STICKER OF めぐる
七月下旬 大学構内 軽音楽部部室
いよいよ明日は夏のバンド決めの部会、そして飲み会。
八月に入ったら人生二回目のバンド生活が待っている。
ゲームをしようとやってきた部室、月無先輩とその話で盛り上がる。
「久しぶりにみんなで集まるの楽しみだね!」
最後に部員が集まったのは二週間前の合同ライブの時。
それほど日が空いたわけでもないが、ここ数日の充実ぶりのおかげか長く感じる。
「今日は何やろっかー」
そうして早速と、やるゲームを月無先輩が選び始めた。
鼻歌を歌いながら、Gパンなのをいいことに四つん這い。
いつも思うが基本無防備なんだよな……でも可愛いから凝視。不可抗力。
「スマブラ?」
「なんか実力差出づらいのありません?」
「ギルティ」
「スマブラより酷いじゃないですか」
「う~ん……マリカー?」
「先輩赤甲羅全部避けるじゃないですか」
「軟弱!」
部室にある対戦型のは結構やった。そしてどれも惨敗。
それなりにゲームをやって、それなりの強者だった自負は打ち砕かれて久しい。
毎日のように才能の壁を、娯楽でまで感じるのはちと辛いのだ。
「対戦以外のやりません?」
「なんか今日はこう……、
「先輩ってたまに物騒ですよね。たまにはフェアなゲームしましょうよ」
どうしてもサンドバッグにしたいのか……。
「むー……あ、ぷよぷよ!」
「……なるほど、名案」
珍しく実力差があまりない、双方楽しめるゲーム。
先輩は勝つことが目標でないタイプ、ぷよぷよなら負けてもいいと思えるらしい。
……他のゲームでは勝つことはただ当然であるだけなのだが。
そして始めたのはWii版の『ぷよぷよ!!』、20周年作品のもの。
電源を付けると先輩は意気揚々とコントローラーを握った。
「どのキャラにしよっかな~。りんご!」
「そういえばおさげ好きでしたね。……アコール」
先輩はおさげキャラのりんご。
自分はいつも通りメガネのアコール先生。
「うわ出たメガネ」
「メガネに何か恨みでも……」
先輩は何故か自分がメガネ好きを晒すとこういう反応をする。
……メガネ嫌いなのか?
「まぁいいや。あ、曲どうしようか!」
「みんなでやってた時はほのぼの系のにしてましたよね」
テンション上がる曲と注文すると、先輩は「ならこれしかないでしょ!」と迷わず曲を決めた。
フィーバー以降のぷよぷよは全曲把握してはいないので、いいに決まってる先輩のオススメなら是非聴きたい。
「よしじゃぁ開始~。しょぉ~ぶだ!」
「……マミー。しかも初作」
対戦開始、と共に流れる超カッコいい曲。
とはいえいい勝負をするためには曲に集中してもいられない。
「あ~ほんとこの曲最高~。て~てれてて~」
先輩はいつも通り、曲もしっかり聴きながら。
鼻歌交じりに楽しそうにプレイしている。
「あ~負けた……。これなんて曲です?」
「『へっぽこ魔王最強伝説』だよ! ラスボス戦のポポイの曲!」
ポポイと言えば自分の操作キャラのアコール先生が連れている猫。
対戦に集中していて中々聴いてる余裕がなかったけど、カッコいい一直線。
後でしっかり聴いて……どうせサントラ持ってるだろうし借りよう。
そして二回戦目。
「気に入った? この曲! ほんっとカッコいいよね!」
……だから対戦中に話かけてきなさんな!
「曲形態はメタル寄りなのにイントロとAメロはちょっと抜けてる感じでポポイ感があるのがいいんだ!」
いやわかったら後で聴くから! 積み方ミスったし!
「何より音色だよね! ぷよぷよの特徴的な音色ってすごくいいじゃん! あ、ぷよぷよの曲だな! って知らなくてもわかる感じの!」
っていうかマジか、なんかいつもよりエグい連鎖飛んでくんだけど。
「初作からそうだけどフィーバー以降もしっかりそれを保ち続けてるのはスゴいよね! やっぱり音楽もゲームの一部っていうのを思い知らされるっていうか!」
俺が今思い知っているのは衝撃の新事実であって……。
「そんなコテコテの電子音をメタルに落とし込んだ例としては満点に近いね! 音圧に頼らない激しいサウンドを作り上げる複雑な高速のアルペジオもこの曲の魅力!」
まさかとは思うけど……。
この人ゲーム音楽に集中してる時の方が強いのか? 意味わからんぞ。
鼻歌歌いながらとか、語りながらでも普通にプレイできるのは知ってたが。
「あ、勝った」
そして惨敗……何だったんだ今の。
半分状態異常だったけど本当に何だ今の。全然いい勝負にすらならんかった。
「……先輩、もしかして状態異常時に連鎖力あがるパッシブとか持ってます?」
「……何か今すごい一方的だったね」
自分に驚いてるよ……。
「多分曲のせい。テンション上がる系だったし」
そういやたまにゲーム音楽を
やっぱ多分ゲーム音楽で戦闘力が上がるスキル持ってんなこれ。
「……曲緩いのにしましょ」
「むー、この曲好きなのに」
「どうせ全曲好きでしょ」
「うん、好き」
そして原点回帰、と選んだ曲。
初作の主人公、アルルのテーマ『時空を超えて久しぶり!』。
これなら戦意高揚効果はないハズ……! いい勝負がしたいんだ!
