世界共通言語
土橋先輩と教室に戻ってきたが、部会の再開まではまだ時間がある。
学外に出た部員も、戻ってきていない人がほとんど。
広い教室は閑散と……してはいない。
「なんで清田先輩ってあんな元気なんですかね」
清水寺トリオは教室に残っていて、三人でおしゃべりしている。
多分会話なんだろうけど、清田先輩が一方的に騒いでいるだけのようにも見える。
さっき少し嫌な思いをしたから、なんとなく見ていて気が楽になるのは助かるけど、一人でもずっと喋ってそうな勢いだ。
「面白いからいいんじゃないか? 少し騒がしいくらいが清田には合ってる」
物静かな土橋先輩からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「何言ってるかわからないくらいが、BGMには丁度いいしな」
……よくわからんが清田先輩の意味不明なやりとりと騒がしさがお気に召すよう。
やっぱりブラジル人のハーフだから、何でも音楽のような目線で見るのだろうか。
いい機会だし色々と訊いてみたい。
それに土橋先輩はゲーム音楽に偏見がないし、むしろ好きだと言ってくれた。
「やっぱりBGMとか気にするんですか?」
すると少しの間を置いて、土橋先輩は答えてくれた。
「そうだな。日常的に耳にすることも多かったからな」
なんでも幼少期に何年か本当にブラジルにいたこともあったらしい。
日本にいる時でもブラジル人の父のおかげで、BGMとしての音楽に触れる機会は多く、自身の中に根付いていると。
ドラムを始めたのも、リズム主体の音楽の影響で自然とそうなったのだそうだ。
「始める前からモノ叩いてリズムとったりはしてたな」
色々な話を聞くと、土橋先輩にとっては音楽というものは日常のものであって、自分が思うような特別な体験でもないようだ。
聴くぞと思って聴いたり、演奏するぞと思って演奏するものですらないのかもしれない。
むしろ、当たり前すぎて好きかどうかの問題でもないかもしれない。
言ってしまえば耳に入る情報は全部音楽と結びつくのであって、清田先輩の小うるささも、少々雑多なBGMのように聴いているのだろうか。
「俺が思ってるのと全然違います……」
感心してそう漏らすと、「父親はもっと酷い」と笑って言った。
「もしかして打楽器だったら何でもできるんですか?」
これは割と重要な問題で、ゲーム音楽企画に誘いたいけど、八代先輩とのパート被りという問題、それを解決する策。
打算的で失礼かもしれないけど、月無先輩だって思ってる。
「パーカスなら一応な。スタジオにあるだろ」
「あ、あれ土橋先輩のだったんですね」
スタジオの隅に置いてあるボンゴやら何やら。
部の所有物だけでなく、土橋先輩の私物も多いそうで、実際にパーカッションパートとしてライブを行ったこともあるそうだ。
……完全に解決できちゃってんじゃん。
選曲の問題がまた生じるけど、パート被りに関しては全く問題なさそうだぞ。
「……終わったみたいだな、日程決め」
教室に巴先輩と八代先輩が帰ってきた。
八代先輩は清水寺に結果報告だろう、自身のバンドが集まる机に戻った。
巴先輩はこちらに戻ってくるなり……、
「ふぃ~終わった~」
必要以上に疲れた振舞いで机につっぷした。
「結構勝てたよ~。労って~。ブラジリアン労い~」
……馬鹿にしてるんじゃないかと思うくらい攻めるなぁ。
「ふっ、お疲れ」
……心広いなぁ。
「とも~コンビニ行くよ~」
むこうから八代先輩が巴先輩を呼ぶも……、
「うぁ~」
ジャンケンが終わって自由の身、自堕落の極みここにありというような生返事。
すると、八代先輩が呆れたような顔をしてこちらに来て、引きずるようにして教室から連れ出して行った。
「……巴さんって練習でもあんな感じなんですか?」
「……その辺は真面目にやるから普段は許してやれ」
……よかった。
清水寺も八代先輩達とコンビニに行ってしまって、再び教室は人もまばら。
静かになったことに「BGM消えましたね」なんて冗談を言ってみると、土橋先輩はそうだなと笑ってくれた。
何か続く話題はと思ったが、具体的なワードが出ていたからかすぐに思いついた。
「やっぱりゲームやってても曲気にするんですか?」
我ながら結構月無先輩に毒されてると思うが、自分にとって好きな話題になってしまっているのが実情だ。
「気にするというより、気になるだな」
……難しい領域に踏み込んだかもしれん。迂闊。
土橋先輩は言葉数が少ないから、こちらで考えることが多い。
そして解答を示すように、間を置いてから言葉を続けた。
「BGMらしくない曲多いだろ?」
月無先輩も同じようなことを言っていた。
言われたきり深く考えたことはあまりなかったが、確かにそうだ。
「主張激しいですもんね。メロディはっきりしてるし」
自分なりの意見を出すと、土橋先輩はそれを待っていたかのように口を開いた。
「実はな、ゲームを始めてやった時、音楽に驚いたんだよ」
……もしかすると思った以上に好きなのか?
