幕間 春原楓は静かに見守る
都内某所の駅前、そこに小さな影一つ。
上品さを備えながらも少女然とした佇まいは、年齢と外見のギャップが作るもの。
素朴ながらも「可愛い」という言葉を体現するかのような出で立ちは、自身の姿をわきまえて。
年相応への憧れは、あまりにも小さな体には不釣り合いだと自覚しているのだ。
そんな軽音楽部のマスコットであり合法ロリ担当、
小学生に紛れていても不自然を演出しない彼女は、静かにのんびり人を待つ。
完成された可愛さを持つ彼女は、往来の目にも留まりやすい。
幾人かは迷子を見るような目を送ることもあるが、それも彼女は慣れたもの。
いちいち反応してはキリがないので、自分の容姿に対する反応は気にしないことにしているのだ。
そうして培った精神力は部内でのマスコット扱い、とくにめぐるの過剰な愛情表現を受け止めるのにも一役買っている。
待ち人来たり、ともう一つの小さな影が見えると、春原は小さく手を振った。
こうした一挙手一投足が可愛さを強調しているが、本人は無自覚である。
「すいません! 待ちましたか!?」
「ふふ、時間通りだよ。大丈夫」
待ち合わせ相手は後輩の
同じホーンパートであり、自分程ではなくとも同じく小さい夏井を、春原は妹のように可愛がっている。
傍から見れば子供の待ち合わせにしか見えない。
「じゃぁ楽器屋さん行こうか」
行き先は軽音らしく楽器屋。
消耗パーツがあるサックス奏者同士、春原行きつけの楽器屋で揃えるという用事。
道行く小さな二人はともすれば慈愛のような目線を集める。
春原は堂々としたものだが、隣の県から通学して都会に明るくない夏井は、あれやこれやと興味を示しては指を差したり、春原に質問したりと忙しい。
夏井の好奇心旺盛なところが微笑ましく、春原はそれが可愛くてしょうがない。
「ほら、なっちゃん見えたよ。あれ」
「あ! お……おっきぃです」
スタジオ併設の楽器屋なので大きさはそれなりであるが、中々危険な反応である。
入店すると、いらっしゃいませの声とともに即座に店員の目を釘付けにする。
それもそのはず、春原は常連ではあるがバイト店員からは妖精扱い。
来店した日に出くわすと超幸運とされていて、影ながら絶大な人気を誇っている。
しかも今回は夏井も一緒。小さな二人を目撃することのできた店員は今回の幸運を神に感謝した。
「夏バン、練習多いしかけもちだから、長持ちするの持ってた方がいいかも」
「なるほど、ライブは青でいいんですかね?」
「うん、バンドレンでいいよ」
入るなりリードコーナーであれこれと談義が始まった。
春原は言わずもがな、夏井も長い吹奏楽経験があるため、知識は人一倍。
どんなに可愛くても話す内容は年相応で、見た目との違和感は凄まじい。
「私、チューナーも買わなきゃなんでした!」
「それならこっち」
普通の買い物に違いないのだが、店内を動き回る二人の姿はそうは見えず、最早楽器屋に連れられて来て自由に歩き回る子供の図。
目的の品までのルートも本当の子供のようにおぼつきはしないし、春原の目線も移ろうことはないが、周囲の目にはどうにもそう映るのだ。
歩き回っては癒しを振りまく二人、店内はいつにない幸福感が漂った。
「なっちゃん他は大丈夫?」
「はい! 全部揃いました!」
買うものもひとそろい、とレジに向かう。
迫りくる圧倒的可愛さに店員は悶絶必死、この店で働けることに心底感謝した。
「あ、ポイント貯まった。なっちゃん使っていいよ」
「え!? いいんですか? わぁい!」
「ふふ、私先輩だから」
春原にしてみれば夏井は大学で初めての後輩。
しかも同パートで素直に懐いてくる夏井は、溺愛したくもなる存在に違いない。
秋風や他の先輩が自分にしてくれるよう、自分も先輩としての振舞いを。
先輩から受けた恩は後輩に、そうすることで部は繋がっていくと、二年生ながらにわかっているのだ。
買い物が終わり店を出ると、ふと夏井が疑問を口にした。
「あの店員さん、ずっと口押さえてましたね。何だったんでしょう?」
「……気にしなくていいよ」
実際可愛さあまりに緩む口を押さえていただけである。
「お昼食べに行こうか」
春原の提案に夏井は満面の笑みで答えた。
そうして再び街を歩く。
あれやこれやと興味を持つ夏井、春原はそれに慈愛の目を向ける。
