冷静と情熱の共感

 七月下旬 大学構内 大講堂地下 軽音楽部スタジオ


 夏休みが始まって数日。

 今日も今日とて日課の練習をしに大学スタジオへ。

 とはいえ変わり映えのしない日常というわけでもなく、今日はいつもと違う用事。


 ……なんと「名前を言ってはいけない例の氷上ひかみ」こと、氷上先輩からの呼び出しである。


 氷上先輩と言えばスラッと高身長かつ見下ろすような瞳と、威圧感のある喋り方が恐怖心を否応なしに煽る、部内一第一印象が怖い人。

 いい人なのはわかってるし、実際は後輩大好きツンデレ兄さんなのは身を持って知っている。

 それでも威圧感持ちの氷上先輩とタイマンとなれば、身構えてしまうのは生物としての防衛本能に近い。


 誰もいないスタジオで独り戦々恐々と待っていると……来た。

 ガチャリと重々しく鳴った防音扉のドアノブが更なる恐怖を演出する。


「お疲れ様です!」


 とりあえず全霊をこめて挨拶。

 そして普通に返される。


「悪いな白井、呼び出して」


 そう言って氷上先輩はゆっくりと荷物を下ろした。

 用事はなんなのだろうか。早く楽になりたいような気で次の言葉を待った。


「夏バンでやる曲なんだがな。無理そうなのあったら先に知っておきたいからな」


 なるほど、そういうことか。とてもありがたい気遣いだ。

 でもこれ無理って言うこと=死に繋がるとしか思えないんだけど。


「今日は月無はいないのか? いたら便利だったんだが」

「……なんか用事あるとかで」


 すいません。あの人、氷上先輩に呼び出されたって昨日言ったら「じゃぁ明日は指導ナシね!」って逃げました。

 ネタだとしても禁忌扱いのガチ逃亡です。


「まぁいいか。とりあえず聴くか。これなんだが……」


 氷上先輩は坦々と曲を流し始めた。

 『into you』、多和田えみというアーティストの曲。

 R&B的なピアノバッキングが終始続く感じ……これならできそう。

 難しそうだけど頑張れば、そう答えると、氷上先輩もよかったと示してくれた。


「ブラックやるんだと思ってましたけど、違うんですね」


 知らない曲だったけど、想定外の曲。

 氷上先輩とのバンド、巴先輩主導のそれは春の代表バンドだった面子がほとんど。

 編成的にもメンバー的にもガッツリブラックミュージックになると思っていた。


「巴の好きなのやるからな。R&B寄りはあってもブラックそのものはないと思うぞ」


 なるほど、寄った曲はやれどガチガチのそれはやらないと。

 巴先輩とは最近何度か会う機会があったわりに、全然聞けてなかったから意外な初情報だ。


「まぁむしろ難しい曲多いがな」


 とはいえ楽じゃないみたいだ。

 まぁそれもそうか、多分夏合宿での投票は一位を目指すんだろうし。

 

