幕間 月無めぐるが進む道

 今日は月無先輩がバイト、ということで独りでスタジオ廊下練習。

 夏休みに入っているので大学構内もスタジオも人がいない。

 夏バンドを決める部会まで、このバンドがない期間中はいわゆるレベル上げ。

 RPGでイベント発生を待っている間のようだなんて思いつつ……本当に誰も来ないので結構淋しかったりする。


 集中できているので練習内容は割と充実しているけど、手を止めれば無音の静寂が訪れる大講堂地下をブチ抜く広い通用路、そこに独りと言うのも心細い。

 スタジオに入ってもいいのだが、それもそれで広い空間だから淋しいものだ。


 午前中から練習を始め、しばらくすると通用路の大きなガラス扉に人影が。

 救いのような気になってそちらを見ると……八代先輩。

 気の知れた仲なのでとても嬉しい。


「よっ。夏休み始まったばっかなのに本当によくやるな白井は」

「おはようございます。ここでサボったら夏バン死にますから」


 夏バンドは掛け持ちで二つバンドやるし、両方とも豪華メンバーなのでついていくのがやっとな未来は見える。

 練習に追われるまでに地力を鍛えておかないと、本当に生き恥を晒すことになる。


「今日はめぐる一緒じゃないんだ?」

「あ、バイトらしくて」


 思い出させないでください。超見たいんです。


「あ、そういえば言ってたな。残念だったね」

「八代先輩はどうしたんです? 練習ですか?」

「いや、通りかかったからさ。二人ともいるかな~って」


 習慣のランニングだろう、走る格好をしている。

 ボーイッシュさと色気が共存した、似合いすぎるほどのスポーツウェア。

 これが正直結構クる。


「二人の幸せな時間邪魔してやろ~って思ったのに」


 ……こういうのなければなぁ。


「折角だしどっか食べに行かない? そろそろ昼だしさ」


 お、嬉しい提案。

 八代先輩は自分のことを100%男として見ていないから最近平気でこんな感じだ。


「じゃぁ片付けますね。結構練習出来ましたし。どこ行きましょうか」

「そうだなぁ~……。あ! いいこと思いついた」


 ……イヤな予感。


「ミスド行こうよ。めぐるのバイト先。この時間いるハズだし」


 ……ほら。

 でも正直見たいし口実は手に入れたぞ。

 

「……でも悪い気が」

「見たいっしょ。超可愛いよ」

「……し、仕方ないなぁ」

「アハハ! キッモ!」

「ひでぇ」


 そんなこんなで月無先輩のバイト先に突撃することに。


 §


 大学の隣駅、その中にあるミスド前に到着。


「さて白井さんよ。まずは外から見ますか。多分レジ打ってるハズ」


 やべぇ。結構ドキドキする。


「……あ、ほらいた。見てみ」


 ……いた。

 めっちゃ似合う。超可愛い。

 地元にあんな子いたら絶対通うわ。


「超可愛いっしょ」

「言葉が出ないくらい可愛いですね」

「出てるね」


 しかしずっと外から見ててもアレだ。捕まる。


「よし、突撃するよ」

「イェスマイロード」

「クラウチングスタートで」

「何故急に陸上部ボケを」


 そんなこんなで入店。


「いらっしゃいま……あ! ヤッシー先輩!」

「いらっしゃいましたぞ~。白井も」

「すいません連行されました」

「……フフッ! いらっしゃいませ!」


 こちらの姿に気付くなりすぐに無垢な笑顔でお出迎えしてくれる。

 やべぇダメだ超可愛い。もう一回言ってほしい。


「何にしようかな~」


 早速八代先輩は選び始めた。

 よく考えたら昼飯なんだよなこれ。ドーナツか……。


「白井君何にする? 好きなの選んでいいよ!」

「よくなかったらヤベェですよこの店」


 たまにバカなんだよなこの人。


「あたしのオススメはね~……」


 訊いてもいないのにオススメ。

 月無先輩はわざわざレジから出てきてガラスケースの中を指差す。

 

