色々な先行き
七月下旬 大学構内 大講堂地下 スタジオ廊下
日課の廊下練。
独り淋しくそれを行うも、夏のバンドを思えば必要な修業期間。
小休憩とヘッドホンを外してふと外を見ると……八代先輩がガラス扉の向こうに。
よく会うなぁと思いつつ会釈をすると「よっ」とジェスチャー、こっちに来た。
「お疲れ様です。走ってたんですか?」
「陸上部の練習でね。午前だけだから今終わったんだ」
そうか、たまたまよく会うというより、兼部で学校にいる日が多いということか。
汗が滴る陸上らしい格好。……ぶっちゃけエロい。
「ちょっと着替えるから~。スタジオ覗いちゃダメよ?」
「……覗きませんよ」
しかし荷物をスタジオに置いているとはいえ、着替えもこっち。
事情を知ってる自分はいいが、知らない後輩なんか居合わせたらビックリするぞ。
そしてすぐに着替え終わったようだ。速い。流石スピードスター。
「今日はめぐるいないの?」
「吹先輩と遊ぶとか言ってましたよ」
「なんだ~。私が来る時はちゃんと揃っとけよ~。イチャついてるとこ見せろよ~」
「理不尽」
いつも通りからかわれる。
三年生では一番世話になっているし、一番理解してもらっているから仕方ない。
「多分合宿投票一位目指すんだろうしね。頑張りなよ」
「はい。重責ですほんと……」
励ましをもらって嬉しいが、一つ疑問が。
「八代先輩は目指さないんですか? 春の代表メンバー半数ですよね」
月無先輩とやるバンド。
ホーンバンドだし、秋風先輩も春原先輩もいる。
「ん~、うちはそういうのじゃないよ。私と吹が好きなのやるって感じ。投票一位目指すのも考えたけど、結局そういうプレッシャーはない方がいいかなって」
三年生最後のバンド、投票一位と夏の代表バンドを目指す人もいれば、最後には好きな曲メインでやる人もいる。
両立を目指す人も勿論多いが、八代先輩は後者に比重が寄っているようだ。
そういえば他のメンバーは知らないし、遜色ない実力者の心当たりもない。
「あと夏井でしたよね。他って誰なんですか? 」
「清水寺だよ」
ほほう、これは眼福ガールズバンド。
しかし意外なのが……。
「清水寺トリオだったんですね」
先輩に対して失礼ではあるが、正直言って意外だった。
確執とまではいかなくとも、月無先輩と音楽仲間としてはそれほど仲良くなかったのも知っている。
「春バンドであそこまで頑張ってくれたからね。最後も一緒にやりたいなって」
あれがあったからこそ、と。
ある種ご褒美みたいに、自身だけでなく仲の良い後輩達が心から楽しめるように、そう想っているのかもしれない。
八代先輩らしいというか、部活最後のバンドでも後輩を優先するかのような考え方は、中々できるものでもない。
「
「はぁ……。そういえば吹先輩と清水寺の取り合わせって見たことない」
「あんまり仲良くなかったからね」
「え、意外」
秋風先輩は後輩みんな大好きだと思っていたが、そうでもないのか?
あの無限の母性と癒しオーラを備えた女神からは想像できない一面だ。
「今はすっごい可愛がってるけどね。吹って結構実力主義だから」
またしても意外な一面。
不真面目を認めないのは当前だとしても、ある程度実力があればいいくらいに思ってるものかと。
「無意識だと思うけどね。吹奏楽も名門にいたみたいだし、私なんかよりずっと厳しいよ。二年とか、めぐるとスー以外ほとんど喋らなかったよ」
「マジですか」
「興味ない人無関心だからね。頑張ってる人にはその分面倒見るけど」
確かに思い返せば……あれは異端審問の時だったか、真面目に練習しろと暗に言っていたし、貶めるようなことはしなくとも結構ずばっとものを言う。
確かに甘やかすような人じゃないようだ。
本当に優しい人だし、手を差し伸べてくれる人だけど……規律はしっかりしてると捉えた方がいい。
月無先輩も同じようなところあるけど、あの人の場合はわかりやすい。
「だから白井も夏バンちゃんとやらないと大変だぞ~」
「……頑張ってるつもりです」
「眼力喰らうぞ~」
「八代先輩までそれネタにするんですね」
真面目にやるのは当前、極度に不甲斐ないところを見せなければ大丈夫だろう。
サボったりなんかしたらあの三白眼で
「ちなみに絶対音感レベルだから音取り間違ってるの一発で気付くよ」
「怖」
