状態異常耐性訓練

 七月下旬 大学構内 大講堂地下 スタジオ廊下


 九月中旬に行われる合宿では夏バンドのライブの他に、個人のやりたい曲を好きにやるライブ、通称『お楽しみライブ』もある。

 そこで予定しているゲーム音楽企画の話、現在メンバーは自分を含めて五人。

 順調に集まっているとは思うが、理想の完成形はまだ遠い。


「あと誰がやってくれるかなぁ」


 練習の休憩中、昼食を食べながら月無先輩とそれについて話しているところだ。


「オールスターですよね。春の代表全員誘いたいですよね」


 ドラムは八代先輩、ホーンも秋風先輩と春原先輩は引きこみ済み。

 必須なのはあとは弦楽器二人、ベースとギターになるが……。


「やっぱりそこはヒビキさんと氷上さん誘いたいよね」


 実力も折り紙つき、オールスターとなればやはりこの二人。

 しかし同性で仲の良い人達のようにはいかないかもしれない、そんな懸念があったりするようだ。


「誘えばすんなりやってくれそうな気がしますけどね」

「うん、それはそうなんだけど~」


 と少しばかり思い悩む。

 実際のところ、断られるとかいう心配ではない。

 月無先輩のゲーム音楽好きを曝け出す必要が、企画を進める上ではある。

 

「多分練習してたら状態異常発生しますからね」

「むー。でも実際そうなんだよね」


 そう、受け入れてもらう必要があるのだ。

 失礼なようだが……ゲーム音楽に心おきなく触れる場、しかも最高のメンバーでとなれば、バンド練習中にしてもバンド飯にしても暴走は免れない。

 自覚があるようで何よりだが、どこかしらでゲーム音楽への愛が爆発する可能性は100%に近い。


「我慢する練習?」

「……できるんですかそれ」

「……わかんない。でも状態異常耐性はあげとかないと」

「めぐる先輩パワー特化ですもんね。簡単に混乱して味方に被害だしまくる系の」

「失礼な! でもなんかすごい納得する!」


 部長達が嫌がることもない気がするが、あまり見せたくないのは事実だろう。

 八代先輩達は完全に受け入れてくれたにしても……難しい問題だ。

 一度かかってしまえば自然回復を待つしかないので、耐性を上げる作業は必須。


「ちょっとやってみる?」

「……手順は?」

「ゲーム音楽談義して……あたしが暴走しないよう我慢する」

「意味わかんない訓練ですね」


 そして始まる謎訓練。

 ゲーム音楽談義をして、自分が状態異常を煽るように盛り上げるという内容。

 となれば双方わかる曲、ということで候補を探る。


「あ、今日持ってきてる」

「何をです?」

「ちょっちマッチョ」


 語彙が筋肉質でイヤだ。ってかオッサンくさい。


「……じゃ~ん。めぐるノート~。なんと任天堂名作編」

「おぉ、わかるの多そう」


 そして貸してもらいペラペラめくる。


 父親がゲーマーだったので実家にゲーム機は多く、子供のころ雑多に色々やった。

 いわゆる名作と言われるゲームは結構通っているので、任天堂のゲームもSFCくらいからなら大抵わかるし、訓練教材にはちょうどよさそうだ。


「お、ドンキーコングゾーン。曲いいですよね」

「ね、ほんと最高!」

「これナンバリングはなんです?」

「2だね! 初作から神がかってるんだけど、やっぱ2が一番かな!」


 そしてペラペラめくっていく。

 

「『とげとげタル迷路』だ。これいいですよね~」

「さすが白井君わかってる! アンビエント的でありながら、この時代でここまでシンセサウンドを使いこなした曲なんてほとんどないよ!」

 

 ……え、もう始まってる? 

