幕間 不知火響の粋な計らい

 夏のバンド決め、月末にそれが行われる。

 とはいえ普通はすでに決まっていて、自分のバンドは二つ。

 メガネの歌姫、御門みかどともえ先輩率いる、超豪華メンバーのホーンバンド。

 そして我らが部長、不知火しらぬいひびき先輩率いる、これまた最高の予感がするバンド。


 連絡用のグループチャットは出来ていて、巴先輩の方はメガネバンドという仮称。

 いや確かに巴先輩メガネだけど、メガネ率9人中2人っていう。


 一方部長の方は、バカバンド。

 いや確かにバカ騒ぎするバンドっていうテーマあるし林田バカいるけどなんか嫌だ。


「あれ、連絡来てる」


 バカバンドのチャットに部長から連絡が来た。


 ヒビキ 『懇親会やるか!』


 なるほど、バンド決めの前に一度集まろうと。楽しそうだ。


「どったの?」

「ヒビキさんがバンドで懇親会やろうって」

「いいな! 楽しそう」


 月無先輩が羨ましがる。

 今日も練習に付き合ってくれて、今は休憩中。

 スタジオ廊下のパイプ椅子に座って食事をとっているところだ。


「カラオケとかですかね? 何するんだろ」

「あ、もしかして」


 何か心当たりあるんだろうか。

 月無先輩が何か思いつくのと同時に、今度は八代先輩の発言が。


 八代希 『よっしゃ! 寿司だ! 喜べ一年!』


「やっぱり! ヒビキさん、叔父さんが寿司屋でそこでバイトしてるんだよね」

「なんかすげぇ」

「大学通って部活やる傍らガチで修業してるって言ってたよ」


 そんな裏話があったとは。

 芸人気質だけじゃなく、部会の段取りやヒビキボックスとかの無駄な凝りようは職人気質もあったのか。

 

