重なる陰との別れ

 七月下旬 大学構内 空き教室


 今日はいよいよ夏のバンド決め部会。

 自分は巴先輩率いる大編成のホーンバンドと、部長と八代先輩率いるバンドの、これ以上なく恵まれたバンドが二つ。


 広めの教室に集合し、学年ごとにかたまって席に着く。

 一年は教壇側、自分は最前列の廊下側に座った。

 久々に部員全員が集まる場、夏休みにも入ってそれなりに経っているので、一年同士で話が盛り上がった。


 教室に次々集まる色んな先輩方に挨拶したり、軽く会話を交わしたりしていると、「何でそんなに顔が広いのか」なんて言われたりもする。

 別にそういう気はないが、確かにいわゆる上層部にあたる実力者の方ほど、仲がいい人は多いかもしれない。

 普段よく接する一年同士で悪い妬み方をするような奴はいないが、調子に乗ってると思われないように注意せねば。


「お~し部会始めるぞ~」


 部長の号令がかかると場の喧騒も落ち着いた。

 ここからが軽音楽部の本番、最も長い夏バンドの始まり、そう思えるような……。


「お疲れ~」


 ……そう思えるような。


「……お前遅刻な」


 ダルそ~に巴先輩登場。

 そして集めた注目に向かって……


「すいません遅刻しました~……いぇい」


 まさかのWピース、他の人じゃまず許されない。

 副部長の冬川先輩も呆れ顔。


 普通遅刻したら後ろの入り口からコソコソ入るだろうに、堂々と教壇側の入り口から入ってくる大物っぷりは流石。

 まぁほんの数分、大した遅刻ではないし場は和んだし、教壇の方向に全員の目が集まったから結果オーライか。


「電車寝過ごしちゃった~」


 そんな風に言い訳を述べながら……何故か自分の横に座った。

 ……三年生は後ろの方だろうに。


「よし、じゃぁ改めて。早速だが黒板にバンマスとメンバー書いてってくれ~」


 部長の号令とともにぞろぞろとバンマス(バンド主導者のこと。バンドマスター)が教壇の方へ集まり、黒板が埋まっていく。

 意外な人同士の組み合わせだったり、妥当な組み合わせだったり、色々なバンドの全容が明らかになる。

 

 自分のバンドは二つ。

 ①巴バンド(メガネバンド)

 御門巴(Vo)、土橋鳴(Dr)、氷上弦(Gt)、正景(Ba)、白井健(Kb)

 冬川奏(Tp)、秋風吹(Tb)、春原楓(Asax)、夏井咲(Ssax)。


 ②ヒビキバンド(バカバンド)

 椎名(Vo)、八代希(Dr)、林田(Gt)、不知火響(Ba)、白井健(Kb)。



「書いてきた~」


 バンマスの初仕事を終えた巴先輩が、パタパタと小走りで戻ってくる。

 影が薄いで有名な正景先輩の下の名前は……知らないらしい。


 改めて見ると本当に豪華メンバーだ。特に巴バンドの方は、自分が場違いな程の実力者で固まっている。

 色んなバンドが記されるたびに、部員全体の反応もさまざま。

 羨むような声も、意外そうな声も聞こえるが、一番気になるのが……。


「白井君めっちゃ後ろで名前言われてるね~」

「かなり居づらいんですが……」


 わかってたけどここまでとは。

 何を返せばいいのやら、冗談だったり単純な驚きなのが大半だが、明らかに妬むようなのも聞こえる。針のむしろとはこのことか。

 何だかんだで理解のある一年同士とは違う反応が正直怖いし、出来るだけ目をやらないでいた軽音楽部の暗い部分が見えるような気がして、少し嫌だった。


「ま、気にしなくていいんだよ~。ちゃんと頑張って見返せば~」


 そう巴先輩がフォローを入れてくれる。

 隣に座ったのは、こうなることがわかっていたからかもしれない。


「よし、これで全部だな~」


 全バンドが記された黒板、そういえば月無先輩の方はどうなんだろうか、詳細な全ては知らなかったりする。


 月無先輩のバンドも二つ。

 ①八代バンド(ガールズバンド)

