幕間 氷上弦の語られざる進展
月無先輩へ清水寺トリオの「清」こと、清田先輩から呼び出しがかかった。
なんでもすぐに秋葉原に来てくれということで、巻き込まれるように自分も同行。
向かう電車内でラインでやりとりをしても、「事件はもう起きている」等と言いつつ内容は何も答えず「見て驚け」と会話が成り立たないので月無先輩も既に呆れている。
春に一緒のバンドだったのでアホなのは知っているが、いい予感が全くしない。
秋葉原に到着。
「ふと思ったんですけど、清田先輩って林田とキャラ被りしてますよね」
アホとバカ。同環境に一人でいい類。
「白井君わかってないよ。藍ちゃんはもっとサイコ寄りだよ」
……マジか。
曰く、ただ言動が頭悪い林田と違って、言動の理由が説明つかないらしい。
「わかりやすい格好してるとか言ってたけど……」
駅を出て清田先輩を探す。
「……あ、いたいた。ほら見て」
「……うわ」
いた。何故かケープを身にまとった英国探偵風の格好をしている。
そしてこっちに気付いて手を振って近づいてくる。
「来たな! 二人とも!」
「……どうしたのその格好。暑そう」
秋葉原だからマシとはいえ浮き方ハンパない。
「今日は偵察任務だからな! 形から入らないとって!」
……偵察任務なら目立つ格好避けろし。
「では開始と行きますか!」
「ちょっとちょっと、何するのか全然わからないんだけど」
そして清田先輩は何故かニヤりと笑って答えた。
「今日は氷水の観察!」
氷水観察……実験?
「フフッ、氷上さんとはじめちゃんのことだよ!」
「あぁそういう……氷水て」
最近知った事実、部員全員にその
氷上先輩本人曰く、付き合ってはいない。というか水木先輩の好意に気付いてないくさいが、浮いた話の少ない軽音なら格好の餌食。
しかしデート日程把握してるとか怖。
「でも氷上さん、予定ない日は一日中ギター弾いてるかアニメ見てるかって言ってたから、ちょっと気になるよね」
確かに……親しい人でもそんな様子など誰も興味ない。
「そろそろ来るはずだからちょっと隠れるよ!」
そして建物の影に隠れて駅の出口を見張る。
状況は未だつかめないがとりあえず従っておこう。
「モグ……3時、モグ・・・・・・18分着の電車に、大抵乗ってるハズ……」
めっちゃアンパン食ってる……。
張り込み長引いた時じゃねぇのかそれ。あと電車把握してるの怖。
「めぐる先輩、これツッコみ待ちなんですかね……」
「キリがないから放っておくの。慣れて」
アホだとは知っていたが、認識を改めた方がいいレベルかもしれん。
清田先輩はどこから取り出したか双眼鏡を構え……。
「来た! 本日のターゲット!」
遠目なのでハッキリはわからないが、ターゲットの水木先輩登場。
「はい、よく見てあげて!」
そう言ってこちらに双眼鏡を……なんで三つも持ってるの。
「藍ちゃん人巻き込むタイプだから」
「あぁそういう……」
普段はボケ寄りの月無先輩が真顔対応って相当だなこの人。
そしてレンズ越しにターゲット確認。
……明らかにおめかししている。
水木先輩はオシャレは知っていても普段あまり格好に気を遣わないタイプ、今日は一段とオシャレで気合いが見てとれる。
しかし……
「すげぇ悪いことしてる気分です」
「気にするな白井君! さ、尾行を開始するよ!」
一定の距離を保ちつつ後を追う。
水木先輩が入った店……。
「執事喫茶?」
「氷上さんのバイト先? そういえば執事喫茶でバイトしてるって聞いたけど、はじめちゃん、もしかして通ってるの?」
氷上さんがバイトの日に客として訪れて、仕事上がりにそのままデート、と。
微笑ましいというか、いじらしいというか、可愛い一面だ。
「……まさか藍ちゃん、いつも観察してるの?」
月無先輩がそう訊くと、清田先輩は何故かドヤ顔……。
「カラオケにカチ込むまではいつも見てるな!」
カチ込みはしねぇよ。
氷上先輩インテリヤクザっぽいけど。
「一回隣の部屋でヒトカラやった!」
「あ、あはは、よくバレなかったね」
氷上先輩相手になんて度胸だ……本当に後先何も考えてない。
ぶっちゃけ氷水観察よりも清田先輩のサイコっぷりのインパクトが強くてそっちに意識持ってかれる。
そして店がある対岸の歩道、その雑木林から観察開始。
「ねぇ藍ちゃん、今あたし達すっごい怪しいんだけど」
「大丈夫! 一回おまわりさんに声掛けられたけど、わかってくれたから!」
絶対ヤバすぎて話が通じないと思われただけだろそれ。
「さぁ観察だよ二人とも!」
正直言って申し訳なさが勝るので自分はやめておこう。
そう伝えると「ノリ悪いな!」と笑われる。
……こっちが普通のはずなのに!