「でもバイトと修行って違うもんかと。職人になるなら高卒とかで修業始まるのかと思ってました」

「それはアレだよ、都合だよ。話進まなくなるじゃん」


 ……何のだ。まぁいいや。

 そしてチャット上でそれぞれ予定確認。

 椎名は残念ながら実家帰省中。ザマみろ。描写削減の憂き目に会え。


「いいなぁ~。あたしも行きたい」

「頼んでみたらどうですか? 結局明日ですって」


 ものすごく行きたそう。

 まぁ寿司だし楽しそうだし、立場が逆なら自分もそう思った。


「でも邪魔しちゃ悪いし、我慢」


 ゲーム音楽以外は我慢できるのか。

 でも可哀相だし、むしろみんなウェルカムだろうし、いいだろう。


「送っちゃいました。月無先輩来たがってるって」

「え!?」


 そしてすぐさま部長が反応。


 ヒビキ 『それでダメというヒビキお兄さんじゃあ……ないぜ?』


 か、かぁっこいい……。


 いつもの調子で見事に快諾。

 椎名の分が空いたわけだし、丁度よかったか。


「やったー!!」


 月無先輩はよほど嬉しいのか、立ち上がって喜びを表現した。

 小躍りでも始めそうだ。


 バンドメンバーが揃わなかったのは企画的には残念だし、椎名は仲良いけど、ぶっちゃけ月無先輩の方がいい。

 悪いが結果オーライ、むしろ好転。


「じゃぁ明日練習終わったら一緒にいこ!」


 むしろバンドメンバーより月無先輩が一番喜んでそうだ。


 §


 そして翌日現地に。

 なんと林田バカは風邪を引いたそうで欠席。


「林田君、風邪引くんだね」

「コペルニクス的転回ですねもう」


 地味に酷いこと言ってるが月無先輩も驚きのご様子。


「昨日ラインでサルみたいに喜んでたのにね」

「いいんです。椎名とバカは男子会の時だけ元気なら」


 いやしかし八代先輩も結構酷いな。

 文面でサルっぽいってどういうことだ。


 結局八代先輩と月無先輩と自分、よく会う三人だけで行くことに。

 道中、月無先輩はひたすらテンションが高く、八代先輩もそれを見て嬉しそうにしていた。

 林田と椎名には申し訳ないがこっちの絵の方がいい。



「いらっしゃい! お、来たな!」

「来たぞ~。ありがとね、ヒビキ」


 景気のいい掛け声で迎えられて店内を見回すと、いかにもといった感じで、無駄な高級感はなく寿司屋然とした店。

 『不知火鮨しらぬいずし』って店名メチャカッコいい。


 八代先輩、月無先輩、自分とカウンターに並んで座ると、月無先輩は早速何にしようかと満面の笑みだ。


「林田と椎名は……残念だったな」

「はい、アイツらはもう……残った一年は俺だけです」

「あたしが彼らの遺志を引き継ぎます。無駄にはしません」


 謎のノリで追悼。

 ついていけてない八代先輩に視線が集まる。


「え、私がツッコむの?」

「むー、そこは死んでないからってツッコまないと!」

「……あんたらのノリに巻き込まないでよ」


 いやごもっとも。申し訳ねえ。


「しかも今日のあたしはテンプレ解答以上をご所望ですよ! ついて来てくれないとです!」


 ……テンションたっけぇ。

 八代先輩じゃなくても振り切られるわ。


「大将君のお友達かい?」


 と、少し離れた席のオッサンが部長に話かけた。


 ってか大将君ってあだ名紛らわしくね。ハ○太郎かよ。

 確かに白衣似合ってるし、恰幅の良さのせいでめっちゃ大将感あるけど。


「部活の後輩なんですよ。今日は全員揃いませんでしたけどね」


 常連のお客さんなのだろうか、気兼ねない感じで話を弾ませている。

 部長としてだけでなく、こうしたところでも人望を集めるあたり、やはり人柄の良さがよくわかる。

 会話の上手さなんて接客に必須だろうし、合ってるのかも。


「おぉ揃ったかヒビキ」


 そして大将(本物)登場。


「お久しぶりです。今日はお世話になります~」

「なりまーす!」


 先輩達は前にも来たことがあるようで、見知った顔のようだ。

 自分も感謝を述べると、人柄の良さが滲みでる笑顔で歓迎してくれた。


「ハハッ、元気いいね。好きなだけ食べていってくれ」

「いいんですか!? 遠慮しませんよ!?」


 ほんとテンション高いな。

 でも大将も嬉しそうだし、こんな可愛い子が喜んでくれたら確かに奢っちゃうな。


 そして早速と握ってもらい、懇親会は和気あいあいと過ぎていった。

 自分が遠慮がちに高いネタを避ける傍ら、月無先輩は割と容赦なくトロ連打。

 八代先輩は満遍なく色々と、三者三様で絶品の寿司に舌鼓を打つ。