 八代希(Dr)、月無めぐる(Kb)、清水寺(Vo,Gt,Ba)、秋風吹(Tb)、春原楓(Asax)、夏井咲(Ssax)。


 ②氷上バンド(インストバンド)

 土橋鳴(Dr)、氷上弦(Gt)、不知火響(Ba)、月無めぐる(Kb)、冬川奏(Tp)。


 ……清水寺トリオはまとめて書くのね。


 いやしかし可愛いどころが集まった八代バンドは絶対見ものだ。

 もう一つの氷上先輩とのバンドも、インストメインのフュージョンバンドらしいが、最高の予感がしてならないメンバー、見事にソロが上手い人が集まっている。


「じゃぁスタジオ割決めるから、バンド毎で集まって候補日決めちゃってくれ」


 そしてぞろぞろと部員一同が動き出す。

 ヒビキバンドの方は一年多数、バイト等の都合に合わせて決める候補日は、三年生の二人を優先しようということで任せる形ですぐに解決。

 自分は人が多く日程の組みづらい巴バンドの方のテーブルに向かった。

 初めてメンバー皆が集まる場、するのはただの日程決めなのに無性に嬉しかった。


 §


「じゃぁこんな感じだね~。……ジャンケン勝てるかな」


 一応の候補日が決まり、部長の号令を待つ。

 あとは実際の日割りをバンド毎にジャンケンで決めるだけ。


「ともが負けるだけ外スタ増えるだけだから」

「うふふ、頑張ってね~」


 冬川先輩がキツめに、秋風先輩が緩めにプレッシャーを掛けた。

 学校のスタジオ練習に全員が揃う日が少なければ、その分外部の音楽スタジオを借りる必要があるし、お財布事情を考えれば割と死活問題。


「プレッシャーかけないでよ~。……あ、白井君行って来てよ、ジャンケン」

「……一回負けただけで心臓潰れますよ俺」


 割と冗談じゃないぞマジで。


「……吹先輩が行けば全部勝てるかも」

「スーちゃん、それは反則よ~」


 ……勝てることは否定しないのか。

 そんな風に冗談を言い合っていると、夏井がふと何かに気付いた。


「あの~、正景先輩の都合はどうなったんですか?」


 それまで笑っていたメンバー全員がハッとなる。

 ……完全に失念していた。部会に行けないとグループチャットで連絡はあった。


「……正景が練習入れる日程、送ってもらってたの忘れてた」


 マイペースな巴先輩ですらガチトーン。

 顔を見るだけでわかる。全員が全員、ガチで

 ……すげぇ。


「く、組み直しましょうか~、予定日~」


 秋風先輩にすら焦りが見える。

 そうして結局組み直すことになるところで……


「よ~し、じゃぁバンマス全員隣の教室来てくれ~」


 はい、タイムアップ。正景先輩の運命やいかに。


「……まぁなんとかなるっしょ~」

「……仕方ないわね」


 そして不慮の事故と割り切る一同。


「外スタ入る時は俺が正景の分出すからいい」

「ブラジリアン肩代わりだね~。土橋マジイケメン~」


 ……巴先輩は相変わらずのブラジルいじり。

 一応元はと言えば連絡を失念したあなたのせいですが。


「……いいんですかね?」

「……なっちゃん、よく聞いて。いい? 何もなかったんだよ」

「何もなかった」


 春原先輩が夏井に暗示を掛け、事態は収束。

 正景先輩、俺も忘れてましたすいません。でもなんか……流石です。


 §


 日程決めジャンケンの終わりを待つ間は自由時間、部員それぞれ自由に過ごす。


 氷上先輩は自身のバンドのためジャンケン参加、ホーン隊のメンバーはコンビニに行ってしまって、巴バンドのメンバーは自分と土橋先輩だけが残った。