「これ。このスーファミ時代の爆風みたいなヤツ」

「……おいしいんですか? 例えのせいで既に食べ物と認識できないんですけど」


 月無先輩のせいでロックマンの敵が爆発する時のそれにしか見えない。

 多分オレンジ味なんだろうけど。


「新商品なんだけど、午前中から全く売れてないから買ってって」


 オススメと押し売りの区別ついてないのかこの人。

 しかしこれといっていつも買うのもないからいいや。


「一個でいい? 三つくらいイケる?」

「……じゃぁ二つで。三つはキツいです」


 なんか容赦ねぇな。

 バイト先に来たことへの報いのつもりか。


「せっかくだから、あたしはこの赤の爆風も……」

「……何がせっかくなのか全然わからん」


 伝説のクソゲーみたいなセリフで赤いのも選ばされ、会計に。


「飲み物はいらない?」


 ……商魂たくましいな。

 でもいいか、とおかわりの出来るカフェオレを頼んだ。


「ふふ! ありがとうね!」


 店員としての振舞いすら忘れてるけど可愛いからいいか。

 トレーを受け取って席に移動した。


「ここにしようか。……なんか白井のトレー、目が痛いんだけど」

「爆風二個と色違いの爆風まで買わされましたからね」


 座って気付く。この席まずい。


「八代先輩、席代わってもらえません?」


 レジの様子が一番よく見える席。

 ずっと見てしまいかねないから正直困る。


「え、イヤだよ。そっち陽当たらないし」


 植物かよ。

 普通は陽が当たる方がまぶしくてイヤだろうに。

 ……絶対わざとだなこれ。

 