「聴き流す感覚じゃなくってな。最初にやったのはポケモンだったんだが」
土橋先輩にとって話題としてゲーム音楽は当たりのようで、寡黙な印象を払うかのように思い出交じりに話してくれた。
なんでも幼少期から音楽に囲まれた生活だったおかげか、ゲーム音楽のBGMらしくない在り方に関心を持ったそうで、サントラを聴いたりはせずとも、プレイ中は傾聴することも多いそう。
音楽、特にBGMらしいBGMを聞いて育った土橋先輩だからこそ、ある種BGMの新形態として気に入ったのかもしれない。
月無先輩以外とゲーム音楽の話をするのは初めてだし、いつもと違った観点だけど、意外にも話は弾んでいった。
「月無達戻ってきたな」
教壇の方で冬川先輩と月無先輩が話をしている。
月無先輩はスタジオの日程管理係なので、今日はずっと隣の教室でその関連の仕事をしていた。
こちらの教室に戻ってきているということは、あらかた片付いたのだろう。
「今の話、月無先輩にしたらすごい喜びますよ。もうほんと異常なので」
「ハハッ、そんなに好きか」
「……ゲーム音楽の権化みたいな人ですから」
そう冗談を言いながら月無先輩の方を見ると……こっちを見ている。
まさか聞こえたのか? 縦長の広い教室の端と端だぞ。
「聞こえたのか今の」
土橋先輩すら驚く。地獄耳ならぬゲーム耳。
様子を観察していると、多分最終確認だろう、教卓で何かを書き留める冬川先輩と話しつつ、こちらに目線だけちらちらと。
「なるほどな、大体わかった」
「……めっちゃウズウズしてますねアレ」
話が終わったようで冬川先輩が教室を出ていく。
部全体の日程表のコピーを取りに行ったんだろう。
そして責務から解放された月無先輩が……
「来たな」
「来ましたね」
もう今にも走りだしそうな感じで向かってくる。
「今ゲーム音楽の話してました!?」
やはり聞こえていた。怖。
土橋先輩がブラジリアンスマイルを見せつつ肯定すると……、
「やっぱり! あたしも混ぜてください!」
うわめっちゃ嬉しそ~……。
土橋先輩がゲーム音楽に偏見ないってのは以前報告済みだから、多分ずっとしたいと思ってたんだろう。
「ってかダメだよ白井君! あたしを差し置いてゲーム音楽の話するなんて!」
「なんで怒られるん」
……部会の再開まで自由時間で人がほとんど出払っているとはいえ、まさか暴走しないだろうな。
「土橋先輩ゲーム音楽好きなんですよね!?」
「ふっ、それなりにな。ゲームやる時くらいだが」
「やった! 嬉しい!」
初めて月無先輩と出会った時を思い出す。
双眸爛々と目を輝かせ、何が好きだとか色々質問攻めを喰らったものだ。
しかし今回は意外にもそうはならず、土橋先輩の先程のエピソード色々を相槌を打ちながら聴いている。……自制が出来るようになって何よりだ。
「そうなんですよ! BGMなのにBGMらしくないってのが魅力なんです! ゲーム画面に埋没することなくしっかり聴きどころがあって!」
そういえばこの二人、似たような観点を持っていた。
月無先輩のターン、と揚々と語れば、土橋先輩も納得したように相槌を打つ。
……割と置いてけぼりだ。
「音楽そのものが持ってる表現力ってのが本当に好きで!」
「……それっぽさっていうのは確かにな」
土橋先輩は元よりインスト(楽器だけの曲)が好きらしく、時として歌詞以上の説得性を持つことにも共感できると。
共感が得られたことがまた起爆剤になるようにして、月無先輩のテンションもまた上がっていく。
BGMを静かに聴き入るかのように、土橋先輩は頷きながら聴いてあげていた。
「音楽は世界共通言語って、ゲーム音楽のことだと思うんですよ!」
……一理あるけどそれは言い過ぎ。
「だってブラジルの人にはもうわかってもらえてるじゃないですか!」
……失礼だろ。現地人じゃねぇし。
確か熊谷(埼玉県の北部)だったっけか。
「熊谷ならほぼグンマーだし外国ですし!」
おいおい群馬県民に喧嘩を売るな。