その後も色々話を聞くと、OBからも黄金世代と言われる今の三年生に比べ、二年生は圧倒的に実力者が少なく、その分一年生が期待されているとのこと。
やる気に関しても一枚岩ではなく、上は上同士、下は下同士で組むのが通例。
実力主義というより、音楽に真面目な部活という側面を考えればそれもそうかもしれないし、普段よく関わる人を見れば確かにみんなそう。
自分と月無先輩、鍵盤二人とも夏バンドが最高のメンバーに恵まれているのも、その流れからすれば当然だそうだ。
「清水寺誘うって案出したの吹だからね~。驚いたけど、あの三人が音楽もっと好きになってくれて、真面目に頑張ってるのが嬉しかったんだと思うよ」
清水寺トリオは下から上へ成り上がった好例なのかもしれない。
そして真面目に取り組む後輩をしっかり評価してくれるあたり、やはり秋風先輩が冷たいだなんてことはない。
夏バンドが始まる前に、色々と軽音事情を聞けたのは僥倖だった。
「それはそうとさ」
そして一区切りに八代先輩が切り出した。
「ゲーム音楽バンドって人集まってるの? スーが入ったのは聞いたけど」
合宿でのゲーム音楽企画。
現状は五人だし、そのために状態異常訓練はしたが、メンバーは増えていない。
「そっか~。でもちゃんと詰めてやるなら意外と時間ないから、早く決めないとね」
合宿まではあと一カ月以上残ってるが、確かに完璧な形にするのであれば余裕があるわけでもないか。
「お楽しみもやっぱりこの時期から決めるんですか?」
「そんなわけないじゃん。合宿直前とか合宿中に思いつきでやるのがほとんどだよ。一番頑張ってるめぐるの企画じゃなかったら、私も吹もオッケーしてないって」
「はぁ……そういうもんなんですね」
「そういうもんなんです」
「あ、めぐる先輩の口癖」
しかし言われてみればそれはそう。
飽くまで本命は夏バンドなんだから、それを脅かすようなことは許されない。
溺愛している後輩という以上に、最も努力家な後輩という面が八代先輩と秋風先輩を動かしたのか。
「寿司屋でヒビキ誘えばよかったのに」
「盲点でした……」
「イチャつく方が重要だったか」
「違います。断じて。決して」
痛いところを……しかしチャンスを逃した感がある。
特にギターとベースは必須だし、それさえあれば形にはなるから、部長と氷上先輩は早急に誘わねば。
「あとは曲だね。なんか色々送ってはくれるんだけどさ」
「好き過ぎて候補が無限にあって決められないのかと……」
「……それはそれで困りものね」
実際それも大問題。
どれもやりたいだろうから絞りこむのも難航必至。
しかも編曲する可能性も出てくるだろうから、練習できる期間は思った以上に短くなるかもしれない。
「めぐるがやりたいようにじゃないと意味がないからね。私はあんまり口出ししないけど、ちょっと急いだ方がいいってのは伝えておいてよ」
「俺がですか?」
「うん、だって白井とめぐるの企画でしょこれ」
そうじゃないとは言い切れないが、そう捉えられているのか。
でも裏を返せば努力を認めてもらっているということなのかも。
「白井がいなかったら有り得なかった企画なんだから、一緒に考えてあげなさい」
「りょ、了解です」
改めてそう言われると少し恥ずかしいが……それもそうか。
「俺も楽しいですし、しっかり相談します」
「お、ちょっとは素直になったな」
ゲーム音楽の話をしたり、企画についてあれこれ意見するのは一番楽しい時間。
もう全部知られちゃってる八代先輩の前で隠す必要もない。
「上手くいくといいね。吹なんかすごい楽しみにしてるから」
「ほんとにめぐる先輩のこと好きですよね」
「もうすごかったよ。私も誘われたってラインしたらすごいテンションで。
わざわざ次の日呼び出されてさ、
『めぐちゃんが可愛すぎるの~だから本気で頑張ろうね~やっちゃん~』
って。ひたすらめぐるのこと話してたよ」
「ブフッ、そんなに……ってかめっちゃ似てる」
異常な溺愛っぷりだとよく聞くし、その片鱗もちょくちょく見たが。
八代先輩とは姉妹みたいだけど、秋風先輩とは親子みたいだ。
「めぐるから送られてきたゲーム音楽、管楽器の音全部楽譜起こしたってさ」
「すっげ……」
「音取り超早いからねー。曲決まった翌日には楽譜書いてくるし」
月無先輩以上らしく、先程の通りほぼ絶対音感だとか。
