幕間 男子大学生の日常


 部会が終わってあとはオール飲み。

 とはいえ23時開始のそれまで相当に時間があり、家に一旦帰る人も多い。


 自分のバンドも集まって何かすることもなく、一年男子で適当に遊ぶことに。

 結局いつもの川添かわぞえ椎名しいな小沢おざわ林田はやしだの、三馬鹿+バカ。

 気兼ねない仲だし、久しぶりの集合で色々と話題もある。


 遊ぶとはいえいつものマ○ック。

 それぞれの夏バンドの話だったりこれまでの話だったり、部活っぽい話をしているところに椎名が切り出した。


「さて、本題に移ろうか」


 だから何だよいつもこの感じ。


「どうせしょうもないやつだろ……。いいよもう」

「ふっ、結論を急くな白井。この前なかったものを思い出せ」


 この前って、あの品評会の時か。誰推しなのか白状させられたヤツ。


 ……そういや川添いなかったな。

 チラッと目を向けると、その反応を待っていたように再び口を開いた。


「そう、川添がいなかったのだ。お前らは知らないだろうが、川添には特技がある」


 なんだ一体……。

 無能じゃないのは知ってるが、期待できるほどスペック高かったかコイツ。


「俺の特技はなァ……」


 コイツ出番少な過ぎてキャラ安定してねぇな。


「無駄に高い空間把握能力……」

「「く、空間把握能力」」


 なんだよこのノリ。


「つまり俺はだなァ……。モノの長さや大きさが目視で割と正確にわかる」


 割とすごい特技だけど、音楽に役に立たなそうなのが残念だ。

 結局眉つばということで実証実験に入る。


「じゃぁこのポテトの長さ」

「……7.2センチ」


 すると椎名がどこからか定規を取り出してポテトに当てる。何だこの光景。

 恐る恐る全員で見ると……。


「ほ、本当だ……」


 気持ち悪っ。ミリ単位で当てた。

 ……うわドヤ顔ウザっ。


「わかったかね。俺のすごさが」


 しかし本当にすごく、その場にないものでも思い出せればイケると言うので自分の鍵盤の横幅を聞いてみると、ぴったり当てていた。


「でもマジでスゴいけどこれ音楽の何に役立つの」

「だから焦るでない白井。本題はここからだ」


 進行役の椎名に再び制止される。ウザい。


「白井よ、俺のこれが人にも適応できるとすれば、どうなると思うかね」


 ……いやそんなことだろうと思ったけど。


「服の上からだから完璧とはいかんがな……しかしプラマイ1は確実だ」

「前回のアレは不完全だったのだよ。今日は川添がいる……つまり3サイズも含めた品評会が出来るってことだ!」


 ファンブックとかでやれや。

 ……でも正直結構気になるし、こんなの現実じゃ普通はあり得ない体験だ。


「あれ、止めないんだな白井」


 止めるも何も……こうなったらもう。


「……仕方ねぇヤツらだなァ!!」

「イィヤッフゥゥ!!!」


 もういいやなんでも。


「まず誰から行こうか……誰でも測っちゃうぜ?」


 キメ台詞にしてはキモすぎるな。


 ……いや全員黙るなよ。すんごい名前挙げづらいけど。


「一年女子からでいいんじゃね」


 まぁ一番身近なところか。バカいいこと言った。


「よし、じゃぁ手始めに夏井ちゃんから行こう」


 何か失礼だな。


「身長は……150cm」


 一同小さくおぉと言う。

 大体予測通りだ。問題はここから。


「3サイズは……77、60、78だな」


 一同「お、おぉ~」と変な声を出す。

 全員が全員揃った気持ち悪いことこの上ない反応。

 そして何となく罪悪感に囚われる。


「なんだこの、悪いことしてる感」

「いや椎名、お前が言い始めたんだろ。腹括れ。次、測っちゃうぜ」


 だからキモいんだよそのキメ台詞。

 