 その後も候補を何曲か聴かせてもらうも、やはりどれも難しい。

 でも曲の良さに直結する難しさだし、巴先輩のパフォーマンスであの豪華メンバーで出来れば、きっと最高のステージになると思えるようなものだった。


「ところでなんだが白井」

「な、なんでしょう……」

「……あいつは何をしてるんだ?」


 そう指差した方向。スタジオのドア、その小さな覗き窓。


「いやほんと何なんでしょうね」


 月無先輩が覗いている。面白がっている。

 氷上先輩は呆れたような顔をして、謎のやりとり開始。


 氷上先輩が「来い来い」とジェスチャーすると……。

 月無先輩は「え、あたし? いやいやいや」。

 氷上先輩が握りこぶしを作ると、月無先輩が観念したような顔をして中に入ってきた。 


「……何ですか今の」

「あはは~……。恒例行事?」

「こいつくらいだ。俺にこんなことできるの」


 怖い人をネタにした無言のやりとり……よくそんなことできるな。


 とはいえ許してしまうあたり、後輩として可愛くてしょうがないのかもしれない。

 氷上先輩は部会でもノリがいいし、イジられることに寛容だったりする。


「何してたんですか?」

「夏バンの話だ。始まる前に候補から無理そうなのははじこうと思ってな」


 すると月無先輩は、何をやるのか興味を持ったようで続けて実例を訊いた。


「やる曲あんまりバラすわけにもいかんが……『into you』とかだな」

「え、多和田えみやるんですか!? いいな~。あたしやりたかった!」


 ……それ言われると負い目ハンパないんですけど。


「プレッシャー更にかかるんですけど……」

「手ほどきくらいはしてあげるよ! あたしあれ弾けるし」


 助かるけどすでに弾けるのかい。


「なおさら失敗できないじゃないですか」

「ふふー。師匠を満足させてみたまえ!」


 そんなこちらのやりとりを観察するように見ていた氷上先輩が、おもむろに口を開いた。


「……お前ら付き合ってるのか?」

「「え」」


 いやいや、そんなことは。

 有りもしない誤解は解かねばならない。


「「そういうのじゃないです」」


 自分で言っておきながら微妙に傷つくが、見事にハモってしまったのが面白くて三人で笑ってしまった。

 個人的には氷上先輩が素で「フハハハ」って笑い方をする方が面白かった。

 