「この曲可愛いよねー。ザ・ぷよぷよ! って感じで!」
対戦開始直後、早速と語りが入る。
「これコンパイル時代の曲なんだ! 最初はこれがぷよぷよのテーマだったの!」
……へ~。
「原曲は全然違うテイストなんだよ! こんな可愛い感じじゃなくって、なんかヌルッとしつつネチっこい感じの曲だったんだ!」
……すげぇ気が散る。珍しく出てきた擬音で余計に。
でも一応聴いたことあるからすげぇわかる。
「セガ版からはアルルのテーマとしてイメージに合うように可愛くワクワクするような感じに仕上がってて! 同じモチーフでも調と音色でこんなに変わるんだって!」
確かに原曲と全然印象違うけど!
ってかマジか、恐ろしいことになってるんだが。
「コンパイル時代の音遣いもそれらしい良さとぽさがあって、セガのもそれを周到しつつちゃんと新しいキャラデザに適応してるってのが本当にすごいの!」
……赤ぷよ来ねぇなぁ。
「当時の曲のアレンジなのにメロとかも全く古臭く感じないってのがすごいよね! ここまで先進的なメロディとベースラインの組み方ないよ! 時代の先行きすぎ!」
ってか恐ろしいことになってるんだが(二回目)。
さっきより酷いぞこれ何連鎖だ。
「あ、勝った」
「先輩もう好きな曲ならなんでもいいんじゃん」
「……あたしにこんな力が」
謎覚醒してるよ……。
しかし本当に恐ろしい。いい勝負で双方楽しめるゲームのハズだったのに、ゲーム音楽が絡んだだけで希望が打ち砕かれた。
「なんかゴメン」
「しゃぁないっす」
そうして続けること数試合、色んな曲で試してみたがやはり惨敗。
どうやら曲をしっかり聴きながらやると、ゲーム自体の集中力もあがる模様。
……全くもって理解できない恐ろしい特技を身につけてしまった。
「もしかしたら他のゲームだと、素の状態でも一方的だったから気付けなかったのかもですね」
「あたしも自分にこんな力があるなんて知らなかった……」
……いちいち台詞がゲームくさいな。
しかし他の人、特に秋風先輩や春原先輩と一緒にやっている時は、会話等も楽しみながらやるということで、今までなったことがないそう。
それにゲーム音楽好きっていうのを隠してたし、なりようがなかったのだろう。
「でもゲーム音楽の話こんなにできるのって白井君だけだし~……、対白井君だけの奥義だねこれ」
「イジメじゃんか」
ゲームもできてゲーム音楽も語れて楽しそうだったし、屠りたい気分と言っていた当初の欲求も満たせただろう。
喜んでくれるならとは思うが、やはり暴力的なまでの実力差には細い神経じゃ耐えられない。
ということで休憩を申し出た。
「むー、軟弱!」
「先輩が屈強すぎるだけです」
そしてコントローラーを置くと、先輩は流れでゲーム音楽の話かと思いきや別の話題を振って来た。
「白井君ってほんとにメガネ好きなの? アコール先生だし」
メガネの話題?
何故急にと思ったが、別段否定することでもないし、事実メッチャ好きだ。
「そうですね……。大抵ゲームもいればメガネ選びますし」
「ふ~ん……。じゃぁクルークでいいじゃん」
「いや男じゃん」
ヤロウのメガネには興味ないんスよ。
氷上先輩と部長には申し訳ないが。
「……メガネかけてる女の子が好きなの?」
「……まぁそうなりますね。見た目の話ですけど」
……どうしたんだ一体。
言わなくてもわかるだろうに。
「ふ~ん……。何で?」
「特に理由考えたことないですけど……」
「今考えよう!」
何故か昔から憧れがあるのは確かだ。
なんとなくカッコいい気がするし、多分落ち着いて理知的に見えるっていうのが一番好きなポイントなのかもしれん。
思い当たった理由を適当に述べてみると……先輩は鞄をごそごそ。
そしてオレンジ色のフレームのメガネを取りだし……掛けた。
「……理知的に見える?」
いや超可愛いだけなんですが……そんなことは言えない。
しかし意図が全く分からないんだが何なんだ。
「めぐる先輩はそういうイメージじゃないかも。似合うけど」
「……むー」
あぁすいません! でも謝るのも変だから何も言えない!