 結局、同学年なら罪の意識が軽そうということで一年女子から順々に。

 慣れてきたのか割とスムーズに進んでいく。

 言うのが憚られる体型をしている人がいないのは救いだ。


「次はいよいよ二年生だ……」

「「……ゴクッ」」


 ごくっじゃねぇよ。

 しかし禁忌に触れるようで緊張が走る。

 そして三人組だから罪の意識も軽くなるという意味不明な理論が提唱され、清水寺トリオから。


「清田さんは……まず156cm。上から……86、62、84だな」


 ……ほう、なかなか。みたいな反応すんな。

 でも意外とあるな清田先輩。


「水木さんは……158cm……84、64、84だな」


 勢いに乗ってきたな。その調子だ。

 しかし測定中の川添の集中の仕方ほんとキモいな。


「小寺さんは……159cm……85、62、82だ。……ふぅ」


 なんだこのやりきった感。

 どう反応すりゃいいのかわかんねぇよ。


「三人とも結構あるな」

「いきなりハイレベルなのは確かだ」


 多分椎名と川添は胸しか見てねぇなこれ。


 そして次、次、と進んでいった。


「二年生はあと月無さんと春原さんだが……」


 許可を求めるような目を向けるな。

 測定対象にされるのは嫌だけど、知りたい気持ちもあって複雑なんだ。


「代表バンドはトリっしょ」


 ……なるほど、楽しみは後に、と。バカいいこと言った。

 その頃には踏ん切りつくかもしれん。


 そして測定会は続き、三年生もあらかた終わった。


「あとは代表バンドと……八代さんか。ちょっと休憩しようぜ」

「なんかお前めっちゃ疲れてんな」

「あぁ、白井も感謝しろよ」


 何しろものすごい集中が必要なそうで、日常的に行うわけではないそうだ。

 まぁ普段からやってたら速攻で友達やめるけど。


 いよいよ軽音オールスターということで期待が高まる。

 実際とんでもなくハイレベルなメンツ、否応なしに昂るのは当然の帰結。

 もうここまで来たら仕方ない的な空気に全員プライドを捨てた。


「まずは八代さんからだな」


 全員に緊張が走る。

 代表バンドではないけど、信頼は厚い軽音の中心人物。


「身長は……163。上から……83、64、82だ」


 なるほど。うん、なるほど。

 なんだろう、とても納得がいく。


「なんつーかアレだ。すごいエロい体型。引きしまっててこれだ」

「「わかる」」


 正直わかるから仕方ない。椎名いいこと言った。

 