「まぁ凝視してやりなよ。すごい喜んでたじゃん」

「レジ凝視しながら爆風かじってる奴とか事件性マックスじゃないですか」

「ブフッ……めぐるも目に入ったら集中できなそうだしね」


 絶対いて欲しくないわそんな客。

 気を取り直して爆風(ドーナツ)に向かうと、八代先輩がニヤニヤとこちらにちょっと身を乗り出して言った。


「しかし改めてだけど……どうよ白井。めぐるのミスド制服は」

「……脳内写真館に永久保存確定です」

「ブフッ……よ、よかったね」


 そんなこんなであれこれ話しながらドーナツを食べる。

 爆風は意外とおいしかったけど二度と買うことはないだろう。

 チラッとレジの方を見たら、たまたま月無先輩と目が合って気恥ずかしくなった。

 気を取り直して、出来るだけ見ないように八代先輩との会話を楽しんだ。


 しばらくするとピッチャーを持った月無先輩がやってきた。


「おかわりいりますか!」


 カフェオレのおかわりを注ぎに来てくれた。


「あ、じゃぁお願いします。ありがとうございます」


 慣れた手つきを見ると、ここも月無先輩の日常だと認識する。

 何故だか貴重な気がして、ただ注いでるだけのその仕草にも見惚れてしまった。


「あたしそろそろ休憩入るから、まだいてね!」


 そう言って他の客のところにもおかわりを注ぎに行った。

 その一挙手一投足にすら見惚れてしまう。


「あんた気付いてる?」

「え、何にですか……」


 八代先輩が突然切り出した。


「今めぐるが私のことより白井のこと優先したの」

「そうでした? カフェオレ頼んだの俺だけだったせいかと」

「……まぁいいか! しかし妬けるな~……肌が」

「……元から焼けてるじゃないですか」


 ツッコみに回って結局逃げる。

 八代先輩はからかいつつも、逃げ道を用意してくれる。


 数分後、休憩に入った月無先輩がトレーを持ってやってきた。


「……もう見たくなかったんですけどこれ」

「うん、ごめん……。調子に乗って揚げまくったのあたしだから……」


 爆風まみれのトレー。

 店長に金はいらないから責任もってお前が食えと言われたらしい。


「まぁ私も食べるから」

「……すいませんヤッシー先輩」


 そうして爆弾処理班三人で全部食べきった。

 ……なんか今日ツッコみが追い付かないわ。


「でも嬉しいな! 二人とも来てくれて!」

「アハハ、喜んでくれてよかったよ。大学寄ったら白井が独りでいるもんだからさ」


 いや本当に僥倖でした。


「……ちゃんと個人練してるんだね! 偉いぞ~」


 嬉しい。けどなんだろうこの上下関係ハッキリしてる感じ。


「練習量だけでも追いつかないとって思いますからね」

「お、それは大事だぞ白井。そこで負けてたら何にもないからな」


 八代先輩にしても同じかもしれない。

 土橋先輩みたいな人が同学年にいるんだし、ほぼ初心者で入部したというのだから楽器経験はあれどバンド初心者の自分とは似た境遇だ。

 努力のモチベーションに共感できるくらいにはなれた気がする。


「ヤッシー先輩達、いつまでいます? あたし休憩終わったらあと一時間で上がりなんですけど」

「お、じゃぁ待ってるよ」

「やった! では仕事戻りますね!」


 そう言って月無先輩は戻っていった。

 休憩時間のほとんどを爆弾処理に使わされたのは可哀相だ。


「白井、さっき言ったことちゃんと守らないとダメだよ?」


 練習量とかの話。

 言われずとも、と思うが月無先輩に並ぶには本当に大変な努力が必要だ。


「そうですね~……。あの人、努力を努力と思ってないフシがありますから」


 月無先輩はゲーム音楽する、という中で身についた技術や知識がほとんど。

 本当に楽しみながら、好きなことに没頭することが音楽の技量に直結している。

 ゲームをする感覚とあまり変わらないかもしれない。


「あ~、そりゃ確かに普通じゃないね……。私も結構自分のこと練習する方だと思ってるけど、正直めぐるは何であんなに毎日できるんだろって思ってたし。……でも白井なら頑張れるよ」