 まぁいいか、自分もこの曲大好きだし煽ってみよう。


「雰囲気出すの上手いですよね。これ聴くとあのトゲまみれの面思い出しますし」

「そう! 視覚と何故かものすごく結びつくよね! 電子音なのに音色の移り変わりが有機物感を醸し出すのか、何故だか説得力がものすごいのよね~」


 すでに結構上がりつつあるが、まだ大丈夫そうだ。

 

「スマブラでもアレンジありましたよねこれ。あれ最高だった」

「わかる!? もうなんなのかしらねアレ! アコースティックになってても原曲の持ってたらしさを全く損なわない完璧なアレンジでビックリよ! 全然違う音色遣いなのになんでここまで良さを保ったまま別物にできちゃうの? って」


 おぉマズいマズい、ギリギリじゃないか。

 ……お、黙った。


「……セーフ?」

「ギリです」

「……フフッ! 何なんだろうねこれ!」

 

 踏みとどまれたことに二人で声を上げて笑ってしまう。

 ひとしきり笑ったところで、普通にドンキーコングの曲の話を続けた。


「全部いいですよねほんと。鉱山のステージとかすごい好きでした」

「タルタル鉱山とかのでしょ!? あたしそれが一番好き!」


 おぉ、趣味が一致したのは嬉しい。


「あの金属音みたいなのが鉱山っぽくていいですよね」

「わかってる! 白井君わかってる! あれが正に採掘作業の作業感をしっかり醸しだしてるのよ!」


 思うところも一緒、と先輩も嬉しいようで何より。


「しばらく頭に残りますもんねアレ。リズム自体もカッ」

「もうずっと残るわよあれ!ゲーム音楽にしかできない表現ここに極まれりよ!」


 お、おやぁ? 


「環境音を曲に取り入れることでその場面への説得性を増すなんてアプローチの仕方、中々思いつかないわよ!映画音楽やミュジークコンクレートみたいに実験的に行われるものは多々あっても楽曲としての体裁の中でここまで完璧に取り入れるなんてゲーム音楽にしかできないゲーム音楽ならではの魅力!曲名が物語るように炭鉱夫の憂鬱感が~中略~!」


 はい、行きました。

 すげぇなタルタル鉱山。一瞬で決めたぞ。


「まずなんでゴリラにEDMサウンドがここまで合うのよって!洋楽的テイストがこの時代の日本でここまで上手く使われたものなんてあるのかって!最近のEDMブームなんて見てるとあたしは今更?って思っちゃうね!やっと時代がゴリラに追いついただけでしょってね!20年以上時代を先取りしてたって考~以下略~」


 そして遂にはゴリラの音楽全体の素晴らしさの話に。


 ……自然回復待ちに移るか。

 そういえばゴリラもスマブラでちょくちょく使ってたし好きなんだろうな。


 ――訓練その① 『ドンキーコング2』 GAME OVER。


 

「……無理だった」

「いきなりゴリは難易度高すぎましたね」

「うん。曲良すぎだもん。もうちょっと楽なのからにしてよ」

「……俺のせいなの?」

 

 微妙な理不尽さを感じながら再びペラペラとめぐるノートをめくった。


 ……マリオゾーン。

 曲がいいなんてわかりきってるからイケる気が全くしない。


「マリオ来ちゃいましたね」

「多分即死する」

「頑張りましょう」


 これも耐えねばならないこと、と励まして訓練続行。


「めぐる先輩はシリーズだとどれが好きなんです?」

「う~ん……。どれも好きだけど……一番やったのはワールドかなぁ」

「ヨッシー出てくるやつ?」

「うん! 乗り捨てるやつ!」


 認識が大分バグってんな。


「どんなんでしたっけ」

「てーんてーんててれってー、ってやつ。これ地上のテーマ」

「あ、わかった。可愛いですよねあれ」

「ね! ヨースター島のイメージにぴったり! メロディはのんびりなのに、スーファミの音に落とし込んだブルーグラス的なフレーズで足がせかせか動く感じに装飾してるのがほんと画期的!」


 なるほど、ゲーム音楽らしい工夫ここにありって感じか。


「メロディばっか頭残ってますけどやっぱり他にも工夫あるんですね」

「あったりまえでしょ! マリオの曲にどれだけそれが詰まってるか!」


 ゲーム音楽の歴史で見ればある種原点、それもそうだ。


「TVゲーム初期からですもんね。確かにそ」

「フレットレスベースのような特徴的な音色を四分のスタッカートで際立たせることで全体の跳ねるような感じを強調しているのがどれだけ曲に影響してるか!しかもBメロからはウォーキングベースになることで二つの役割を完璧にこなすのよ!ポップス的なトロンボーンとジャズ的なベースのフレーズを両立するって普通~中略~」