「いや、いつも二人でいるし、前々から仲が良いと思ってたが、それ以上でな。……まぁ頼るのも悪いが、月無もしっかり教えてやってくれ」

「ふふ、了解です! あたしが何かしなくてもちゃんとやりますけどね。……ね?」

「そ、そこはもちろん。頼りきりになるつもりは全く」


 そんなやりとりでひと段落。

 そして月無先輩がふと閃いたように氷上先輩に質問した。


「氷上さんこそどうなんです?」

「……何がだ」

「ほら、はじめちゃんですよ、はじめちゃん。仲良いじゃないですか」


 おぉ、意外な新事実。軽音での恋愛事情は皆無と思っていたが。

 春バンドで一緒だった清水寺トリオの「水」、水木みずきはじめ先輩は確かにパートも氷上先輩と同じくギターだし、腐女子でアニメ好き。

 となれば親密でも不思議ではない。


「……お前らが思っているようなものではないぞ。グッズ見に行ったりカラオケとかよくするくらいだ」


 ……いやそれデートじゃね。どう考えても。

 鈍感系かこの人。


「それに水木は腐だろう」


 ……腐=彼氏いらないは大間違いですぞ。

 まさか何でもアニメ基準か。


「へ~……。名前からして好きになりそうなのに」

「……確かに惜しいがな。危うく水木一郎だ」


 ……何言ってんだコイツら。


 しかし水木一郎までとは。

 自分は一時期JAM-projectにハマったから知ってるが。


「めぐる先輩って本当にどんな音楽ジャンルでも知ってるんですね。……あ、でもスパロボ主題歌とかで知ってるか」

「ん~? でも水木一郎さんはそれ以外でも好きだったゲームで曲歌ってたからね」


 すると氷上先輩がそれに興味を示さないわけもなく、流してくれと催促した。

 もちろんですと意気揚々とミキサーにつないで流れた曲。

 いかにも昭和のスーパーロボットといったテイストの曲、がんばれゴエモンの『おれはインパクト』。


「……アツいな」

「……アツいですよね」

「あざといレベルのティンパニがたまらんな」

「さすが氷上さん。わかってるぅ」


 アニソン好きとロボット好き、通ずるものがあるようだ。ついていけない。

 聴き終わると氷上先輩が口を開いた。


「この前借りたアルバムもそうだが、ゲーム音楽って本当にいい曲多いんだな。要所をいちいち押さえてくる」


 それを聞いて月無先輩の顔もぱぁっと明るくなった。


「わかってもらえますか!? このサントラとか本当によくて! プレミア付いてるくらいなんですよ!」


 ふと気付く。

 自然な流れでゲーム音楽好きを露呈している。

 アニソン好きの氷上先輩とは通ずるところがあるにせよ、意外なほどすんなりと。


 確かに月無先輩はもう隠してはいないし、言葉にしてないだけでライブでそれが伝わるよう堂々と見せつけた。

 それでも抵抗もなく話せるようになったのは、自分にとっても嬉しいことだ。


「ほう、そんなにいいのか」

「聴きましょう! 今!」


 よっぽど嬉しいのか嬉々として流し始める。

 そうえいばこのサントラから一曲、『めぐる・ゲーム音楽十選』に選ばれていた。

 『火炎狐に氷の刃』、ファンクノリの本当にカッコいい曲だった。


 そうして何曲か流してくれるが、本当にどれもいい。

 NINTENDO64時代のものでも、古臭さなど感じないゲーム音楽の真骨頂の一つとしか思えないほどのクオリティ。

 和のテイストを盛り込んだ楽器の使い方、そのどれもがこの音色だからと納得できるもので、和楽器をバンドサウンドに落とし込んだ最適解のようにすら感じる。

 がんばれゴエモンの曲がいいとは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。


「いいなこれ。俺はゲームはしないがこれは気に入ったぞ」

「本当ですか!? やった!」


 共感してもらえたのが嬉しいようで、目もキラキラと輝いている。

 目もキラキラと……。


「一曲やってもいいかもな。一味違ったテイストでも学園祭とかならやれるだろう」

「え!? やっていいんですか!? ゲーム音楽!」


 あ、マズい。

 これ以上はマジでマズい。


 月無先輩は氷上先輩ともバンドをやる。

 フュージョンメインのインストバンドらしいが、そこに一曲盛り込もうと。

 でも今は深追いしたら大変なことになりますぞ氷上先輩。


「元々月無の好きな曲も出させるつもりだったしな。ロックマンのあれでもよかったが、個人的にはこっちもアリだ」

「ほんとに!? 嘘じゃないですよね!? ありがとうございます!」


 あ、ダメだ。これ行った。

 氷上先輩、やっちまいましたよ。


「俺が嘘をつくわけな」

「ゴエモンの曲が出来るなんてほんとうれしい!このゲーム音楽にしかない楽器の使い方はいつかほんとにバンドでやってみたかったんです!いやぁ~氷上さんならわかってくれると思ってましたよ!」


 はい、始まりました。

 氷上先輩の言葉完全に遮ってます。

 

「誰が聴いても絶対に納得いくゲーム音楽!それをバンドでやるならゴエモンは絶対外せない!わかりやすいロック基調で推すのもアリだけどメロディーと楽器の使い方の魅力を最大限に見せるならこれ以上の選択は中々ないわ!聞こえる音楽じゃなくて聴かせる音楽としてのゲーム音楽の魅力!世界観に引き込むそれはライ~中略~」


 あぁ、本当にやりたかったんだろうなぁ……。


「おい白井」

「は、はいなんでしょう」

「……これは何だ」


 ですよね。普通に話してたと思ったら突然これですもん。


「ゲーム音楽好き過ぎてこうなるんですたまに。引き金もわかりづらいんで大抵気付いた時にはもう遅いんです」

「……そうか」


 いやそうかって……。

 っていうかちゃんと聴いてるよ、氷上先輩。偉っ。


「『夕焼けウォント・ユー』なんてほんと最高!情景が目に浮かぶようなメロディーと聞かせどころもしっかりしたあまりにも完成され過ぎた曲構造!誰でもすんなり受け入れてしまえるようなここまでイヤみの全くないストレートな名曲は早々見つからない!サウンドテストモードで聴いてもいいんだけどやっぱり場面と~以下略~」


 ……やっぱり曲名出されたりするとワケわからんな。

 

「……白井」

「は、はいなんでしょう」

「いつ終わるんだ」

「大抵気が済むまでですね。状態異常なんで」

「……毒みたいなものか」

「……混乱に近いですね」


 イライラしているわけではなさそう……というか笑い堪えてるなこれ。

 怒ってないなら放っておこう。どうせ止められないし。


 §


「……収まったようだな」


 月無先輩が我に返って黙った。


「気は済んだか?」

「……は、はい。ごめんなさい」


 なんだこの神妙なやりとり。

 まるで動じてない感じめっちゃ怖い。

 月無先輩はやっちまった感全開の表情、目が泳ぎまくっている。


 そして氷上先輩がおもむろに……。


「……プッ。フハハハ」


 笑い堪えてたのか。ってかその笑い方やめてください。


「いや面白くてな。これだけ好きなら逆に好感が持てる」


 心広いなほんとに。

 後輩のすること何でも許すのかこの人。


「ほ、ほんとですか? ヒきません?」

「いやヒくが」

「む、むぅ……」

「……だが気持ちはわからんでもない。俺も似たようなところあるしな」


 ……どこが?

 嫁議論とかするとアツくなるタイプなのか?