無邪気な夏井をこうして静かに見守ること、それが春原の先輩としての喜びであり、マスコットとして愛され続ける彼女を純粋に先輩として慕ってくれる夏井は、本当に貴重で愛すべき存在なのだ。
§
「はっ、はわわ……い、いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
「二人です」
ファミレスに入り、案内されて席に着く。
注文をして雑談の間が訪れると、部活談義がすぐさま始まった。
「夏バンド、改めてよろしくお願いします!」
「ふふ、こちらこそ」
夏のバンドも一緒のバンドの二人、これから先の部活動の見通しだったりバンドの目標だったりと、共通する話題はいくらでもあり弾んでいった。
一区切りになると、夏井が何かを切り出そうとした。
「あの、訊いていいことなのかわからないんですけど……」
いつも遠慮なく訊きまくる質問魔の夏井。
今さら何言ってんの? と春原は正直思った。
「白井君と月無先輩って、まだ何もないんでしょうか?」
そして結局許可を待つこともなく訊く。
以前にも同じような質問はあったし、実際に何もない。
しかし夏井にしてみれば、今部内で一番気になることでもあるので、いちいち進捗が気になってしまうようだ。
「師弟関係だって。昨日も言ってたよ」
「し、師弟関係」
白井達曰く、それ以上ではないと。
ゲーム音楽によるつながりがそれ以上に思わせるだけであって、実際にそうであることは春原も知っている。
「ほとんど毎日一緒にいるんですよね? 教えてもらってるだけなんでしょうか?」
しかしそれで収まらないのが夏井。
困ったことに納得しても質問は続ける。
異常なレベルの好奇心が細部にわたって疑問を生み、物事を大まかに捉える事ができないのだ。
師弟関係という事実も、いつも一緒にいる理由の一つとして認識しただけ。
「白井君も練習熱心だからね。教えることは山ほどあるんだよ」
春原は上手くそれを回避する。
同パート、同バンドで帰りの電車も同じ、三か月もそう過ごせば慣れたもの。
質問欲求を満たすため、当たり障りのない言葉を隙なく導く。
言ってはいけないことがあるわけでもないし、あってもそれはめぐるのゲーム音楽好きを第三者が言いふらすことくらいだが、関係性につっこみすぎるのは良しとしていない。
「た、確かに。白井君いつもしっかり課題やってますもんね」
夏井にしても白井がめぐるから与えられた練習課題をする様は見ている。
「でも同パートとは言えあそこまで熱心に教えますかね?」
それでも夏井は止まらない。質問魔の真骨頂ここにあり。
しかしこれは他の部員も思っていることで、不自然に見えるほどめぐるは白井に干渉的である。
「白井君は貴重な鍵盤だからね。私達が引退した後のこと考えたら必要なことだよ」
「なるほど……。スー先輩達が引退しちゃったら淋しいです……」
白井の置かれた状況が特別であると強調することで、他の部員とは違っても仕方ないと認識させることに成功する。
話も上手く逸れた、と春原は心の中でファインプレーに自画自賛した。
「一年生もホーン少ないから、なっちゃんも頑張らないとね」
「はい! 頑張ります!」
すかさず追い打ちをかけ事態を収束させる。
元気の良い夏井の返事に春原は勝ちを確信する。
「でも正直思うんですけど」
春原は「マジかお前」と思った。
「好きにならないのがおかしいですよね」
しかし夏井がしたのは当然の疑問。
ゲーマーでなければ相当にモテるであろう容姿と性格、そんなめぐるにあれだけよくしてもらっていて、ほとんど毎日一緒にいる。
惚れたって仕方ないし、惚れるのが当然、誰から見てもそうである。
夏井は同学年男子に釘を刺されたこともあるし、触れるべきでない話題なのはわかっているが、めぐると白井を見ていると疑問は日増しに大きくなるばかり。
めぐるに一番近い春原は多くを知っているだろうと、どうにも抑えきれなかったようだ。
結局話題が一周しただけで、再びデリケートな問題であるが、こればかりは誤魔化しようのないこと。
惚れていないとするには妥当な予想も思い浮かばず、春原は割と本気で悩む。
白井=めぐる大好きは本人に確かめるまでもなく、春原の中では確定事項だし、めぐるにしても白井を特別視しているのは明白。