「今日のはじめちゃん、すっごい可愛いね~」
「な! やればできる子!」
月無先輩は意外とノリ気で盛り上がっている。
まぁ同学年同士ならバレても冗談で済むだろう。
「あ、来た! めぐるちゃん見て見て!」
「……うわ、氷上さんめっちゃ似合う! 面白!」
ヤバい、早くもすごく見たい。
しかし氷上先輩を敵に回す勇気など皆無、ここは我慢。
「え、はじめちゃんあんな顔するんだ……」
「完全に乙女だよね」
超気になる……! でもここは我慢。
しかしまぁ、意外と言えば意外だけど、本当にそうなんだな。
確かに氷上さん、怖いけどカッコいいし、面倒見もいいし、同じくギターで直接教えてもらう機会も多い水木先輩が惚れてしまうのも必然というわけか。
そんなこんなで観察は続き、
「さて、そろそろ4時。ここからが本番だよ!」
氷上先輩のバイト上がりの時間。
それに合わせて水木先輩が店から出てきた。
「バイト上がりを店の外で待ってるの可愛い……パシャり」
「めぐるちゃんわかってるな! パシャり」
なんかわかる。絵になるシチュかもしれない。
でも写真撮るなよ二人とも……。
「あ、氷上さん出てきた! ほら白井君見て!」
……うわ水木先輩嬉しそう。
身長差のある氷上先輩を見上げて話す顔は、確かに乙女だ。
そして二人が歩きだすと、清田先輩も……。
「さて追跡を開始だな。みんな、ここからは難度上がるからな」
と、任務続行。
しかし正直これ以上は……。
「悪い気がするので俺はもう……」
「はいはい、白井君は~……度胸、ゼロ!!」
おぉ? なんだこのサイコパス。
「いいか、ここまで来たら見届けるまでが任務。氷水もそれを望んでいるハズ」
「……もう何が言いたいのか」
「いいか、言葉を信じるな。言葉の持つ意味を信じるんだ」
あなたの場合それが全く伝わってこないんですが……。
月無先輩どうにかしてくだ……いやうんうんじゃねぇよ何を感化されてやがる。
ゲームの名台詞言われただけで納得するとかチョロすぎか。
「わかったな、白井君。君が今どうすべきか」
多分清田先輩に言い訳は通用しない。
「清田・スネークの言うとおりだよ」
言うとおりじゃねぇいつからスネークになったんだ。
……仕方ねぇ。
「……待たせたな!」
「レッツゴー!」
氷水観察続行。追跡編開始。
結構距離が離れたので少しばかり駆け足で氷水を追った。
「こんくらいを保つぞ! 一回近づきすぎてバレそうになったからな!」
バレたら色んな意味でお終い。
普通に命を取られる可能性さえ……。
「前にはじめが立ち止まってこっちのほう見た時心臓止まるかと思った!」
「……藍ちゃん多分それバレてるよ」
一気に不安になるんだが。
物陰に隠れたりしながら追跡すると……。
「いつも通り入りました、アニ○イト」
某有名サブカルチャーショップ。
グッズ見たりなんて言ってたし定番ルートなんだろう。
「さ、私達も入るよ」
「建物内ってめっちゃ難易度高くないですか」
「あたしもイケる気がしない。多分自分の買い物楽しんじゃう」
確実にバレるということで潜入調査は断念。
三人で氷水が出てくるのを待った。
「今日は進展するかなぁ」
「やっぱり期待してるんだ?」
ふと清田先輩が零すと、月無先輩がそれを拾った。
「うん! そうだな~、手をつなぐとこまでは見たいな!」
「……先は長そうだね」
普段はサバサバした態度の水木先輩は意外と奥手、氷上先輩は朴念仁ということらしく、こうしてデートは恒例になっていれど中々進展がないらしい。
「それさえ見れれば
「……二カ月もこんなことしてるんですか」
すると清田先輩は鞄からノートを取りだした。
タイトルは……『氷水観察日誌』。
字面だけ見ると狂気しか感じないタイトルだな思いつつ、表紙をよく見ると右下に『Kiyota・I・Watoson』。
いや
「藍ちゃんそれ絶対人に見せちゃダメだよ」
さすがの月無先輩も真顔でこの反応。
めぐるノート所持者もさすがにこれは理解できなかった。
しかしこちらの当惑はガン無視で清田先輩は調査報告を語り始めた。
付き合ってはいないと言っている氷上先輩も、特別視しているのは明白とのこと。
アニメ好き同士気が合う、同じくギターパート、それだけでも付き合う理由として十分な気もするが、意外と緻密な内容が二人の関係の裏付けとして確かな内容。
