金術士2~より

『GO GO TOTORI』(イベント戦)

『霧の廃村』(採取地:忘れられた村)


 メルルのアトリエ~アーランドの練金術士3~より

『風の咲く山』(採取地:トロンブ高原)

『せんせー、おしえて!』(チュートリアル)

『Astral Blader』(ワイバーン戦)

『練金少女メルルのうた(Recorder Ver.)』(チュートリアル戦)

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