「褐色肌も相まってな。スポーツ女子で一番エロく見える理想」

「「わかる」」


 小沢もよくわかってる。そういやお前八代先輩タイプっていってたな。

 そして全員謎の満足度を得て次に向かった。


「いよいよ代表バンドか。まずは二年生だな……春原さん」


 一同「それ測っちゃっていいの」感に包まれる。


「身長は……。身長は……」


 言い澱むなよ。

 ちっちゃいのはわかってるんだから。


「ひゃ、144……」


 数字にすると本当に残酷だな……。ガチ小学生じゃん。


「う、上から……。……グッ」


 なんだこの感じ。同情隠しきれないみたいなんやめろ。


「バスト……69」

「「「……グッ」」」


 70に満たないだと……。

 B69って……爆撃機かよ。


「上から69、55、70だ」


 今までで一番悪いことをしたような空気になる。

 個人差というものの残酷さここに極まれりだ。


「でもあんだけ可愛いのも納得の小ささだよな」


 フォローは入れます、春原先輩。それがあなたの魅力です。


「実際超可愛いからな。やべぇファン付いてたし」


 あぁ……そういや合同ライブの時ステージ前に大きいお友達が集まってたな。

 椎名が乗ってくれたおかげで結局いい方向に。

 しかし合法ロリか小動物に帰結するのは宿命のようだ。


「次はめぐる先輩だな」


 ここはもう自ら行こう。変に気を回されるのもイヤだ。


「おっけ、じゃぁ測っちゃうぜ」


 無性にぶっ○ろしたくなるからやめろそれ。


「……身長は160ぴったりだな。上から……87、62、88だな」


 おぉ……知ってはいけなかったことな気もするが。


「月無さんスタイルもいいよな」


 そうなんだよ小沢。

 可愛いだけじゃないから困るんだよ。


「尻の方がでけぇんだな」


 うるせぇバカ。……でもそれがまたいい。

 やるゲーム選んでる時四つん這いするから正直気になってた。


「よしテンポよく行こう。白井の反応がキモい」


 このクソ椎名が。


「次は冬川さんだな。身長は……168。上から~……78、58、80だな」


 すげぇ。貧乳とはいえ完璧なモデル体系じゃん。


「俺の方が背低いのか……」


 一生凹んでろクソ椎名が。


「それでいてあの綺麗な黒髪とクールさだからな。そりゃカッコいいわ」

「カッコよさ、軽音男子ほぼ全負けしてるよな……」


 川添と小沢の言うとおり、正直男子の立場がないくらいカッコいいのは事実。

 同じ土俵に立てるのが土橋先輩くらいなのは、冬川先輩がカッコよすぎるのか、他の男子が情けないのか……。


「そしていよいよなのだが」


 残ったのは巴先輩と秋風先輩。

 この二人を最後に残した理由、皆言わずともわかっている。


「俺はこの測定で死ぬかもしれない」


 あぁ、わかってる。

 ここまでお前が無理して冷静を装っていたこと。

 一番興奮しててもおかしくないハズなのにな。


「だから先に言っておく。俺は……」


 もうしょうもないオチなのはわかってるけど皆真剣に聞いてやる。


「俺は……おっぱいが好きだ」


 ……みんなそうだ。

 