しかしゲーム音楽好き同士だったら、実際にどの曲が好きかとかで盛り上がるのが普通なんだろうけど、色んな音楽を聴いている人達だと、色々と気付かされるような話題が出てくるのは面白い。
置いてけぼりとはいえやりとりを聞いていると、思うことも多かった。
「そろそろ部会再開だな」
時間の経過に気付かない月無先輩に土橋先輩が告げた。
人も戻り始めてきたし、語り合いの席もそろそろ終わり。
月無先輩は満足そうにして感謝を述べた。
「あ、めぐる先輩」
「……? どうしたの?」
忘れていてはいけない。ここを逃せばまたいつになるか。
「いいんですか、あのこと」
「……あ!」
土橋先輩が疑問符を浮かべると、月無先輩は少しだけ間を置いて言った。
「あたし、お楽しみで大編成でゲーム音楽やるんですけど……もしよかったらパーカスやってもらえませんか!」
ドラムは元々八代先輩が決まっていたけど、どうしても土橋先輩も誘いたかったと付け加え、はっきりと誘う言葉を言えた。
「いいぞ、楽しそうだ。パーカス入れるなら曲も考えないとな」
土橋先輩はいつもの間はなく即答してくれた。
「いいんですか!? ドラムじゃなくても!」
「八代ならいいぞ」
おぉよかった。懸念材料も全て解決。
八代先輩ならと、ドラムとしての立場を退いてパーカスをやってくれると。
「やったー! ブラジリアン快諾だよ白井君! 国境の壁を越えたよ!」
……だから先輩イジるなって。
「……あんまり度が過ぎると入国拒否だ」
ノリいいな。
――
「そろそろ再開するか~。一応バンド毎にまた集まっといて~」
部長が再開のアナウンスをすると、月無先輩はスキップでもしそうなテンションで自身のバンドの机に戻った。
同じようなタイミングで教室に戻ってきた秋風先輩と春原先輩がそれを見て不思議そうにしたが、走って戻ってきた月無先輩が、「助っ人外国人入団です!」と告げるとすぐに察していた。
……ブラジルイジりに関しては土橋先輩も諦めているようだし、秋風先輩的にも諌めることでもないらしい。
今日はオール飲みがあるし、もしかしたらその席で部長も誘えるかもしれない。
月無先輩の喜び様はすごいものだけど、実際に活動に入れるビジョンが見えてくると無性にワクワクするのは自分も同じだ。
隠しトラック
―― 八代と巴 ~コンビニ、コピー機前にて~
八代、日程表コピー中
「ヤッシーのバンドってさ~」
「ん~?」
「子供多いよね~」
「……わからなくはないけどさ」
「なっちゃんとスーは見た目~、めぐるも中身子供だし~、藍ちゃんいるし~」
「藍は子供っていうより頭おかしい系」
「言うね~」
「吹もいるし、藍は清水寺同士でなんとかするから大丈夫だけどね」
「心配とかじゃないけどね~……いややっぱり心配。ほら、外見て」
「……とも、見なかったことにしよう」
「やっぱ藍ちゃんヤバいね~」
「うん、大学生にもなって電柱登ってる奴初めて見た」
「はじめと舞、本気で止めてたね~。何しようとしてたのかな~」
「……それがわかったら藍の扱い苦労しないよ」
「ヤッシー夏バン神経持つの?」
「……多分大丈夫」
「なっちゃんも質問魔だし~、苦労するかもね~」
「スーは中身大人だしその辺は相手してくれるよ」
「コナンだもんねあの子」
巴、日程表コピー中
「でもさっきからずっと思ってたんだけど」
「何~?」
「とも……」
「ん~?」
「奏におんぶに抱っこのアンタがそれ言う?」
「だいじょぶだいじょぶ、うちのバンドはアレだよ、他みんなマトモだし」
「でも氷上とか土橋とか案外抜けてるし、奏がいなかったらマズいぞ~?」
「……脅かさないでよ~」
「でも多分、ともって奏いないと死ぬよね」
「うん、それはマジ。無理。日常生活すら困難なレベル」
「……やっぱ一番ダメじゃんアンタ」
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