 全く同じ道、というわけではないけど並んでいたいというのは本気。

 月無先輩が進む道、本気で夢中になるその先は絶対に一緒に見たい。

 振り切られぬよう常人の自分がすべき努力は並大抵のものではないのだ。


「本当にめぐる中心に回ってるんだね、白井」

「そ……そうかも」

「いいんじゃない? 私は素敵だなって思うし」


 八代先輩には全て知られているとはいえ、こっ恥ずかしくて言葉が続かない。

 そんなこちらを尻目に、八代先輩は嬉しそうに笑った。


「おかわりいかがですか~?」


 そんなタイミングでカフェオレのおかわりが来た。

 月無先輩はレジに戻っているので、違う店員の方だ。

 注ぎ終わってテーブルに置かれたそれを手にとって飲もうとした時、なんと話かけてきた。


「あの、もしかして……月無さんの彼氏さんですか?」

「ブフーーー」

「アハハハ!」


 こぼしちまったぞ……。なんてこと訊くんだ。


「え、違うんですか!? 失礼しました!」

「……部活の後輩です」


 弁解でも何でもない単なる自己紹介。

 変な勘違いをされても困る。


「すいません、何か今日いつもよりすごく嬉しそうだったので」

「は、はぁ……。浮かれて迷惑掛けてません?」


 いろいろバイトでやらかしそうな印象あるんだよな。申し訳ないけど。


「そんなことないですよ。月無さん、今日はやらかしましたけど、いつも一番真面目で頼られてますから」


 意外……でも真面目なのはあの人の本質か。

 大分バグってるところはあるけど、信頼は絶対に裏切らないし、手を抜くようなこともない。


「お客様にも人気なんですよ。本当にいい子ですよね」


 チラッとレジを見ると、笑顔で客に挨拶をする先輩の姿。

 まぁあの笑顔を向けられたら誰でもファンになるだろう。

 ってかさっきから周りの客がガン飛ばしてくるのはやっぱりそのせいか。


「バイト先で何かあったりしないの?」


 聞きたいような聞きたくないような、そんな質問を八代先輩がした。


「ありましたけど~……。大分むごいフり方してましたよ? 時間の無駄みたいな」

「うわめぐるっぽい……」

「あの人そういうとこありますよね」


 怖……でも実際本当にそう思ってそうだし、悪気も全くなしに言ってそうだ。


「ふふ、しかもフラれた人辞めましたからね」


 そりゃ辞めるわ。生き地獄だ。


「でもその穴埋めかわからないですけど、月無さんその人の分まで頑張って。すごいですよね、そこまで全力だせるなんて」


 やるべきことには全て全力、というのも月無先輩のすごいところかもしれない。

 ……大学の授業はアレとしても。


「すいませんでした、お話の邪魔してしまって」

「あ、いえ全然。面白いこと聞けたので」


 またお越しくださいと言って店員は去っていった。

 興味本位でこちらに話かけてきたのだろうけど、期待はずれで申し訳ない。


「やっぱり誰から見てもすごいんだね、めぐる」


 バイト先でもそう思われてるのは意外だった。

 真面目以上に手を抜かないというか、これも全てゲーム音楽に繋がっているのだろうか。

 ……さすがにそれはないか。

 でも何か一つ手を抜いたりすれば他も一気にダメになるくらいには思ってそうだ。


「でも時間の無駄ってやっぱ笑っちゃうね」

「……正直同情しますよ」


 何事にも全力、ゲーム音楽にはそれ以上、そんな月無先輩だからこそだろう。

 だからこそ輝いて見えるのだろうし、本当に好きだからやっていられる。


 そこに肩を並べることが大変なのを痛感するが、必ずそうしたいとも思う。

 大変だろうと本気で楽しむ、そんな笑顔に惹かれたのは間違いないのだから。

 月無先輩が進む道、それを改めて知れたのはきっといいことだ。


「結局凝視してるじゃん白井」

「……え!? してました!?」

「してたよ。あ、こっち向いた。……手振ってるよ白井」


 ……先で待ってくれている、そんなような気がした。

 自分の進む道も同じ道であればいい、なんてのは少し恥ずかしいな。


「よかったね、今日ここに来て」


 八代先輩や他の方もいる。

 自分が今いる場所はそうやって色んな人にも支えられてる。

 そう思えるような出来事だった。


 その後、バイトが終わった月無先輩と合流して、ゲーセンに行ったり、色んな店を回ったりして遊んだ。

 夕飯は昼の爆風が結構重かったことで、特にどこにもいかず解散。

 月無先輩の手には廃棄と思われるミスドの箱があったが、絶対に中身は見たくなかったので極力無視した。






 隠しトラック


 ―― ミステリアス・ドーナツ ~ミスド、更衣室にて~


「ねー、見た? 月無さんの友達」

「見た見た。あのたまに来る日焼けの人と、男の子」

「彼氏じゃないって言ってたけど、なんか怪しいよね」

「ね! 絶対なんかある。あんな嬉しそうなの初めて見たし」


「しかもレジ番なのに自分からおかわり持っていったからね」

「来た時も一緒に選んでたよね!」

「いやあれは押し売ってただけだったけど」

「あ、あぁ……売れてなかったもんね。爆風」


「しかしあの月無さんにも遂に……」

「あれは……イヤな事件だったね」

「――さん、確実にイケると思ってたのに時間の無駄って言われたからね」

「何言ったかは噂だけどね~」


「でも少し話した時、いい人そうだったけど……」

「釣り合わないよね」

「月無さんがランク高すぎるだけなんだけどね」

「ほんと可愛いもんね。桁違い」


「あのいつも来る人も美人だよね」

「ね。前に部活の写真見せてもらったけど皆すっごい可愛かったよ」

「……謎だね」

「……うん、何なんだろうね」


「あの人と月無さんっていうのも」

「……ほんと謎だね」


 白井はミスドの人に意外と厳しく見られていた。

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