「だから……俺が失敗したら」


 失敗するなんて言うなよ……笑って帰ろうぜ。


「白井、お前が直接本人に聞いてくれ」

「イヤだよ死ね。早く測れ」

「はい」


 一部始終を聞いていたのか、近くの席のオッサンが噴き出していた。


「よし、じゃぁ巴さんからな。……身長は161」


 ここまでは見たまんま。特に意味のない数字だ。


「下から行こう。……86……65……こ、これは……!」

「気をしっかり保て川添!!」



 ――時間がスローになる感覚。


 反射的に、声が出た。

 遠のく意識を手放さないよう、必死に励ました。

 彼が導きだしたもの、それはここにいる男子全員の想いが詰まったもの。



「だ、大丈夫だ。これだけは、これだけは伝えさせてくれ……!」



 ――ぼくらの夢、一年男子五人が同時に見た、本当に大切な、夢。



 そして、川添はゆっくりとその数字を告げた。


「……92」

「イィッヤフィィィィ!!」


 この数字がどれだけの価値をもっているか、その場の男子一同の心が一つになる。

 夢の90台突破、それはこの測定会における最大の悲願。

 ってか誰ださっきからマリオブラザーズみたいな声出してる奴。


「川添、ありがとう。今までで一番輝いてるよ」


 椎名が心からの感謝を述べた。

 でもそれ失礼じゃね。


「デカァァァァァいッ説明不要!!」


 だから刃牙バキかお前は。

 言うの待ってやがったな小沢。


「フゥゥワッフゥゥゥ!!!」


 チンパンジーみたいな喜び方すんなバカ。

 あとマリオてめぇだったのか。


 戦い抜いた戦士の顔をして、川添が静かに口を開いた。


「……やったよ俺。やりきった。性欲も……K点越えさ」


 死ね。


「さて、最後は……神だ」

「川添……お前神にも挑むつもりなのか。もういいだろ……な?」


 椎名が本気の心配をする。

 それもそうだ、まさか神に挑む者が現れるなんて思ってもみなかった。

 テンションのせいか本当に命を落としかねない気すらする。


 しかし川添は男の目だった。

 性欲にまみれたそれでなく、真なる闘いに挑む男の目。


「川添! やるんだな!? ……今。ここで!」


 ってか小沢本当に漫画好きだな……。


「やぁぁぁってやるぜ! まずは身長! ……172!」


 でか。

 靴のせいとか自分に言い訳してたけど俺よりでかい。


「次は……これも下からだ。多分これ下から倒していくやつだ」


 FFⅥのラスボスかよ。


「まずはヒップ。……90」


 何故かおぉーと静かに拍手が起きる。

 意味はわからないけど90という数字に神聖さが宿った。


「そしてウェスト……。すげぇ……66」


 この身長でなんてスタイルだ……。

 6のゾロ目なんて不吉な数字なのに何故こんなにもありがたいんだ。

 そして再び謎拍手。


「最後……。な……これは! わかったぞ! わかったぞ! わかっ……」

「何が起きた川添ェ!」


 川添は目を見開き、口を空けたまま言葉を失った。

 まるで大いなる意思に触れてしまったかと思うような光景。

 言葉にすれば息の根が止まる、そんな形相。

 いったい誰がわかるんだと思うようなネタを口にして、川添の時は止まった。


 必死の励ましでやっと意識を取り戻す。


「いや、大丈夫。少しアテられただけ……」


 神の威光にアテられた川添が正気に戻る。

 そして静かに、穏やかに、全てを悟ったかのように、



 ――真理に到達した聖人のような顔で、川添は告げた。





「……96でございます」


 ……ありがてぇ。


「ありがてぇ」

「ありがてぇ」

「ありがてぇ」


 狂信者全員で手を合わせ、口を揃えた。

 周囲の人から見れば完全にキ○ガイ集団だけど、それすらどうでもよかった。

 このありがたみに替えられるものなど、この世にはない。


「でもよかったわ。メートル法に突入してたら本当に死んでたかもしれん」

「さっきの反応見たら一瞬行ったかと心配したわ」


 なんの心配だよ……。


「でもヒビキさんとか100いってそうじゃね。ハト胸だし」


 ……何故そこで性別の壁を超えるんだバカ。


「……俺は……試されているのか?」


 いややめろマジでそれだけは。聞きたくない。


「でもあの人は部長だし世話になってるしでも実際行ってそうだし」


 何混乱してやがる二択ですらねぇんだよやめろ。


「行くしか……ないのか」

「イヤだめだやめろ」

「いいや! 限界だッ! 測るねッ!」

「お前それ言いたかっただけだろやめろ、マジで人死ひとしにが出るぞ!」


 ってかこいつ漫画読まねぇって言ってたのに何でジョジョだけ知ってんだ。


「俺が貸した」


 クッソ小沢余計なことを……!


「身長は……」



 おもむろに……川添は語り始めた。

 再び真理に至ったかのように。



「175センチ」



 不思議と誰も止められなかった。



「体重は……90キロ」



 明かされる数字だけを、静かに受け入れた。

 ってか結構いってんな。



「上から……。ブフッ……。100、100、100」

「「「マジか」」」


 冗談としか思えない見事な黄金律に一同言葉を失う。

 知りたくもなかった。迂闊に触れてはいけない禁忌と、深い絶望が待っていた。


「この後オール飲みでヒビキさん直視できる気がしないわ……」


 テンションだけで口にした川添も露骨に後悔している。

 

「……帰るか」


 全員の気持ちを代弁するかのように椎名が言った。

 居たたまれない空気が充満し、戻らぬ夢に別れを告げる。

 そして無言でテーブルを片付け、本当に帰った。


 五人揃って見た最高の夢から一転、目を覆いたくなる悪夢。

 それはまるで知り過ぎた者への裁きであるかのように、それぞれの心に深い爪痕を残した。


 ……でも月無先輩、尻の方が大きいってなんかちょっといいな。





 隠しトラック


 ――川添と小沢② ~帰りの電車にて~


「小沢よ」

「何だ?」

「正直スマンかった」

「……いいんじゃね」

「まぁいいか」


「でもぶっちゃけテンションで乗り切ったけど、よく考えたらマジでヒくわ」

「言うなそれは。椎名に頼まれたんだ」

「……あいつほんとクソだな」

「多分永遠に思春期だよなあいつ」

「やることだけ歳相応に微妙にランクアップしてるからタチ悪い」

「特技の話したら3サイズ測ろうぜってすげぇテンションだった」


「椎名が八代さんと同じバンドなのほんとムカつく」

「お前八代さん好きだなぁ……」

「白井はまだいい。八代さんとは春一緒だったし頑張ってるし仲良いから」

「白井もいい思いし過ぎだけどなぁ~。まぁ当然っちゃ当然か」

「椎名だけは認めん。なんだあの棚ぼたというか、おこぼれ感」

「怖ぇよ……。でも椎名、すぐに惚れそう」

「確実だろ」


「でも小沢よ。八代さん、部内恋愛嫌いらしいよ」

「そういうとこしっかりしてそうだもんな。何人かフラれてるらしいし」

「椎名迷惑かけんかな」

「かけた瞬間に喉ブッ潰すけどな」

「怖ぇよ……」

「地獄突きかます。……こう」

「……あ、ルイージの横スマ」


 スマブラは一般教養。

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