何かいいフォロー……。
「あ、でも先輩の最初のイメージってそんな感じでした」
「最初のイメージ?」
「新歓PRの時演奏見た時、クールでカッコいいっていう」
実際最初に得た印象はそうだった。
大袈裟なようだけど、全てにおいて完璧な人に見えた。
翌日のアレのお陰で随分見方は変わってしまったけど、その後のライブにしても、やっぱり演奏中の先輩は本当にカッコいい。
「ほんと!?」
隠すことでもないので素直に肯定すると、いつもの笑顔で嬉しそうにした。
うん、やっぱり月無先輩はこっちの方のイメージだ。
「今は全然違いますけどね」
「ちょっと! むー」
冗談とわかるようにそう言うと、先輩も冗談とわかるようにふてくされた。
考えてみれば、こんな風なやりとりが出来る人だとも最初は思わなかった。
こんなに子供っぽい感じもなかったし、今は気を許してくれてるのかもしれない。
「じゃぁさ、演奏中のあたしと、普段のあたし、どっちがいい?」
……は? 突然何を言い始めるのか。
純粋な疑問なのかも知れないけど、意図が汲めない質問は困る……。
「だからさ、最初のイメージと、今のイメージ、どっちがいい?」
非常に困る。憧れを抱いたのはステージ上の姿だったけど、結局本当に好きになったのは普段の笑顔だった……しかしそんなこと言えるわけがない。
「……今の方が安心しますね」
誤魔化気味で当たり障りのない答え、これが限界です察してください。
「そっか!」
……こっちでよかったのか?
釈然としない感覚があるが、先輩はスッキリした模様。
「……何だったんですか?」
「ん~? 何でもないよ! フフッ」
そう言って、メガネ補正で破壊力が増した最高の笑顔を見せた。
「はい、メガネ出番終了~。お疲れ様~」
くそぅ……しかし何でこの人いつも仕舞う時メガネを労うんだろう。
「あ、そうだ。じゃぁさ」
……まだ何か訊きたいのか。調子狂うな今日は。
「ゲーム音楽とメガネ、どっちが好き?」
「……それ対比するものじゃなくないです?」
「大事な問題!」
本当によくわからんな今日の先輩。
しかし……月無先輩に会うまでだったら難問だったかもしれないけど、それに対する答えは今はハッキリしている。
「ゲーム音楽の方が好きですよ」
「……そっか!」
そしてまた最高の笑顔。
……結局メガネ無しでもこれに勝るものはないんだよなぁ、なんて思う。
まぁ先輩からすればゲーム音楽好きって言われた方が嬉しいに決まってるか。
質問の意図はわからなかったけど、先輩の求める解答は出来たのかも知れない。
ゲーム音楽とメガネなんてよくわからない二択……マジに何だったんだ。
結局その後ぷよぷよに戻り、飽きるまでプレイ。
例の新技能に関しても、同じ曲で対戦を続けて語ることがなくなると普通の強さに戻るようで、何度か勝利もあった。
謎覚醒したり謎質問したり、いつもと違った様子も見られたけど、楽しそうにゲームをしてゲーム音楽を語る先輩の笑顔は、いつも通り最高のものだった。
隠しトラック
―― 一挙両得 ~部室にて~
「先輩はロボと筋肉どっちが好きなんです?」
「……そ、そんな恐ろしいこと訊くの?」
うわいきなりめっちゃ狼狽してる。
ふっ、これ以上ない意趣返しだろう、悩め。
あなたは一位を決められない女、優劣付けられない人だと知ってるんですよ。
「決められないんですか?」
「……ちょっと待って今脳内でロックマンとハガー戦ってるから」
……意味不明すぎる。
「勝負つきそうですか?」
「今いい勝負してる」
いい勝負なのか……。ロックマン一方的に勝ちそうだけど。
「今ハガーが画面端に追い詰めた」
終わりそうにないな、と付けっぱなしのぷよぷよの画面を見て思う。
「そういえばセガのゲームってロボも筋肉も印象ないですね」
「は? いるじゃん、ハッター軍曹。バーチャロンの」
「誰?」
「待て待て待て待てェィッ! ハッター軍曹を知らんというのか!」
「何事ですか急に」
そうしてスマホをいじり……。
「これ」
「……うわ。ロボなのに筋肉質だ」
「マッスルジャスティス一番星!」
「……いや何?」
「レッツ・バーニング・ジャスティス!」
「いや何か怖いですわもう」
「サァァァァァンキュゥゥゥゥ!ベリ・マッチ!!」
「聞けし」
多分台詞なんだろうけど意味不明すぎる。
「いやぁ~大好きでさ! ロボであり筋肉!」
「はぁ……それが理想のタイプと」
「いや、理想はゴルベーザ」
「ここにきて甲冑」
*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。
『へっぽこ魔王最強伝説』-ぷよぷよシリーズ(フィーバー以降)
『時空を超えて久しぶり!』-ぷよぷよシリーズ(7以降)
『THEME OF PUYOPUYO』- ぷよぷよ(初作)
本話タイトルの元ネタ
『STICKER OF PUYOPUYO』-ぷよぷよシリーズ
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