水木先輩からの矢印はわかりやすいが、氷上先輩からも確実に向いているようだ。
……意外とデキるのかこの人。
「もう秒読みだと思うんだよね。今日こそは」
そう言って真剣な眼差しでア○メイトの入り口を見つめる清田先輩。
……マジになる部分間違ってね。
「あ、出てきた!」
そしてターゲットが店から出てきた。
楽しそうに会話している。氷上先輩も見せたことのないような笑顔。
「なんかすっごい盛り上がってるね。楽しそ~」
「あれは今期の推しについて語ってる時の顔だね」
「……なんでわかるんですか」
「清水寺は以心伝心!」
……サイコなのかエスパーなのかよくわからんな。
しかしトリオの一員の幸せを願っているのかもしれない。
「あれ、今日はいつもと違うルート」
目標に動き、いつもこの次はカラオケらしいが違う方向に。
何が起こるのかと期待に溢れた表情の清田先輩と月無先輩。
追跡を続行すると、氷水は人通りのあまりない方向へと向かって行った。
「さぁ氷水、ベンチに座りました」
駅周辺から外れた通りにあるベンチ、そこに二人が腰かけた。
「戦利品見たりするのかな?」
「それならカラオケ後のファミレスでやるはず」
全部把握してんのほんと怖。
しかし遠目に見てもわかる、何か起きそうな空気。
「藍ちゃん、突貫します」
「「え!?」」
突然蛮勇に走ろうとする
「いやさすがにマズいって藍ちゃん!」
「俺もそれはって思います」
二人で止めようとするも、
「大丈夫! 絶対バレないから!」
そう言って聞かない。
まぁここで止まるようならこんなこと自体してないか……。
説得を諦めると、清田先輩はいい顔をして親指を立てウィンク。
「いい知らせを持って帰るぜ」
完全に死亡フラグじゃん。
そして
「なんで
「あたしに訊かれても……あ、立った」
「動きづらかったんでしょうね」
バレてないっていうのが信じられないが清田先輩はベンチの後ろの雑木林に粋を潜め、目標との距離は2m程度。
自分と月無先輩は氷水と清田先輩の両方が見える位置。
「どうなるのかな! 進展するのかな!」
「俺はバレないかの方が気になります」
なんだかんだ気になりテンション上がる月無先輩。
顛末に期待か不安か、よくわからない気持ちで観察を続けた。
「なんかいい雰囲気だね~」
「氷上先輩普段怖いですけど今日は全然違いますね」
二人とも幸せそうに会話している。
意外なほど威圧的な雰囲気ゼロで楽しそうに笑う氷上先輩。
しかし至近距離で聞き耳を立てる清田先輩が気になってしょうがない。
「……ってかあれ何やってんですかね。こっからだとよく見えない」
「藍ちゃん? えっとね~……ブフッ」
「何?」
「……補聴器」
……クッソこんなので。
さすがにダレてきたのでそろそろやめませんかと提案すると、
「あ、はじめちゃんが立った」
「クララかな?」
そして後ろを振り向き……
「うわバレてる」
清田先輩が捕まる。劇的でもなんでもないショボい結末。
「うわ、たまたま通りかかったようなトボけ方してるよ、ほら」
「あの格好でたまたまとか頭おかしすぎるでしょう」
あえなく任務失敗、というかかなりマズくないかこれ。
清田先輩はアホだしトリオ仲間だからまだいい。
月無先輩は氷上先輩と仲良しだからまだいい。
……入部間もない自分はマジで殺されるぞ。
「どうしよう、困ったね……逃げ……あ」
「どうしました?」
考えるのをやめて、もう一度捕まった清田先輩の方を見ると……。
「……あのサイコパスこっちを売りやがった」
「白井君、一応先輩だからねアレ」
こちらを指差す清田先輩とその
もう言い逃れできないし逃げるとしても確実に視認はされる。
「……正直にあやまろっか」
「……はい」
そして観念して二人で出ていった。
§
「いや藍のことだからあんたら巻き込まれただけだろうけど」
「いえ、ほんとすいませんでした」
事情の理解はあるようで怒ってはいなさそう。
氷上先輩は……意外にもこちらも。
「フッ、清田に絡まれたら仕方ない。今日だけは許してやる」
怒っていない。
生の喜びを実感するような感覚、月無先輩も心の底からの安堵の表情。
「しかし清田、人を巻き込むな。これも今日だけだぞ」
そう清田先輩を咎める水木先輩……え?