「まぁいい、セトリに合うのなら月無の好きな曲一曲選ぶといい。インストバンドだし違和感もないだろう」

「やった! ありがとうございます!」


 氷上先輩にしても、自身の最後のバンドだからこそ、後輩を尊重してあげたかったのかもしれない。


「お楽しみでなんて考えてたんだけどな。本バンドでも一つくらいならな」


 そういえば氷上先輩と以前話しこんだ時にも言っていた。


 ゲーム音楽バンドのギター加入は最優先事項、これチャンスじゃないのか?

 そう思って月無先輩に目で合図してみると、頷いて口を開いた。


「あ、あの、氷上さんさえよければなんですけど……」

「……何だ?」

「お楽しみで……オールスターでゲーム音楽やろうって企画してて」


 頑張れ! 俺だったら怖くて絶対無理だけどあんたならやれる!


「ギターは氷上さんしかないってなって……やってくれませんか!」

「……フッ、断る理由もない。こちらから頼むところだ」

「やったー! ありがとうございます!」


 本当によかった。きっとこうなるとはわかってても、本当に。

 月無先輩もとても嬉しそうだ。

 受け入れてもらえて、しかもゲーム音楽を気に入ってもらえた上だから、これ以上ない最高の形での加入だ。


「ただし……一つ条件が」

「な、なんでしょう」

「一発でゲーム音楽とわかる曲だな。そうでないと意味がない」


 ……どういう意図か完全にはわからないけど、確かにそうかもしれない。

 客観を気にして一般ジャンルに寄せた選び方をしたらゲーム音楽である意味がない、そういうことか。

 月無先輩も、もちろんです、と力強く応えていた。


 最高のメンバーで演奏する、ゲーム音楽らしい最高のゲーム音楽。

 選曲に関しても難航していたところに、もう一つ大切なポイントが明らかになったのは僥倖だ。


「任せて下さい! きっと誰もが納得いく曲を出しますから!」

「フッ、決まったら教えてくれ。楽しみにしているぞ」



 ――氷上ひかみゆづる(アニヲタ)が仲間になった!



 その後はスタジオで、月無先輩が色んなゲーム音楽のよさを弾きながら語った。

 幸せそうなその姿が氷上先輩も嬉しいのか、威圧的な空気もまるでなく終始穏やかな表情だった。


 冷静な氷上さんとは対極的に情熱をぶつけまくった月無先輩。

 それでもサブカルチャー音楽好きという点で通じるものは多いのだろう。

 この人がゲーム音楽バンドのギタリストとして仲間になったのは本当に大きい。

 企画は順調に、最高の形で進んでいる、そんな風に思える出来事だった。




 隠しトラック

 ――痛恨の一撃 ~軽音楽部スタジオにて~


「氷上先輩、水木一郎わかるならジャムプロも好きだったりしますか?」

「好きだぞ。落ち込んでる時はジャムと決めている」

「あ、それわかります。俺も昔よく聴いてたんですよ」

「ほう、ならお楽しみライブでジャムやるか?」

「え! いいんですか!? メッチャやりたいっす! 男だけのムサい感じでやりたいですよね」

「わかってるじゃないか」


「あ、めぐる先輩おかえりなさい」

「ただいま~。何の話してたんです?」

「ジャムプロの話だ。お楽しみライブでやるかとな」

「あたしもやりたい! ゴング鳴らしたい!」

「フッ、残念だったな月無。やるとしたら男限定だ」

「むー……。でも何かわかりますそれ」

「わかるんだ……」


「そういえばお前らはアニメは見ないのか?」

「俺は昔はって感じですね……」

「あたしも……ゲーム音楽初めてからは」

「……そうか」

「あ! でもこの前白井君とダイの大冒険の話で盛り上がりました!」

「そういえばそうでしたね。アニメにゲームの曲が使われてるって」


「氷上さんは見てないんですか? ダイの大冒険!」

「……」

「氷上さん?」

「……スマン!」

「え? どうしたんですか?」

「アニオタたる身として本当に不甲斐ない! 名作だとは知っているから見ようとはずっと思ってたんだ見ようとは! しかしドラクエを知らない俺が~以下略~」


「……さっき似たようなところあるって言ってた理由わかりました」

「あたし、周りから見たらこんなんなんだね……」

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