双方が
「ダメな理由でもあるんでしょうか?」
春原が思案する間も夏井の追撃は続く。
理由を考えても、男女仲が部活の妨げになる可能性くらいだが、ストイックな二人がそうした問題を起こすとも思えない。
適当に誤魔化しても次の質問が飛んでくるだけに違いない。
親友であるめぐるのプライベートは尊重したいが、夏井のことも無碍にできない。
そして賢い春原は一縷の望みを託して、ある例えをした。
「私となっちゃんとおんなじだよ」
夏井は要領を得ないような反応をした。
「同じパートの大事な後輩で、面倒を見てあげたくなる人なんだよ。白井君もおんなじ。本気で尊敬してるからそれに応えるんだよ。お互い大好きだったとしても、そうだからってだけじゃないんだよ」
感情に関して誤魔化すことは諦め、それを踏まえた上での関係性。
直接的な愛情表現を口にするのは苦手であるが、めぐると白井のことを思えば多少は止むなし。
そうして言葉を続けた。
「偶然白井君が男子ってだけで、私達と一緒」
ただの性別の差、そう強調する。
「なるほど……確かに私、スー先輩大好きです」
恥ずかしげもなくそう口にされ少し照れるも、納得してくれた様子に安堵する。
そして光明見えたりと質問魔にすかさずトドメを刺す。
「だから多分、なっちゃんが初心者で全然吹けなかったら、私も毎日一緒に練習したと思うよ」
夏井を褒めつつ、仮定の話で納得させる。
思ってもいないことではなく、本当にそうであれば実際にそうした。
それが裏のない言葉であることは夏井にもしっかり伝わった。
「でもなっちゃん」
素直に喜ぶ夏井に、春原は更に言葉を続けた。
「間違っても本人に訊くのはダメだよ?」
「はい! わかりました!」
残党狩りも完了、と危機的状況は回避された。
春原にしてみても、夏井の疑問は思うところがある。
正直言えば「くっついてしまえばいい」とも思っているし、事実白井には多少つっ込むこともある。
しかし干渉的になりすぎず、静かに見守ることも春原は好きであるし、それが大切であると考えている。
追い詰めるようなことは決してすべきでないと。
夏井のことにしても同じ。
後輩が部活を本気で楽しめるよう、静かに見守り時には諌め、時には手を貸し導く、彼女なりの距離感で全力で愛を注いでいる。
「でもスー先輩って本当に大人です。こんなに可愛いのに」
「……意味が」
見た目に相応しくない歳相応のバランス感覚、そんな軽音楽部のマスコット。
春原楓は彼女なりのやり方で、部活動生活を謳歌しているのだ。
隠しトラック
――質問魔の本気 ~ファミレスにて~
「なっちゃんてすごく質問多いよね」
「え!? そうですか!? ……ダメですか!?」
「うん。ダメじゃないけど」
「よ、よかったです。……おかしいですか?」
「おかしいとは言わないけど……多いよ」
「多いんですか……。減らした方がいいですかね!?」
「減らすというか……。すぐ口に出すからなんじゃないかな」
「すぐ口に出してる……。もう少し考えるってことですか?」
「そう。多分それで少し減るんじゃないかな」
「なるほどぉ……。頑張ります!」
「ふふ、じゃぁ頑張ってね。……そういえば前にこんなコント見たことあるよ」
「コントですか?」
「うん。質問しまくるの」
「私みたいにですか?」
「そう。もっとおかしいけどね」
「ボケの方がですか?」
「ボケの方がだよ。バイトの新人役のボケが質問し過ぎで、店長役のツッコミがそれに怒るの」
「質問し過ぎってですか?」
「そうだよ」
「本気で怒るくらいですか?」
「……それはネタだよ」
「え、冗談ってことですか?」
「コントのネタだから」
「あ、そうか。ずっと質問し続けるコントなんですか?」
「ちゃんとオチはあるよ」
「オチはある……でもそれ、どうやって終わるんですか?」
「えっとね。最終的にキレて勝手にやれってなって」
「勝手に新人にやらせたらマズくないですか?」
「だってネタだから」
「あ、そうか。それでどうなるんですか?」
「放っておいたら接客完璧だったていう」
「新人がですか?」
「……なっちゃんそのコント見たの?」
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