「気付いてたんですか?」
「二カ月くらい前からな」
「……藍ちゃん、最初からじゃん」
全てバレていた模様で、さすがに会話が聞こえる距離までの接近は許さなかっただけとのこと。
氷水の二人とも、最初から相手にしてなかったそうだ。
……しかしそれもある意味余裕の表れか、二人の間柄を象徴するようだ。
「まぁ確かに……俺も思わんでもない。また今度だな、水木」
思わせぶりな含みを言い放った氷上先輩は、控え目に、それでも今まで以上に感情がこもった笑みを浮かべた。
そしてそれを受けた水木先輩は、恥ずかしがりながらも嬉しそうに返事をした。
「見せつけてくれやがるぜ!!」
「いや藍ちゃんから見に来てんじゃん……」
自分としても清田先輩と同意見だったが、どんな意見でも賛同して同列になるのだけは嫌だった。
迷探偵のおかげでデートが台無しになったにも関わらず、氷上先輩は怒ることもなく、水木先輩も気にしていなかった。
そして氷上先輩は「台無しついでだ」と言いながら皆に夕飯を奢ってくれた。
機嫌がよさそうだったのは後輩に沢山会ったからか、それとも他に理由があったかはわからないけど、もしかしたら水木先輩との交際を前向きに捉えたことだったりするのかもしれない。
見た目以上に後輩に寛容な面、そして意外にもいい表情で笑う一面。
ぶっちゃけ血も涙もない系だと思ってた初対面とは随分印象が違う。
そしてアニメトークが始まると止まらなくなる氷水の二人を見て、見せつけられるような思いと少し羨ましいような気がした。
……ちなみに口外無用、とそれだけはガチトーンで言われた。
しかし一番の収穫は清田先輩が思った以上にイカれた人間だったということ。
今後の接し方はしっかりと考える必要がある。
以上が今回の調査レポートである。
隠しトラック
――見る人は見られる人 ~帰りの電車にて~
「ってか藍はウチらにバレてないと思ってたの?」
「正直完璧だと思ってた」
「その格好で?」
「うん」
「ここ日本だよ?」
「……何言ってんの? はじめおかしくなっ」
「あんたが一方的におかしいのよ」
「しかもめぐると白井まで巻き込んで……」
「あの二人もそろそろかなと思って!」
「あれは触れない方がいいってみんな言ってるじゃん」
「刺激は必要かと」
「……それ余計なお世話って言うんだよ」
「世話してる気はないよ!」
「いやそういう意味じゃ……」
「……ってか何それ。ノート?」
「……はじめ、私がただ白井君とめぐるちゃんを呼んだと思う?」
「だっていつも何も考えてないじゃん……って!」
「私はあの二人のことも観察しているのだ。そしてこの『白めぐる観察日誌』に!」
「白めぐるって……やめなってほんと~。折角また仲良くなれたのに」
「大丈夫、追跡とかはしないから」
「しかし恋愛事情に首つっ込むのほんと好きだね」
「うん、生きがい。軽音での楽しみだな!」
「……ちゃんと音楽をやれ、清田」
「うわ氷上さんいたんだ!」
「……さすがに怒るぞ」
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