「嬢ちゃんいい食べっぷりだねぇ」

「はい! 本当においしいです!」


 連れてこられた子供のように喜ぶ月無先輩。

 慈愛の目を向ける八代先輩と、満足そうに笑う部長。

 それを見てると自分もなんだか嬉しくなった。


「私は次で最後にしようかな」

「あ、あたしも。最後は食べてないのにしよ」


 結構食べたので三人ともそれなりに満腹。

 シメのネタは何にしようかと、後悔なきよう熟考する。


 そこにふと、大将が口を開いた。


「ヒビキ、最後のネタは……お前が握ってみろ」

「……い、いいんですかい?」

「本気で修業するって言ったんだ。友達の舌を満足させるくらいさせてみろぃ」

「た、大将!」


 ……なんだこのノリ。

 でもいい機会かもしれないし、部長が握ったのも食べてみたい。


「お、ヒビキが握ってくれるの? じゃぁアナゴ」

「お前難しいって知ってて言ってるだろ」


 すかさず八代先輩が追い詰める。


「ハハッ、いいじゃねぇか。やり方はわかってんだろ。後輩二人も決めちまいな」


 と大将に促されてネタを決めた。

 違う方が練習になると、自分は満を持して大トロ、月無先輩はここに来てイカ。


「お、大将君が握るんかい? お友達喜ばせてやりなよ!」


 先程も話しかけてきたオッサンが興味を示した。


「大将も粋だねぇ。大将君にこんな機会与えてやるなんてな。昔の大将だったら絶対させてねぇから、大将君も気に入られてるぜ、なぁ大将? ……大将君よぉ、誇り持ちな!」


 紛らわしいから喋るんじゃねぇ。


「よし、じゃぁヒビキ、やってみろぃ」


 部長に注目が集まった。

 月無先輩なんて身を乗り出しているくらいだ。


「八代……お前の満足いく握りが出来たら、俺と……」

「イヤだよ早く握れ」

「あ、ッス」


 なんだ今の……。


「恒例行事だよ。ヒビキさんのフラれネタ」

「体張ってんなぁ……」


 そして部長が寿司を握り始める。

 真剣な眼差しはいつものコミカルな姿ではなく、本気で仕事に取り組む男の目だ。


 まずは自分の大トロ、差しだされたそれは見事な出来栄えに見える。


「おあがりよ!」


 この人ちょくちょく少年誌ネタ挟んでくるな。

 いただきます、と神妙にそれを口に運んだ。


 ……旨い。

 シャリの具合もサビの塩梅も完璧な見事な握り。


「おいしいです」


 過度に褒め立てる言葉はいらない、そんな確かな充足感だった。


「まぁ大トロってだけでおいしいに決まってるからね」

「やめなさいめぐる」


 台無しだよ。大将めっちゃ笑ってるし。

 真面目に脳内品評した自分がバカみたいだ。


 気を取り直して次はイカ、と月無先輩の分が握られた。


「おあがりよッ!」


 そして月無先輩が差しだされたそれを口に運ぶ。

 目を瞑ってしっかり吟味するように噛みしめ、飲み込んだらお茶を一啜ひとすすり。


「やっぱりイカはおいしい!」


 だから台無しなんですって。腕褒めてやれよ、鬼か。

 大将は再びツボったようだ。


「じゃ私の分お願いね~」

「あいよ」


 難しいとされるアナゴの握り。

 これまでにない集中力でそれを握る。


「渾身の出来だ……」


 そう言って八代先輩の前に差し出した。おあがりよ言い忘れてる。


「あ、おいしい。すごいねヒビキ」


 気付いた時にはもう食い終わっている。さすが陸上部、速い。


「満足してくれて何よりだぜ。ありがとうな皆。俺の初握り食ってもらえたのがお前らでよかったよ」


 本当に感謝すべきはこちら、と御馳走にもなれたことも含めてしっかり伝えると、部長は今日一番嬉しそうにハッハと笑った。


「よかったな、ヒビキ。だがな……」


 大将が含みを持たせて言った。


「今日の握りは今までで一番だった。でもお客さんに出せるレベルじゃねぇ。友達に出すならまだいいが……これじゃまだ身内ネタだ」


 愛のダメ出しというヤツか、微妙なボケを挟みながら大将は続けた。


「だがな……」


 逆接多いな大将。


「この子たちの顔を見ればわかる。お前のソウル、しっかり届いてたぜ。今日のお前、ちゃんとエモいぜ」


 ……いや多分エモくはない。

 なぜ雑に俗っぽい音楽語彙を。


「ヒビキ、今日はもう上がっていいぞ。平日だしお客さん少ないしな」


 そうしてヒビキさんは裏に下がっていった。

 その時見えた本気で嬉しそうな横顔に、来てよかったと心から思えた。


「大将! アレお願いします!」

「お、アレだな。ちょっと待ってな」


 最後だと言っていたのにまだ何か頼むのか?