 うわほんとに即死した。マリオすげぇ。

 ……ゲーム音楽らしい工夫なんて先輩の大好物を提示したのがダメだったか。

 しかし発症条件が一つはっきりしたのは収穫だ。


「音圧に頼らない技巧的な曲の作りがジャズから得られたものってのもすごいの!マリオの曲はブラックミュージックが軸になってるのも多いんだけどブラック主軸のバックトラック×明快なメロディっていうのが特に初期のマリオらしさに繋がってるわ!メロディ以外に耳を向けた時にどれだけすごいかよくわか~以下略~」


 で? っていう。


 ――訓練その②『スーパーマリオワールド』 GAME OVER。



「もう全然ダメじゃないですか」

「むー。白井君がわざと状態異常なるようなこと言うから!」

「また俺のせい。ってかそういう手順ですし」


 最早不条理だが気を取り直して次に進もう。


 再びペラペラめくっていると……ゼルダゾーン。

 あるのは64以降。

 視覚の忙しい3Dアクションなら印象も薄いしイケそうだ。


「俺、時のオカリナめっちゃハマってました」

「ほんと!? いいよね! 64最高の名作だよね! これなくしては任天堂は語れないわよ!」


 ……もうダメそうじゃね。


「ゲーム内で音楽奏でるってのがまたいいのよ!BGM以上の存在感が根付く感覚が!まさに体験として聴く名曲達は好きにならないわけないわ!」


 あ、ダメじゃん。

 時のオカリナとかシステム的に特にダメじゃん。


「オカリナ曲以外も本当に最高だったわ~。アクションってことを邪魔することなく脳裏に残るあの感じ!映画音楽的な手法を意欲的に採用しているのもポイントね!存在感を極端に薄めて恐怖心を煽ったり無音すらも表現として使っ~中略~」


 考えてみればこの人ガノンドロフ大好きだし、ゼルダの曲がどうとか言っていた。

 引きが悪いと言うかなんというか、今日出たタイトルは全部起爆率が高すぎる。

 解決策なんてわからないよ! とガノン戦のナビィの気持ちがよくわかる。

 あの時無能って思ってゴメンな、ナビィ。


「ゲームをやりながら最高に馴染むのが時のオカリナ以降のゼルダの曲の真骨頂だけど勿論単体で聴いても確かなクオリティっていうのが作曲家の誇りを感じさせるわよね!オカリナだったら『ゲルドの谷』とかもう意味わかんないくらいカッコいいじゃん!ジプシー・キングスの『inspiration』を元ネタにしてさらに疾走感~以下略~」


 いつも思うけどこれどうやって息継ぎしてんだろう。

 ゾーラの服でも着てんのか?