本当に完璧超人……というか全能なんだなあの人。
「トロンボーンだから音的に
なるほど……冬川先輩や春原先輩はソロも吹いてたしわかりやすかった。
トロンボーンの上手さはよくわからないし、あの性格なので夏バンドの実力的懸念としてはあまり考慮してなかったのが本音。
やはり全員本当にすごかった。ホーン三人娘恐るべし……。
「めぐるのこと溺愛してる吹のことだからゲーム音楽企画も本気だろうし~、白井はそっちもちゃんと頑張らないと裁かれるかもね」
「むしろそっちの方が評価厳しそう……」
「アハハ、下手すればマジでそうかもね」
大抵曲自体も簡単じゃないし、手を抜くつもりも全くないが、醜態をさらせば立場を失う以上に命の危険があるかもしれない。
月無先輩に迷惑をかけることは神に反逆すること、八代先輩は冗談で脅しているが、割とガチな話だ。
「まぁ頑張りなよ。全力でやってれば認めてくれるし、白井のことも応援してたよ」
話題が一周した気もするが、結局全力で取り組むことがこの部では立場と交友関係につながる。
自分の場合は背水の陣にいる気もするが、そういうものなんだろう。
八代先輩には何度もこうして喚起してもらってるけど、その都度思い知らされる。
「……めぐるとの仲も応援してもらえるといいね」
またこの人は……。
「アハハ、なんだよその顔。いいじゃんか、好きなんだし」
「好きだとしても、そういうのではないってあれほど」
全部知られているからこそ気兼ねなく言うのはわかるが、期待されてもその先はありませぬぞ。
他の人に言いふらしたりしないのは信じてるし、必要以上に掘り下げても来ないけど、ラブコメいじりは困る。
「寿司屋であんなことしておいて言われても説得力ないな~」
「あれはマジで忘れてください」
くそぅギンナン事件。でもあれは月無先輩が悪い。
しかしなんというか……。
「月無先輩と居る時より、他の人といる時の方がそういうの意識させられる気が」
「……いや、それさ。……ま、いっか」
……? 何を言いかけたんだろう。
まぁ切り上げてくれるならいいか。
「まぁ進展してないわけじゃなさそうだし、勘弁してやろう」
「だからそういうのじゃないですって……」
「頑なだなぁ、いいけど。でも私と吹くらいにしかあんなとこまず見せないけどね」
むむむ……。反応に困ることを。
しかし限界を察してくれたようで、いつものようにアハハと笑って話題を切り替えてくれた。
軽音事情を改めて知り、やるべきことも改めて喚起してもらい、八代先輩と話す時間はいつも通りためになった。
夏バンドやゲーム音楽企画の先行き、大切なことの色々について考えることも明確にしてもらえたのは僥倖だ。
痛いところを突かれたりもするが、感謝しきれないくらい導いてくれる八代先輩には全く頭があがらないし、イジられるがままも恩返しの一つかと割り切った。
隠しトラック
――好みの話 ~スタジオ廊下にて~
「白井ってさ」
「何でしょう」
「顔自体も好みなの? めぐるのこと」
「すっげぇ答えづらいんですけどその質問」
「いいじゃん好きなんでしょ。見た目も重要じゃん」
「ぐぬぬ。まぁ正直好みですね」
「だよね~。超可愛いもんね」
「ザ・美少女って感じですよね」
「お、乗ってきた」
「もう八代先輩相手は諦めることにしました」
「メガネめぐるは?」
「可愛い超えてますね。最強×最強=最強を超えた何かです」
「アハハ、あんたキモいね~」
「言わせておいて」
「でもメガネなら巴は? 巴も美人じゃん」
「正直……見た目だけなら一位ですね。メガネめぐるには及びませんが」
「よかったじゃん、喜ぶよ」
「……いや言っちゃダメですよ!?」
「チッ」
「……そういう八代先輩は好みとかどうなんです?」
「私? 私は理想高いから。まず私より強い男」
「その時点でもう無理ですやん」
「あとは~……。やっぱり誠実な人かな。それが一番」
「はぁ……そりゃ軽音全員ダメなわけだ」
「そう?」
「大体全員どっかで誠実さ欠けてる気が」
「意外とそうでもないと思うけどね」
「はぁ……ヒビキさんとか?」
「絶対ないっしょ。仲良いけど」
「あ、ほんとに絶対ない感じだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます