そして始まりへ
七月中旬 駅前
月無先輩の荷物運びを手伝うために駅前に。
早朝の気だるさを感じながら改札前の柱によりかかり、月無先輩の到着を待つ。
昨日は色々あった。
振り返ると本当に恥ずかしいが……八代先輩に醜態も晒したし。
まぁウジウジするのも馬鹿らしい、割り切っておこう。
人生初リバースが気にしなそうな人の前だったのは幸運だ。
「おはよ、白井。ちゃんと来たんだね」
「おはようございます……昨日はすいませんでした」
同じく運ぶ手伝いをする八代先輩も到着した。
礼より先に謝るのも悪い癖、といきなり叱られてしまった。
月無先輩は次の電車で着くらしい。
「あ、来た来た。お~い」
月無先輩が到着。春原先輩も一緒にいる。
大きな鍵盤を慣れたよう運んで改札を出てきた二人と合流した。
「おはようございますヤッシー先輩……」
テンション低っ……。
超低血圧らしく、飲み会中ずっと寝てたからこんなんだと。
春原先輩はいつも通りだ。
「あれ? 白井君だ」
月無先輩がこちらに気付く。
というか気付いていなかったのか。
「朝たまたま川沿い走ってたら~、いたから連行してきた。手伝ってくれるって」
おぉ、当たり障りない理由をつけてくれるとはありがたい。
合理的虚偽ってヤツか。
「そうなんだ、ありがと~白井君。うれしぃなぁ」
……眠そうな月無先輩めっちゃ可愛いんだけど。
大学まで楽器を運び、スタジオに持ってくる。
任務完了、といったところで八代先輩が言った。
「よし、じゃぁ私はバイトあるから。あとは皆でよろしく」
そうしてすぐさま退散しようとする。
「あ、私も帰ります」
春原先輩もそれに乗る。なんだこの流れ。
自分も帰るか、と思ったら月無先輩が眠そうに声を出した。
「え~部室行ってゲームしようぜ~」
……帰らないの? 眠いんじゃないのか。
あと正直二人きりは避けたいんですが……。
「随分眠そうですけどいいんですか?」
「さっきまで寝てたからだよこれは~。ライブ終わったし思いっきりやりたいじゃん」
いやこの前も結構やったけど。
「いいじゃん白井、付き合ってあげなよ」
「頑張れサンドバッグ」
八代先輩はわかるが何故春原先輩も察しているんだ。
前々から思っていたがエスパーなのかこの人。
結局観念して部室へ行くことに。
移動中、月無先輩は少し血圧が戻ったか、何をしようかなどと楽しそうにしていた。
部室に着くと早速ゲーム、というわけでもなく月無先輩はソファーに座った。
「昨日見てくれてありがとうね」
そう言った。
「え、そりゃ行事ですし見に行くのは当然かと……」
意味を推測することもせず、当たり前のことで返した。
「ふふ、そういうことじゃないよ。ソロの時、ちゃんと見ててくれたでしょ?」
……正直言えばこの話題は避けたかった。
「本当に嬉しかったから。ちゃんと届いたって」
ほらまたこうやって無自覚に。
多少無理にでも話題を替えたい。
ライブの話はもう少し整理がついてから、改めてしたいのが本音だ。
「最初から見てましたよ。最高のソロでした。……ゲームはいいんですか?」
「ふふ、ありがとうね。ゲームはもうちょっと目が醒めてから……負けられないし」
まだ少しだけぼうっとしているようだ。
しかし眠くても戦闘民族としての本能は活きている模様。
「白井君、何かゲーム音楽かけて~」
と月無先輩が要求した。
しかし自分も再生媒体はないし、月無先輩もいつものウォークマンは持ってきていないようだ。
「じゃぁ貸出棚から選んで~」
動く気ないな……でもこういうワガママは今までないし、許してやろう。
貸出棚のゲーム音楽CDからどれにしようかと訊いてみた。
「う~ん、何置いてたっけ。白井君聴いたことのないヤツにしよう」
ということでその数枚を手にとって選ぶ。
大抵直接借りることが多くて貸出棚から選ぶのは久しぶりだが、意外にも聴いてなかったものがあった。
「あ、これアレンジ版だったんですね。オーケストラか」
「どれ~?」
「ドラクエです。交響組曲ってやつ」
「お、じゃぁそれにしよう。部室にはロト編置いてたっけな」
ドラクエの曲は大抵わかるし、結構好きなのも多い。
オーケストラ版のしっかりしたものも折角だから聴いてみたいので丁度いい。
「他にもあるんですか? これ」
「あるよ~。1~9の総集編みたいなの持ってるけど、それはさすがに部室に置けない」
話しながらコンポにCDを入れて曲を流す。
「おぉいきなりこれなんですね。懐かしい」
「ふふ、このフレーズ聴くとすぐドラクエ! ってなるよね」
『ロトのテーマ』、この曲ほど有名なゲーム音楽もない。
アルバムの一曲目は物語の始まりを告げるかのように華やかに流れた。
「色んなゲーム音楽聴いてきましたけど、やっぱドラクエ聴くとおぉってなりますよね」
「ふふ、ね! すっごくわかりやすくていいよね」
個人的にはドラクエ派でなくFF派だったりするが、曲の明快さには否応なしに引き込まれてしまう。世代ではないのに、なぜだか「やっぱこれだな」という感覚になる不思議な魅力がある。
好き嫌い以上に安心感のある、誰でもすんなり聴けるよさ。
思えばそんなものかなり貴重なんじゃないだろうか。
「あたし初期ドラクエ世代じゃないからさ、最初はモンスターズからだったんだけど」
「あ、俺もです! イルルカからでした。それでもちょっと古いけど」
何故だか嬉しくなって先輩の言葉を遮ってしまった。
「そうなの!? あたしもなんだ~。あれすっごい面白かったよね」
気にすることもなく、先輩も話を続けた。
曲を聴きながら、思い出に浸りながら。
「どうしてもテリーとお見合い機能使いたくて結局テリワンも買ったんですよね」
「あたしはお兄ちゃんのデータ勝手に使ってた。歩くのめっちゃ遅いよねテリー」
すごくハマった思い出。
モンスターも魅力的だったし、何よりも曲もよかった。
そういえばドラクエの曲もここから好きになったな。
「確かテリワンやってて、ナンバリングから曲使われてるって知って全部やったんですよね。気に入ったのほんと多かったので」
「あたしもそう! ナンバリングのいいとこどりみたいな曲だもんね。それもモンスターズが最高な理由だね!」
月無先輩はやっぱり昔からそうだったんだなぁと思う。
モンスターズみたいなスピンオフは人気曲詰め合わせみたいなところあるし、その意味でも先輩のためにあるようなものだ。
「『冒険の旅』とかほんと好きでした。ドラクエのフィールド曲ってなんかすごい感情移入するんですよね」
「そうそう。実際勇者一行のテーマだからね。テリワンの終盤階層で『冒険の旅』当たるとテンション上がるよね」
「わかる」
ほとんど同じ体験をしている二人、童心に帰るように曲と思い出をリンクさせる。
自分の世代ではゲームボーイのイルルカは古いくらいなのに、たまたま同じタイトルにハマっていたことが余計に嬉しかった。
「『この道わが旅』とかほんと好きでさ。闘いの果てに訪れた平和って感じが何よりも伝わってきて」
「あれダイの大冒険のエンディングにもなってましたよね」
「知ってるんだ! 家に録画したのが置いてあってさ、何回も見たよ!」
ゲーム音楽を聴きながら思い出に浸る。
「漫画全巻持ってますよ。キャラすごいいいですよね」
「ね! クロコダインとバランがカッコよすぎて」
「ギガブレイクでこい!」
「ぐわぁぁ! ……ふふっ!」
通じ合うことがとにかく嬉しかった。
音楽単体で聴く以上の感慨深さと広がりがあるそれは、ゲーム音楽ならではの本当の魅力かもしれない。
先輩が出会った頃に言っていた、全曲が思い出の曲になる、その意味が本当によくわかる。
まして、共感できるとなれば、どんな音楽にも劣らない魅力を発揮するんだと。
「ドラクエの曲ってさ~。どのタイトルのを聴いてもすぐにドラクエ! ってわかるじゃない。だからすごく安心するんだよね。またこの世界に来たんだなっていう気になるようで」
「あ、わかりますそれ。統一感というかなんというか」
先輩がそうであるように、自分も始めてやったRPGではないのに、ここが原点であるかのように思い出が強く蘇る。
状態異常になることもなく穏やかに、一方的でなく相互的に、二人で楽しむ時間。
改めて、先輩と過ごすこの時間が本当に好きだ。
「でも思うんだけど……」
先輩がこっちを見つめて何か言いだそうとする。
今は目が合うだけで結構ドキッとするから、まじまじ見るのはやめて欲しい。
「白井君ってやっぱり元々ゲーム音楽大好きだよね」
……そうなのかもしれない。
月無先輩と接するうちに気付いたが、好きになっていったのもそうだけど、好きなことを認めていった感覚が少しある。
「自分で言うのもなんだけど……初対面でアレは普通ドン引きしない?」
「いやしたけど」
それに、最初は偏見みたいなものもあった。
ゲーム音楽を好きと認めることが少し憚られるような。
「むー。でも、結局入部してくれたよね」
「ゴリ押しを超えた何かでしたけどね……」
それは全部あなたのせいでもあって、あなたのおかげ。
なんて口に出すことはできないけど、本当にそう。
「ふふ、でも最初からわかってたよ。この人にならわかってもらえるって。多分そう感じたからなんだと思う」
何だこの恥ずかしい空気……。
昨日の今日でこれは避けたいぞ正直。
「思いっきり話が出来そう! って思って、実際しても受け入れてくれて……」
……いやゴリ押し感やっぱりあったけどね。
その時点ではもうって気もするけど。
「大学入ってから一番嬉しかった日なんだ、あの日は。代表バンド入りした時とかよりも、正直」
反応返せないって。本当に困るんだ。
「それに、話するたびにどんどん興味持ってくれるし、他にこんな人いないだろうなぁって」
そうかもだけど、ほんとマズいぞこの空気。
「君に会わなかったら、昨日の演奏だってあそこまで上手くいかなかった。だから本当に感謝してるんだ。この前も言ったけど、この前以上に」
思考がまとまらない。
何を言おうにも言わないと決めたものにしか繋がらない。
「……この時間がずっと続けばなぁって」
先輩も同じだった。
そして多分自分と同じく、結論としての言葉。
以前にも同じことを言われたけど、その時よりも素直に受け止められた気がした。
「俺はずっとこのままでいたいです」
本音が出た。
ともすれば線引きのように聞こえるような台詞を吐いた。
先輩にどう伝わったかわからないけど、この時間が続くことと、ずっと一緒にいたいこと、それが一辺に音になって出た。
「……フフッ! あたしも!」
関係性はずっと変わらないかもしれないし、それでもいい。
本当に、この笑顔が見れるのなら何だっていい。
「でもまた遠慮なく語っちゃうよ?」
「いいですよ」
もうお好きにどうぞ、全部聴きます。
「毎日ゲームにも付き合わせるよ?」
「いいですよ」
今さらすぎるでしょう、サンドバッグ上等です。
「ゲーム音楽するのにもどこまでも付き合わせるよ?」
「いいですよ」
どこまでも付き合いますとも。
「夏休み毎日呼び出すよ?」
「いやそれは困る」
……嬉しいですけどね。
「……ずっとっていつまでかわからないよ?」
不意打ちやめてください。
恥ずかしそうにするなほんとに。
「……いいですよ」
「そ、そこは『いいですとも!』じゃないと!」
あ、誤魔化した。
「……やることいっぱいだね」
「そうですねぇ」
ゲーム音楽を巡って、やることはいくらでもある。
でもそれは本当に夢中になってやりたいこと。
先輩一人じゃなくて、自分も並んでそう思えること。
「まずはゲーム音楽バンドのメンバー全員集めなきゃ!」
恥ずかしまぎれに話題を逸らしたのかもしれない。
でもゲーム音楽を謳歌する一つの大きな目標に違いはない。
結末は希望に満ちているし、今なら過程すら不安はなく楽しみだ。
「あたし達の冒険の旅は今日改めて始まったのだ!」
「のだって……」
本当に夢中になれるものを見つけて、自分の感情を認めて、素直になって、やっと対等に始まりを迎えた気がする。
これまで過ごした三か月、それはここに来るまでのチュートリアルみたいなもの。
例えるなら、勇者が旅に出る気持ちを固めるまでの序章みたいなものかもしれない。
これから先に待つものが、いつか終わるとしてもいつまでも続けばいいと思う。
「でもゲーム音楽してばっかでも部活に支障きたすからね! 夏バンド、楽しみだね」
「はい、本当に」
夢中になったもう一つ、そちらの展望だって明るい。
序盤からそうだとわかる神ゲーなんてのもいくらかあったけど、そのどれよりも部活の先行きが楽しみでしょうがない。
「合宿編もあるからね! 本当に楽しいのはここから!」
「編って……」
やめろそういうメタっぽいの。
「去年も最高に楽しかったけど、今年はもっと絶対楽しくなる! フフッ!」
先輩はそうしてまた最高の笑顔を見せた。
自分もそう。今まで過ごしたどの時間よりも絶対に最高に楽しいもの。
「まぁ夏の代表バンドも譲る気はないけどね」
「……そうなんだよなぁ。すっごい壁」
「あたしが教えるの止めたらどうなっちゃうんだろうね」
「鬼ですか」
「フフ、そんなことしないよ! 白井君はあたしの大切な……弟子だからね!」
そんな風に二人笑って、元の日常に戻った。
これ以上に望むことも今はない、そう確かめ合うように言葉を交わした。
その後二人で始めたSFC版のドラゴンクエストⅢ。
時代を感じさせる音源は、過度にドラマティックになることも無駄に凝った演出も必要ない、自分達の関係はこれくらいで丁度いいのだと、改めて教えてくれるように鳴響いた。
この道、我が旅と独りで歩んできた月無先輩.
それに初めて一緒に並んだ気がした日。
二人で巡るゲーム
『メグル・ゲームミュージック』 第一部 春編 完
*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。
『この道、我が旅』―ドラゴンクエスト2
『冒険の旅』― ドラゴンクエスト3
あとがき
すっごい終わりそうな空気出てますけど、全然終わりではありません。
大きな区切りであって、男坂エンドにする気はもちろんありません。
春編①は月無先輩という人の話。
春編②は部活での日々で成長していく話。
そして春編③。白井がめぐるへの感情とゲーム音楽への見方を認めた上で、やっと二人のゲーム音楽を巡る旅は本当の始まりを迎えます。
夏編に入ると、めぐるもめぐるでさらに遠慮などなくなるので、ゲーム音楽への愛をよりブチ撒けてくるかもしれません。
もっとマイナーなのも、ドが付くほどメジャーなのも、東奔西走するように巡ることでしょう。
そして好意を認めた上での二人の関係も、どうなっていくかは是非ご期待頂ければと思います。ちょっとラブコメに寄るかも?
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