 ――訓練その③『ゼルダの伝説 時のオカリナ』 GAME OVER。



「うぅ~……無理だよぅ」


 落ち込む先輩めっちゃ可愛い。


「でも訓練初めてにしてはタイトルが難易度高かったですし」

「むー……。でもあたし最初から難易度ハードでやるし」

「とうとう現実と区別がつかなくなりましたね」


 思った以上の不甲斐なさが悲しいようで思考能力の低下が見られる。

 最早ギャグだが……それでも先輩にとっては大問題か。

 でもまぁ、正直思ったことを伝えよう。


「いいんじゃないですか、今のままで」

「……だってこんなとこ白井君以外に見せられないよ!」


 ……不意打ち過ぎる。

 思考能力が低下しているせいで先輩は何とも思ってなさそうだが、正直困る。

 思いっきり恥ずかしいがここは冷静に話を逸らそう。


「八代先輩とか全然大丈夫だったじゃないですか。スー先輩も今度見せてねとか冗談言ってましたし」


 もう諦めて曝け出す方向でいいんじゃないだろうか。

 今までの三人は問題なかったし、訓練よりも羞恥心を捨てる方が早い気がする。

 するとまたむーと唸って言葉を出した。


「吹先輩達は本当に仲良しだし……。ヒビキさんとかは仲良いけどちょっと違うし……男子だし」


 性差を気にする問題でもないと思うが……まぁ女子同士の方が親密なのは確かか。

 説得の言葉を再び探していると、先に先輩が言葉を発した。


「もしあたしがヒビキさんとか氷上さんの前で暴走しちゃったらヤダ?」


 ……ちょっと待てどういう意味だ。全然真意がわからない。

 何かとてつもないことが含まれてそうな気もするけど、何故こちらに訊くんだ。


「あ、いや、なんでもない。なんでもないなんでもない」


 聞かなかったことにしよう。実際よくわからないし。


「じゃぁもしそうなっちゃったら、白井君止めてね?」

「……いや止まったことないじゃないですか」


 話題は切り替わったようだ。……セーフ。


「むー……。じゃぁ状態異常になっちゃったらせめて弁解を……」

「フフッ、いいですよ。解説は任せてください」

「ありがとうナビィ!」

「まだゼルダ引きずってんな」


 なんとか一件落着。


 不甲斐なさにうろたえる先輩は本当に可愛かったが、そのせいか結構ギリギリな発言をされたのでこちらも大変だった。

 ……耐性訓練には自分にも必要そうだ。


 結局その後はもうちょっとだけチャンスを、ということで訓練続行。

 ポケモンやカービィ、発症歴があるもの含め任天堂の名作をある程度。

 そして結局全部ガメオベア。

 特に『MOTHER』と『カエルの為に鐘は鳴る』はヤバかった。



「全然ダメだった……。あたしはダメなゲーム女です……」

「だから気にしなくていいんです。好きなもの我慢する必要なんてないと思います」


 確かに見事に全滅だが、本心で思った事を伝えた。

 自制はある程度必要だとしても、気持ちを我慢し過ぎてはゲーム音楽を本気で楽しむことに繋がらない。


「ほんと?」

「はい」

「こんなダメなあたしでも受け入れてくれる?」

「……はい」


 だから不意打ちやめなさい。


「よかったぁ~……。じゃぁいっか! 白井君いればフォローしてくれるし!」


 むぅ、一緒にいることが長くて当然になってるが、発言は気にしてほしいところ。

 自分が耐性を上げる以前に、その辺はこの人が悪い気がするぞ。

 

「フフ! あたし、もうゲーム音楽好きなの我慢しない! 白井君ありがとね!」


 状態異常耐性は全く上がらず、特に名作に対してはほぼゼロであるという事実が明らかになっただけだったが、一応は解決したようでよかった。

 先輩がゲーム音楽愛を心おきなく貫くための助力、それに努めるのも悪くない。

 いつもの笑顔にそう思わされてしまうのだった。


 ……実際狼狽すると発言を吟味せずに結構ギリギリなこと言うから身が持たないということで、好きにさせるのは自分のためでもある……のだった。




 隠しトラック


 ――修羅の兄 ~スタジオ廊下にて~


「思うんですけど、先輩って古いゲーム詳しすぎません?」

「お兄ちゃんが持ってるの片っ端からやってたからね。でも白井君も結構じゃん」

「うちは父がゲーマーだったので。FCからあるんですよね」

「多分同じような感じだよ!」

「まぁそうか。でもお兄さんの年代ですらないの多い気が」

「う~ん……あの人本物のゲーオタだからね」

「レトロゲー好きみたいな?」

「それもあるんじゃないかな。中古の古いゲームやたら買ってたし」

「なるほど」


「世代全然違う会社の上司とも余裕で話合うって」

「もう年齢不詳じゃん」

「リメイク出てるのでも原作持ってるからね」

「両方やるってことですか?」

「うん。原点を一度やらないと気が済まないんだってさ」

「もうガチじゃん」

「それであたしも結局それをやると。お兄ちゃんがやってるの見てたのも多いけど」

「いいなぁそれ、ゲーム買わずに済む」

「うん。だからあたしはおこづかい全部ゲーム音楽につぎ込んでた」

「徹底してるな……。役割分担みたい」

「それに関しては本当に助かったわ」


「でも羨ましいかもです。俺は父と一緒にはやらなかったので」

「ちなみにあたしより大抵のゲーム強いよ」

「……修羅の上とか……如来か」

「……何のこと?」

「い、いや、なんでもないです、なんでも」




*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『Stickerbrush Symphony』- スーパードンキーコング2 (とげとげタルめいろ)

『Mining Melancholy』- スーパードンキーコング2 (タルタルこうざん)

『地上』- スーパーマリオワールド

『ゲルドの谷』- ゼルダの伝説 時のオカリナ


『inspiration』- ジプシー・キングス(一般アーティスト)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る