 そしてしばらく雑談しながら待っていると、三人分のアレが届く。


「これだよ! 茶碗蒸し! シメはこれだね~」

「めぐるほんと茶碗蒸し好きだよね」


 なるほど茶碗蒸し。

 子供っぽいがまぁ確かに丁度いい。


「これが一番楽しみだったんです~」


 好物なのはわかったけど寿司に失礼じゃね。


「はぁ~……やっぱりこれが一番おいしい」


 ……だから失礼なんだって。

 どんな高級ネタよりもうっとり味わってるじゃないか。


「喜んでくれて何よりだよ。ヒビキもいい後輩持ったな」


 そして大将が話かけてきた。


「最初は両立なんて出来るわけねぇって本気で叱ったが。今日の握りもよかったし、どっちもちゃんとやってるから認めざるをえねぇわな」


 ヒビキ部長は部長として理想のように思えるし、責任感だって本当に強い。

 本物の職人さんを納得させる程とは驚きだが、ヒビキ部長なら、と思える。

 月無先輩も同じようにバイト先で認められていたが、やっぱり何にでも全力を注げる人は輝いて見えるし、周りにそういう人が多いのは本当に恵まれている。


「頼れる部長ですよ。満場一致で部長になりましたから」


 八代先輩がそう伝えた。

 部長候補だった彼女の言葉は、誰よりも説得力が強い。


「ちゃんとベースも上手いしなぁ。ライブで見て驚いたぜ」

「あれ、ライブ来たことあるんですね!」

「やれてるのかってな。これで下手っぴだったら音楽辞めさせてたぜ」


 大将も部長と同じなのかもしれない。

 部長が後輩をしっかり見るのと同じように、弟子の全てを見てくれる。

 そういうのが受け継がれてるのがわかるいい関係だ。

 大将も趣味程度で音楽をやっていたらしく、ベースを教えたのも大将だとか。


「まぁ仲良くしてやってくれや。そろそろ人に握ってみるかって話したから、君達を呼んだんだろ。よっぽど今の環境が気に入ってんだろうなぁ」


 そこに呼んでもらえたのは光栄だ。

 月無先輩達も同じようにそう思ってる、そんな表情。

 今回の部長の計らいが部活愛によるものだとよりハッキリすると、この人に絶対についていこう、改めてそんな風に思えた。

 

「ふ~、お疲れです大将」


 色々と裏話を聞いた後、仕事を上がった部長がカウンターに来た。

 そして部長も交えて軽音談義。

 大将も混じって世代を超えた音楽談義に花が咲いていった。


「……ねー白井君」


 談義の中、ふと月無先輩が何かを切り出そうとした。

 

「……ギンナン食べないの?」

「あ、最後に食べようと思ってました」

「そっか」


 まだ手をつけていないギンナンに興味を示している。

 まぁ取るに足らないこと、と再び談義に戻るが……。

 なんかずっと見てるな。


「……欲しいんですか?」

「うん、大好きなの」

「いいですよ食べて」

「やった! ありがと!」


 まぁ可愛いし喜んでくれるなら別にいいが……ちょっとはしたないぞ。

 気を取り直して音楽談義に……。


 ん? なんだ?

 部長も八代先輩も何も言わずに目を見開いて……。


「……お前らよくそんなエグいイチャつき方できんな」

「……私ですら驚く」


 しまったぁぁぁッ!

 迂闊にも程があった。最近こっちも距離感気にしなくなってたし、段々慣れてきてたから全く周りの目なんて気にしてなかった。林田や椎名がいれば絶対にこんなことはなかっただろうけど、月無先輩にしても自分にしても八代先輩や部長みたいに理解ある人しかいないとはいえ気が緩み過ぎだ。


 ハッ……思わず脳内で目茶苦茶早口になる程テンパってしまった。

 さすがの月無先輩も恥ずかしいようで、わかりやすく赤面して言葉を失っている。


「アハハ、面白。ほら、私のも食べていいよ」

「あ、ありがとうございます」


 先程までのテンションはどこへやら、借りてきた猫のよう。

 他人事でない自分も状況は同じだが、八代先輩のフォローで少しは気が紛れた。

 大将は察してくれたのか何も言わなかった。

 ……周りが大人ばかりで助かった。


 最後の最後で酷いやらかしをした気もするが、懇親会はつつがなく終わった。

 部長としての見事な立ち振舞いだけでなく、こうして粋な計らいをしてくれる。

 ヒビキ部長のそんな姿を間近で見て本当に恵まれていると再確認。

 そんな風に思える出来事だった。





 隠しトラック

 ――ニヤニヤ八代リターンズ ~帰り道の川沿いにて~


「じゃーね、白井」

「またね~! 白井君!」

「お疲れ様です。また」


「ふ~。寿司おいしかったね~」

「うん! 最高でした! 椎名君達には悪いですけど!」

「アハハ、あいつらはまたどっかで穴埋めするよ。ヒビキが」

「ヒビキさん、握るの上手でしたね!」

「ね、ちゃんと修行してんだね。伊達に単位落としちゃいないね」

「今度は大トロ握ってもらおう」

「あんたトロ好きね……」

「はい! 茶碗蒸しの次に!」


「茶碗蒸しもおいしかったね」

「はい! ……何ですかニヤニヤして」

「いやぁ~何でも。……ギンナンたくさん食べれてよかったね」

「むー……。あれほんと恥ずかしかった」

「アハハ、いいじゃん気にしなくても。白井嬉しかったと思うよ」

「今ダメそれ! 絶対!」

「え、何が?」

「何がって……むー」


「ギンナン最後まで残しててよかったね。しら」

「わー!」

「アハハ! あ~可愛い」

「むー……ヤッシー先輩こそどうなんですか」

「何が」

「ネタにしてますけど、ヒビキさん」

「それはマジでない」

「うわガチだ」

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