「白井はコンビニ行かなくてよかったのか?」


 土橋先輩がそう言った。

 独りにしてくれとかいう含みではなく、ただ単に気遣ってくれたのだろう。


 よく話す一年たちが自分を取り残してどこかへ行ってしまったのもあるが、実際土橋先輩ともっと喋ってみたかったのもある。

 憧れを感じるレベルの実力者、そんな人とこれからバンドを出来る嬉しさもある。

 そんな理由でこの場に残ってみた。


「飲み物買いに行くか」


 そうして立ち上がり、自分もついていくことになった。


 校舎から出て自販機に向かう途中、言葉数は少ないながらも夏にやる曲の想定などの話をした。

 土橋先輩が自分のことをどう思っているかはあまり知らないが、話している限り悪くは思われていないようだ。


 そして戻る途中、喫煙所から二年生部員の声が聞こえた。

 

「運がいいだけでいいバンド入れるってのはアレだよな。キーボード二人しかいないし将来約束されてるの納得いかんわ。見てるとちょっと冷めるっつーか」


 ……出来ることなら聞きたくなかったし、具体的なそれを耳にするのが怖かったそれは、自分への妬みと批判だった。


 でもそれはしょうがないと、少し悔しいけど思う。

 実際に鍵盤というだけで恵まれたバンドにいるし、実力的に自分は遠く及ばないのも事実なんだから、それが分不相応と取られても仕方ない。

 先輩に上手いこと取り入ったと思われても仕方ないし、月無先輩との師弟関係だって妬まれても仕方ない。


 恵まれることと妬まれることは表裏一体、今まで前者であることがなかった自分には、理解できてしまう気持ちの方が強かった。

 過去の自分の立場なら、ろくに熱心にやりもせず同調したかもしれない。

 言われた内容よりもむしろ、そんな風に重なることが嫌だった。


 部活動を続ければ嫌なことなんてあって当然、今までが上手く行きすぎていただけ、怒りを感じることは不思議となく、そう割り切った。

 

「ちょっと待ってろ」


 落ち込んだ気もなく受け入れた自分を置いて、土橋先輩は喫煙所に向かった。


 まさか……。


「お前ら、今言ったことは本気で思って言ったことか?」


 怒るようにではなく冷静に、問いただすように土橋先輩は二年部員に言った。

 顔を出して見ることも憚られ、自分は陰で声を聴くことしか出来なかった。


「……いや、それは……半分冗談で」


 二年生の先輩は、虚を突かれて狼狽した。


「冗談なら本人の前で言えるだろう」


 土橋先輩はこれが陰口、ただのやっかみであると明確にする言葉を投げかける。

 そして返せる言い訳も思いつかないのか、場は水を打ったように静まり返った。


 少しばかりの静寂は考える時間、答えを示すように土橋先輩が言った。

 

「本気で努力してる人間に文句を言いたかったら、まずお前達もそうすればいい」


 そうか、同じパートで初心者から頑張った八代先輩を見ていたから……。

 自分からすれば不干渉を決め込むのがベスト、そう思える状況でも、土橋先輩からすれば看過できなかったのかもしれない。

 あるいは音楽に対しての本気度が足りないと、常々そう言われる二年生に発破をかける機会でもあったのかもしれない。


 ここからでは二年生の方々の顔は見えないし返答もないけど、部内トップの実力者が放った言葉が、真理のような説得力を持っているのは明白だった。


「少なくとも俺は……あいつがお前達の言ってるような奴ならバンドは組まないな。……俺はお前達のライブだって見てるからな。白井を、ちゃんと見てやってくれ」

 

 切り捨てるような物言いはなく、めるようにそう言って、土橋先輩はその場から離れた。

 二年生の方から見られないよう、自分もその背中を追った。


「すいませんなんか……」


 フォローしてもらえた感謝や、認めてもらえている嬉しさよりも、土橋先輩が立場を悪くしてしまうことの方が不安で、それが言葉に出てしまった。


「あいつらも根から悪い奴じゃないからな。許してやってくれ」


 それを察したように、土橋先輩はそう返した。

 そして巴先輩がさっき掛けてくれた言葉が蘇った。


「ライブで見返せばいいんですよね」


 このバンドに相応しい演奏を。

 今までこんな前向きにものを捉えられなかった自分としては、口にすることはある種決別のようにも思えた。


「わかってるなら大丈夫さ」


 土橋先輩はそう控え目に笑った。


「俺も氷上も冬川も燃えてるからな。振りきられないようにな」

「プ、プレッシャー……」

「春祭にしてもグラフェスにしても、月無に全部持っていかれたからな。俺もそうだけど、冬川が悔しがってたくらいだ」


 なるほど……。 

 確かに今までのライブ二回とも、無知なりにではあるが自分もそう感じた。

 肯定するのは失礼なような気がしたが、それ程月無先輩のソロは他を圧倒した。

 無口な土橋先輩がこういうなら、それほど熱のこもることなんだろう。


「……打倒月無先輩ってかんじですか?」


 口ぶりからすればそんな気もする。

 ……自分の立場からすれば謀反を企てるようなものだが。


「氷上主導のフュージョンバンドはバンドメンバー全員がライバルだな」


 なるほど、そういう契機があったのか。

 月無先輩の二つ目は、ソロに自信があるメンバーが集まったインストバンド。

 部内の上手い人を上から選んだようなもので、同じバンド内でぶつかり合うと。


「絶対超カッコいいじゃないですか」


 本心から思ったものが反射的に出ると、土橋先輩は「楽しみにしててくれ」と控え目に笑った。


「巴がどう思っているかは知らないが、こっちも勿論全力ってことだ」


 そして違うバンドとして、巴先輩のバンドも全力。

 こっちは自分が鍵盤なのだから……死ぬ気でついていかねば。


 このメンバーに相応しい演奏をして見返す、実力者たちの本気についていく。

 「打倒めぐる」なんて身の程知らずは言わないけど、夏の目標が明確になった。

 今日から始まる夏バンド、恵まれた立場としてのあるべき姿。

 そんなものを目標にして、少し大げさなようでも、過去の自分と決別するような気になれた。



 


 隠しトラック

 ―― 清水寺は ~部会の教室にて~


「はぁ、だ、大ニュース! はぁはぁ……」

「藍、どうしたの?」

「……走ったの?」

「はじめ! 舞! いいから聞いぶふぇっい、今そこごふっ」

「落ち着きなよ」


 ――数十秒後


「……そんなことが」

「土橋さん、そんなアツい人だったんだね」

「白井君ももうちゃっかり上層部だな!」

「すっかりだろ」

「……でもなんか嬉しいね」

「な! 先輩はしっかり見てくれてるんだな!」

「ウチらも頑張らないとだね。そこは白井と同じだね」


「清水寺は!」

「「……」」

「清水寺は!」

「「……は?」」


「もー何で二人ともわかんないかな! 折角今のエピソードで気持ちを新たにしたというのに! そこは『以心伝心!』でしょ!」

「し、知らねぇー……」

「知らないじゃないよ! はじめは私の左で、こう!」

「……決めポーズもあるんだね」

「はい! 清水寺は!」

「メンタル強いね藍は。恥ずかしいからやめて。今年で二十歳だよ?」

「……初めて一緒にされたくないって思った」


 ――土橋、教室に帰還


「……何してるんだ」

「あ! 土橋さん! はじめと舞がやってくれないんです! 清水寺は!」

「絶対やんないからねそれ」

「……ふっ、清田はいつも元気だな。ほどほどにな」


 ――土橋、自身の席に戻る


「ブ、ブラジリアンスマイル……」

「「「……素敵」」」

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